慶事の裏で
報告に来たメイドさんに連れられて、シシリーが分娩のために入っている客室にやってきた俺たちは、そこから聞こえてくる泣き声に頬を緩ませた。
今すぐにでも部屋に飛び込みたいところだが、グッと抑えて扉をノックする。
すると、中から扉が開いて白衣を着た女医さんが現れた。
「あ、御使い様、殿下方も、どうぞ中へ」
女医さんに案内されて部屋の中に入る。
部屋の中は出産の後始末のためにメイドさんが色々と動き回っており、まだ忙しない。
そんな中、ベッドに横たわり赤ちゃんを抱いているシシリーがいた。
「シン君……」
さすがに疲れた様子だが、それ以上に幸せそうな顔のシシリーを見た途端、安堵と、喜びが湧き上がってきた。
「お疲れ様。急だったからビックリしたよ」
「ふふ、この子も、ビックリして出てきちゃったのかもしれませんね」
シシリーはそう言いながら、抱いている赤ちゃんに視線を落とした。
産まれてきた赤ちゃんは、シシリー譲りの青い髪をした男の子だった。
まだ目が開いてないから、どんな瞳の色なのかは分からない。
産まれたてで顔もクシャクシャだから、どっちに似てるのかも分からないな。
それでも、可愛くて愛おしいのには変わらない。
シシリーの腕に抱かれながら「ふやぁ」と泣く我が子の頭を撫でる。
撫でられているのが分かるのか、口をもにょもにょと動かした。
すると、産まれてきた弟を一目見ようとシャルが乗り出してきて、その姿を見るなり目を輝かせた。
「わあ! かわいい!」
初めて弟を見たシャルのテンションが上がり、大きな声を出した。
すると、お姉ちゃんの声に驚いたのか、赤ちゃんが泣きだした。
「ふやあっ! あああ!」
「わわ! ないちゃった!」
突然泣き出した弟に、どうしていいか分からずオロオロするシャル。
そんなシャルに、シシリーは赤ちゃんをあやしながら声をかけた。
「シャル、赤ちゃんがびっくりしちゃうから、小さな声でね」
「……」コクコク。
自分の声で泣かせてしまったと自覚しているシャルは、自分の口を押さえて無言で頷いている。
いや、小さい声ならいいんだよ?
まあ、そんな光景も可愛いけど。
「ほら、シルバーもおいで」
「うん」
シャルに先陣を切られたが、シルバーはウォルフォード家の長男。
もちろん真っ先に赤ちゃんに対面する権利を持っている。
そんなシルバーをベッドに誘導すると、シルバーは赤ちゃんを覗き込んだ。
まるで、息を吹きかけるのを恐れるようにソロソロと覗き込む姿に、俺もシシリーも頬が緩む。
やがてシルバーが赤ちゃんの頬をちょんと突くと、赤ちゃんがシルバーの指を握った。
「わ」
驚くシルバーだったが、握られた指を振りほどくこともなく、握らせたままにしていた。
その光景を見て、懐かしさが込み上げてくる。
「はは。そういえば、シャルが産まれたときも、シルバーはこうやって指を握られてたな」
「ふふ。そういえばそうでしたね」
俺とシシリーがそう言うと、シルバーはキョトンとした顔をしたあと困惑した顔になった。
「ええ……覚えてないよ」
そうか、覚えてないか。
可愛かったのになあ、と残念がっていると、シルバーが「でも」と話を続けた。
「シャルが産まれたのはなんとなく覚えてるよ。小さくて可愛かった」
「ほんと? しゃる、かわいかった?」
「うん。この子みたいだった」
「そっかー」
シャルはそう言うと、なんか身体をクネクネさせた。
嬉しかったらしい。
こうしてこの後、オーグたちにも赤ちゃんをお披露目し、自宅から爺さんと婆ちゃんも呼び寄せた。
ディスおじさんたちもお祝いに来てくれて、訪れた皆は笑顔で溢れていた。
シシリーは、出産直後ということもあり、今日はこのまま泊って行くことになり、シャルとシルバーもお泊りになった。
一人だけ仲間外れは可哀想だと、マックスもお泊りすることに。
そんな楽し気な雰囲気の部屋に、ノックの音が響いた。
「殿下、失礼いたします」
そう言って部屋に入ってきたのは警備隊員のオルトさんだった。
「事情聴取が終わりましたので、供述調書をお持ちしました」
「分かった。ご苦労」
「はっ! ウォルフォード君、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
オルトさんはオーグに敬礼したあと、俺にお祝いの言葉をかけてくれた。
シシリーが城内で産気付いたのは知れ渡っているだろうし、部屋の中の祝福ムードを見れば無事出産したんだと分かるもんな。
わざわざ祝福してくれるオルトさんにありがたいなと思っていると、オーグが受け取った供述調書を持って移動し始めた。
「折角持ってきてもらってすまんが、別の部屋で目を通すことにしよう。この目出度い雰囲気を壊すのも忍びないしな」
「かしこまりました」
「シン、お前も見るだろ?」
「ああ。当然」
こうして俺たちは、幸せの空気に包まれた部屋を出て、別室に入った。
「ところで、この取り調べには例の魔道具を使ったんだろうな?」
