オーグは悪代官か越後屋か
もう一人の賊は、カーナン出身のハンターだった。
だが、市民証の登録発行場所は、もう一人と同じ『ダーム・ウルスト』だった。
「こ、これは……出身国が違うのに、登録発行場所が同じということは……」
オルトさんも気付いたようだ。
「ああ、ようやく尻尾を掴んだ。さすがだシン。よくやってくれた」
「まあ、俺は解析しただけで、本当の功労者はこの市民証を作ったマッシータだろうけどな」
「え!? マッシータって、あの伝説の魔道具士ですか!?」
オルトさんが初めて聞く情報に驚いているが、今はそれどころじゃない。
興味があるなら、また後日説明してあげよう。
それより今は、この事実をもってどうするかだ。
「どうする? すぐに乗り込むか?」
俺がそう言うと、オーグは少し考えたあと首を横に振った。
「いや、他国のことだ色々と根回しが必要になる。動くのはそれからだな」
オーグはそう言うと、ニヤリと笑った。
「尻尾は掴んだ。証拠も手に入れた。あとはじっくりと時間をかけて料理してやる……」
ククク、と笑うオーグに、俺もオルトさんもドン引きだ。
「うわあ……オーグが悪のボスみたいになってる」
「ウォルフォード君……さすがにそれは……」
オルトさんも、不敬に当たるので明言はしないけど俺の言葉を否定もしなかった。
つまり、そう思ってるってことだ。
「シン、悪いが協力してもらうぞ」
「いいよ。俺だってもう当事者だ。絶対に許すわけにいかない」
「そうか、そうだな。では、まずは……」
その場で、俺とオーグは今後のことについて話し合いをした。
オルトさんもいたけど、彼は次期警備局長の有力候補なのだそうで、今後こういうこともあるので同席してもらっていた。
まあ、話の内容に時々遠い目をしていたけど、そういうことにも今後慣れていってもらわないとな。
こうして、話し合いを済ませた俺たちはシシリーが今日泊まる部屋へと戻った。
赤ちゃんが産まれてから数日後、ウォルフォード家にお客さんが来ていた。
「あーん、かーわーいー! こんにちは、おばーちゃんですよ」
創神教教皇、エカテリーナさんだ。
「だから……それ、止めて下さいってば……」
もう無駄なのだと分かっている。
なぜなら……。
「ばあば、しょーん、かわいいでしょ?」
「お仕事忙しいの? おばあちゃん」
うちの子供たちは、もうエカテリーナさんをお婆ちゃんと認識してしまっているからだ!
うちに遊びに来るたびに、自分は祖母だとおばーちゃんだと、ばあばだと子供たちに言い聞かせてきた。
その結果がこれだ。
創神教教皇をおばーちゃん呼び……。
そのことを、イースから来ている神子のナターシャさんはどう思っているのかというと……全肯定である。
なんなら、自分のことをナターシャおばさんと呼ばせようとしている。
どういうことだよ、創神教。
それでいいのか? 創神教よ。
ちなみに、シャルの言った「しょーん」とは赤ちゃんの名前だ。
ショーン=ウォルフォード。
ウォルフォード家の次男。
ようやく開いた目はシシリーと同じ青い目で、ますますシシリーそっくりだ。
そんなショーンを見ていたエカテリーナさんが「はぁ」と溜息を溢した。
「それにしても、私だけショーン君の出産に立ち会えなかったとか、疎外感を感じるわねえ」
エカテリーナさんがそんなことを言えば、ナターシャさんも「くっ」っと顔を顰めた。
「私も……王城に遊びに行かれるということで付いて行かなかったことが悔やまれます。そうすれば、坊ちゃま方も、聖女様も危険に晒すことなどなかったし、出産にも立ち会えたのに!」
ナターシャさんは本当に悔しそうだ。
今言ったように、ナターシャさんはシシリーたちが王城に遊びに行く際には付いて行かない。
当たり前のようにシシリーに付いているので忘れがちだが、彼女の所属はイース神聖国。
しかも司教だ。
他国の重要人物がホイホイと王城に行くわけにはいかない。
本人にそんな気がなくても、周りがなにを言うか分からないからだ。
それに、今回は足元をすくわれたけど、本来王城の警備は完璧だ。
シャルとヴィアちゃんに巻かれた騎士とメイドも、本来ならとても優秀なのだ。
その騎士とメイドは、自分たちがシャルとヴィアちゃんを見失ってしまったことで危険に晒してしまったと、辞職を願い出たらしい。
シシリーとエリーが、悪いのは娘たちであってそちらに非はない、むしろ迷惑をかけて申し訳ないと謝った。
シャルとヴィアちゃんも二人に謝り、やめないでと懇願したことで、どうにか辞職は思い留まってもらった。
俺も、娘たちのせいで職が無くなる人とかが出るといたたまれない気持ちになるから本当に良かった。
オーグはそうでもなさそうだったけど。
与えられた役目を全うできないのなら、それも仕方がないという考えだったようだ。
そのせいで、ヴィアちゃんから「おとうさまはつめたい」という評価をもらったと嘆いていた。
どうも、あの一件以降、ヴィアちゃんのオーグに対する評価が辛辣になったような気がする。
まあ、オーグの姿勢は為政者としては間違ってないんだろうけどね。
