シルバーの日常
王太子妃エリザベートへの二度の暗殺未遂。
それに伴い、ダームへ各国からの強制介入があり政治形態が再び変わった。
大人たちは、その大きな変化への対応に右往左往していたが、そんなことにまったく関係ない者たちがいる。
子供たちだ。
アールスハイド王立アールスハイド初等学院に通う子供たちの親は大半が貴族で、それ以外にも商家を営んでいて裕福な家だったりと、今回のダームの混乱によって忙しくしているのだが、子供たちにとっては関係のない話だった。
「シルバーくーん」
初等学院一年一組の教室で、教室に入ってきたシルベスタに声をかけてくる女の子がいた。
いや、女の子「たち」だ。
「あ、おはようみんな」
口々に挨拶をしてくれる女の子たちに、シルベスタはニッコリと笑って挨拶を返した。
シルベスタは、サラサラの銀髪に整った顔立ち、体形もシュッとしている。
それに加えて、成績も優秀で運動神経もよく、性格も穏やかで優しく、家も『あの』ウォルフォード。
つまり、女の子たちに大変モテているのだった。
まるで、少女小説から抜け出してきたかのようなシルベスタに、ニッコリと笑いかけられて挨拶をされた女の子たちは、その笑顔に心臓を撃ち抜かれ腰砕けになっていた。
女の子たちは思う「まるで王子様のようだ」と。
彼女たちと歳の近い王族にいるのは王女様で王子様はいない。
現在いる王子様はアウグストのことで、既に結婚し子供までいる。
大人過ぎて彼女たちにとって恋愛の対象外であった。
なので、彼女たちにとっての王子様は、平民だが『救世の英雄』『魔王』『神の御使い』と呼ばれるシンと『聖女様』と呼ばれるシシリーの息子で、容姿も優れているシルベスタなのだ。
とはいえ、シルベスタを王子様と形容するのは、本当ならおかしくないのかもしれない。
なぜならシルベスタは、旧帝国において帝位継承権を持っていたシュトロームの息子だから。
世が世なら、皇子様と呼ばれていったのだから。
とはいえ、このことはほんの一部の人間しか知らない事実。
そんなこととは関係なく、彼女たちはシルベスタのことを「王子様」だと思っているのだ。
女の子たちにモテモテであるため男の子たちから顰蹙を買いそうなものだが、男女問わずに優しい性格をしているため、表立ってシルベスタに敵対するような子は少ない。
「お! シルバーおはよー!」
「あ、おはようアレン。今日も元気だね」
「おう!」
シルベスタに挨拶を返され、アレンと呼ばれた少年は「ニシシ」と歯を見せて笑った。
アレンはウェルシュタインという名の侯爵家の子息である。
高位貴族の子供であるが、そんなことを感じさせないほどフランクな態度でシルベスタに接する。
そして、今のところアレンが砕けた態度で接しているのはシルベスタだけだ。
というのも、高位貴族である彼は幼い頃から立ち居振る舞いについて厳しく躾けられており、アレンはそれが本当に嫌だった。
窮屈で、息が詰まる思いをしていた。
そんなとき、初等学院で偶々席が近かったシルベスタと友達になった。
身分は平民なのに、アールスハイドの王族からも慕われているウォルフォード家。
そこの息子であるシルベスタと友達になったと両親に報告したとき、両親は「よくやった!!」と涙を流さんばかりの勢いで歓喜し、最高の賛辞を送ってくれた。
シルベスタは平民だ。
なので、畏まった言葉遣いに慣れていないので、良かったら砕けた態度で接してくれると嬉しいと言われたのだ。
そのことをまた両親に報告したとき、シルベスタ様のご希望通りにしなさいと公認を貰えた。
なんで平民の子供に様付け? と思いはしたものの、別にどうでもいいかと思ったアレンは、シルベスタと砕けた態度で接するようになったのだ。
それ以来、アレンとシルベスタは学院で一番の友達になった。
最早親友と言っていいとアレンは思っている。
席に着いたシルベスタは、そんなアレンと談笑を始めた。
「シルバー、週末はなにしてたんだ?」
