おともだち
アールスハイド初等学院の入学式は滞りなく終了し、新入生たちは教室に移動した。
ここからは保護者と別れ、子供たちだけでの行動になる。
貴族や、平民でも良家の子供である新入生たちは、親や使用人たちに囲まれていることが常であるため、親から離れることに不安そうな顔をしている子がほとんどだ。
親たちの方も、離れていく子供たちのことを心配そうに見ているが、中でも一際心配そうな顔をしている親がいた。
「シャルの奴、大人しくしてるだろうか……」
「シルバーのときはそんな心配はなかったんですけどねえ……」
シャルロットの両親であるシンとシシリーである。
心配されているシャルロットの方はといえば、オクタヴィアに楽しそうに話しかけている。
オクタヴィアは最初アウグストとエリザベートから離れることに不安そうな顔を見せていたが、シャルに話しかけられたことで不安な気持ちよりシャルとのお喋りの方に気を取られたのか、もうそんな表情は見せていなかった。
「シャルがいれば、ヴィアは安心だがな」
「そうですわね。まあ、シャルの親であるシンさんやシシリーさんからしたら心配でしょうがないでしょうけど」
オクタヴィアの両親であるアウグストとエリザベートからすれば、娘の緊張と不安を解消してくれるシャルロットの存在が有難い。
だが、シンとシシリーからすればシャルロットの読めない行動が心配でしょうがない。
入学早々騒ぎを起こさないといいけれど……。
そんな両親の心配などシャルロットは知る由もなく、同じクラスになったいつもの四人組で楽しそうに話をしていた。
担任教師の先導で教室に到着した生徒たちは、皆緊張しているのか大人しく指定された席に座っていた。
唯一、シャルロットだけは物珍しそうに辺りをキョロキョロしていたが。
そんな借りてきた猫状態の新入生たちを見た女性の担任教師は、皆を安心させるためにふわりと微笑んだ。
「皆さん、入学おめでとうございます。私は皆さんの担任となるカトレア=フォン=イルマーレと言います。よろしくお願いします」
『よろしくおねがいしまーす』と、子供たちから返事がある。
その様子に満足そうに頷いたカトレアは、生徒たちを見回しながら話し始めた。
「さて、皆さんには始めにお話ししておかないといけないことがあります。この学院には、王族、貴族、平民と色んな人が通っています。身分を忘れて皆平等に……とはいきませんが、身分を笠に着ることはしてはいけません。また身分を笠に着てはいけないということを逆手にとることもしてはいけません。わかりますか?」
カトレアの話は、新一年生には難しかったようで皆首を傾げている。
それもそうだろうなと思いつつ、カトレアは例を出して話し始めた。
「例えば、爵位が上の子が、爵位が下の子や平民の子を見下したり横柄な態度を取ってはいけません。それを許してしまうと、特に平民の子はなにも言い返せず、まるで貴族の子の奴隷のようになってしまいますよね?」
カトレアの言葉に、生徒たちは頷く。
「だから、特に爵位の高い家の子たちは気を付けて下さいね。皆、同じ学院に通う仲間なのですから」
その言葉に、このクラス、いや校内でも最高位の王族であるオクタヴィアが「分かりましたわ」と同意した。
オクタヴィアが同意したことで、他の貴族の子たちも「はい」とか「わかりました」など次々と同意していく。
その様子を、平民の子たちはホッとして見ていた。
そんな平民の子たちを見て、カトレアは再び口を開いた。
「逆に、だからといって身分の低い子たちが身分の高い人たちに無礼を働いていい訳ではありません。それを許してしまうと、今度は身分の高い子たちが何も言えなくなってしまうでしょう?」
カトレアがそう言うと「あ! わたし、知ってる!」と一人が大きな声をあげた。
シャルロットだ。
「『この学院では皆平等なのにぃ、平民だと差別するんですかぁ! ひどぉ~い!』ってやつ!」
なぜか妙に語尾を伸ばし鼻につく話し方をするシャルロットに、皆がクスクス笑っている。
「そうそう、よく物語などで目にするシーンです。よく知ってますね?」
「この前、パパと観に行ったお芝居でやってた! ああやってヒロインぶってる人のこと『ヒドイン』って言うんだって!」
そのシャルロットの言葉に、教室が笑いに包まれた。
「言い得て妙ですね。そうです。つまり、身分が下の子は身分が上の子を敬う。身分が上の子は下の身分の子を護る。つまり、皆さん仲良くしましょうねということです。わかりましたか?」
カトレアがそう言うと、子供たちは『はーい!』と大きな声で返事をした。
先ほどのシャルロットの発言で笑いが起こったため、大分緊張が和らいだようだった。
「さて、今日は皆さんの自己紹介をしたら終わりにしましょう。それでは、そちらから順番にお願いします」
こうして子供たちの自己紹介が始まった。
一クラス分の自己紹介となると結構な人数になるので、一度で覚えきれるものではない。
ああ、なんとなくこんな子もいるな、という程度の認識が生まれるだけなのがほとんどなのだが、そんな中で一際目立ち一度で顔と名前を覚えてもらえる子もいる。
「オクタヴィア=フォン=アールスハイドです。父は王太子であるアウグスト。ですが、私の友人は平民が多いですので、皆様も仲良くして頂けるとありがたいですわ」
アールスハイド王国王太子アウグストの第一子である王女オクタヴィアのことは、自己紹介をするまでもなく全員が知っていた。
その王女の友人に平民が多いということに、クラスメイトになった子供たちは驚いていたが、同時に希望も見出していた。
平民と友人になっているのなら、自分とも友人になれるのではないか?
