後処理は万全に
俺の担当した議員を逮捕状で、領主館でたむろしていたゴロツキたちを公務執行妨害の現行犯で逮捕してから、俺はダームの会議室に戻ってきた。
「お疲れ様シン君。上手くできたかしら?」
戻ってきた俺を出迎えてくれたエカテリーナさんは、まるで母親が息子にお使いができたかと訊ねるように進捗を聞いてきた。
「ちゃんとしてきましたよ。それより、なんでそんな子供に訊ねるような聞き方するんですか」
俺は呆れながらそう返すと、エカテリーナさんは笑みを深くした。
「だって、母親が息子のことを心配するのは当たり前……」
「うおいっ! だからそれを止めろって言ってんだよ!」
俺は慌てて周りを見た。
すると、周りにいた人たちは、例の噂を知っているのか「やっぱり」という顔で、生温い視線を投げかけてきていた。
はあ……本当に家の中だけじゃなくて、世間に浸透しちゃったよ……。
その事実に頭を抱えていると、ゲートが開いた。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい殿下。首尾は?」
「ちゃんと捕縛しましたよ。殺してません」
「そう。それは良かった」
エカテリーナさんはそう言うと、よくできましたという顔で微笑んだ。
っていうか、俺らは確かにエカテリーナさんの子供って言っていい年齢だけど、俺もオーグも二十二歳だし、オーグも一児……もうすぐ二児か、俺なんて三児の父だぞ?
いい加減子ども扱いはやめて欲しいな。
「む。他も帰ってきたようだな」
エカテリーナさんとそんな会話をしていると、次々にゲートが開いた。
「皆さん、お疲れ様です」
「あ、教皇猊下! ただいま戻りました!」
「はい、お疲れ様でした」
「捕縛完了しましたあ」
「そう、よくやったわね」
「こちらはすぐに投降してくれたので、混乱もなく収まりました!」
「あら、ふふ、素晴らしいわ」
「ちょっとぶっ飛ばした。でも殺してません」
「あらあら、抵抗されたのねえ。怪我はなかった?」
マリア、トニー、マーク、リンから口々に完了報告がなされ、それに一つずつエカテリーナさんが労いの言葉をかけていく。
その様子は、まさに慈母と言っていい。
ああ、そうか。エカテリーナさんは俺たちを子ども扱いしているんじゃなくて、民衆皆が自分の子供なんだ。
だから、相手の年齢に関わらず子供に対する母親のような対応をするんだな。
そう思うと、エカテリーナさんの態度にも納得が……。
「あ、シンくーん。今日これからおうち行くからー。さっきのお話し聞かせてねえ」
……理由は知ってるけど、分かってるけど、ホントやめて欲しい。
俺は、エカテリーナさんの自由奔放で周りに誤解を与えまくる言動に頭を抱えてしまった。
オーグには「そういう行動が、母親の言動に頭を悩ます息子みたいで誤解が加速するんだ」と言われてしまった。
どうすりゃいいんだよ!?
そんなこんなで、ダーム国内の不穏分子を全て排除し、王制も復活させた。
ヒイロさんは、王制を撤廃したとは言っても、前世の記憶があるから象徴としての王族は手を付けずに残していたらしい。
元貴族たちも、ある日突然貴族籍を剥奪されたとはいえ、元々行政に携わっていた人たちだ。
自分たちの利権にしか興味のなかった議員たちは知らなかったらしいが、元貴族たちは役人として働いている人が多かった。
それすらできなかった人は、今どうしているのか分からないらしい。
まあ、貴族籍に復帰した人曰く、そういう人物は貴族としても問題のあった人物で、能力もないので放置していて構わないらしい。
むしろ自分たちが恨みを買わずに無能な貴族を淘汰できたので、怪我の功名だと笑っていた。
……貴族、怖え。
エカテリーナさんにヒイロさんとの会話の際に約束していた話は、ウォルフォード家に戻ったときに話した。
俺とヒイロさんが、こことは違う異世界の記憶を持っていたこと。
恐らく俺の前世と同郷だったこと。ヒイロさんが、それに気付いていたこと。
自分と同じ世界からの転生なのに、俺だけ恵まれた環境にいたことに嫉妬し、憎んで、こちらではまだ公表していない禁忌である魔石の摂取をしてしまい、俺に対する憎悪もあって魔人化してしまったことなどを説明した。
話し終わると、エカテリーナさんは神妙な顔になった。
「前世……そう、だからなのね……」
エカテリーナさんは、意味ありげにそう呟いた。
「えっと、どういうことですか?」
「ほら、シン君に初めて会ったとき、シン君は神が遣わした御使いじゃないかって聞いたじゃない? そのとき、シン君、ちょっと動揺したでしょう?」
「……ああ、そういえば、そんなことありましたね」
