怒ると一番怖いのは……
「二人とも、どこ行ったのかな……」
「ねー」
シルベスタはディセウムの執務室を出たあと、マックスと二人で手を繋いで城の廊下を歩いていた。
シャルロットの手を引いて執務室を出て行ったオクタヴィアと、その後を追いかけて行った騎士とメイドの姿が見えない。
通りすがりの人に、あっちに行ったよと教えてもらいそっちへ行ってみたのだが、四人の姿が見えないのだ。
「しゃるちゃんとびあちゃん、あしはやいねー」
マックスは、いつも頼りになるお兄ちゃんであるシルベスタと一緒にいるからか、不安など微塵も感じさせない表情でそんなことを言った。
「そうだね。それにしても、ここ、どこなんだろ……」
シルベスタはすぐにシャルロットたちに追いつけると思っていた。
なので二人だけで後を追ったのだが、シャルロットとオクタヴィアは思いのほか足が速く見付けられなかった。
思惑が外れてしまったシルベスタは、自分が王城のどこにいるのか分からなくなってしまった。
迷子になってしまったのである。
その事実に気付いたとき、途轍もない不安に襲われたのだが、自分が不安がるとマックスまで怖がってしまう。
なので、不安な様子を一切見せず、マックスに笑いかけたのだ。
しかし、今確実に迷子になっている。
本来なら、迷子になったと分かった時点でその場を動かず、誰か大人が通りかかるのを待てば良かった。
しかし、その角を曲がればシャルロットとオクタヴィアを追いかけて行った騎士とメイドがいるのではないか。
その廊下の先に……と探し続けてしまったため、余計に自分の居場所が分からなくなってしまったのである。
しかも、どうも奥に入り込んでしまったらしく、ここしばらく人とすれ違っていない。
これはもしかしてマズイかも……。
シルベスタはそんな不安に襲われ、思わず繋いでいるマックスの手をギュッと握った。
「おにーちゃん、て、いたい」
「あ、ご、ごめんマックス」
「んーん、だいじょぶ。おしろのたんけん、おもしろいね!」
マックスはシルベスタが迷子になっていることに気付いていない。
みたこともない王城の中をあちこち歩き回っているのは、お城探検隊の行動だと思っている。
(マックスを不安にさせちゃいけない)
そんな思いから、シルベスタは無理矢理笑顔を作った。
「そうだね。お城、大きいね」
「ねー」
無邪気な笑顔を見せるマックスに不安な心を少し癒されながら、シルベスタは歩を進めた。
この場所は人が来ない、ということは大人に元の場所を聞くことができない。
なら移動して人がいるところに行けばいい。
そう思って歩みを止めなかった。
そうして歩いていると、不意に開けた場所に出た。
そこは王城の中にある庭のようで、綺麗に手入れされているが人気はない。
しかし、手入れされているというこは、ここにも人が来るということだ。
そう思って少し安堵したところで、シルベスタはピクッと反応した。
「おにーちゃん?」
「……話し声が聞こえる」
人がいた。
これでようやく元の場所に戻れる。
その安心感から、シルベスタは話し声が聞こえた方へと歩いて行った。
そして、ようやく人影が見え声をかけようとしたときだった。
「!」
シルベスタは、慌てて近くの柱に身を潜めた。
「おに……」
「しっ!」
自分を呼ぼうとしたマックスの口を慌てて塞ぐ。
マックスは、人差し指を唇に当てて黙るように言うシルベスタの顔が凄く真剣なことに驚き、了解するようにコクコクと首を縦に振った。
その様子に安堵したシルベスタは、その人影に注意を向けた。
人影は一人ではなく、二人。
そして、会話をしていた。
その会話が聞こえたので、シルベスタは慌てて身を潜めたのだ。
その会話というのが……。
「それで? いつエリザベートを襲うんだよ?」
「ああ、今エリザベートは聖女とガキたちを連れてる。ガキが多い今日が狙い目だろう」
「人質ってか」
「ああ、ま、両方とも生かしてやれねえんだけどな」
王太子妃エリザベートの襲撃計画だったのだ。
しかも、この人たちはエリザベートだけでなく、母や自分たちも狙うと言っていた。
怖い。
今まで、街中ではアールスハイド有数の資産家であるウォルフォード家の子供ということで狙われる危険性があると聞かされていた。
そのため外出するときは多くの護衛が付いているし、襲撃もあったらしい。
しかし、実際には目にしていないためシルベスタには実感がなかった。
だが、今目の前で犯人たちが自分たちを殺そうとする計画を話している。
なんで? 王城は安全なんじゃなかったの?