特に男子には、オクタヴィアと仲良くなれば将来の王族の夫の地位も手に入るかもしれないという希望が生まれていた。
「マックス=ビーンです。うちはビーン工房っていう工房をしています。みんなも良かったらお父さん、お母さんと一緒に買い物に来てくださいね」
マックスの自己紹介でもざわめきが起きた。
朝の一件で、彼がオクタヴィア王女殿下と懇意なのは分かっていた。
だが、彼らの親はともかくクラスメイトたちはマークやオリビアの顔を知らなかった。
なので、どこの子だろうと思っていたのだ。
それが、ビーン工房の子だという。
ビーン工房といえばアルティメット・マジシャンズ代表であるシンとの交流も深く、王都民であれば知らない者はいないほどの大工房。
しかも、両親はアルティメット・マジシャンズのメンバーである。
そんな大工房の御曹司がクラスメイトにいるとは思いもしなかったのでざわついたのである。
「……レイン=マルケスです。よろしく」
レインの自己紹介では、皆が「え? それだけ?」と、別の意味で困惑した。
なんというか、やる気のなさそうな感じというかマイペースな感じというか、皆に名前を憶えて貰おうという気概を感じない自己紹介だった。
しかし、子供たちはレインもマックスと同様、オクタヴィアと仲良さそうにしていたところを目撃している。
彼も平民だけど名のある親の子に違いないと感じていた。
というのも、親の世代では有名なのだが、子供たちはレインの親であるクリスティーナとジークフリードのことを知らない。
あまりにも簡潔な自己紹介に、結局どこの子なんだ? とクラスメイトたちを悩ませることになっていた。
そして、ついにクラスメイトたちが一番注目している生徒の番になった。
「シャルロット=ウォルフォードです! ヴィアちゃんと、マックスとレインとはお友達だけど、皆ともお友達になりたいです! よろしくお願いします!」
シャルロットの挨拶は、まさに元気いっぱいという挨拶だった。
お淑やかに育てられる貴族の女子がこんな挨拶をしようものなら眉を顰められそうなものだが、シャルロットは平民であるし、なにより名乗った『ウォルフォード』という名の前には、全て霞んでしまった。
やっぱりそうだ! ウォルフォード家の子だ! 魔王様と聖女様の子だ!