子供の目から見たら、冷酷な判断に見えてしまうんだろう。
今のオーグは、ヴィアちゃんの機嫌を取るために、しょっちゅう家に遊びにつれてくるようになった。
そもそも、ヴィアちゃんとシャルがディスおじさんの執務室を飛び出して行ったのも、俺んちにディスおじさんとオーグがしょっちゅう遊びに行ってることへの抗議をしに行こうとしていたらしい。
それが元凶にあり、しかもヴィアちゃんから嫌われそうということであれば、オーグにヴィアちゃんの要求を断ることなんてできない。
ということで、今日はオーグも来ているのだが、当然のようにヴィアちゃんもついて来ている。
「しょーん、おねえさまですわよ」
「びあちゃん、おねーちゃんはしゃるだよ!」
「そのうちわたくしもおねえさまになりますわ」
「いみわかんない!」
本当に意味分かんないね。
ヴィアちゃんの言う『おねえさま』って『お義姉さま』っていう意味かな?
もう、確実にシルバーをロックオンしてるよね。
本当に三歳なの?
ちなみに、今日はマックスはいない。
「うふふ、小さい子が集まっているのは可愛らしくていいわねえ」
エカテリーナさんが、ショーンの周りに集まってキャッキャしているシャルたちを、慈愛に満ちた表情で眺めている。
「それにしても、こんな可愛い子たちを害そうとする輩がいるなんて……」
「まったくです」
王城で起きた事件のことは、エカテリーナさんにも伝わっている。
今回のことは、各国に対して箝口令が敷かれている。
王城内での二回目の襲撃事件は大変な醜聞だからだ。
しかし、シルバーやシャルを自分の孫のように可愛がっているエカテリーナさんには、伝えないわけにはいかなったのだ。
いや、それ以外の理由でもだな。
「それで殿下、これからどうなさるおつもりですか?」
エカテリーナさんはそう言ってオーグを見る。
その目は『まさか、このまま実行犯だけ捕まえてお終いって言うんじゃないでしょうね?』と雄弁に語っている。
普段はアールスハイド王城内で辣腕を振るっているオーグであるが、創神教教皇、そしてイース神聖国国家元首であるエカテリーナさんの眼力に気圧されているのが分かる。
「じ、実は、そのことで猊下にお願いがありまして」
「お願い?」
「はい。今回の事件の調査で、黒幕はほぼ分かりました。ただ、他国のことになりますので迂闊に手を出すことができません」
「そうね」
「そこで、イース神聖国から介入をしていただけませんか?」
「イースから?」
「はい。今回の黒幕は、ダーム共和国の地方都市選出の議員です。しかし、他国の人間で地位も高いため、私どもから捜査や引き渡しの要求をすると、戦争の火種になりかねません」
オーグがそう言うと、エカテリーナさんは目を細めた。
「イースなら戦争になっても構わないと?」
まあ、そういう反応になるわな。
ただ、アールスハイドがそういう行動をとるとマズくても、イースなら大丈夫だろうという自信がある。
「いえ、イースだからこそ、戦争にはならないでしょう。ダームは創神教の本山であるイースのことを敬っています。以前から、国家としては対等であるはずなのに、イースにだけは従順だった。今回は、そのダームの国民性を利用させてもらいます」
オーグの説明を聞いて、エカテリーナさんは納得した顔になった。
「ふうん。具体的には?」
あ、どうやら協力してくれそうだ。
「ダームは今や、国家としての体をなしていません。急激な共和政治への移行のしわ寄せで、あちこちにひずみが出ています。最早、いつ暴動や革命が起きても不思議じゃない。そういう血生臭いことになる前にダームの国家としての主権を奪って欲しいのです」
あの日、あの部屋でそれを聞いたとき、そこまでやるのかと驚いた。
しかし、オーグはダームがこんなことになっているのも、そもそもこの国家運営のせいだと考えている。
以前はこんな問題は起きなかったのだから、イースの介入によって元に戻そうという考えなのだ。
地方の一議員を一人断罪したとしても、この体制が残る限り第三、第四の事件は起きると考えている。
完全に侵略行為なのだが、そう思わせないために、イースの……エカテリーナさんの力を借りたいのだ。
しばらく考え込んでいたエカテリーナさんだが、やがて顔をあげてオーグを見た。
「それで? そのあとのダームの主権は誰が握るの?」
エカテリーナさんは笑顔だが、それがとても怖い。
その笑顔を受けたオーグだが、こちらも笑顔だ。
「もちろん、イースにお願いしたいと思っています」
その言葉を受けたエカテリーナさんは、先ほどの笑顔を崩さないままだ。
「なるほど。分かりました。国としての立て直しを、イースにお願いしたいということですね」
「申し訳ございませんが、何卒よろしくお願い致します」
そう言って笑い合う二人。
なんだろう、なんというか……。
「……お二人を見ていると、どちらが悪者なのか判断できないのですが……」
うん、俺もそう思う。
それにしても、ダームという国家の行く末が城の会議室ではなく、こんな家のリビングで決まってしまった。
これでいいんだろうか?
