ママ友会
シルバーが友人たちを連れてきた数日後、ウォルフォード邸を訪ねてきている人物たちがいた。
「へえ、そんなことがあったんだ。あのシルバー君の友達がねえ。もう色恋沙汰に興味を持つ歳になったのかあ」
しみじみとした口調でそう言うのはアリスである。
「ねぇ。ちょっと前まで赤ちゃんだったと思ったのになぁ」
アリスと同じような口調でそう言うのはユーリだ。
二人とも初めての出産を終え、現在は産休中。
一般的な成人女性より小柄なアリスの出産は危険を伴ったが、安定期に入っていたシシリーが全力でサポートをしたことにより無事に出産した。
アリスが産んだのは、両親譲りの金髪でアリスによく似た顔立ちの可愛らしい男の子で、スコールと名付けられた。
初めて見る人は、大抵女の子と間違えるくらい可愛らしいとの評判である。
ユーリが産んだのは、夫であるビーン工房の職人であるモーガンに似た顔立ちの女の子で、アネットと名付けられた。
こちらはおっとりした雰囲気のあるユーリにはあまり似ておらず、赤ん坊ながらキリっとした顔をしている。
二人は、初めての子育てに四苦八苦しており、既に二人を育て、現在三人目の赤ん坊を育てているシシリーのもとによく避難してくるのである。
「子供の成長なんてあっという間ですよ。ウチも日に日にヤンチャになって困ります」
こちらも出産間近で産休中のオリビアが大きなお腹を抱え、リビングからある方向を見ながら溜め息を吐いた。
そこには、アリスの子スコール、ユーリの子アネット、そしてシシリーの子ショーンの三人が同じベビーベッドに寝かされていた。
そして、その赤ん坊三人よりも少し年長の幼児たちがベビーベッドを取り囲み覗き込んでいた。
「あかちゃん、かわいいねえ」
「うん」
オリビアの息子マックスと、クリスの息子レインがスヤスヤと眠っている赤ん坊を見てそう言った。
そう言っている当人もまだ三歳で大人からすれば可愛い幼児である。
その幼児が赤ん坊を可愛いと言っている姿に、母親たちは悶えそうになるのを必死に我慢していた。
「しょーん、びあおねえさまですわよ」
「だから、おねーちゃんはしゃるだってば!」
可愛らしい男の子たちの横で、オクタヴィアとシャルロットの女の子二人は、あまり可愛くない会話をしていた。
「ここにシルバーのお友達よりも早熟な子がいましたわ」
三歳の幼女に似つかわしくない発言をしたオクタヴィアの母エリザベートの言葉に、一同苦笑いをしてしまっていた。
「オクタヴィア王女殿下がシルバー君のことを好きなのは見て分かりますが、シルバー君の方はどうなんですか? シシリーさん」
近衛騎士団所属であり、王太子妃エリザベートの護衛兼ママ友であるクリスティーナがシシリーに訊ねると、シシリーは「うーん」と考え込んだ。
「そうですねえ、今のところはシャルと同じ妹って感じじゃないでしょうか? この年頃の三歳差は結構大きいですから、シルバーからしてみれば恋愛対象外なんだと思います」
「ですわねえ。もしシルバーがヴィアのことを恋愛的な意味で好きだと言ったら、正直ドン引きしますわ」
「ですね。なので、今のところはあまりそういうことを意識しないようにさせてます。そのうち、お年頃になったら自然と意識するんじゃないですかね?」
「ただまあ、その間にシルバーが余所見をするといけませんので、ヴィアからのアピールはさせるつもりですけれど」
なんとなくシルベスタの様子が気になっただけのクリスティーナだったが、思いの外シシリーとエリザベートの母二人がシルベスタとオクタヴィアをくっ付けることに本気であった様子が伺い知れてしまった。
「そこまで本気だったのですね……」
「まあ、最終的には本人の意思が最優先ですけれど。ヴィアの母としては、あの子の初恋を応援してあげたいというのが本音ですわ」
「シルバーの方が三歳年長なので、もしかしたらヴィアちゃん以外の子を好きになってしまうかもしれませんけど……私としても、できればヴィアちゃんと一緒になってくれると嬉しいですね」
先に母親になっている同級生二人が、すでに子供の恋人のことまで考えていることに、新米母であるアリスとユーリは驚きを隠せない。
「はぁ~……もうそんなことまで考えてんの?」