「はい。このような重大犯罪ですからね。どこからも異論は出ませんでした」
「分かった。では読ませてもらおう」
そう言ってオーグは供述調書に目を通した。
例の魔道具とは、自白の魔道具のことだろう。
しばらくジッと目で内容を追っていたオーグだったが、次第に目が細くなり雰囲気が剣呑なものになってきた。
そのまましばらく供述調書を読み進めていくと、オーグは途中から怪訝な表情になっていく。
そして、供述調書を読み終わると「フーッ」と息を吐いて調書を俺に渡してくれた。
渡された供述調書に目を通す。
自白の魔道具が使われているから、発現は全て真実だ、それを踏まえて内容を読む。
賊は二人で、どちらも二十二歳。
文官として勤務しており、王城には自由に出入りできる立場だった。
これを読んだとき、まさか正規の方法で王城内に侵入してくるとは想像もしていなかった。
というのも、今の王城は市民証の個人識別機能を使ったセキュリティシステムが採用されている。
四年前のエリー襲撃事件から、王城に出入りする人物のチェックはかなり厳しくなったのだが、お城に努める人たちまで厳格な審査をしていたら、いつまで経っても城に入れない事態が発生する。
実際発生していた。
なので、市民証の個人認証機能を使って登録された市民証を持っている人なら、スムーズに通過できる通用門を設置した。
その結果、朝の城門前渋滞が解消されたのだ。
この通用門は、登録された市民証の持ち主以外、利用することはできない。
なので、完全にノーマークだったのだ。
動機については、三年前にアルティメット・マジシャンズの入団試験に落ちたことの逆恨みだと判明した。
そんな理由で……と怒りに身が震えそうになったが、重要なのはここからだった。
試験に落ち、所属していた魔法師団で問題を起こしてクビになり、腐っていたところに声をかけてきた男がいた。
男は、アルティメット・マジシャンズに、アールスハイドに復讐したくはないか? と問い掛けてきた。
アルティメット・マジシャンズが自分の人生の転落の原因だと逆恨みしていた賊は、その男の提案に乗り、アールスハイドの文官試験を受け、合格し今に至る。
ここで、俺も違和感に気付いた。
アールスハイドの王城で文官をするなら、国籍はアールスハイドのはずだ。
しかしこの賊は、一度魔法師団で問題を起こし解雇されている。
そんな問題行動を取った人物を、王城という国の最高機関が採用するだろうか?
そんな疑問を抱きつつ調書を読み進めていく。
賊は、男の正体については知らないとのこと。
そして、知りたい情報については載っていなかった。
「オーグ、これ……」
「気付いたか?」
「ああ。それに、知りたい情報が載ってない」
「分かっている。聞きに行くか?」
「すぐにでも」
「分かった」
オーグはそう言うと、ゲートを開いた。
王城はオーグの家だからな、警備局の取調室も把握している。
普段はこういうことはしないんだろうけど、今回は緊急事態ということで城内をゲートで移動した。
「で、殿下!?」
普段城内で使わないゲートでの移動ということで、取調室の前で警備をしていた騎士と警備隊員が驚きの声をあげた。
「例の事件の犯人はこの中か?」
「は、はい。こちらです!」
「そうか。入るぞ?」
「ど、どうぞ!」
警備隊員さんはそう言うと、取調室の扉を開けてくれた。
取調室の中には、一人の男がいた。
中肉中背で、文官にしては体格が良いような感じ。
椅子に座り、後ろ手に拘束され、首には自白の魔道具がぶら下がっている。
男は、入ってきた俺たちをキッと睨み付けると、悪態をついてきた。
「王子様に英雄様かよ、アンタらのせいで俺の人生は滅茶苦茶だ! どうしてくれんだよ!?」
自白の魔道具を着けての発言なので、これは本心から言っている。
俺は、どうしてこういう思考になれるのか不思議でしょうがなかった。
オーグの方は、こういうのに慣れているのか、イラつきもせず考え込むように顎を手で摘まむ体制をとった。
「ふむ……私たちのせいというが、どこがどう私たちのせいなのだ?」
怒りもせず、心底不思議そうにそう訊ねるオーグに相当イラついたのか、男は激高した。
「テメエらが俺を試験で落とすからこんなことになっちまってんだろうが!! 責任があるっつうなら、お前らにあるだろうが!!」
その言葉を聞いたオーグは、ますます首を傾げた。
「おかしなことを言うなお前は。なら、アルティメット・マジシャンズの入団試験に落ちた者は、皆人生が滅茶苦茶になっているのか?」
「ああ!? 知らねえよ! そんなもん!」
「知らないことはないだろう? お前は私たちがお前を試験で落としたから人生が滅茶苦茶になったと言った。つまり、試験に落ちた者は皆人生が滅茶苦茶になっているんだろう? ちがうのか?」
「他の奴らなんか知らねえよ!! 俺を! 優秀な俺を落とすから俺が不幸になったんだろうが!!」
コイツの人生のことは知らないけど、言ってることは滅茶苦茶だ。