子供たちの思考はそれぞれそういった感情に支配され、シャルロットの振る舞いなど気にならなかったのだ。
産まれたときから読み聞かせられた英雄譚。
その生ける伝説であるシンの子が目の前にいる。同級生になれた。
どうにかしてお近づきになりたいと思考を巡らせる子供たちだったが、ただ一人そうではない子がいた。
こうして全ての生徒の自己紹介が終わると、カトレアは皆を見渡した。
「はい。皆さん、ありがとうございました。一度では覚えきれないと思いますが、一年間同じクラスですので、仲良くしていればその内皆さん覚えるでしょう。今日はこれで終わりです。明日は、これからの予定をお話ししたあと、校内見学の予定ですので楽しみにしていて下さいね。それでは、保護者の皆様は講堂におられるので、戻って合流してください。それでは、さようなら」
カトレアはそう言うと教室を出て行ってしまった。
講堂はさっきまでいた場所。
さして複雑な順路でもないし、講堂自体は見えている。そこに戻るだけなので迷う心配もないだろうし、そもそも明日からは生徒たちだけで行動するのだ。
そ初等学院新入生に対するものとしては割と厳しい判断だが、この学院に通う生徒は貴族や裕福な商人の子ばかり。
それくらい出来て当然、というスタンスなのである。
教師がいなくなった教室は、早速ざわめきに包まれた。
席が前後、隣になった者同士でお喋りをしだす子。
どうしていいか分からずオロオロする子。
色々いたが、教室を出て行こうとする子はいなかった。
皆、オクタヴィアやシャルロットとお近づきになれないかと機会を伺っているのである。
そのシャルロットは、カトレアが出て行ってすぐにオクタヴィアの元へとやってきた。
「ヴィアちゃん、帰ろ!」
シャルロットのその言葉に、一同はザワついた。
『ヴィアちゃん』
畏れ多くも王女であるオクタヴィアを愛称で呼んだ。
さすがウォルフォード家の娘。
親同士が親友なだけはある。
皆はそう納得したのだが……。
「ちょっとあなた!!」
一人の女生徒が目を吊り上げながらシャルロットに近付いてきた。
「え? わたし?」
「そうですわ! あなた、さっきの先生のお話を聞いていませんでしたの!?」
女生徒はビシッとシャルロットを指差して叫ぶ。
「高位貴族……特に王族であらせられるオクタヴィア殿下は下の身分の者に横柄な態度は取れない。それを逆手に取って愛称で呼ぶなど言語道断ですわ!!」
女生徒はそう叫ぶが、シャルロットはなぜ怒られているのか分かっていない。
「えー? ヴィアちゃんはヴィアちゃんだよ? ずっとそう呼んでるもん」
ヴィアをヴィアと呼んでなにが悪いのか?
物心ついたときからオクタヴィアと一緒にいるシャルロットはそれ以外の呼び方で呼んだことがない。
なので、女生徒の憤りに本気で困惑していた。
女生徒は、困惑している様子のシャルロットに増々怒りを感じたようで、顔を真っ赤にしながらさらになにかを言おうとした、が、それをオクタヴィアが遮った。
「ええっと、確か、アリーシャさんでしたか?」
王女オクタヴィアから名前を呼ばれた女生徒……アリーシャは、さっきまでの怒りはどこえやら、さっきとは別の理由で顔を赤くした。
「は、はい! そうです! アリーシャ=フォン=ワイマールです! オクタヴィア王女殿下から名前を呼んでもらえるなんて……」
貴族の娘であるアリーシャは、王族であるオクタヴィアに名前を覚えてもらい、尚且つ呼んでもらえたことで感激し、目には涙まで浮かべている。
そんなアリーシャを見て、オクタヴィアは小さく微笑んだ。
それを見て、増々感激するアリーシャにオクタヴィアが告げた。
「シャルとは、わたくしたちが赤ん坊のころからの付き合い。姉妹同然に育った仲なのです。なので、シャルからはヴィア以外の呼び名で呼ばれたことなど一度もありません。なので、大目に見てもらえませんか?」
アリーシャとしては、いくら親同士が親友とはいえ王族と平民である。
アールスハイド貴族の娘であるアリーシャにとって王族とは最も敬うべき相手であり、それがたとえ英雄の娘であったとしても愛称で呼ぶなど許されざる行為だった。
しかし、当の本人であるオクタヴィアからそう言われてしまえば、アリーシャとしてはそれ以上この件に異を唱えることはできない。
なので、アリーシャは唇を噛み締めながら「分かりました」とオクタヴィアの言葉に頷いた。
言葉とは裏腹に全く納得していなさそうなアリーシャの様子を見て、オクタヴィアは少し困った顔をしてしまった。
だが、そんな顔をしたオクタヴィアに別方向から声がかかった。
「ヴィアちゃん、そんな顔しないで。いつも好き勝手やってるシャルに文句を言う子なんて今までいなかったんだから、いいことじゃない?」
「ヴィア、こういう子は貴重。シャルはおれたちの言うこと聞かないから」
マックスとレインは、天真爛漫と言えば聞こえはいいが好き勝手に動き回るシャルロットにいつも振り回されている。
両親や曾祖母たちは親族であるため、そういった行動をとるシャルロットに説教をしたりするが、それ以外の大人は親が偉大過ぎるため遠慮して物申せない。
そんな中で、真正面からシャルロットの行動を非難してきたアリーシャは、マックスとレインにとってありがたい存在に見えたのだ。
だが、そう言われたアリーシャはというと……。
