恋する少女には勝てない
「いらっしゃい、アレン君、クレスタさん」
とある休日、シルバーの友達であるアレン君とクレスタさんがまた遊びに来てくれた。
なんでも、ヴィアちゃんが遊んでくれたお礼を言えなかったと残念そうにしていたので連れてきたそうだ。
王女様なのに、ヴィアちゃんはちゃんとお礼を言える子に育っていいるのだなと感心してしまった。
なので、ウチに来てまず初めにしたことは、幼児たち四人によるお礼だった。
「「「「あそんでくれてありがとう!!」」」」
幼児が四人横に並んでお礼を言う姿はとても可愛らしく、その光景に胸を撃ち抜かれたそれぞれの母親たちがクネクネと悶えている。
……なにやってんだ。
「いえ、王女殿下に楽しんでいただけてなによりです」
「光栄ですわ」
それに比べて、アレン君とクレスタさんのしっかりしていること。
まあ、アレン君たちはシャルたちと歳も近いから幼児の行動に悶えるなんてことはないだろうけど、それにしても微笑みを浮かべながらお礼を受け取る所作がとても綺麗だ。
そういえば、ウォルフォード家は平民だからとシルバーにはそういった教育は行っていないけど、そういうのも必要なんだろうか?
シルバーの教育方針について考えていると、幼児たちはまた揃って声をあげた。
「「「「きょうも、あそんでください!」」」」
そう言われた瞬間、さっきまで微笑みを浮かべていた二人の顔がそのまま引き攣った。
幼児四人の相手はしんどいからなあ。
そんな顔になるもの分かる。
正直申し訳ないなと思いつつも、このパワフルな幼児たちの相手をしてもらえるのは有難いのでお願いしようとしたとき、シルバーが先に幼児たちに言った。
「ごめんね。今日、クレスタさんはおかあさんたちとお話しがしたいんだって」
「「え!?」」
アレン君とクレスタさんは異口同音に声をあげたが、表情は真逆だ。
アレン君は絶望したような、クレスタさんは喜色満面の表情をしていた。
それにしても、クレスタさんがシシリーの話を聞きたい?
「あら、いいですよ。どんなお話しをしましょうか?」
「いいんですか!?」
シシリーも俺と同じ感想を持ったようで、クレスタさんに了承しつつどんな話が聞きたいのか訊ねると、クレスタさんは目を輝かせた。
「僕たちはこっちで遊ぼうか。それとも、大人の話、聞く?」
「「「「こっちで遊ぶ!!」」」」
シルバーはクレスタさんがシシリーと話をしたいというのを知っていたようで、子供たちを引き連れて行った。
アレン君も一緒に。
「できれば、シン様のお話もお伺いしたいです!」
「え、俺?」
「はい!」
シルバーが子供たちを引き連れて離れていくのを見ながら「空気の読める子になったなあ」と感心していると、なぜか俺の話も聞きたいと言い出すクレスタさん。
どういうこと?
そう思っていると、クレスタさんは肩から掛けていたカバンからあるものを取り出した。
俺とシシリーは、それを見て顔が引き攣る。
「この本に書かれている、シン様とシシリー様の恋物語をお伺いしたいのです!!」
クレスタさんが取り出したもの、それは主に俺のことが書かれている書籍『新・英雄物語』
この本には、俺とシシリーの出会いからお付き合いに至る過程。果ては結婚に至るまでか書かれている。
しかも、編纂がアールスハイド王家なので情報提供はオーグ。
かなり正確な情報が公開されてしまっている。
俺たちが、この本を読みたくない理由の最たるものである。
それをクレスタさんは話して欲しいという。
……どんな拷問だ、それ。
「あら、面白そうですわね」
クレスタさんの申し出にどうしようと頭を抱えていると、エリーが近寄ってきた。
「私もお二人の恋愛模様を側で見ていた一人なので、話に参加させて頂きますわ」
そう言うエリーの顔は、実に楽しそうだ。
くそ、この似たもの夫婦め!
こういうときの顔がオーグにそっくりだ!
「え、ええ!? ひ、妃殿下も参加されるのですか!?」
「あら? 私が同席してはいけませんの?」
「い、いえ! めめめ、滅相もございません!」
急遽エリーが参加することにクレスタさんが驚いているが、エリーの言い方はまるでクレスタさんを咎めているように聞こえる。
実際、クレスタさんはエリーの言葉に真っ青になってしまっている。
「ダメですよエリーさん。クレスタちゃん怖がってるじゃないですか」
そこに救いの手を差し伸べたのはオリビアだ。
オリビアは真っ青になっているクレスタさんに近寄ると、よしよしと頭を撫でた。
「大丈夫ですよクレスタちゃん。エリーさんのアレは、自分が恋バナに参加できないかもしれないって残念がってるだけですから」
そう言ってニッコリ笑うオリビア。
すると、ますますクレスタさんの顔が青くなる。
「あれ?」
安心させてあげようとしたオリビアだったが、ますます青くなるクレスタさんを見て首を傾げている。
俺も首を傾げる。
なんでだ?
「あ、あの!」
クレスタさんは、真っ青な顔のままオリビアに話しかけた。
「はい?」
「オ、オリビア様! 妃殿下にそのようなことを仰って大丈夫なのですか!? ふ、不敬罪とか……」
「「え?」」
ふけいざい?