あまりにも自分勝手な言い分に呆れ返っていると、オーグは鼻で笑った。
「優秀? お前が?」
心底馬鹿にしたようにそう言うと、男はさらに顔を真っ赤にし文句を言おうとした。
だが……。
「! あ……あ……」
「お前程度が優秀だと? 自惚れるのも大概にしろよ?」
オーグが大量の魔力を纏い、男を威圧した。
その威圧に抵抗できず、男はガタガタと震えだした。
「この程度の魔力でビビるとはな。それでよく優秀だなどと言えたものだな?」
うわあ……オーグの奴、完全に心を折りにいってる……っていうか折れたな。
オーグの魔力と言葉で完全に見下された男は、真っ青な顔でガタガタ震えている。
「おい、聞きたいことがある」
未だに魔力で威圧しているオーグに替わり、俺が気になっていたことを聞くことにした。
「……ふぁ?」
威圧され、涙目になっている男がこちらを向く。
その表情に、さっきまでの威勢はない。
コイツは、シシリーや子供たちの命まで狙ったんだ、同情の余地はない。
「お前の出身地はどこだ?」
俺がそう訊ねると、取り調べを担当していた警備隊員さんが怪訝な表情をした。
なぜ今更そんなことを聞くのか? という顔だ。
だが、俺とオーグにはどうしても気になることがある。
「……モ、モーリス……」
「……」
聞いたことない。
「それは、どこの国にある町だ」
重ねてそう訊ねると、男は一瞬抵抗するような素振りを見せたが、自白の魔道具には勝てず、その国名を告げた。
「ク……クルト」
「分かった」
聞きたいことは聞けた、あとは……。
「市民証は?」
俺が警備隊員さんに訊ねると、捕縛したあとに押収した品の中からこの男の市民証を渡してくれた。
これで用は済んだ、あとはもう一人にも話を聞けば終了だ。
「行くぞオーグ」
「ああ」
こうしてもう一人にも尋問を行い、市民証を回収して元の部屋に戻った。
供述調書を持ってきてくれたオルトさんも同席している。
「それにしても、出身国を聞いてどうするんですか? 市民証も」
さっきの取り調べも聞いていたオルトさんがそう訊ねてきた。
だが、その質問に答えるまえに俺も聞きたいことがある。
「オルトさん、国籍って簡単に変えられるんですか?」
賊たちはアールスハイドの文官、つまりアールスハイドの国籍を持っていないと就職できない。
しかし賊の出身はクルト。つまり、国籍を変えたということになる。
なのでそう訊ねると、オルトさんは頷いた。
「ええ。簡単ではありませんが、正規の手順と審査を通れば変更することは可能です」
「そうなんですね」
答えが聞けた俺は、今度はオルトさんの質問に答えることにしよう。
そう思い、接収してきた市民証を手に取った。
「市民証でなにを? 本人がいないので起動しませんが……」
「オルトさん、市民証で本人でないと起動しないのは、個人情報の閲覧だけなんですよ?」
「え?」
「つまり、それ以外の情報に関しては……」
俺はそう言いながら市民証に魔力を通す。
その際、市民証の付与魔法が浮かび上がるイメージをする。
すると……。
「こ、これは!?」
俺たちの目の前に、文字が浮かび上がった。
これが、市民証に付与されている付与魔法だ。
ここから、あの男たちの個人情報は読み取れない。
しかし、市民証の解析が奥深く、暇さえあればずっと見ていた俺は、ある日この情報の中に興味深いものを見付けた。
「見てください、ここです」
俺が指差した箇所を見るオルトさん。
その表情は、怪訝なものである。
「ええっと……これは?」
オルトさんは『日本語』が読めない。この反応も当然だな。
「ここに、この市民証がどこで発行されたものなのかが記載されています」
「ええ!? 市民証にそんなものが記載されているのですか!?」
「はい」
気付いた切っ掛けは、ほんの些細なことだった。
俺が市民証をいじくっているとき、シシリーがその場にいた。
そして、自分の市民証も見て欲しいと言ってきたのだ。
そして、色々と見ているうちに、俺のものとは違う箇所を見つけた。
俺のには『アールスハイド・王都』と書かれている箇所に、シシリーのには『アールスハイド・クロード』と書かれていたのだ。
もしかしてと思いシシリーに聞いてみると、シシリーが産まれたのは王都ではなく領地。
市民証の登録もそこでしたとのこと。
確認のためにアルティメット・マジシャンズ全員の市民証を見せてもらったが、オーグと平民組は『アールスハイド・王都』で、貴族組は『アールスハイド・領地名』だったのだ。
まあ、発見は発見だったけど、市民証が発行された場所が記載されているだけで、そのときは特に重要な情報だとは思わなかったんだけど、今回に関してはこれが重要になってくる。
改めて、賊の持っていた市民証に記載されている登録発行場所を見てみると……。
「……やっと掴んだ」
俺は思わずそう口にした。
「なんと書いてある?」
そう訊ねるオーグに、俺は市民証の登録発行場所を伝えた。
『ダーム・ウルスト』と。