ある日のシルバーの学院生活
アールスハイド初等学院四年生の教室。
一つ前の授業が終わり、教室内は二通りの反応に分かれていた。
ソワソワと落ち着かない者。
そして、それを羨ましそうに見ている者たちだ。
ソワソワしているのは、次の授業が魔法実習なので待ちきれない魔法適性のあった生徒。
羨ましそうに見ているのは、魔法適性がなかった生徒たちだ。
「よおシルバー、実習棟行こうぜ」
「あ、うん」
その中で、アレンがシルベスタに魔法実習に行こうと声をかける。
声をかけられたシルベスタは、周囲の羨ましそうな視線を感じつつもアレンとクレスタと共に魔法実習棟に向かう。
「やれやれ、羨ましいのは分かるけど、こればっかりはしょうがないからなあ」
「そうですね。魔法適性があるかどうかは生まれつきのものですし」
教室内での嫉妬と羨望の眼差しが鬱陶しかったのか、アレンが溜め息を吐く。
クレスタも、魔法が使えるかどうかは生まれつきの体質みたいなもので、妬んでもしょうがないのに、という表情だ。
しかし、シルベスタは違う意見のようだ。
「別に、魔法使いじゃなくても立派な人は沢山いるんだから、羨む必要なんかないのにね」
「例えば?」
「ミランダさんとか」
「比べる相手が騎士団のアイドルとか、やっぱお前の周りはスゲエな……」
「ミランダさんが普通に家のリビングでお茶してるもんね……」
シルベスタの返答に、普段のウォルフォード家の様子を思い出したアレンとクレスタは改めてウォルフォード家の異常さを感じていた。
「皆お父さんとお母さんのお友達だから、凄いって言われてもなあ……」
「お前、気付いてるか?」
「なに?」
「お前の言ってること、シン様と全く同じだぞ?」
そう言われたシルベスタは、滅茶苦茶驚いた顔をした。
「え!? ホントに!? 僕、お父さんと一緒!?」
「そんな感動するとこ!?」
「あはは、シルバー君は、そのうちシン様みたいになるかもしれませんね」
「そう? ホントにそう思う!?」
「え、ええ」
「そっかあ、お父さんと一緒かあ」
尊敬してやまない、大好きな父と同じだと、将来は父のようになるかもと言われたシルベスタは、今まで見せたことがないくらい喜んだ。
あまり見たことがないシルベスタのそんな姿を見て、アレンとクレスタは苦笑した。
「しかし、シン様みたいとなると大変だぞ?」
「ふふ、目標は遠いですね」
「いつか追い付いてみせるよ!」
いつも穏やかであまり感情を高ぶらせることがないシルベスタが興奮している。
それくらい、父はシルベスタにとって大きい存在なのだ。
「だから、今日の魔法実習も頑張らないとね!」
「ああ、そうだな」
「ええ、頑張りましょう」
改めてこれから行われる魔法実習を頑張ろうと意気込む三人。
今日の魔法実習はなんだろう? などと話ながら歩いていた三人だったが、アレンがふと思い出したようにシルベスタに訊ねた。
「そういえば、シン様の課題、できた?」
「うん、できたよ」
「は~、シルベスタはいいよなあ。シン様がいなくても最高の魔法講師が何人も家にいるんだからさ」
「私たちは、家に帰ったら練習できないもんね」
初等学院生は、魔法に長けた監督役の人間がいないと魔法の練習をしてはいけない。という決まりになっている。
この決まりは、シンが作った魔力制御用の魔道具のお陰で暴走事故が起こることは無くなったが、子供が勝手に魔法を覚えて、それを使っての事故を起こさないようにするためのもの。
マーリンがシンを放置したことで勝手に魔法を創作し、いつのまにやら手の付けられない状況になったいたことを踏まえて、アウグストが法によって定めたものだ。
子供の自由意志を奪うのでは? との懸念を口にする者もいたが、シンと今の子供たちではそもそもの前提が違う。
シンが幼いころから魔法を使って事故を起こさなかったのは、幼いころに前世の記憶が蘇り、精神的には大人と同等になっていたからだ。
そういった事象は本当に稀なケースなので検討の材料からは排除した結果、初等学院生の魔法練習に監督役は必須となった。
監督役も、ちゃんと魔法師団が監督者ライセンスを発行しているので、それを持っている者しか監督役にはなれない。
なので、家にそういう人物がいない、もしくは魔法の家庭教師が雇えなかった場合、家で魔法の練習をすることは禁止。
その点、ウォルフォード家にはシン以外にも魔法に長けた人物が複数存在する。
当然のように、全員監督者ライセンスを持っている……というか、必要な試験を受けていないが、シンたちにそんなものは不要と、ある日突然ウォルフォード家で魔法が使える全員分のライセンスが送られてきた……ので、誰からでも魔法を教わることができるのだ。
