衝撃の事実
それは、シルベスタがアレンたちに再度のウォルフォード家への誘いをした日の昼に起こった。
「おい、ウォルフォード」
昼休み、給食を食べ終わり、トイレに行ったシルベスタは帰りに複数の男子生徒に囲まれた。
それは同級生で、たしか伯爵家とか子爵家とかの子だったはず、とシルベスタは囲まれながらも冷静に観察していた。
「なに?」
シルベスタが冷静なのは、小さいころからシンに武術を習っているから。
仕事で忙しいシンの代わりに、クリスティーナやミランダ、時には元剣聖ミッシェルまでシルベスタを鍛えた。
シンの二の舞にする気かとメリダは苦言を呈したが、ウォルフォード家の子供である以上危険は付いて回るということで、護身術として今も習っている。
初等学院の一年生に囲まれても、特に怖いとは思わないのだ。
なので冷静なのだが、囲んでいる同級生が妙にニヤニヤしているのが気になる。
一体なんなのかと改めて問い質そうとして、衝撃的な言葉を投げかけられた。
「おい、お前。ウォルフォード家の本当の子じゃないくせに、偉そうにすんなよな」
その言葉を聞いた瞬間、シルベスタは思考が止まった。
「……え?」
放心し、それだけを呟いたシルベスタに対して、囲んでいた同級生から笑い声が響いた。
「だっせー! 知らなかったのかよ!?」
「俺たちは知ってるぞ! お前は魔王様と聖女様の養子だって! 拾われっ子のくせに!!」
「そんな奴が、王族と仲がいいアピールとか、生意気なんだよ!」
口々にそう罵ってくる同級生たちの言葉が、シルベスタの心を深く抉った。
生意気と言われたことが、ではない。
自分が、父シンと母シシリーの子供ではないという言葉にだ。
そして、今まで疑問に思っていなかったけど、シャルロットとショーンのことを思い出した。
シャルロットは父であるシンに似た黒髪と顔立ちをしている。
最近顔立ちがハッキリしてきたショーンは、母であるシシリーに似た青髪と顔立ちをしている。
そして、自分はどうか?
どちらにも似ていない銀髪、顔立ちもあまり似ていない。
今まで両親に愛されて育ってきた自負があるので、疑いもしなかった。
もし、それが本当なら……。
シルベスタは、ショックで顔が蒼褪めた。
それを見た同級生たちは、己の溜飲が下がったのか「分かったか!」「身の程を知れよ!」「拾われっ子が!」と口々に捨て台詞を吐きながら去って行った。
しばらく放心していたシルベスタだったが、やがてヨロヨロとした足取りで教室に戻った。
「ん? 遅かったなシルバー……おい、どうした!?」
教室に入ると、やっと帰ってきたとアレンが声をかけ、尋常ではないシルベスタの様子に声を荒げた。
「え?」
「え、じゃねえよ! お前、顔真っ青じゃねえか!」
アレンがそう言うと、クラス中の視線がシルベスタに集まった。
その視線の中には、さっきシルベスタに暴言を吐いた生徒たちもいて、彼らはニヤニヤと笑っている。
だが……。
「シルバー君!? 大丈夫!?」
「大変! すぐに救護室に行かなきゃ!!」
「わ、私が連れて行ってあげる!!」
女子生徒たちが大騒ぎになってしまい、ニヤニヤ笑っていた同級生たちの顔はすぐに引きつることになった。
「悪いけど、救護室には俺が連れて行く。もしかしたら早引けさせるかもしれないから、誰かシルバーの荷物を持ってきてくれないか?」
アレンがシルベスタに肩を貸しながらそう言うと、今度は女の子たちによるシルベスタの荷物争奪戦が始まった。
その様子を見ていたシルベスタに悪態を吐いたクラスメイトは(なんで貰われっ子があんなにモテるんだよ!)と内心で憤りまくった。
そして、シルベスタがモテるのは、魔王シンと聖女シシリーの子供だと皆が思っているからだと結論付けた。
間違いは正してやらないと。
彼らは、それが真実だと信じ込んでいた。
やがてシルベスタを救護室に運び、その様子から早退させた方がいいと判断した救護室の医師の判断により、ウォルフォード家に連絡が行き、迎えの馬車に乗ってシルベスタは早退した。
それを見届けたアレンと、争奪戦を勝ち抜いた女子生徒は「シルバー、大丈夫かな?」「おいたわしいですわ、シルバー君……」といった会話をしながら教室に戻った。
教室に入ると、主に女子生徒たちがシルベスタの様子を聞くためにアレンと女子生徒を囲んだ。
そのとき、教室に大きな声が響いた。
「みんな騙されるな!! シルベスタはウォルフォード家の養子なんだ! 貰われっ子なんだよ!!」
そう叫ぶ同級生の声に、さっきまで騒いでいた一同が静かになった。
「シルベスタはウォルフォードって名乗ってるけど、あいつは魔王様と聖女様の本当の子じゃない! アイツをチヤホヤする必要なんてないんだ!!」
そう叫んだ同級生は、実に満足そうな顔をしていた。
皆の間違いを正してやった、正義の行動を成した。
その思いと達成感で一杯だった。
だが周囲を見渡したとき、同級生たちの反応は自分の思っていたものと違っていた。
皆から、冷ややかな視線を向けられていたのである。
特に女子からは、軽蔑と嫌悪の視線を向けられている。
なんで?