そんな疑問が頭を駆け巡る。
とにかく、どうにかしてここから離れないと駄目だ。
そして母に襲撃計画があることを伝えなければ。
しかし、不用意に動けば男たちに見つかってしまうかもしれない。
そう思うと、恐怖で身体がうまく動かない。
どうしよう。どうしよう。
そんなことを考えていたときだった。
「おにーちゃーん!!」
「しるばーおにーさまー!」
視界の端に、自分のことを大声で呼びながら走ってくる二つの人影があった。
シャルロットとオクタヴィアだ。
どうやら、騎士とメイドは二人を捕まえられなかったらしい。
そして、自分たちと同じく迷子になっていたのだ。
そんな中でシルベスタの姿を見付け、安心して走り寄ってきたのだ。
「シャル! ヴィアちゃん! 来ちゃだめだ!!」
「「!!」」
シルベスタの大声で、シャルロットとオクタヴィアは驚いて足を止めた。
どうせさっきのシャルロットの大声で自分のこともバレてしまっているのだ、それならシャルロットとオクタヴィアを近付けさせず、自分が近寄った方がいい。
そう判断したシルベスタは、急いでマックスを抱え二人の元へと走り寄った。
「なっ!? こいつ等、例のガキどもか!?」
「いつのまに!?」
突然の子供たちの登場に、話をしていた男たちは驚きを隠せない。
なにしろ、さっきまでこの子供も含めた殺害計画を立てていたのだ。
まさか子供たちだけでこんなところに来るとは思わなかったし、話を聞かれるとは思ってもみなかった。
シルベスタがシャルロットとオクタヴィア、マックスを背にして二人と対面すると、男たちは少しなにかを話し合い、厭らしい笑みを浮かべた。
「これはこれはオクタヴィア王女殿下。いけませんなあ、こんなところに来ては」
「そうですぞ。さあ、我らが御母上のところまでお連れしましょう」
二人は、話を聞かれてもどうせ子供、話の内容など理解できないだろう。
それなら、子供たちを母親のもとに送るという名目で部屋に入り込み、計画を実行しようと考えたのだ。
実際、ずっと迷子になっていたオクタヴィアはホッとした表情で二人のもとに行こうとした。
しかし、それをシルベスタが遮った。
「行っちゃだめだヴィアちゃん!! その人たちは悪者だ!!」
シルベスタの大声で、二人のもとに行こうとしていたオクタヴィアの足が止まり、再びシルベスタの後ろに隠れた。
「おいおい、変なことを言うなよ坊ちゃん」
「そうだよ。俺たちは君たちを母親のもとに返そうとしている善良な人間だよ?」
ニヤニヤとそう言う男たちだったが、シルベスタはハッキリと言った。
「嘘だ! だってさっき聞いたもん! おかあさんたちや僕たちを殺すって!! 今がチャンスだって!!」
そのシルベスタの言葉に、男たちは舌打ちした。
まさか、さっきの話を理解しているとは思わなかったのだ。
「お、おにーちゃん、ほんと?」
「しるばーおにいさま?」
「ほんとだよ」
そう言うシルベスタが、小刻みに震えているのをシャルロットとオクタヴィアは気付いた。
マックスは、さっきからシルベスタにしがみ付いて震えている。
本当なんだ。
そう思ったシャルロットとオクタヴィアは、恐怖で身体が動かなくなってしまった。
それを見た男たちは、驚愕し舌打ちしていた表情から、またニヤニヤした顔に戻った。
「まあでも、ちょうど手間が省けたかもな」
「そうだな。王女だけでも殺せればあとはなんとでもなる」
「ああ、なんせ目撃者はいないんだからな」
皆殺しにする。
男たちは言外にそう言った。
あまりの恐怖に子供たちは震えが止まらない。
シルベスタは、その恐怖を振り払おうと首から下げている父から貰ったペンダントを無意識に手に取っていた。
それと、魔法を使うと騒ぎがバレると思った男たちが、胸元から取り出したナイフで切りかかってきたのはほぼ同時だった。
「「「!!」」」
