ウォルフォード家、お宅訪問
アールスハイド初等学院が休みになる週末。
家の馬車でウォルフォード家を訪れたアレンは、密かに感動していた。
アールスハイド王都内にあるウォルフォード家は、賢者マーリン、導師メリダ、魔王シン、聖女シシリーが住む、王都でも有数の重要施設である。
その門前は常に厳戒態勢が敷かれており、人々は遠目でしかその家を見ることができない。
ごく限られた一部しかその門を潜ることは許されていないのだ。
そして今、その門を馬車が通り抜けた。
「ふおお……ウ、ウォルフォード家の門を抜けた!」
「父上……」
アレンは、今回一緒に付いてきた父に向かってジト目を向けた。
自分も感動していたのに、より大袈裟に感動している父がいたため感動に浸りきれなかったのだ。
「僕だけでいいと言いましたのに。なぜ付いてくるのですか?」
「そ、それはだな。やはり子供同士の交流とはいえ初めてお邪魔するお宅だ。なら、最初に親として挨拶はしておくべきだろう?」
言われてみればその通りである。
アレンは侯爵という、貴族の中でも高位に属する貴族の子息だ。
そして、ウォルフォード家は一応爵位を持っていない平民という立場ではあるが、実際は色んな大人の事情で爵位を授けることができなかっただけ。
もしアールスハイド王家がその気になれば、そしてウォルフォードが受ける気であれば、侯爵の地位は固く、王家との距離の近さを考えれば、本来なら王家の親族に与えられる公爵に叙されても不思議ではない。
そんな家に息子が遊びに行く。
であるならば、当主である父が挨拶に行くことは当然である。
しかし……。
「……父上。まさかとは思いますが……シン様やシシリー様、マーリン様やメリダ様に会いたいがために付いてきたのではありませんよね?」
「そ! そんなわけがなかろう! あ、あくまでウェルシュタイン侯爵家としてだな!」
どうやら、父の目的はウォルフォード家の人間との対面だったらしい。
どうりで、昨日からやけにウキウキしていると思った、とアレンは普段の厳格さの欠片も見えない父を見て思わず溜め息を吐いた。
そして、ウェルシュタイン家の馬車は後ろに続いていたマニュエル伯爵家の馬車と一緒に館の正面玄関に着いた。
アレンとクレスタ、そしてクレスタの方も付いてきた親が馬車から降りると、ウォルフォード家の正面玄関が開きシルベスタが出てきた。
「アレン、クレスタさん、いらっしゃい」
「おう、シルバー! お邪魔します!」
「お、お邪魔致しますわ、シルバー君」
初めて友達を家に迎えるシルベスタが嬉しそうに、アレンは休日にシルバーと会える嬉しさとこれから起こるであろう対面に興奮を隠しきれないように、そしてクレスタは緊張がマックスになりながら挨拶を交わしていると、シルベスタの後ろから人影が現れた。
その姿を見たアレン、クレスタ、そして二人の親は緊張で身体が固まった。
「やあ、いらっしゃい。アレン君とクレスタさんだったね? シルバーのお父さんです」
「いらっしゃい、アレン君、クレスタさん。シルバーのお母さんです」
『魔王』『神の御使い』『救世の英雄』と呼ばれるシンと、『聖女』と呼ばれるシシリーが自分の名前を呼んでにこやかに挨拶してくれた。
たったそれだけのことなのだが、アレンとクレスタは感動して涙目になっている。
そんな二人に微笑ましい顔を向けたあと、シンは後ろに控えている二人の父親たちに声をかけた。
「ウェルシュタイン侯爵とマニュエル伯爵ですね。初めまして、シン=ウォルフォードです。お子さんがシルバーと仲良くしてもらってるそうで、ありがとうございます」
「あ! いえ!」
「こ、こちらこそ!」
穏やかな表情のシンと違い、ウェルシュタイン侯爵とマニュエル伯爵は緊張で強張った表情で頭を下げた。
高位貴族が平民に頭を下げる。
本来ならありえないことだが、マーリンから続くウォルフォード家の威光は絶大なのである。
思わず、名乗りを忘れてしまうほど。
だが、貴族の習慣に疎いシンは、特に気にした様子はない。
そんな男性陣を見て、元貴族令嬢であるシシリーが苦笑しながら声をかけた。
「こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ中にお入りください。シルバー、アレン君とクレスタさんを案内してあげて?」
「うん! アレン君、クレスタさん、どうぞ入って!」
「おう!」
「お、お邪魔致します」
シシリーに声をかけられて、シルバーはアレンとクレスタを家の中に招き入れた。
シルバーの案内でリビングに向かう子供たちを見て、保護者である大人たちも中に入る。
そして、そこで待っている人物を目にして固まった。