そう思ったが、その理由はすぐに判明した。
「は? そんなの知ってるけど?」
「シルバー君が養子なのは有名な話だよねえ」
「魔人王戦役で生き残った「奇跡の子」でしょ? 凄いよね!」
「旧帝都でただ一人生き残っていたシルバー君を魔王様と聖女様が保護されて、自分の子として育てたんでしょ? なにが問題なのよ?」
「っていうか、シルバー君が魔王様と聖女様のお子様だとか関係ないし! シルバー君はシルバー君だから素敵なのよ!」
「なに勘違いしてんの?」
シルベスタを慕う女子たちから、そんな有名な話も知らなかったのかと、侮蔑の視線と言葉を受けると、今度は男子生徒が声をあげた。
「そもそも、養子のなにが悪いんだ?」
「貴族家だって、後継ぎがいない場合に親戚の家から養子を貰うことがあるだろ?」
「え? お前の家って、養子を貰われっ子とか言って差別してんの?」
「マジかよ?」
貴族家の子供が多いここアールスハイド初等学院において、養子は割とありふれた話である。
それなのにこんな差別的な発言をするのかと、男子は軽蔑の視線を向けた。
「え……え……」
予想とは違う結果に、シルベスタに暴言を吐いた同級生たちは狼狽した。
予想外の事態にオロオロしている生徒は複数人いて、それを見たアレンはピンと来た。
こいつ等は、さっきシルベスタが戻ってくる直前に教室に入ってきた奴らだと。
そして、そのあとに入ってきたシルベスタは様子がおかしくなっていた。
「お前ら……」
アレンは、怒りが抑えきれなかった。
「ひっ……」
「シルバーになにかしやがったな!?」
「え、え……」
「正直に言え!! お前ら、シルバーになにしやがった!!」
アレンは、先ほど大声でシルベスタを貰われっ子と罵倒した生徒の胸倉をつかみ、顔を寄せて怒鳴り散らした。
侯爵家のアレンの怒りを買い、伯爵家や子爵家の子供である彼らは震えあがった。
「あ……う……」
アレンの怒りに触れ、まともに言葉を話せなくなった彼らにしばらく睨み付けていたアレンだったが、あることに気付くと、掴んでいた胸倉を放した。
その場に尻もちをつき、腰が抜けたのか立ち上がれない生徒を、アレンは汚物でも見るものを見る目で見下した。
「このことは父上に報告する。お前らの家に抗議が行くだろうな。それと……」
アレンは顔を顰めて言った。
「救護室に行って着替えを貸してもらってこい」
そう言うと、尻もちをつき、アレンの怒りに震えて漏らしてしまった生徒の側から離れた。
アレンは「シルバーのやつ、大丈夫かな……」と早退した親友のことが気がかりでならなかった。
他の同級生たちは、この教室で一番の高位貴族であるアレンが、有名だが身分は平民のシルベスタを擁護したことで男子生徒たちからは尊敬の目を、女子生徒からは……。
「シルバー君とアレン君ってやっぱり……」
「友情? それとも……」
「きゃあ! 明日から二人を見る目が変わってしまいそうですわ!」
そんな恐ろしい会話をされていたことなど、アレンは知る由もなかった。