シャルロット、オクタヴィア、マックスは、思わずギュッと目を瞑った。
「わ、わあああっ!!」
シルベスタは、ペンダントに力を込めた。
すると……。
「なっ!?」
「障壁だと!?」
シルベスタが持っているペンダントは、ある一定以上のスピードで飛来するものを感知すると自動的に障壁を展開する。
しかし、人が近寄ってきただけでは作動しない。
そうしないと人が近寄れないからだ。
なので、今障壁を展開するには自力で魔道具を起動させなければいけない。
シルベスタは、最近シンからこの魔道具の使い方を習っていた。
初めてもらった魔道具が嬉しくて、何度も何度も自分で練習していた。
その成果が、今発揮されたのだ。
「くっ! くそっ! なんだよコレ!?」
「ちっ! ウォルフォードの子供か!? 面倒な魔道具持たせやがって!!」
男たちは、シルベスタが展開した障壁になんどもナイフを振り下ろす。
その度に『ガン! ガン!』と障壁に阻まれる。
その音と抜き身のナイフが恐ろしくて、子供たちは必死にシルベスタにしがみ付く。
シルベスタは、気を抜いたら障壁が消えることを知っているので、襲い掛かるナイフの恐怖に震えながらも必死に魔道具を起動させていた。
誰か、誰か助けて!!
魔道具で障壁を展開しながら、反撃も逃げ出すこともできないシルベスタは必死にそう心の中で願っていた。
「くそったれが! さっさとこの障壁を消しやがれ!!」
「いい加減観念して殺されされろよ!!」
男たちは、何度攻撃しても壊れない障壁に業を煮やし、シルベスタに罵声を浴びせ始めた。
今まで浴びせられたことのない罵声にシルベスタの心が折れそうになった……。
そのときだった。
「誰を殺すんですか?」
その場に似つかわしくないほど静かな声が聞こえてきた。
シルベスタは、その聞き覚えのありすぎる声に、ハッとして振り向いた。
そこには。
「おかあさん……」
母であるシシリーが立っていた。
シシリーは、疲れ果てているシルベスタの顔を見て安心させるように微笑むと、再び男たちに向き直った。
「答えてください。誰を殺すんですか?」
突然現れたシシリーに男たちは一瞬狼狽するが、すぐに気を取り直した。
現れたのは聖女と言われているシシリーだ。
アルティメット・マジシャンズの中でも癒しの力に特化している女性。
しかも妊娠中で身動きが取り辛い。
現れたのがそんなシシリーなら勝てると、そう、思った。
「へへ、そりゃあ聖女様……」
「アンタと……ガキどもだよっ!」
そう叫ぶと、二人揃ってシシリーに向かって突進していった。
「おかあさんっ!!」
いつも優しいお母さん。
いたずらしても優しく窘めるだけで、怒ったりしないお母さん。
大きくなっていくお腹を優しく撫でながら、守ってあげてねと微笑んでくれるお母さん。
大好きな、お母さん。
そんなお母さんに暴漢たちが襲い掛かる。
訪れるであろう最悪の結果を予想して、シルベスタは思わず叫んでしまった。
だが……。
「え?」
シルベスタは、自分の目を疑った。
シシリーから、まだ魔法を習っていない自分の目でも見えるほどの魔力が噴き出したからだ。
「なっ!?」
「あ、足がっ!?」
そんな叫び声をあげた男たちを見ると、足が凍っていた。
あの一瞬で氷の魔法を展開したのだ。
凄い、とそう思ってシルベスタがシシリーを見ると、そこには見たこともない表情をしているシシリーがいた。
「誰を……誰を殺すですって?」
「「ひっ!」」
あまりにも感情のこもっていない声と表情に、男たちが思わず悲鳴を漏らす。
そんな男たちに構わず、シシリーは一歩一歩男たちに近付いていく。
「私たちはともかく……子供たちを……シルバーやシャル、ヴィアちゃんにマックスまで殺すですって?」
そう言いながら近づいてくるシシリーは、表情が抜け落ちているのに、どんどん瞳孔が開いてきている。
怒ってる!
お母さんがメチャメチャ怒ってる!!