「な、な、なんですか貴方たち! 愛称呼びだけでなく呼び捨てですって!? 一体どこの……」
怒りの形相でマックスたちを見たアリーシャは、途中で言葉を止めた。
こちらを向いたまま微動だにしなくなったアリーシャを、マックスとレインは不思議そうに見ている。
なぜか固まってしまったアリーシャだったが、怒り心頭だった顔から段々怒りの表情が消え、なぜかアワアワしだした。
「ど、どうしたの?」
「大丈夫? 血管切れた?」
急に様子のおかしくなったアリーシャを見て、マックスは本気で心配をしているのが分かるが、レインもさっきから怒ったり感動したりしてずっと顔が赤かったアリーシャを見ていて、ついに血管が切れたか? と分かり辛いが心配していた。
二人からそんな言葉をかけられたアリーシャは「き、切れてませんわ!」と顔を赤くしたまま叫んだ。
「そう、良かった」
「安心した」
大丈夫そうなアリーシャを見て、マックスとレインはホッと胸をなでおろす。
心配されたと理解したアリーシャは赤い顔のまま俯いてしまった。
そんなアリーシャにマックスとレインが近寄ってきた。
「えーっと、アリーシャさん? 僕はマックス。マックス=ビーンです。よろしくね」
「レイン=マルケス」
二人は改めてアリーシャに名前を名乗った。
「いやあ、シャルってすぐに突っ走っちゃうから、アリーシャさんみたいな子が友達になってくれると嬉しいんだけどな」
「ストッパー役、大事」
「わ、わたくしが、彼女の友達に?」
アリーシャは、マックスからの提案に驚いて顔を上げた。
「うん。さっきヴィアちゃんも言ったけど、僕ら赤ん坊のころからずっと一緒だからさ、シャルは僕らの言うことあんまり聞いてくれないんだよ」
「さっきのはすごかった」
「そ、そうですの……」
さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、アリーシャはボソボソと返事をした。
「ま、まあ、あなたたちがそうおっしゃるのでしたら、お友達になってあげてもよろしくてよ!」
「え、アリーシャちゃん、わたしのお友達になってくれるの!?」
さっきまで文句を言って来ていた相手が上から目線で言ってきたにも関わらず、シャルロットは嬉しそうにアリーシャに詰め寄った。
「べ、べつに! お二人から頼まれただけですし! それに、あなたには色々と教えて差し上げないといけないこともありそうですからですわ!!」
満面の笑みを浮かべて詰め寄ってきたシャルロットに、顔をそむけながらそう言うアリーシャ。
オクタヴィアの目には、アリーシャがシャルロットのことを認めていないのはすぐに分かった。
なのに、簡単にシャルロットの友達になることを了承した。
自分に近付きたいがための方便なのか、それとも……。
さっきのアリーシャの態度を見たオクタヴィアは、ニッコリと笑った。
「なら、わたくしともお友達ですわね」
「オ!? オ、オ、オクタヴィア王女殿下とぉ!?」
急にアリーシャが壊れた。
敬愛するオクタヴィアに無礼を働く輩を排除しようとしたら、なぜか自分がオクタヴィアの友人になった。
意味が分からず、アリーシャは混乱した。
「な、な、なぜ……」
「ふふ。さっきも言いました通り、私とシャルは姉妹同然。いえ、ゆくゆくは……」
「え?」
そこで言葉を切ったオクタヴィア。
ゆくゆくは、なに?
アリーシャはそう思ったが、オクタヴィアは自分から視線を外し、出入り口を見ている。
「ん?」
そこになにが?
そう思ったアリーシャが振り向くと、そこには上級生と思われる男子生徒が立っていた。
銀髪で、驚くくらい美形のその男子生徒は、教室内をキョロキョロと見回すと、自分たちの方で視線を止めた。
「あ、いたいた」
「え?」
誰?
そう思ったのも束の間、その正体はすぐに判明した。
「あ! おにーちゃ「シルバーおにいさま!!」あうっ!」
最初に声をあげ駆け出そうとしたシャルロットを押しのけ、オクタヴィアがシルバーのもとへと駆け出していった。
「やあ、ヴィアちゃん。入学おめでとう」
「ありがとうございます、シルバーおにいさま! もしかして、ヴィアにお祝いを言いに来てくれたのですか!?」
「うん、それもあるけど、皆で一緒に帰ろうかと思ってね」
その男子生徒……シャルロットの兄であるシルベスタがそう言うと、オクタヴィアは満面の笑みで頷いた。
「はい! 一緒に帰りましょう!」
「ちょっとヴィアちゃん! 突き飛ばすなんてひどいよ!!」
「あら? ごめんなさいシャル。見えてませんでしたわ」
「もう! おにーちゃん、シャルにもおめでとうは?」
「はいはい、入学おめでとうシャル」
シルベスタはそう言うと、シャルロットの頭をガシガシを撫でまわした。
「うひゃ!」
アリーシャは、その光景を見ながら考えた。
先ほどオクタヴィアはあの男子生徒を「おにいさま」と呼んだが、アウグストの第一子はオクタヴィアであり彼女に兄はいない。
ということは、彼はシャルロットの兄だ。
シャルロットに対する気安い態度からもそれがわかる。
そして、さきほどオクタヴィアが言いかけたこと。
『シャルロットとは姉妹同然。いえ、ゆくゆくは……』
その台詞とオクタヴィアがシルバーと呼ばれた男子生徒に向ける視線。
こ、これは、知ってはいけない秘密をしってしまったのではないか?