「やあ、いらっしゃい」
「よく来たね」
マーリンとメリダである。
アレンとクレスタの世代では、英雄といえばシンやシシリー、アウグストたちアルティメット・マジシャンズになるのだが、その親であるウェルシュタイン侯爵とマニュエル伯爵にとって英雄とはこの人たち。
そんな生ける伝説が目の前にいる。
「お、お初にお目にかかります! ウェルシュタイン侯爵を拝命しております、アルバート=フォン=ウェルシュタインと申します! お、お会いできて光栄であります!」
「マニュエル伯爵を拝命しております、チェスタ=フォン=マニュエルと申します! 御目に掛かれて感激です!」
シンとシシリーとの対面のときは、現代の英雄に会うことに緊張していた。
だが、マーリンとメリダは、子供のころからの憧れの存在。
そんな二人に会えたことで、さっきのアレンとクレスタのような感動した顔になるウェルシュタイン公爵とマニュエル伯爵。
表情が子供にそっくりである。
「ほっほ。まあ、そんなに緊張せずに」
「爺さんの言う通りさね。これからもあの子たちはウチに遊びに来るんだろう? もっと気軽にしな」
「「は、はい!」」
英雄譚でしか知らない英雄たちと会話をしている。
そのことだけで、二人は天にも昇る心持ちであった。
リビングは子供たちが使うので、大人たちはダイニングにあるテーブルでウォルフォード家とウェルシュタイン侯爵家、マニュエル伯爵家の交流が始まった。
その頃、リビングの子供たちは……。
「うおぉ……魔王様に声かけられたあ……」
「聖女様……お綺麗でした……」
アレンとクレスタは、ソファーに並んで座り先ほどのシンとシシリーとの邂逅を思い返していた。
そんな夢見心地の二人を見て、シルベスタは苦笑した。
「そんなに感動するようなこと?」
その言葉を聞いたアレンとクレスタは猛然とシルベスタに反論した。
「ばかっ! お前! 魔王様と聖女様だぞ!? 現代の英雄、生ける伝説だぞ!?」
「むしろ、なぜそのように冷静なのですか!?」
ローテーブルに手を付き身を乗り出しながらそう言い募る二人の勢いに、シルベスタは思わず後ずさった。
「なぜって言われても……」
シルベスタにとってシンとシシリーは父と母、それ以上でもそれ以下でもない。
しかし、その感覚が理解できないアレンとクレスタは、今一ピンと来ていないシルバーのことを信じられないものを見る目で見てきた。
「お前、お二人の英雄譚とか聞いたことないのかよ?」
「わたくしだって、絵本や児童書で読んだことがありますのよ?」
シンの物語は、例の『続・英雄物語』をはじめ、子供向けに絵本や児童書、果てはシンがどうか止めて欲しいと願っていた演劇にまでなっている。
しかし……。
「読んだことない」
シルベスタがそう言うと、アレンとクレスタは信じられないという顔をした。
アレンとクレスタは……いや、世界中の子供たちは絵本になっているシンたちの物語を読み聞かされて育つ。
男の子たちはシンたちが魔人たちと死闘を繰り返し勝利していくことに興奮し、女の子たちはシンとシシリーが紡ぐ恋物語に憧れる。
今の世代の子供たちは、シンたちの物語が大好きなのだ。
だというのに、憧れの対象であるシンとシシリーの子供であるシルベスタは、物語を読んだことすらないという。
その事実が信じられなかった。
「なんで!?」
「なんでって言われても……おとうさんが恥ずかしがって本を見せてくれないから」
「恥ずかしいって……」
アレンやクレスタにとっては興奮する物語でも、当の本人にとっては恥ずかしい話以外のなにものでもない。
まだ幼いアレンとクレスタでは、それが理解できなかった。
「まあ、その話は知らないけど、おとうさんとおかあさんが凄いのは知ってるよ。おとうさんによく空の散歩に連れて行ってもらってるし」
シンの考えが理解できずに混乱していたアレンとクレスタだったが、シルベスタの言葉にその混乱は吹き飛んだ。
「空の散歩ってなんだ!?」
「く、詳しく教えてください!」
シルベスタから飛び出した、聞き慣れない魅力的な言葉に、アレンとクレスタは激しく食い付いた。
「えっとね……」
興奮した様子の二人にまた引きながら、シルベスタはその様子について話し始めた。
話しているうちにお茶やお菓子なども用意され、それを頬張りながら楽しく和やかに談笑していると、シルベスタがなにかに気が付いたように視線を向けた。
「ん? どうしたシルバー?」
「シルバー君?」
「あ、いや……」
ちょっと困った様子のシルバーを見て、視線の先が気になった二人はそちらを見た。
そこには……。
「「「「じー」」」」
リビングの入口からこちらを凝視する、四つの幼い顔があった。