初めて見る母の激怒に、シルベスタとシャルロットは、さっきまでの恐怖も忘れてポカンとシシリーの顔を見ていた。
「ひいっ! く、来るな!」
「た、たすけて……」
足元から徐々に凍り付いていく男たちは、情けなくもシシリーに懇願した。
その言葉を聞いたシシリーは、ニッコリと笑った。
瞳孔は……開いたままである。
「ゆ る し ま せ ん」
シシリーはそう言うと、一気に魔力を放出し、男たちの全身を氷漬けに……。
「そこまでだウォルフォード夫人!!」
直前で駆け付けたアウグストが、シシリーを止めた。
声をかけられたシシリーは、ゆっくりとアウグストの方を向いた。
「なぜです殿下? この人たちは私の可愛い子供たちを殺そうとしたんですよ?」
「分かっている! 許すつもりはない! だが、そいつらには色々と吐いてもらわないといけないことがあるのだ!」
必死にシシリーを説得するアウグスト。
シシリーはアウグストの言葉を聞いて、目を瞑りゆっくりと息を吐いた。
「……なら、仕方ないですね。殿下、ちゃんと聞き出してくださいね?」
ニッコリとそう言うシシリーに、さすがのアウグストも逆らうことはできず「あ、ああ。任せておけ」と顔を引きつらせながら言うのが精いっぱいだった。
シシリーが魔法を解き氷を溶かすと、その場に倒れ伏した男たちはすぐさま拘束される。
そして、恨み言を口にした。
「く、くそ! なんで聖女がこんな強いんだよ!?」
その言葉を聞いたアウグストは心底呆れた顔をした。
「彼女は治癒魔法が一番得意なだけで、攻撃力は我々とそう変わらないんだぞ? 知らなかったのか?」
「「はぁ!?」」
アウグストの言葉を聞いた男たちは、そんな話は聞いていないと驚愕に満ちた表情になった。
その後猿轡をされ、男たちは連行されていった。
一方そのころ男たちを恐怖のどん底に叩き落としたシシリーは……。
「シルバー、大丈夫? よく頑張ったわね」
そう言って、今回の功労者であるシルベスタを抱き締めていた。
「ぼ、ぼく……ぼく……」
「みんなを守ってくれてありがとう。さすが、みんなのお兄ちゃんね」
シシリーがそう言いながらシルベスタの頭を撫でると、今まで我慢していたものが決壊した。
「う、うわあああ!!」
普段、泣くことも、我儘を言うことも滅多にしないシルベスタが、シシリーにしがみつきながら泣きじゃくっている。
そんなシルベスタの背中を、シシリーは優しく何度もポンポンと叩いて慰めていた。
「大丈夫、大丈夫。ママが来たからね。もう大丈夫だよ」
「おかあさん! おかあさーん!!」
そんな、普段は頼れるお兄ちゃんであるシルベスタが泣きじゃくっているのを見ていると、さらに幼い子供たちの涙腺も緩んでくる。
「うえーん、こわかったよままー」
「おばさまあ!」
「うわーん!」
シャルロット、オクタヴィア、マックスもシシリーに泣きながら抱き着いた。
それを、アウグストは複雑な表情で見ていた。
「ヴィア……お父様もいるんだが……」
すると、ようやく父がいることに気付いたオクタヴィアが、チラリとアウグストを見たが、すぐにシシリーに抱き着き直した。
「あらあら」
てっきりオクタヴィアは、父であるアウグストのもとへ行くと思っていたシシリーは、苦笑を浮かべつつもオクタヴィアを抱き締め直した。
アウグストは「まあ、実際に助けたのはウォルフォード夫人だしな」と呟いて、オクタヴィアの好きにさせることにした。
そして、ようやく子供たちが泣き止み始めると、今度は口々にシシリーを褒めだした。
「おかあさん、すごかった!」
「ままかっこいい!」
「おばさま……すてきでした……」
「おばちゃん、すごいー!」
さっきまで泣きじゃくっていたのが、一転してキラキラとした尊敬の目で見てくる。
子供たちからの尊敬の念を、シシリーは微笑みながら受け止めていた。
「まあ、ふふ、ありが……う……」
ところが、突然シシリーがお腹を押さえて呻き出した。
「おかあさん!? どうしたの!?」
「まま!?」
「おばさま!!」
「おばちゃん!!」
さっきまで微笑んでいたのに、突然苦しみだしたシシリーに子供たちはパニックになる。
