受け継いでいく世代
いつも御覧頂きありがとうございます。
賢者の孫は、このエピソードで一旦完結となります。
活動報告に今後についてのお知らせがありますので、よろしければそちらをご覧ください。
「わあー! つめたーい! きもちいー!!」
「わっ! ちょっとシャル! バシャバシャしないでくださいまし! 顔にかかりましたわ!」
「シャルロットさん! あなたはまた! オクタヴィア殿下に粗相をして!」
「あはは、シャルは元気だねえ」
「暑い……部屋帰りたい」
俺たちが訪れたあとにオーグたちも他の家族も全員が揃い、全家族揃って水着へと着替え海へとやって来た。
海を見たシャルが真っ先に飛び込んでいき、引きずられていったヴィアちゃんはシャルが跳ね上げた水しぶきにかかって文句を言い、今回初めて一緒に来たアリーシャちゃんもシャルに文句を言っている。
その様子をマックスがにこやかに見守り、レインは夏の暑さにグッタリしていて帰りたいとボヤいている。
初等学院一年生組は元気だね……レインを除いて。
まあ、一番元気にはしゃぎ回っているシャルに引きずられていると言った方がいいかもしれないけど。
そんな一年生組に、シルバーが近寄って行く。
「みんな、あんまり遠くに行っちゃだめだよ? 泳げない子はちゃんと浮き輪してね」
「はーい!」
「シルバーおにいさま!」
元気に返事をするシャルの側からヴィアちゃんが離れ、シルバーの側に寄って行く。
「シルバーおにいさま、あの、その……」
水着姿でモジモジするヴィアちゃんを見て、シルバーがフワッと笑う。
「その水着よく似合ってるよ、可愛いね」
「はうっ! シルバーおにいさま……」
シルバーの何気ない一言『ズキューン!』と胸を撃ち抜かれたヴィアちゃんは、真っ赤になってトロンとした顔をシルバーに見せた。
完全に恋する少女の顔だね。
というかシルバー、今さりげなくヴィアちゃんの水着を褒めたけど、もうそういうことができるようになったんだなあ……。
将来、女の子を泣かさないか、今から心配だ。
そんなシルバーに褒められて真っ赤になったヴィアちゃんを見て、年少組の一人、ヴィアちゃんの弟であるノヴァ君がコテンを首を傾げた。
「ねえさま、おかおがあかいです」
「え!? ノヴァ!? なぜここに!?」
「? ぼくたち、しるばーおにーちゃんとあそびなさいっていわれたです」
『いわれたー!』
「わあっ! なんかお子様がたくさんいますわ!?」
シルバーの側には、ノヴァ君以外にも沢山の三歳児がワラワラと群がっていた。
「なんか、おばさんたちから、子供の面倒を見てあげてって言われたから」
母たちからしたら、子供たちの中で一番の年長であり、沢山の弟妹たちの面倒を見てきた実績のあるシルバーは、子守りを任せるのにうってつけの人材だった。
なので、示し合わせたわけでもないのに「遊ぶならシルバーと一緒に」と言い含められたため、シルバーの周りに幼児たちが群がる結果になったのだ。
その数、総勢八人。
ウチの次男ショーン、オーグの長男ノヴァ君、アリスの長男スコール君、ユリウスの長男ジョアン君、マークとオリビアの長女ミーナちゃん、ユーリの長女アネットちゃん、トニーの長女アンナちゃん、トールの長女アナベルちゃんである。
シルバーの周りには、これだけの幼児たちが勢ぞろいし、先ほどのヴィアちゃんとのやり取りをジッと見ていた。
「あわわ、こ、こんなに沢山のお子様に見られていたなんて……!?」
先ほどのシルバーに見惚れていたシーンを、沢山の子供たちに見られていたことで今度は羞恥に頬を染めウネウネと恥ずかしがるヴィアちゃん。
……昔から思ってたけど、この子まだ六歳なんだよな。
ちょっと恋愛的に早熟すぎない?
王族ってこんなもんなの?