魔法適性がなかった生徒からだけでなく、今度はアレンとクレスタから羨ましそうな視線を受けたシルベスタは「あ、あはは」と笑って誤魔化した。
「まあ、学院だけじゃなくて、シルバーの家にいる間限定でも練習できる俺らは恵まれてるんだろうけどな」
「本当に、凄い贅沢です。ウチでは両親だけでなくて祖父母まで羨ましがってました」
「聖女様と賢者様と導師様だもんな」
「信じられないくらいの幸運です。私、一生分の運を使い果たしてしまったのではないかと、時々不安になります」
「俺も」
「そう?」
シルベスタは、自分の家族が世間から物凄く尊敬されていることを知っている。
しかし、周りからいくらそう言われても、シルベスタにとって彼らは生まれたときからずっと一緒にいる家族。
優しくて面白い父、慈愛溢れる聖母だけど怒ると怖い母、ただただ優しい曾祖父、多分世界で一番怖い曾祖母。
彼らは、家の中に外での立場を一切持ち込まないので、家にいるときは本当に普通の家族。
だから、周りからどんなに言われてもそれが普段の家族の姿とどうしても一致しない。
結果、シルベスタは自分の家族に纏わる話にピンとこないのだ。
「まあ、シルバーはそのままでいてくれ」
「ですね」
「なにそれ?」
アレンとクレスタの感情がどういうものか理解できずに、シルベスタは首を傾げる。
「はは! まあ、気にすんな。それより、俺たちだけ魔法の技術が先行してると、またいらん嫉妬をされそうだよなあ」
「そうですねえ。魔法適性が無い子だけじゃなくて、同じ魔法を習っている人からも妬まれそうです」
「これが、持てる者のさだめか……」
なんか格好つけてそんなことを言うアレンに、シルベスタは噴き出した。
「あはは! なにそれ?」
「ん? 格好良くないか?」
「ちょっと痛々しい感じですわ……」
「クレスタ!?」
自分の最大の味方であると思っていたクレスタからの手ひどい裏切りに、アレンはわざとらしくショックを受けた顔をした。
その顔を見てまた笑い出したシルベスタだったが、ふとあることを思い出した。
「あはは! ああ、そういえば」
「ん? どうした?」
「この前、お父さんとオーグおじさんが話してたんだけどね」
「お、おう」
アルティメット・マジシャンズ代表と王太子殿下の話ということで、さっきまでのふざけ合っていた表情から、急にアレンとクレスタは真剣な顔になった。
アレンとクレスタにとって、シンとアウグストの話は軽い気持ちで聞いていいものではないのだ。
「ど、どうしたの?」
「なんでもない。それで?」
「なんか来年、魔法適性の再検査するらしいよ」
シルベスタの話を聞いたアレンとクレスタは、一瞬目を見開いたが、すぐに首を傾げた。
「え? なんで?」
「さあ? そこまでは話してなかった」
「へえ。なんでだろうな?」
「まあ、シン様と王太子殿下のお考えなんて、子供の私たちには到底理解できませんよ」
不思議そうなアレンに対し、雲上人の考えなんて理解できないとクレスタは最初から理解することを放棄していた。
「それはそうなんだけどさあ、理由が知りたいじゃん」
「でも、それって私たちが聞いていいことなんですか?」
「う……」
確かに、アルティメット・マジシャンズ代表と王太子の話は重要な話であることが予想される。
その中に国家の重要機密が含まれていてもおかしくない。
そんな話を、初等学院生の自分たちが聞いてもいいのだろうか?
クレスタは純粋にそう思ったのだが、興味津々だったアレンは気まずそうに視線を逸らせた。
「ま、まあ、理由はともかく、再検査するってのは決まりなのか?」
「うん。来年の新四年生の検査と一緒にやるって」
「本当に、なんなんだろうな?」
「もしかして、再検査したら魔法適性があったりして」
再検査ということは、一度検査を受けて魔法適性がないと判断された人物が対象ということだ。
わざわざ再検査するのは、そういった人物が再検査することで魔法適性が現れるかもしれないと考えているのかも? とシルベスタは思ったのだが……。
「それはないだろ」
「そうですよ。魔法が使えない人は一生使えない。これは常識です」
「うーん、そっかあ」
シルベスタの予想は、実は当たっていたのだが、そんなことは知る由もない三人は、思考を今日の魔法実習に切り替えた。
そして、皆がまだ魔力制御に四苦八苦している中で、シルベスタたち三人だけはすでに魔法への変換までできるようになっており、予想通り嫉妬されるのだった。




