子供たちと雑談
シャルが初等学院に入学して少ししたころ、初等学院で友達になったアリーシャちゃんが家に遊びに来てくれた。
そういえば、シルバーが一年生のときに初めてアレン君たちを家に招待したときはなぜか父親が一緒に来ていたけど、今回は馬車による送迎はあったがアリーシャちゃんは一人で来た。
まあ、アレン君とクレスタさんの父親とはあのときが初対面だったけど、アリーシャちゃんの両親とは入学式のときに挨拶したからな。
そういえば、俺はシルバーが友達の家に遊びに行くときに挨拶をしに行っていないけど大丈夫なんだろうか?
シルバーからは特になにも言われていないけど、気になったので同じく遊びに来ていたアレン君に聞いてみた。
「アレン君、俺はシルバーが友達の家に遊びに行くときに挨拶をしに行っていないんだけど大丈夫なんだろうか? 無礼だとか失礼だとか言われてない?」
俺がそう訊ねると、アレン君はその顔に苦笑を浮かべた。
「あー、すみませんシン様。僕とクレスタの父が友人の家に初めて遊びに行くから挨拶をしに来たというのは口実です。本当は、賢者様と導師様に会いに来たんですよ」
シルバーと友達になって三年。
初等学院四年生となったアレン君はしょっちゅうシルバーから家に遊びに来るよう誘われているので、初めてのころと比べると大分打ち解けてくれるようになってくれた。
今も、自分の父のことを呆れたようにため息交じりに話している。
「そっか、アレン君やクレスタさんのお父さん世代だと、英雄っていえば爺ちゃんなんだな」
爺ちゃんたちが現役のころを知っているのは彼らの祖父母世代だろうけど、両親世代だと子供時代に爺ちゃんたちの英雄譚を聞かされて育つ。
子供の頃からの英雄がいる家に行ける口実があれば、来たくなるのも分かるな。
俺がそうやって納得していると、アレン君がまた苦笑を浮かべた。
「シン様もそういう対象なんですけどね」
「そう言われてもなあ」
俺には英雄願望なんてのはなく、目の前にある問題を解決していったら、いつの間にか今の地位に祭り上げられていたという感覚が強い。
だから、今の状況には戸惑いを覚えることはあっても自慢したりする気にはならない。
そういったことをアレン君に話すと、アレン君と一緒に来ていたクレスタさんも驚いたように目を見開いた。
シルバーはアレン君とクレスタさんなぜ驚いているのかが理解できないようでキョトンとした顔をしている。
俺も分からん。
「二人とも、なんでそんな驚いてるの?」
俺も知りたい、なんで?
「え、だって、シン様くらいの実力を手に入れようと思ったら、英雄になるんだっていう意気込みを持って修行に取り組まないと無理だろ?」
「むしろ、自然に英雄になったシン様に驚きです……」
ああ、そういうことか。
「まあ、それは環境のせいだろうね。俺は、知っての通り子供のころから爺ちゃんと山奥で暮らしててね、子供が魔法を使っちゃいけないなんて知らなかったんだ。だから、爺ちゃんや婆ちゃんが魔法を使うところを見て、見よう見まねで魔法を使うようになっちゃったんだよね」
これは俺のことが書かれている本にも載っていることなので、アレン君とクレスタさんも知っていたようだ。
最近、魔力を暴走させずに安定させる魔道具を俺が発明したことで、魔法の使用開始が十歳まで引き下げられたが、それ以前は精神的に未熟な子供が魔力を扱うと暴走させる事故が起こることがあるので中等学院生になるまで魔法を教えることはなかった。
まあ、厳密に法律で禁じられているわけではないが、推奨はされていなかった。
それを知らなかったのは、爺ちゃんがその辺適当だったのと、当時は婆ちゃんが一緒に住んでいなかったので俺のことをずっと見ていなかったというのが大きい。
婆ちゃんが気付いたときには、すでに俺は魔法が使えるようになっていて、頭を抱えていたのを覚えている。
その後、爺ちゃんがシメられていたのも、
「まあ、そんな感じで世間の常識を知らないまま子供のころから魔法を使い続けていてね、しかも比較対象が爺ちゃんしかいなかったし、爺ちゃんは年寄りだしあんな山奥に引っ込んでる隠居だから街にはもっと凄い魔法使いが一杯いるって思い込んでいたんだよ」