「おお、ラブの波動を感じる」
「ん? おお、久しぶりだなリン。ようやく引きこもりから脱出したか?」
子供たちを見ていると、最近アルティメット・マジシャンズの後進が育ってきたことで、魔法学術院に引きこもり事務所にあまり顔を見せなくなったリンがいつの間にか側に来ていた。
「んーん。この休暇が終わったら、また引きこもる」
「本当に、リンだけはなにも変わらないよな」
俺がそう言うと、リンは首を傾げた。
「ん? ウォルフォード君たちも変わってない」
「そうか? 皆親になったり色々立場も変わっただろ」
俺がそう言うと、リンはゆるゆると首を横に振った。
「子供が増えただけ。立場が変わっただけ。皆は皆。なにも変わってない」
「……そっか」
「うん」
子供ができても、立場が変わっても、俺は俺、皆は皆ということなんだろう。
淡々とそう告げるリンの言葉が、なぜかストンと腑に落ちた。
「ほお、ヒューズからそのような言葉が聞けるとはな」
側にいたオーグも感銘を受けたようで、一瞬驚いた顔をしたあと、楽し気にリンを見ていた。
「私には夫も子供もいない。だから、皆より客観的にものが見れるだけ」
「あら、もしかしてリンさんも子供が欲しくなりました?」
独り身であることを強調したリンに、シシリーが揶揄うようにそんなことを言うのだが、リンは即座に首を横に振った。
「いい。子供がいると魔法の研究が滞る。私は、自分のことで精一杯」
「そ、そうですか」
一遍の曇りもなくそう言い切るリンに、さしものシシリーもそれ以上言葉を続けられなかった。
「えー? 子供いいよ? 可愛いよ? かーさまって寄ってこられると、抱き締めてスリスリしたくなるよ?」
以前は、リンと一緒に騒動ばかり起こしていたアリスも、今では結婚し一児の母になった。
そんなアリスから子供がいることの素晴らしさを説かれるのだが、リンはアリスを一瞥して鼻で笑った。
「子供にデレデレしてるアリスは気持ち悪い」
「非道い!!」
一番の親友であったリンからバッサリ切られたアリスは、「ガーン!」という文字を背中に背負ってショックを受けていた。
「あはは。まあ、人それぞれだし、いいんじゃないかな?」
笑いながら会話に入ってきたのはトニーだ。
「僕は今の生活と家族が好きだし満足してるよ。アリスさんは子供がいて幸せで、リンさんは今の生活に満足してる。それでいいんじゃないかな? それにほら、結婚してても子供がいない夫婦もいるし」
トニーはそう言うと、シシリーの側に並んでいるマリアに視線を向けた。
「まあ、ほら。うちは学院を卒業してから知り合ったし、皆ほど長い時間を一緒にいるわけじゃないからね。しばらくは二人の生活を満喫したいっていうのもあったのよ。でもまあ、それも、そろそろいいかなって思ってはいるけどね」
マリアはそう言うと、俺たちに視線を向けた。
「今まではほら、ここに来るにしても、時期をずらして来てたりしてたでしょ? アルティメット・マジシャンズのことを放っておけないから」
今まで毎年リッテンハイムリゾートに招待されているとはいえ、全員で訪れることは今までしなかった。
というのも、いざというときのために誰かしらアルティメット・マジシャンズの事務所に残っていたからだ。
しかし、今年は全員参加。
それはどういうことを示しているかというと……。
「後進も育ってきたし、私がずっと事務所に詰めてる必要もなくなってきたでしょ? だったら、私一人産休で抜けても大丈夫かなって」
マリアが結婚したにも関わらず子供を作らなかったのは、女性陣が産休なり育休なりで抜けることが多かったから。
その穴埋めを、マリアが自主的に行ってくれていたのだ。
しかし、後進が育ってきた今ではその必要も薄くなってきた。
それなら、ってことなんだろう。
「もう、俺たちがいなくても、上手く回るようになってきたんだなあ」
商会は最初からグレンさんたちを筆頭に自分たちで経営していたけど、アルティメット・マジシャンズもメイちゃんやエクレール君、それに第一期新入団員であるヴァン君やミネアさんなども順調に実力を伸ばしており、新団員の皆は高等魔法学院時代の俺たちにも迫る力を身に付けている。
そのお陰で、どこに行ってもアルティメット・マジシャンズの評判は上々。
もう、俺たちでないといけない理由もなくなってきていた。
そういう風になるように誘導してきた。
そんな今の状況に思いを馳せていた俺は、無意識に、思わず、ポツリと言葉を溢した。
「もう、俺たちの役目は終わったのかもな」
俺がらそう呟くと、皆から「は?」という顔と目で見られた。
……あれ?