「……なんだ、あれ?」
「あ、あはは……妹とその友達」
アレンの呟きに、シルベスタがそう答える。
そう、こちらを凝視していたのは、シルバーの妹たち。
兄が知らない子と仲良く話しているのを羨ましそうに見ていたのだ。
「か、かわいい……」
自分より幼い子が連なってこちらを見ている様子は、クレスタの目には非常に可愛らしく映り、思わず声を漏らした。
そして、幼い子と触れ合いたいと思ったクレスタは四人に声をかけた。
「こちらにいらっしゃらない?」
クレスタがそう言うと、真っ先にかけてきたのはシャルロットだ。
リビングの入口からダッシュしてきたシャルロットは、無言のままシルベスタに飛び付いた。
「わっ!」
「しゃる! ずるいですわ!!」
シャルロットに続いてオクタヴィアも飛び付く。
シルベスタに引っ付いた二人の幼女の後ろからマックスとレインもおずおずと部屋に入ってくる。
「こ、こんにちは」
「……こんちは」
恐る恐る挨拶をするマックスとレインを見たアレンは、ニカッと笑った。
「おう! 俺はアレンだ、よろしくな!」
マックスとレインが自分よりも幼いということもあり、お兄さんぶってそんな挨拶をするアレン。
そんなアレンを微笑ましく思いながらクレスタも挨拶をする。
「クレスタです。よろしくね、マックス君、レイン君」
儚げな美少女であるクレスタにそう挨拶されたマックスとレインは、顔を赤くして俯いた。
「う、うん」
「……よろしく」
その様子を見たクレスタは、その可愛らしい様子に内心で身悶えていた。
「ほら、二人も挨拶しないと」
ちゃんと挨拶をしたマックスたちを見て、自分に引っ付いている幼女たちに声をかけるシルベスタ。
すると、シャルロットはちょと不貞腐れた表情をしながらアレンとクレスタを見た。
「……しゃるです」
拗ねたような挨拶にアレンとクレスタは、大好きなお兄ちゃんが知らない人と楽しそうにしていて嫉妬したのだろうとすぐに理解した。
対してオクタヴィアは、一旦シルベスタから離れてスカートの裾をチョンと持った。
「おくたびあですわ」
そう名乗った瞬間、アレンとクレスタはビシリと固まった。
ウォルフォード家に遊びに来るオクタヴィアという名の幼女に、思い当たる人物は一人しかいない。
二人は即座にソファーから立ち上がり、アレンは手を胸に当てて跪き、クレスタはオクタヴィアよりは洗練されているが、まだたどたどしいカーテシーをした。
「お、お初にお目にかかりますオクタヴィア殿下! ウェルシュタイン侯爵家が長男、アレンと申します!」
「お初にお目にかかりますオクタヴィア殿下。マニュエル伯爵家が次女、クレスタと申します」
友達の家に遊びに来て、まさかの王族との邂逅。
その信じられない出来事に、二人はパニックになりつつ必死に頭を下げ続ける。
どのくらいそうしていたのか、一向に声をかけられないことに心配になった二人は、そっとオクタヴィアを見た。
するとオクタヴィアは、キョトンとした顔をして二人を見ていた。
二人は『あ、これ、なんて声かけていいか知らないやつだ』と理解したが、王族であるオクタヴィアに対して勝手に礼を解くこともできず、三人の間に奇妙な沈黙が流れた。
それを見て苦笑したシルベスタは、オクタヴィアにそっと耳打ちした。
その行為に、もじもじしながらポッと頬を染めていたオクタヴィアだったが、すぐにアレンとクレスタに向き直った。
「あたまをあげてください」
オクタヴィアからようやく出たその言葉に、ホッとしながらアレンとクレスタは礼を解き頭を上げた。
「アレン、クレスタさん。ヴィアちゃんはまだ三歳で本格的なマナー講習は受けてないんだ。だからそんなに畏まらなくて大丈夫だと思うよ」
そんな訳あるか! と大声で叫びたくなった二人だが、シルベスタの言葉にもキョトンとしているオクタヴィアを見ると、王族とはいえまだ三歳では難しいことは分からないよなと納得した。
とはいえ、最低限の礼は失しないようにしないといけないが。
そう思いソファに座る二人だったが、ふとオクタヴィアがジッとクレスタを見ていることに気が付いた。
「あの……王女殿下、どうされました?」
「私、なにか粗相をしてしまいましたでしょうか?」
もしかして、まだソファーに座ってはいけなかったか!? と腰を上げかけた二人だったが、オクタヴィアの言葉でその行為は止められた。
「あなた、しるばーおにいさまのなんなのです?」
その言葉に、クレスタはビシリと固まった。
オクタヴィアの言葉が一瞬理解でなかったクレスタだったが、シルベスタの腕にしがみつきながらこちらを睨んでいる様子を見て、ようやく理解した。
警戒している!