「「賢者様より凄い魔法使いって……」」
「爺ちゃんが賢者様なんて言われてるのも、十五歳の誕生日に初めて知ったなあ。それまで、爺ちゃんも婆ちゃんも過去なんて話してくれなかったから。それで、その頃には目標だった爺ちゃんを追い越すことができていたんだよ。そのときは、まだ世間の魔法使いのレベルを知らなくてね、高等魔法学院の入学試験で色々やらかしてしまって……」
懐かしいな。あの試験のことは語り草になっていると、当時の担任だったアルフレッド先生に聞いたことがある。
「それからはまあ、大体本に書かれてる通りかな? ……恥ずかしくてちゃんと目を通してないけど」
結局、俺が世間から魔法使いの王だのなんだの言われているのは、前世には無かった魔法が面白くて仕方がなくて滅茶苦茶鍛錬してしまったことと、魔法を教えてくれたのが当時最高位の魔法使いだった爺ちゃんが指導してくれたからだ。
俺自身に特別な才能があったわけでもなく、かつてダームにいたヒイロさんに言われたようなチートも持っていない。
世間一般の常識を知らなかったせいだ。
だから、周りから英雄だのなんだのと言われると全力でやめてくれと言いたくなる。
そんな話をすると、アレン君とクレスタさんはようやく納得した顔になってくれた。
「シン様が過去最高の魔法使いにも関わらずこんなに謙虚なのは、そういった事情があったからなのですね」
「凄いです! これは『新・英雄物語』にも書かれていない新事実ですわ!」
アレン君は感心してくれたようだけど、クレスタさんは別のことに感動したようだ。
クレスタさんは、家に来始めたころに比べると大分変わったな。
俺とシシリーは、時々クレスタさんから本に書かれている内容……特に恋愛関係について聞かれることが最初は多かったのだが、最近ではそれ以外のことについても質問されるようになっていた。
実際の俺たちの恋愛事情と本に書かれている内容に多少の齟齬があることに関心を持ち、実際の事象をどのように編纂すれば読者に興味を持ってもらえる内容にできるのか、とか。そんなことに興味を持ちだしたのだ。
クレスタさんは作家志望なのだろうか?
いや、彼女の様子を見ていると二次創作作家になりそうな気配もする。
爺ちゃんと婆ちゃんの話も、二次創作が山ほど出ていて、俺は詳しく知らないけど俺たちの物語にも二次創作はあるらしい。
俺たちの学院生活を創作し、学院ものとして発表されているまともな作品もあれば、俺とオーグの絡みがある悍ましい物語まである。
……まだ九歳だし、クレスタさんがそっちに興味を持つとは思えないけど、できればそっち方面には進んでほしくない。
今から誘導すべきか?
いや、今から将来を決めつけるのはよくないな。
けど、もしクレスタさんが作家に興味を持つようだったら、アルティメット・マジシャンズの事務員であるアルマさんを紹介してあげてもいいと思う。
彼女は『アマーリエ』というペンネームで小説を書いている、結構な売れっ子作家だ。
それだけでも十分食べていけるのだが、彼女はダームから派遣されてきているアルティメット・マジシャンズの事務員という立場がある。
これが結構重要な立場なので、おいそれと退職などできない。
本人にもその意志はないしね。
彼女の書く作品は、純愛ものが多いので、倒錯した世界に進まないようにアルマさんに導いてもらうことも考えておこう。
あ、そういえば。
「そういえばアレン君たちはもうすぐ十歳だよね? 魔法使いの適正検査はもうしたのかい?」
俺がそう訊ねると、アレン君とクレスタさんはそろって頷いた。
「はい。魔法使いの適正がありました」
「私もです」
さっきも言ったように、魔法を教える年齢が十歳に引き下げられたことで、二人ももうすぐ魔法を教えてもらうことになる。
ただ、正確に十歳で魔法を教えると誕生日が早い子と遅い子で習い始める時期に差が出てしまうので、初等学院四年生になったら、というのが通例になっている。
というか、最初に教え始めたときにその問題が出たんだよね。
十歳という年齢も、厳密に理由があるわけではない。
王族であるメイちゃんが、十歳から魔法を習い始めても大丈夫だったからという、ただそれだけの理由である。