マリアとか「なに言ってんだ? コイツ」という目で見られてるし。
「なに言ってんの? アンタ」
言われた!
「そうですよ。いまだに魔道具業界をこれだけ荒らしまわっているくせに、よくそんな台詞が口にできますね?」
トールにもジト目を向けられた。
「そうで御座るよ。それよりシン殿、新型の魔道車はまだできないので御座るか? 拙者、魔道車にハマってしまったで御座るよ」
ユリウスが魔道車を運転していると、金髪マッチョがアメ車を乗り回している感じで全く違和感はなかったんだが……そうか、ハマったか。
「というか、引退して貰っちゃ困るッスよ! ビーン工房はウォルフォード君のお陰でてんてこ舞いなんスからね!」
「そうですよ! ちゃんと責任を取ってもらわないと!」
俺が一番迷惑をかけているビーン工房の若夫婦であるマークとオリビアも、俺の言葉に真っ向から反論した。
いや、すみません……。
「いやあ、ビックリした。まさか、そこにいるだけで周りに迷惑をまき散らすシン君がそんなこと言うなんて思いもしなかった」
「うふふ、ねぇ。思わず笑っちゃうとこだったわぁ」
うぉい! どういう意味だアリス!? そしてユーリはもう笑ってんだろうが!
「あはは、もし役目が終わったのなら、前世の話とか本にするのはどうかな? 僕、是非読んでみたいんだよねえ」
「そんなことしたら殿下の雷が落ちる。物理的に」
「そっかあ、残念」
「それに、放っておいてもウォルフォード君は勝手に騒動を起こす」
「それもそうかな」
クワンロンに行ってから、トニーは自分のオカルト好きを隠さなくなったな。
今でも暇を見つけては、今世で発行されているオカルトゴシップの本を片手に俺と雑談に興じることが多い。
というか、リンもアリスと同じで非道いな!?
別に狙って騒動を起こしてるわけじゃねえんだよ!
口々に非道いことを言われ、ガックリと肩を落としていると、オーグがポンと肩を叩いた。
その顔は、全て分かっているという表情だった。
「オーグ……」
俺の初めての友人にして親友。
お互いを従兄弟と思って接していて、誰よりも気兼ねなく付き合える存在。
きっと、今傷付いている俺のことも分かってくれているんだろう。
そう思っていたのだが……。
「シン、隠していてもいずれ露見する。今考えていることがあるなら今の内に白状しておけ」
「オーグ!?」
なにも分かってなかった!?
それどころか、誰よりも俺のことを疑ってやがった!
「もういいよ! 俺は、皆が成長してきたから、もう俺の手は必要ないかなって思っただけなのに!」
俺がそう言うと、皆は「ああ」とようやく納得したような顔になった。
「ああ、ビックリした。まさかこの歳でもう引退するつもりなのかと思った」
「ですねえ。そんなことできるはずもないのに」
「シン殿は、御自分の影響力の凄さを見誤っているで御座るな」
「思い付くもの全てが世間に衝撃を与えるッスからねえ」
「そんな人が引退なんて、なんの冗談かと思いましたよ」
「もしシン君が引退なんかしたら大変だよ?」
「そうねぇ、世間が大騒ぎするわねぇ」
「でも、もし引退したらどうなるのかねえ」
「想像できない。今は時代の過渡期。ウォルフォード君なしでは成り立たない」
「そういうことだ。当分引退して楽隠居なんかできないから、覚悟しておけよ?」
皆が口々にそう言って、留めにオーグから引退なんて当分先の話だと釘を刺された。
はあ、分かりましたよ。
頑張ればいいんでしょ、頑張れば。
そう思ってやさぐれていると、シシリーがそっと俺の腕を掴んだ。
「シン君の言いたいことは分かりますよ。アルティメット・マジシャンズも商会も魔道具業界も活性化してきてますから、シン君がいなくても今後も発展するでしょうね」
そうそう! そういうことを言いたかったんだよ!