「私なんて、育てることに精一杯でそんなこと考える余裕なんてないわぁ。そういえば、オリビアはそういうこと考えてないの?」
「私ですか?」
急に話を振られたオリビアは、ベビーベッドを覗き込んでいる我が息子を見てから言った。
「まだ三歳ですよ?」
「そのまだ三歳の娘の将来の恋人のこと考えてるエリーがいるから聞いてんじゃん!」
「えぇ……そう言われても……エリーさんもシシリーさんも貴族令嬢ですから、そういうの考えるのが早いんじゃないですか? ウチは平民なので、そんなこと考えたこともないですよ」
オリビアのその言葉に、同じく平民であるユーリと、今は貴族夫人だが元は平民であるアリスはようやく納得した。
平民は幼いころに結婚相手を見つけるなんてことはしないのだ。
「なんか納得した。だからシシリーもエリーも幼児のうちから将来のことを意識してるんだ」
そう言うアリスに向け、シシリーは「ふふ」と微笑んだ
「まあ、幼いころに親同士で婚約者を決めるというのは古い風習ですけどね。ただ、お付き合いする人は結婚する人ですよとは言われていましたね」
アールスハイドでは、貴族ですら自由恋愛が主流となっており、政略結婚は古い考えであるとされている。
ただ、婚姻による家同士の結び付きは一族を繁栄させるために有効な手段であることは間違いなく、政略結婚自体がなくなったわけではない。
「でもアリスお義姉さま、他人事ではありませんよ。将来スコール君がどんな女の子と付き合うことになるのか慎重に見極めないと。アリスさんの血筋を取り込みたいという人は多いのですから」
「お義姉さんはやめてよ。でも、そうだね。クロード子爵家のこともあるし慎重にいかないと……」
そう言って真剣に考え込み始めたアリスを見て、クスクス笑う者がいた。
「あのアリスが、子供の将来のことを考えるようになるとはねえ」
この場にいて唯一まだ子供のいないマリアが揶揄うようにそう言った。
以前この二人は、自分たちに彼氏などできるのか? ましてや結婚などできるのだろうか? と真剣に悩んでいた時期がある。
それが二人とも結婚し、一人はもうすでに子供を産んだ。
悩んでいた当時からは考えられない現状に、マリアは感慨深いものを感じていたのだが、アリスはそうではなかった。
「笑いごとじゃないんだよ! マリアんとこだって子供ができたら同じことで悩むんだからね! マリアの旦那、エルス大統領の息子じゃん! もっと大変なんだぞ!」
「……そうなのよねえ」
マリアが結婚したのは、エルス大統領の息子でありアルティメット・マジシャンズの事務員であるカルタス。
エルスの大統領は選挙制であるため、現大統領であるアーロンの任期が満了すればゼニス家は大統領一家ではなくなる。
「カルタスは大統領に立候補しないって言ってるから、権力のない平民になると思ってたんだけどなあ……」
「……そんなわけありませんわね」
不貞腐れたように言うマリアに、エリザベートは呆れた目を向けた。
元大統領一家というのは、大統領でなくなれば一市民に戻るかといえばそうでもなく、政治に関する発言力は高いまま。
つまり、社会的地位も高いままなのである。
そんなゼニス家の息子と結婚したマリアが産む子供も、相手は慎重に選ばないといけない。
「そういえばさ、オリビアは関係ないって顔してるけど、今やビーン工房ってアールスハイド王都一大きい工房でしょ? マックスってそこの跡取りになるんだから、やっぱり気にしないと駄目でしょ」
マリアの言葉に、オリビアはハッとした顔をした。
「……今気付きました」
「そんな気がしたわ」
つい数年前まで、オリビアは街の食堂の娘、夫であるマークの実家の工房も、評判は良かったものの一工房であった。
オリビアの実家は今でも変わらないが、嫁いだ先のビーン工房は、今や本店のある工房だけでなく、王都郊外に大規模な工場まで持っているアールスハイド王都一と言われる規模の工房に成長している。
オリビアは工房の経営には携わっていないため、その辺りには疎かった。
「正直さあ、そういうの関係ないのってここにいる中だと、ユーリのとことクリスお姉さまのとこだけじゃない?」
「ですねぇ。気楽でいいですぅ」
「ウチは……」
「くりすおばちゃーん」
子供の将来について悩み事が友人たちより少なそうだとユーリはホッとしながら答え、クリスが答えようとしたとき、マックスから声がかけられた。