「僕? 家でショーンのお世話をしてたよ」
「ショーン?」
「こないだ産まれた僕の弟。可愛いんだ」
「へえ! そりゃおめでとう! でも、ずっと家にいたのか」
「うん。あ、でもヴィアちゃんとエリーおばさんが遊びに来てくれたよ」
シルベスタがそう言うと、アレンはピシリと固まった。
ヴィアちゃんとエリーおばさんが誰なのか分かったからだ。
「お、おま……王女殿下をちゃん付けって……王太子妃殿下をおばさんって……」
あまりに不敬な発言に、アレンはパクパクと口を開閉した。
学院では砕けた態度のアレンだが、躾けは厳しくされているので王家に対する忠誠と敬愛も教え込まれている。
そんな王家の人間に対して、ちゃん付けもおばさん呼びもアレンにとってはありえないことなのだ。
そんなアレンの態度に、シルベスタは苦笑を漏らす。
「僕もそう思って『妃殿下って呼んだほうがいいですか?』って聞いたら『やめてください。今まで通り「エリーおばさん」でいいですよ』って言われたんだ」
「へえ、そうなんだ……さすがウォルフォードだな」
「うん、おとうさんは凄いよ。おとうさんとオーグおじさんは親友だから、親友の子供に畏まられたくないって言ってた」
王太子殿下をおじさんって……とアレンは思ったが、これ以上突っ込まないことにした。
天下に名だたるウォルフォード家では、これが日常なんだと、そう言い聞かせた。
「あ、他にも妹と同い年の子が来てたから、結構賑やかだったよ。だから退屈はしなかったな」
「へえ、どこの子?」
「えっと、ビーン工房って分かる?」
「そりゃお前、知ってるよ。アールスハイド一デカい工房じゃんか」
「そこのマックスって子と、おとうさんの昔からの知り合いの人の子で、レインっていう男の子」
「へえ」
シルベスタの言うレインとは、ジークフリードとクリスティーナの息子である。
容姿はクリスティーナに似ていて、感情があまり顔に出ない子だ。
「シルバーの妹って三歳だっけ?」
「うん」
「その歳の子供が一杯か……お守り大変だろ?」
「まあね。でも、みんな聞き分けのいい子たちばかりだから、そんなにしんどくないよ?」
「……スゲエな、お前」
「そう?」
「ああ。うちの親戚にも小さい子がいるんだけど、まだ小さいからってマナーの勉強とかしてないのな。だから家に来たらうるさくってさ」
「あはは。そうなんだ」
「それにしても、シルバーんちって魔王様に聖女様、賢者様に導師様もいらっしゃるんだろ? スゲーよなあ」
この年代の子たちにも、賢者と導師の逸話は伝わっている。
両親、祖父母世代が特に尊敬している世代なのだが、今の世代にも尊敬すべき人物として小さいころから伝記や小説などを読むことを推奨されている。
だが、この世代の子供たちにとって英雄といえばシン=ウォルフォード率いるアルティメット・マジシャンズなのだ。
アレンは口には出さないが、魔王シンと聖女シシリーが両親など、なんて羨ましいんだろうと常々思っていた。
だから、次にシルベスタが言った言葉が、俄かには信じられなかった。
「良かったら、今度うちに遊びに来る?」
「え?」
「あ、アレンの家って侯爵家だから、習い事とかあるかな? だったら無理にとは……」
「行く! 行くよ!! 親には言う必要があるけど、絶対了承して貰えるから!! 習い事なんか予定を変更したらいいから!!」
アレンの必死な様子に、シルベスタは若干引いた。
「そ、そう? じゃあ、予定が決まったら……」
「今週末! 今週末の休みに行くから!!」
「え、ああ、うん。分かった。じゃあ、そう言っとくね」
「おう!」
アレンは満面の笑みで返事をしたあと「マジか……マジか……魔王様と聖女様に会えんのか……」とブツブツ呟いていた。
そんなアレンを見てシルベスタは苦笑していたが、やっぱり父と母は凄いと改めて思うのだった。
授業が恙なく進み、休み時間となったとき同じクラスの女の子がシルベスタとアレンのもとにやってきた。