「でも、今まで先頭を走ってきたシン君が突然いなくなると、皆どうしていいか分からなくなります。だから、やっぱり引退するのは早いですよ?」
「いや、引退するつもりはなくて、その最前線をちょっと引こうかなって思っただけで」
「そうなんですか? でも……」
シシリーはそう言うと、子供たちに目を向けた。
「子供たちにとって、世界の最前線で頑張っているパパは自慢なんです。皆パパのことが大好きですけど、頑張っているパパが一番好きなんですよ」
シシリーの言葉に吊られて俺も子供たちを見る。
すると、俺の視線に気付いたのか、シャルが大きく両手を振った。
「パパー! ママー! 一緒にあそぼー!!」
楽しそうに手をふるシャルに続いて、シルバーからも声をかけられた。
「お父さーん、お母さーん。さすがにこれはちょっと多すぎるよー!」
八人の幼児たちの面倒を見ているシルバーが、さすがに人数が多すぎると助けを求めてきた。
シルバーの側にはヴィアちゃんがいて一緒に幼児たちの面倒をみているけど、なぜかちょっと上気した顔をしてなにかブツブツ言っている。
シルバーの救援要請もあったので近付いていくと「おにいさまときょうどうさぎょう……こども……うふふ」と呟いていた。
……いや、マジで六歳だよね?
ちょっと未来にトリップしているヴィアちゃんにドン引きしていると、足元にしがみつく存在がいた。
「ぱぱー!」
青い髪の、シシリーによく似た息子ショーンが、満面の笑みを浮かべて俺にしがみ付いていた。
そのショーンを抱き上げた俺に、シシリーが寄り添う。
「ふふ、ほら。引退なんてしている場合じゃないですよパパ。これからも、この子たちに立派な背中を見せてあげないと」
そう言われてショーンを見ると、ニパッと笑って俺にしがみ付いてきた。
側に寄ってきたシルバーに、労いの意味を込めて頭を撫でると、照れ臭そうに、しかし嬉しそうに微笑んだ。
「すーるーいー!! シャルもー!!」
「おわっ!!」
息子たちと触れ合っていると、娘であるシャルが嫉妬したのか全速力で走ってきて、俺の背中に飛びついた。
「私が先に呼んだのに!! ズルイ!」
背中に張り付いたシャルが、そう文句を言ってきた。
いつの間にか、俺は子供たちに囲まれていた。
それを見て、シシリーは楽しそうに笑っている。
「そうだな……引退なんてしてる暇はないな」
「え? なにー?」
「いや、なんでもないよ。よーし! それじゃあ、ここからは俺たちも一緒に遊ぶぞー!」
俺はそう言うと、魔法で海水を持ち上げ、上空からシャワーのように降らせた。
「わー!」
「きゃー!」
「あははは!」
子供たちは突然の海水シャワーに大興奮だ。
シルバーは、俺を見上げて「すごい……」って尊敬の目で見てきている。
そうだな。
俺は、これからもこの子たちの目標でいないといけないんだ。
いつの日か子供たちが俺を追い越す日まで、俺は走り続けよう。
そう、この夏の日に誓った。
ちなみに、海水シャワーは親たちにも降り注ぎ、海水で髪がベトベトになったと、大人たちからは猛抗議を受けるのであった。
……締まらないけど、これはこれで俺たちらしいかな?
長らくご支援いただき、ありがとうございました。
ここまで来れたのも、応援してくださった皆様のお陰です。
今後の予定について活動報告にお知らせがありますので、よろしければそちらをご覧ください。
ちなみに、番外編を投稿する予定がありますので、連載中のままにさせて頂きます。