なので、初等学院四年生の間に皆十歳になるので、魔法を教えるのは十歳から……というより初等学院四年生からという感じになっている。
でも、そうか、二人とも魔法使いの適正があったのか。
「僕も適性あったよ。一緒にがんばろうね」
そう、シルバーも魔法使いの適正があった。
魔法使いの適正に遺伝が関係しているのかは分からないけど、本当の両親であるシュトロームもミリアも魔法を使っていたし、魔法が使える可能性は高いと思っていた。
この世界の人間には必ず魔力を帯びている。
その魔力を基礎魔力と呼ぶが、魔道具はその基礎魔力に反応して起動するので、魔法が使えない人でも魔道具を使うことはできる。
魔法使いの適正とは、その基礎魔力で空気中にある魔素に干渉できるかどうかで決まる。
出来ない人は、一生できない。
いや、方法がないわけではない。
しかし、その方法を取った人間を二人知っているが、二人とも魔人化してしまった。
絶対の禁忌なのだ。
そういえば、最近は魔法使いの適正を持っている人が増えた印象がある。
メイちゃんの友人でるコリン君やアグネスさんも魔法使いの適正があった。
アレン君とクレスタさんもそうだ。
そういえば、魔力制御用の魔道具はウォルフォード商会で用意しているのだが、年々受注量が増えている気がする。
……ふむ、これはちょっと調べてみる必要があるかもしれないな。
そんなことを考えている間にもシルバーたち三人は話を続けていた。
「あ、そうだ。お父さん、アレンたちにも魔法を教えてあげてよ」
「ん? ああ、いいよ」
「「え!?」」
シルバーからのお願いに、俺が軽く返事をするとアレン君とクレスタさんが立ち上がった。
「「よ、よろしいのですか!?」」
二人揃ってそんなことを言っているけど、アレン君もクレスタさんもシルバーの大事な友人だ。
それくらいなんてことない。
「ああ、もちろん。シルバーにはもう教えているし、二人に教えることはなんの問題もないよ」
「「え?」」
俺がそう言うと、アレン君とクレスタさんはシルバーを見た。
その目は、ジト目になっている。
二人から視線を向けられたシルバーは、苦笑しながら頬をポリポリと掻いている。
「あ、あはは。お父さんに頼んだら教えてくれるって言うから……」
シルバーは、幼いころから魔法に興味を持ち教えて欲しいとお願いしてきていた。
あまり我儘を言わないシルバーの数少ない我儘だったのだが、さすがに子供に魔法を教えてはいけないことはもう分かっているのでそれはしなかった。
代わりに玩具の魔道具を作って与え、それでシルバーの目を逸らし続けていたのだが、先日初等学院四年生になったことで「もういいよね! お父さん、魔法を教えて!」とキラキラした目でお願いされてしまえば、俺に断ることはできなかった。
その玩具の魔道具だけど、シルバーの反応が良かったので一般販売もされている。
生活用の魔道具のように水が出たり火が付いたり温風が出たりするわけではなく、ただ光ったりクルクル回ったりするだけのものだが、幼児には受けがいいのだ。
ちなみに、家には俺の作ったまだ販売されていない玩具の魔道具……魔道玩具がいくつかあり、アリーシャちゃんはシャルの部屋でヴィアちゃんたちとそれで遊んでいる。
前に遊びに来てくれたときに聞いたのだけど、アレン君とクレスタさんも魔道玩具を購入して時々遊んでいたと聞いたことがある。
「……ん?」
俺があることに引っ掛かりを覚えている間に、アレン君とクレスタさんがシルバーに詰め寄っていた。
「ズ、ズルいぞシルバー! なに抜け駆けしてんだ!!」
「そ、そうですよ! しかも、シン様に教えてもらっているなんて!!」
「なんて贅沢な!!」
「まったくですわ!!」
「いや、だから二人にもお父さんから魔法を教えて欲しいってお願いしたじゃない」
シルバーの言葉にハッと気が付いた二人は、改めて俺の方を見た。
「「よろしくお願いします!!」」
「あ、ああ。うん」
一応、俺はメイちゃんやコリン君、アグネスさんを指導した経験があるので大丈夫だろう。
そのことを今更心配はしていない。
それよりも、俺は別のことに気を取られていた。
「魔道玩具……か」
これは、久々のオーグ案件かもしれないな。