シルベスタに近寄る女を警戒している! 三歳の幼女が!
そのあまりに可愛らしい嫉妬心に、クレスタは内心で身悶えた。
しかし、それを表面には出さず、なるべく優しい表情と声色でオクタヴィアに話しかけた。
「シルバー君とは、ただのお友達ですわ」
「……ほんとうですか?」
まだ疑り深くこちらを見ていオクタヴィアを見て、クレスタは安心させてあげようとさらに言葉を紡いだ。
「ほんとうですよ。それに、私には……」
クレスタはそこで言葉を区切ると、チラリとアレンを見た。
そして、ソファーから立ち上がってオクタヴィアのもとに行き、そっと耳打ちした。
「他に好きな人がいますから」
そう言われたオクタヴィアは、先程クレスタがアレンをチラッと見ていたのに気づいていたのでそれが誰だか察した。
「わかりましたわ」
そう言ってニッコリ笑うオクタヴィアにクレスタはホッと息を零した。
自国の王女様に恋敵認定されてしまうなんて、人生終わったと思っても仕方がない。
それを回避できたことで安堵したのだ。
だが、それもつかの間だった。
「じゃあ、あそんでください!」
「「え?」」
じゃあ、の意味がよく分からないが、王女様は突然自分と遊ぶように命令してきた。
「しるばーおにいさまをひとりじめしてずるいのです! わたくしたちもあそびたいです!」
オクタヴィアがそう言うと、シャルロットやマックス、レインも二人をジッと見た。
「あ、ああ……」
「そういうことですか……」
どうやらこの子たちはシルベスタのことが大好きらしい。
そのシルベスタをアレンとクレスタが独占しているので、拗ねて様子を見に来たのだ。
「えっと……アレン、クレスタさん、悪いんだけどこの子たちと一緒に遊んであげてもらってもいいかな?」
左腕にシャルロット、右腕にオクタヴィアをぶら下げたシルベスタが苦笑しながらそう言うと、アレンとクレスタは大いに戸惑った。
「え……王女殿下と……?」
「一緒に……ですか?」
どうしようかと戸惑っていると、大人の女性の声が聞こえてきた。
「申し訳ありませんが、一緒に遊んであげて頂けませんか?」
突然聞こえてきたその声にアレンとクレスタが振り返ると、そこには、シンプルながらも美しい衣装を身に纏ったいかにも高貴な女性が立っていた。
その姿を見たアレンとクレスタは、慌てて立ち上がり先ほどオクタヴィアにした礼を取った。
「面を上げて楽にしてくださいな。ここは王城ではありませんし、今の私はヴィアの母として付いてきただけですので」
先程、アレンとクレスタの父とウォルフォード家の人間が挨拶をしたときは顔を見せなかったが、オクタヴィアがいるということは、当然ながら母であるエリザベートもいるのだ。
そして、いるのはエリザベートだけではない。
「ごめんねシルバーちゃん。みんなシルバーちゃんのお友達が気になるらしくて」
そう困ったように言うのはマックスの母であるオリビアだ。
「レインも、大人しくしていると思ったのですが、意外と気になっていたようですね」
そう言うのはレインの母であるクリスティーナだ。
あまり感情を表に出さないレインがシルバーの友達を気にしていることが珍しかったらしい。
「ごめんなさいね、アレン君、クレスタさん。折角遊びに来てくれたのに邪魔しちゃって」
大人たちの話は終わったのか、シシリーも一緒にいた。
「あ、いえ! それは全然構わないのですが……」
「あの……私たちが王女殿下と一緒に遊んでもよろしいのでしょうか?」
二人が戸惑っていたのは、シルバーとの交流を邪魔されたからではなく、自分たちが王族と一緒に遊んでもいいのだろうか? と判断できなかったからだ。
アレンとクレスタが戸惑っている中、エリザベートはニッコリ笑っていた。
「全然問題ありませんわ。むしろ、子供たちの相手をしてくれるなら大変ありがたいのです。お願いできますか?」
元公爵令嬢で現王太子妃であるエリザベートにお願いされれば、二人にできる返事など決まっている。
「「はい! よろこんで!」」
その光景を遠目に見ていたシンが「いや、居酒屋かよ」と内心ツッコミを入れるほどの勢いで二人はエリザベートの願いを了承した。
それからシルベスタたちは庭に移動した。