「あそこで動揺したのは、前世の記憶を引き継いで生まれて来てしまったから。なにかしら神の意思が反映したんじゃないかって考えたのね?」
「あ、そうです。まあ、実際神様には会ってないですけど、もしかしたら……って考えてしまって」
「今の話を聞いて、ようやくその謎が解けたの。やっとスッキリしたわ」
「そうですか。それにしても……」
「なに?」
「いや、エカテリーナさんもそうなんですけど、他の誰に話しても驚かないんだなって思って」
「そりゃあそうよ。むしろシン君の異常な力の強さの原因を知って、むしろ納得しかないわね」
エカテリーナさんがそう言うと、その場にいたオーグやシシリーまで「うんうん」と頷いている。
まあ、もういいけどね。
そんなやり取りがあった数日後、捕縛した元議員と、その周辺の人間に対して自白の魔道具を使っての尋問を行った結果、最初にエリーを狙った犯人も、ウルストの議員であることが判明した。
街の為政者が市民証を違法発行し素性を偽るという前代未聞の事件と、二度もアールスハイド王太子妃を狙ったという悪質さから、その議員は極刑になることが確実だと言われている。
その他の議員は、贈収賄や罪の揉み消しの他にも、他国に違法薬物を売りさばいたりしていたことが判明し、こちらも極刑ではないにしろ、相当重い罰が下る可能性が高いという。
少なくとも、生きている間に出所することは見込めないだろうという予想だ。
そしてダームは、ヒイロさんが敷いた体制を一旦全て廃棄し、再び王制に戻す準備をしている。
とはいえ、街と国の最高責任者が変わるだけで、役所や省庁には元々役人や官僚が勤めているので、そんなに大きな混乱はないらしい。
ただ、政治形態が変化するときというのは、治安が悪化しやすいこともあり、各国が協力して軍を派遣し、国中の哨戒に当たっている。
この機に乗じて悪さをしようとしている輩は、今までよりも重い罪に問われることになっている。
ダームの新たな国王は、例のやらかした王の甥に当たる人物になるそうで、まだ八歳とのこと。
彼が成人し、一人前に政治を取り仕切れるようになるまで、イース神聖国がダームを仮統治することになっている。
イースからダームに『ダーム総督』という地位の人が赴き、その人物がダームを統治するとのこと。
なんか、期限付きの植民地支配みたい。
ただ、ダームの国民性なのか、イースに統治されることに忌避感はないそうだ。
これが他の国だったら、もっと泥沼の内戦に発展していたかもしれない。
それを考えると、混乱が生じたのがダームだったことと、それを押さえることができるイース神聖国という国があったのは運が良かった。
あとは、ヒイロさんの魔人化に関する検証だな。
これに関しては、今魔法界は制御魔力量を増やすことが主流になってきていて全体的なレベルが上がっている。
だが、魔力が増えるということは暴走する危険性も高まるということ。
そして、怒りや憎悪を抱えると魔人化するリスクが高くなるということだ。
実際、どれくらいの魔力量があれば魔人化するのかは未知数だ。
しかし、今後も魔力量を増やすのが主流になるのであれば、いずれ抱える問題でもある。
なので、ある一定以上の魔力を扱えるようになると、それを暴走させない、安定させる魔道具を義務として身に着けさせるという提案がなされた。
提案したのはオーグだ。
その提案は即時採用され、その依頼がまた俺のところに来たので、今日も俺はビーン工房と自分の家の作業部屋に籠る日々が増えてしまった。
お陰で、ショーンやシャル、シルバーと遊ぶ時間もない。
しかし、この魔道具を作ることは将来魔法使いが危険視されないようにするために必要なことだ。
階下から聞こえてくる楽し気な声を聞いて羨ましい気持ちになりながらも俺は必死に魔道具を作り、ようやく魔力を常に安定させ暴走させない魔道具を作り出した。
これによって、多少無茶な訓練をしても魔力暴走を起こすことがなくなった。
この魔道具を発明したことで、大人のある程度魔力が大きくなった者以外にも、魔力が不安定な子供にも使うといいのでは? という意見があり、いくつかの試験を経てこの魔道具を身に着けてさえいれば、子供にも魔法を使うことを許可するという法案もできた。
なので、子供が魔法を覚えられる年齢が引き下げられることになった。
その年齢は、メイちゃんが魔法を覚えたのが十歳だったので、それに合わせて十歳となった。
こうして、一連の事件でまた世の中が変わったり、家族構成が変わったりしながらも俺は平和な日々を過ごしている。
この日々が続いてくれると嬉しいんだけどなあ……。
久しぶりの告知です。
本日賢者の孫最新16巻が発売になります。
シャル、マックス、ヴィアが挿絵で登場です。