「どうしたウォルフォード夫人!?」
これには、さすがのアウグストも慌てた。
まさか、さっきの男たちになにか危害でも加えられていたのか!? と背筋が凍った。
そんなことになれば、シンがどうなるか分かったもんじゃない。
そう思っていたのだが……。
「う……」
「う!?」
「う……ま……れる」
その言葉に、今度はアウグストも含めて大人たちがパニックになった。
「誰か!! 誰か医師を持ってこい!!」
その言葉からして、アウグストが珍しくパニックに陥っていることが分かる。
その言葉を鵜呑みにして、本当に医師を担いで持ってきた騎士たちも相当なパニック具合だった。
無理矢理騎士たちに担がれてきた医師が見るまでもなく、シシリーは破水しており子供が産まれる寸前であることが分かった。
「なにをしているのですか貴方たちは!? 早く聖女様を医務室へ……いや、客室へ!」
「は、はいっ!」
「それと、王太子妃殿下の専属女医と産婆を! 大至急!!」
「ははっ!」
「貴方と貴方は担架を持ってきなさい! そして、ゆっくり、そっと聖女様を御運びするのです! いいですね!!」
「分かりました!!」
あまりにもポンコツで役に立たない騎士に苛立った医師の怒号に、騎士たちは逆らえるはずもなく、指示に従っていく。
ようやく運び出されたシシリーを見送った医師は、呆れた表情でアウグストに向き直った。
「まったく……アウグスト殿下ともあろう御方がなにをなされているのですか?」
普段、アールスハイドの至宝とまで言われている王太子がまったく役に立たなかったことに苦言を呈した。
「……そなたの言う通りだな。女性が産気付く場面に居合わせたのは初めてだったので狼狽してしまった」
「まあ、出産に関しては男より女性の方が肝が据わってますからな。産気付いた女性を前に、なにもできない男が多いのは事実ですが……医師を持ってこいと指示されたとか?」
「うっ……」
「どれだけ狼狽えていたんですか……」
普段見ることのない優秀な王太子の失態に、医師も苦笑いが浮かんでしまう。
「いや……もしかしたら、ウォルフォード夫人があの賊に危害を加えられたのではと思ってしまってな。そんなことになったら……」
アウグストは、恐ろしくてその先を言うことができなかった。
そして、言わなくても医師は理解できてしまった。
「なるほど……それは狼狽するのも無理からぬことですな……」
そんな話をしていたのだが、そこに割り込む声が聞こえてきた。
「おじちゃん! ままは!? ままはだいじょぶなの!?」
「オーグおじさん……おかあさんは……」
呻きながら倒れたシシリーを目の当たりにした娘と息子は、涙目になりながらアウグストに詰め寄った。
母親が目の前で倒れて不安にならない子供がいないはずがない。
アウグストは、狼狽するあまりこの子たちを放置していたことに今更ながらに気付いた。
今にも泣きだしそうなシャルロットとシルベスタの前に膝をつき視線を合わせると、安心させるように二人の頭を撫でた。
「大丈夫だ。王城に努める医師と産婆がいるのだ、心配することはない。お前たちは、産まれてくる弟か妹のことだけ考えていればいい」
「でも……」
「おかあさん、くるしそうだった……」
アウグストの言葉にも不安が拭えない様子の兄妹に、仕方がないと最終手段を取ることにした。
「それに、今からシンに……お前たちのお父さんに連絡するから、すぐに来てもらえるぞ」
そう言った途端だった。
「ぱぱ! ぱぱがいたらあんしんだね!」
「おとうさん……よかった……」
自分の言葉では安心できなかったのに、シンが来ると知っただけですっかり不安はなくなった様子だった。
さっきまでの不安そうな様子から、シンが来ると嬉しそうに話す兄妹を見てアウグストが苦笑していると、クイッと服を引かれた。
「ん?」
アウグストが視線を向けた先には、オクタヴィアがいた。
その目は、なんとも言えないジト目だった。
「おとうさま……かっこわるいですわ……」
「ぐっ……」
オクタヴィアの一言に撃沈しつつも、自覚があるので何も言い返せず、肩を落としながら無線通信機を取り出しシンに連絡するアウグストなのであった。