「どうしました?」
「れいん、ねちゃった」
「……」
皆で赤ん坊の寝顔を見ていたと思ったら、いつの間にか自分だけ寝落ちしていた我が息子を見たクリスティーナは、レインを抱き上げて昼寝スペースへと連れて行ったあと戻ってきた。
「……ウチは、そもそも、あのマイペースな子に相手ができるのでしょうか……」
相手の素性がどうこうより、そもそも相手ができるのかすら不安そうなクリスティーナを前に、誰もなにも言うことができなくなってしまうのだった。
「だ、大丈夫ですよ! レイン君、クリスお姉さまに似て可愛らしいお顔をしていますし!」
「だといいんですけど……」
クリスティーナの息子レインは、顔立ちはクリスティーナにそっくりである。
ただ、性格は母であるクリスティーナのように真面目というわけでもなく、かといって父であるジークフリードのように軽薄なわけでもない。
なんというか、掴みどころのないマイペースな性格をしているのである。
「それにしても、子供って色々なのね」
そんな子供たちを見ながら、マリアが急にそんなことを言いだした。
「ヴィアちゃんってまんま小さいエリーじゃん?」
「そうですか?」
「そうよ。マックスは素直そうなところとかマークそっくり、でも気配り上手なとこはオリビアそっくりね」
「えへへ、ありがとうございます」
「シャルは……」
マリアはそう言うと、赤ん坊を見るのに飽きたのかオクタヴィアの手を引いて玩具スペースへと突進していくシャルロットを見た。
「……王族相手にも遠慮しないところは完全にシン譲りね」
「ですねえ」
娘が夫に似ていると言われて、シシリーは嬉しそうに頬を緩める。
「そこは喜ぶところじゃない気がするけど……でも、あの天真爛漫さは誰に似たのかしら? シシリーは昔から大人しかったわよ?」
マリアはそう言うと、唯一シンの幼少期を知っているクリスティーナに目を向けた。
「どうでしょうか? 例の件がありますので、シンの幼少期はあまり参考になりませんね。魔法のことでやりすぎる以外は落ち着いた子でしたし」
シンに前世の記憶があることは、身内と認められているクリスティーナとジークフリードにも話してあった。
「あぁ、そっかぁ。ということは、誰もシンの本当の子供の頃のことは知らないのか」
「ですね。ですが、まぁいいではありませんか。子供が皆親と同じ性格になるとは限りませんし。マーリン様とシンを見てください。血の繋がりはないのにソックリですよ。要は育つ環境ではないのですか?」
「そういえば」
クリスティーナの言葉を受けて、シシリーがなにかを思い出したように声を発した。
「最近、シルバーの言動がシン君に似てきたんですよね」
シシリーのその言葉に、全員の言葉が失われた。
「もう魔道具の起動は苦も無くできるようになってますし、むしろ魔法を教えてもらえないことに不満を持ってるみたいです。クリスお姉さまやミランダさんに剣術の稽古をつけてもらっているのも、親戚のお姉さんに相手して貰っている感覚ですし、王族の方はお友達って思ってるみたいです」
シシリーの報告に一同絶句する。
確かに、幼少期より魔法は使えずとも魔道具は使いこなせるようになっていたり、元騎士団のアイドルであるクリスティーナや、次期剣聖候補とも言われているミランダから稽古をつけてもらっているのも、剣聖ミッシェルに稽古をつけてもらっていたシンに重なる。
なにより、王族を友達扱いである。
「……血が繋がってないのに、シンの経歴を聞いてるみたいね……」
「やはり環境……育てる人に似るのですね。でしたら、なぜレインは……」
「ま、まあ、それはさておき、シルバー君ってシン君二世って感じだよね。そのうち『あれ? なんかやっちゃった?』とか言いそう」
悩むクリスティーナの言葉を遮って発したアリスの言葉に笑いに包まれる一同。
だが、母シシリーだけは悩まし気な顔で頬に手を当てていた。
「もう、学院で言ってそうな気がします……」
その一言に、皆微妙な顔で沈黙してしまった。
そんな皆を見て、アリスがポソっと呟いた。
「なんか……シルバー君世代も大変なことになりそうな気がするよ」
その言葉は、皆の心に驚くほどすんなりと落ちていくのであった。