鬼ごっこやかくれんぼ、玉遊びに夢中になったり、マックスやレインがシルベスタにタックルをしかけ、それをシルベスタがやんわり受け止めふんわり投げ飛ばし、幼子二人がキャッキャと喜ぶ。
その光景を見たシャルロットとオクタヴィアもシルベスタに向かっていって、コロンと転がされて爆笑したり、オクタヴィアはここぞとばかりにシルベスタにしがみついて離れなかったり。
それを見てアレンとクレスタがハラハラしたり、その隙にマックスとレインの奇襲を受けて二人揃って転がされたり。
体力の続く限り遊び倒した。
やがて、体力の限界を迎えたシャルロットが芝生の上で寝っ転がって寝落ちしてしまうと、他の子供たちも次々に寝落ちしていった。
オクタヴィアは、ちゃっかりシルベスタの腕の中で寝落ちしていた。
無限に続くかと思われた子供たちの体力が切れたことに、アレンとクレスタはホッと息を吐いた。
「二人ともゴメンね。この子たちの遊びに付き合わせちゃて」
ぜぇぜぇと肩で息をしているアレンとクレスタに向かって、シルベスタが申し訳なさそうにそう言った。
「いや、それはいいんだけどよ……それ、大丈夫なのか?」
アレンがそう言うのは、シルベスタが芝生の上に座りながらオクタヴィアを抱っこしていたからである。
さすがにまだ六歳のシルベスタが、三歳のオクタヴィアを抱っこしたまま立ち上がることはできないのでこの体制なのだが、王女であるオクタヴィアを抱っこするのは不敬にならないのかと心配になったのだ。
「え? なにが?」
心底不思議そうにそう言うシルベスタに、アレンは諦めるように盛大に息を吐いた。
「そっか……そうだよな……ここはウォルフォード家だった……」
「? よくわかんないけど……アレン、悪いけどお母さんたち呼んできてくれない?」
「お、俺がか!?」
「うん。僕、身動き取れないし」
シルベスタが言っているのは、この寝落ちした子供たちを引き取るために母親たちを呼んできてほしいということ。
それはつまり、聖女様や王太子妃様を自分が呼んでくるということである。
あまりの大役に、思わず大きな声がでたアレンであるが、いつも通りのシルベスタを見てまた溜め息を吐いた。
「……分かったよ」
「ごめんね」
「ア、アレン君、私も一緒に行くから」
「ああ、そうしてくれると助かる……」
一人で行くより二人で言った方が精神的疲労は少なくていい。
クレスタの提案に、アレンは心底助かったという表情でそう言い、二人で母親たちのもとに向かって言った。
「……はぁ、疲れた……」
「……本当だね」
「あのマックスって子、あれだろ? ビーン工房の御曹司だっていう……」
「そうだね。あと、レイン君って子も、次期魔法師団長の子じゃない?」
「あと、極めつけが……」
「王女様……」
クレスタがそう言ったあと暫く二人とも無言になり、揃って溜め息を吐いた。
「流石ウォルフォード家、なんて恐ろしい場所なんだ……」
「気軽に遊びに来ていい場所じゃなかったね……」
アールスハイド一、いや世界一有名な家に遊びに行けるということで浮かれていた気持ちが全くなくなっていた。
代わりに『ウォルフォード家は恐ろしい場所』という認識になっている。
今後、気軽に遊びに行っていいかとか言わないようにしよう。
そう決意しながらアレンたちはシシリーたちを呼びに行った。
こうして、アレンとクレスタのウォルフォード家お宅訪問は終わったのだが、その帰り際、二人は信じられない言葉を聞いた。
「アレン君、クレスタちゃん、また遊びに来てくださいね」
「ヴィアが随分と懐いたようですので、是非にお願い致しますわ」
聖女と王太子妃にまた来て欲しいとお願いされたのだ。
そうお願いされてしまったアールスハイド王国貴族の二人は……。
「は、はい!」
「かしこまりました」
そう返事するしかなかった。
もうなるべくウォルフォード家には遊びに行かないと誓ってすぐ、その誓いは却下された。
またこんな胃の痛い思いをしないといけないのか……。
アレンとクレスタが、自宅に向かう馬車の中で絶望に打ちひしがれている横で、二人の親は伝説の英雄と思う存分対話することができ、ホクホク顔をしているのであった。