俺とオリビアは揃ってキョトンとしてしまった。
しかしエリーは「ああ」と納得した顔をしていた。
「問題ありませんわ。この人たちと何年付き合っていると思って? 今更私に対して不敬だなんだと言うような関係ではありませんわ」
「エリーさん、私たち以外お友達いませんもんねえ」
「オリビア、あなたねえ……」
王太子妃エリーと軽口を叩く平民のオリビア。
その光景にしばしポカンとしていたクレスタさんだったが、次第に顔色が元に戻って行った。
「ね、だからクレスタちゃん。私たちも仲間に入れてくれないかなあ。私とエリーさんは二人のことずっと近くで見ていたから、クレスタちゃんの知りたいことも教えてあげられるかもしれないよ?」
オリビアはそう言うと、そっとクレスタさんに耳打ちした。
「アレン君と、もっと仲良くなりたいんでしょう?」
オリビアがそう言うと、クレスタさんはさっきとは真逆で真っ赤になった。
「な、ななな、なんでそれを!」
オリビアの言葉は、どうやら図星だったらしい。
メチャメチャどもってる。
「ふふ、私とエリーさんの旦那さんは幼馴染みなんですよ? いわば、幼馴染み恋愛のエキスパートです」
そう言ってオリビアは胸を張る。
「ちょ、ちょっとオリビア。それって、私たちのこともお話ししないといけませんの?」
俺とシシリーの話にちょっかいを入れるだけのつもりだったらしいエリーが慌てているが、オリビアはニコッと笑った。
「いいじゃありませんかエリーさん。幼い恋を応援してあげましょうよ」
オリビアがそう言うと、エリーはちらりとシルバーたちのいる方を見た。
シルバーとアレン君は、早速子供たちにまとわりつかれている。
それを見たエリーは「はぁ」と溜め息を吐いた。
「そうですわね。もしかしたら、私にも参考になる話が聞けるかもしれませんし」
エリーがそう言うと、クレスタさんは納得した顔をした。
「オクタヴィア王女殿下、シルバー君のこと大好きですものね」
「そうなんですの。我が娘ながら良い目の付け所ですわ」
エリーはそう言うと、大きくなったお腹を抱えるように椅子に座った。
同じく妊娠中期のオリビアも椅子に座り、クレスタさんもそれに続く。
「さて、それではシンさんとシシリーさんのお話から始めましょうか」
エリーがニヤッとしてそう話し始めるが、一人椅子に座らなかった人物がいた。
「私は、二人の恋愛事情についてはよく知らないので、子供たちの相手をしてきますね」
ただ一人座らなかったクリスねーちゃんは、そう言ってそそくさとこの場を離れた。
「あ、また逃げられましたわ」
エリーはそう言って残念そうにしていた。
さっきの話の流れから、俺とシシリーの話の次はエリーやオリビアの話にもなるんだろう。
そうなると、必然的にもう一組の夫婦であるクリスねーちゃんとジークにーちゃんの話もしないといけない流れになる。
それを事前に察知して逃げたようだ。
「まあ、いいですわ。それではクレスタさん、なにが聞きたいのですか?」
すっかり司会進行みたいになってるエリーに促されたクレスタさんは、持っていた本をペラペラと捲りだし、あるページで止めた。
「あ、あの! まずはお二人の出会いのシーンから!」
「え? そこから!?」
「あら」
思わず聞き返してしまった俺と違い、シシリーはまんざらでもなさそうだ。
女子は恋バナが好きだとは思っていたけど……。
もしかしてこれは、出会いから今に至るまで延々と話しをされるんじゃ……。
その俺の予感は的中し、クレスタさんは「このシーンは」「このときは」と質問し、シシリーが「そのときは……」「そこは創作ですね。実際は……」と裏話を披露する。
それにエリーやオリビアの補足も加わり、クレスタさんの目がメッチャキラキラしてた。
時折俺にも質問が投げかけられるので、おざなりにするわけにもいかず、俺はこの女子たちの恋バナにずっと付き合わされることになった。
ちらりとシルバーたちの様子を見てみると、子供たちはすでにリビングにはおらず庭に出ていた。
近衛騎士として復帰し、現在はエリーの警護を担当している現役騎士のクリスねーちゃんが子供たちの相手をしている。
子供たちはクリスねーちゃんに挑んではコロコロと転がされ、転がされる度にケタケタと笑い声をあげる。
シルバーとアレン君もそれに参加しており、たまに相手をしてもらっているシルバーは真剣な顔で、初めてクリスねーちゃんに挑んでいるアレン君はちょっと悔しそうな顔で何度もクリスねーちゃんに挑んでいる。
あっちは楽しそうでいいなあ。
そうやって現実逃避をしているとクレスタさんから「シン様はこのとき、どんなことを思ってらっしゃったのですか?」と本に記載されている自分の恋模様についての解説を求められるという地獄のような拷問に引き戻された。
「え、えーっと……これはちょっと誇張されてるかな……」
「え、そうなんですか?」
「ですねえ。このときのウォルフォード君は……」
「え? そうなんですの?」
俺の回答に残念そうな顔をしたクレスタさんに、オリビアが補足し初耳だったエリーが詳細を訊ねる。
俺もシシリーも、さっきから苦笑が顔から離れない。
はぁ……俺もシルバーたちの相手したい……。