まあ、報告書を見る限り、ダームは国家としてそろそろ破綻しそうだし、いい機会なのかもしれないな。
前世が民主政治の国だった俺でも、今回の民主化は性急に過ぎる気がしていた。
今後民主化するにしても、もっと民衆の意識から変わって行かないと難しいと思うし、そもそも民主化することが全て幸せとは限らない。
今現状、王制でもアールスハイドのように民衆まで裕福に暮らせている国はあるわけだしな。
それにしても、ダームの首相であるヒイロさんは、なんでこんなに民主化を急いだんだろうな?
ダームでの魔人王戦役の英雄なんだから民衆からの人気はあったはずだ。
民衆に人気があったのなら、彼の言葉には耳を傾けたはず。
ゆっくりじっくり、民衆と対話して理解を深めて行けば、もしかしたら上手くいったのかもしれない。
どうして急いだんだろう? それが不思議で仕方がない。
「どうしたシン?」
「シン君? なにか疑問でもあるの?」
また顔に出ていたんだろう、オーグとエカテリーナさんが声をかけてきた。
「ああ、いや、話の内容に異論はないよ。ただ……」
「ただ?」
「ヒイロさんは、なんで事を急いだのかなって不思議でさ。できれば直接話してみたいなあって思っただけ」
「そうか」
まあ、これはただの興味本位。
どうしてもっていうわけじゃない。
わけじゃないのだが……。
「あら、じゃあ、ダームに乗り込むときはシン君も一緒に来る?」
エカテリーナさんから、まるで一緒に買い物にでも行く? みたいな軽い感じで同行を提案された。
「え? そんな軽いノリでいいんですか?」
「いいわよお。だって」
エカテリーナさんは、そこでニッコリ笑った。
「息子がお母さんに付いてくるのはおかしくないでしょ?」
「息子じゃねえし、母親でもねえし、おかしさしかねえよ!!」
なんでこの人はこんなに頑なに俺の母親になろうとしてんだ!?
それに、そんなこと言うもんだから、シャルが俺とエカテリーナさんが一緒にどこかに行こうとしていると騒ぎだした。
「おとーさんとおばーちゃんだけずるい! しゃるもいく!」
「ええ……」
シャル、お父さんが行かないかと提案されたのは、途轍もなく重い空気になるであろう現場なんだよ?
お買い物じゃないんだよ?
そう必死に説得するが、シャルは納得しない。
結局、俺はシャルとエカテリーナさんとシルバーも連れて買い物に行くことになってしまった。
その途中、シャルのリクエストでデザートを食べることになり、そこでエカテリーナさんのことを「おばーちゃん」と呼んでしまったことから、アールスハイド中、いや世界中に誤解が発信された。
曰く、俺はエカテリーナさんの隠し子なのだそうだ。
そして、その誤解はどんなに否定しても消えることはなく、とうとう民衆の間に定着してしまった。
その結果、こうなることを危惧していた婆ちゃんがブチ切れたけど、発端がシャルであること。俺が社会的に影響力のある立場になっており、周りから利用されることはなくなっていることから、エカテリーナさんの命は救われた。
まあ、そもそもシャルがエカテリーナさんのことをおばーちゃんと呼ぶようになったのは、エカテリーナさんの刷り込みの結果だから、婆ちゃんから折檻は受けてたけどね。
許されたとき、泣いて喜んでた。
教皇……。