「あ、あの、アレン様……」
休み時間に声をかけてきたのは、同じクラスの女の子だった。
「ん? ああ、クレスタか。どうした?」
クレスタと呼ばれた女の子は、マニュエル伯爵家の娘でアレンの幼馴染。
薄茶の髪と同系色の瞳を持った、非常に儚げに見える女の子である。
そんなクレスタが、シルベスタと仲良く話しているアレンに意を決したように話しかけていたのだ。
「あ、あの! 今週末はお暇でしょうか!? もしよければ、家に遊びに来ませんか!?」
真っ赤な顔でそう言うクレスタは、幼馴染であるアレンのことが好きだった。
互いの両親も応援してくれており、今回はクレスタの母の提案でアレンを家に招こうと相談していた。
なのでアレンにそのお誘いをしたのだが……。
「え? あー……」
今までクレスタの誘いには快諾をしてきたアレン。
それもそのはずで、クレスタがアレンを誘うときはアレンの両親も協力して予定を空けていた。
今回もそのはずだったのに、アレンは気まずそうな表情をして顔を背けた。
「……え?」
まさか、そんな反応が返ってくるとは思いもしなかったクレスタは、信じられない思いでアレンを見、そして絶望感に打ちひしがれた。
「ご、ご迷惑だったでしょうか……?」
そう言ってションボリするクレスタに、アレンは大いに慌てた。
「あ! いや、違う! 今週末はシルバーんちに遊びに行くって話になったから! クレスタが嫌とかじゃないから!」
「……え?」
アレンの言葉に、クレスタは先ほどと同じ言葉を、全く違う感情で零した。
「シルバー君のおうちって……それって……」
「あ、ああ。シルバーが家に遊びにこないかと提案してくれてな。是非にとさっき話したところだったんだ」
「そう……だったのですか」
このときのクレスタの心情は、自分よりもシルバーを優先したアレンに対する不満と、アールスハイド王国で……いや、世界中で知らぬ者のいないウォルフォード家へとお招きされたことに対する羨ましさとでごちゃ混ぜになっていた。
「だ、だからな? 別にクレスタの誘いが迷惑とか、そんなことはないからな?」
複雑そうな顔をして黙り込んでしまったクレスタに対し、必死に言い訳を重ねるアレン。
この対応を見るだけで、アレンがクレスタをどう思っているのかは明白だろう。
要はこの二人、お互いに好意を持っているのである。
それは周囲にはバレバレで、互いの両親だけでなくクラスメイトも生温い視線で見守られている関係なのである。
周囲の心境は『さっさと付き合えよ』という気持ちなのだが、お互いまだ初等学院の一年生。
お付き合いをするとかしないとか、そんな感情はまだないのである。
当然シルバーも、二人を生温かく見守っているうちの一人である。
「ほら! こんな機会は滅多にないから!」
「そう……ですね……」
「分かってくれたか!?」
「ええ……残念ですけれど……今回は諦め……」
「あ、じゃあクレスタさんも今週末は時間あるんだよね? よかったらアレンと一緒に家に来ない?」
本当に渋々アレンとの逢瀬を諦めようとしたクレスタに、突如救いの手が差し伸べられた。
しかも、先程心底羨ましいと思っていたウォルフォード家へのご招待である。
「よ、よろしいんですの?」
まさに呆然といった表情でシルバーの顔を見るクレスタ。
「うん。クレスタさんはアレンと一緒に遊びたかったんだよね? それなら、うちで一緒に遊べばいいよ。あ、でも、クレスタさんは伯爵家のお嬢様だから、平民の男の子の家に遊びに行くのはマズ「そんなことありませんわ!! アレン様とご一緒ですもの! まったく! ちっともマズいことなどございません!!」……そ、そう?」
シルベスタの言葉に被せてそう言い切るクレスタ。
必死である。
「じゃあ、今週末、二人でうちに遊びに来てね」
「おう!」
「はい! 楽しみです!」
こうして、初等学院に入学して以降、はじめてシルベスタの友達がウォルフォード家に遊びにくることが決まったのだった。