アリーシャは変な汗が出てきたが、オクタヴィアの様子を見るに全く隠していない。
……秘密ではなさそうだ。
「マックス、レインも、一緒に帰ろうか?」
「うん!」
「分かった」
シルベスタに呼ばれたマックスとレインも、嬉しそうにシルベスタのもとに駆け出して行った。
「あ、あの!」
「うん?」
「なに?」
「あ、えっと、その……」
思わず呼び止めてしまったアリーシャだったが、なんと言っていいか分からず、モジモジしてしまう。
それでも勇気を振り絞り、言葉を紡いだ。
「あ、明日から、よろしくお願いしますわ!」
「うん!」
「こちらこそ」
二人はそう言うと、シルベスタのもとに走って行った。
走り去って行く二人の背中を、アリーシャは切なげな視線で見つめていた。
そして、その様子を見ていたオクタヴィアは「どっちなのかしら?」と呟いた。
その顔は、父アウグストに似て、とても愉しそうだった。
オクタヴィアがアリーシャを見て愉しそうに笑っていると、シルベスタがマックスとレインと話していたアリーシャに気付いた。
「あの子は? 友達じゃないの?」
「え? あ、はい。さっきお友達になったアリーシャさんですわ」
「シャルのおともだちになってくれたの!」
「そうなんだ」
シルベスタはそう言うと、視線をアリーシャに向けた。
「えっと、アリーシャさん?」
「え? あ、はい」
「いきなりゴメンね。僕はシルベスタ=ウォルフォード。このシャルロットの兄なんだ。アリーシャさん、シャルの友達になってくれたんだって?」
「……ええ、はい」
「そっか、ありがとう。それならどうだろう、一緒に講堂に行かないかい?」
「!!」
シルベスタからの思わぬ提案に、アリーシャは思わず鼓動が跳ねた。
「ああ、そっか。一緒に行けばよかったね。さすがシルバーおにいちゃん」
「うん、シルバーにい、カッコいい」
どうやら、シルベスタはマックスやレインからも慕われているらしい。
オクタヴィアが熱い視線を送る相手で、シャルロットの兄。
妹であるシャルロットとは違い、シルベスタは落ち着いており物腰も柔らかい。
そんな人物からのお誘いを、アリーシャは断ることなどできなかった。
「よ、よろしくお願いしますわ」
「うん。じゃあ、行こうか。お父さんやお母さんたちが待ちくたびれてるよ」
「はい!」
そう元気よく返事をしたオクタヴィアは、アリーシャを牽制するように見た。
オクタヴィアの視線を受けたアリーシャは背筋に冷たいものを感じ、思いきり首を横に振った。
それを見たオクタヴィアはニッコリと微笑んで、シルベスタの左腕に抱き着いた。
「!!」
王女のその行動に、アリーシャは驚きを隠せない。
だが、当の本人たちは……。
「ヴィアちゃん、歩きにくいよ」
「まあ! シルバーおにいさまはヴィアのことをエスコートしてくださらないの?」
「やれやれ、では王女さま、参りましょうか?」
「ふふ、ええ。よろしくお願いしますわ」
なんか、目の前で突然エスコートごっこが始まった。
と思った次の瞬間。
「おにーちゃん!! またシャルのことほったらかしにして!!」
シャルロットがシルベスタの右腕にしがみついた。
「ちゃんとシャルのこと案内して!」
「まったく、シャルは甘えただなあ」
「いもーとだもん! 甘えてもいーの!」
「ちょっとシャル! シルバーおにいさまとの時間をじゃましないでくださいまし!」
「ズルいよヴィアちゃん! シャルもおにーちゃんと一緒にいくもん!」
「離れなさい!」
「やだー!」
「もう、二人とも喧嘩しないでよ。置いてくよ?」
「「やだ!!」」
シルベスタの一言でさらにその腕にしがみつくシャルロットとオクタヴィア。
その光景を、アリーシャは呆然と見つめていた。
「……あれ、いいんですの?」
「ん? ああ、いつものことだから」
「平常運転」
「そ、そうですの……」
マックスとレインと一緒に三人の後ろを歩いていたアリーシャは、さっき教室でシャルロットに絡んだことを早くも後悔し始めていた。