断れない誘い
「おはようございますアレン君」
「ああ、おはようクレスタ」
ウォルフォード家訪問のあった次の日、学院の教室でクレスタがアレンに朝の挨拶をしていた。
その様子に、クラスメイトたちはザワついた。
今までクレスタがアレンに声をかけるときは、緊張しながら息を整え、意を決してから話しかけていた。
それが、今日はごく自然に挨拶を交わしたのだ。
もしかして、二人の仲に進展が?
クラスメイトたちは、口には出さなかったが各々同じことを考えていた。
これが一般の平民たちが通う学院であれば男子たちから散々揶揄われる流れになるのだろうが、ここは貴族の子女が多く通う学院。
将来のパートナーを見つけるのは非常に重要なことなので、こんなことで揶揄ったりしないのだ。
なので、クラスメイトたちはアレンとクレスタのことを生温かく、そして期待に満ちた目で見守った。
しかし、当の本人たちにそんな気は全くない。
こうして気安く話ができるようになったのは、二人にとっては試練ともいうべき出来事を一緒に乗り越えたことで妙な仲間意識が芽生えたからである。
なので、二人の話の内容もそのことになる。
「昨日は大変でしたね……」
「ああ……メッチャ疲れた……気が付いたら帰りの馬車の中で寝落ちしてたよ」
「私も、体力的にも精神的にも疲れました……」
「……また来てって言ってたな」
「言ってましたね……」
二人はそう言うと、揃って溜め息を吐いた。
アレンは、シルベスタの家に遊びに行けばシンやシシリーと会えるかも、という淡い期待を持っていた。
クレスタに至っては、そもそもアレンと一緒に遊びたいという思いが一番。
その行き先がウォルフォード家ということで、クレスタも淡い期待は持っていた。
ただ、それだけだった。
そして、その期待は叶えられた。
だが、王女様と王太子妃様は想定外だ。
事前準備なしに王族と邂逅するとか、本当に勘弁してほしい。
最初は、あのウォルフォード家にいるということで高揚し、シルベスタと楽しくお喋りをしていた二人だったが、王女様と王太子妃様襲来以降、ずっと心労が絶えなかった。
光栄なことなのだが……。
「……私、オクタヴィア殿下に失礼なことしてないですよね?」
「多分な……俺は?」
「大丈夫……だと思います」
二人が王族と会うのは初めてのこと。
なので、粗相などしていないか気が気でない。
今日にでも王家からオクタヴィア殿下の機嫌を損ねたと言ってくるかもしれない。
そう考えると、昨日からずっと気が休まらなかった。
なので、今までと違い自然な感じで会話が始まったにも関わらず、なぜか沈痛な面持ちの二人に同級生たちは怪訝な表情を浮かべた。
「おはよう」
クラスメイトたちが戸惑っている中、シルベスタが登校してきた。
シルベスタは、教室に入った途端にクラスの様子がおかしいことに気付いた。
「? どうしたの?」
「あ! シルバー!」
「おはようアレン。コレ、どうしたの?」
シルベスタはどうしたのかと近くにいたクラスメイトに聞こうとしたが、シルベスタに気付いたアレンが大声で呼んだのでそちらに聞くことにした。
しかし、問われたアレンは首を傾げた。
「コレ?」
「え? なんか教室の空気、変じゃない?」
「そうか? それより、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「うん」
アレンは席についたまま真剣な顔をしていた。
隣にいるクレスタも同じである。
「あのよ……昨日、あのあとオクタヴィア殿下がなにか言ってなかったか?」
アレンとクレスタは、子供たちが寝ている間に帰宅した。
なので、オクタヴィアが起きてからなにか不満を言っていなかったかと気になって仕方がなかったのだ。
アレンの口からオクタヴィアの名前が出たことに、クラスメイトは驚愕した。
なんで王女殿下!?
そうは思ったが、アレンはこのクラスの中では最上位の侯爵家。
詳しい話など聞けず、しかしアレンとクレスタの様子も気になるので、皆三人の会話に注目していた。
つまり、このとき三人の会話は周囲に聞かれていたのである。
そのことに気付いていないシルベスタは「昨日?」と首を傾げた。
「ああ、殿下、俺たちのこと、なんか言ってたか?」
「アレンたちのこと? ああ、そういえば」
「な! なんか言ってたのか!?」
「なにを、なにを言っていたのですか!?」
昨日、オクタヴィアが起きてからのことを思い出していると、アレンとクレスタが凄い勢いでシルベスタに詰め寄った。
「なにって……一緒に遊んでくれて楽しかったのに、お礼が言えなかったって残念そうにしてたよ」
その言葉を聞いた二人は、ホッと息を吐いた。
「そ、そうか」
「よかった……」
「? なにが良かったのか分かんないけど、ヴィアちゃんが改めてお礼がしたいって言ってたから、また遊びに誘ってって言われたよ」
「「!!」」
安堵の息を吐いたのに、続けてシルベスタから放たれた一言に二人は衝撃を受けた。
お礼を言いたいから、また、遊びに誘って。
それはつまり、オクタヴィアが確実にいる状況で、再びウォルフォード家を訪れないといけないということに他ならない。
そして、オクタヴィアは三歳の幼女だ。
当然、母親もついてくる。
王太子妃が。
「だから、また遊びに来てね。今度は僕の部屋も案内するよ」
本当は昨日案内するつもりだったのだが、シャルたちが乱入してきたので案内できなかったのだ。
シルベスタはそのリベンジがしたいと思っていたので、にこやかにそう言った。
もう、なるべく行きたくないと思っていたウォルフォード家への招待をこんなに早く受けることになるとは夢にも思っていなかったアレンとクレスタは「あ、ああ……」「はは……」と乾いた笑いを溢すことしかできなかった。
そんな二人を、シルベスタは不思議そうに見ていた。
そして。
そんなシルベスタを、険しい目で見ている同級生たちがいた。