お城探検隊が行く。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
発足したお城探検隊は、今までいた部屋を出るとどこに行こうかと話し合いをし始めた。
「どこいく?」
「うーん、ちゅうぼう?」
マックスの質問に、なぜか厨房と答えるシャルロット。
その返答に、マックスは首を傾げる。
「ちゅうぼう?」
厨房の意味が分からなかったらしい。
「台所の大きいやつだよ」
シルベスタがそう言うと、マックスは「ああ」という顔をしたあと、もう一度首を傾げた。
「なんで?」
「おかしくれるかも」
シャルロットにとって厨房とは料理やお菓子を作っているところで、シャルロットがウォルフォード家の厨房に顔を出すと、高確率で料理長のコレルが「内緒ですよ」と言ってお菓子をくれる。
お城はウォルフォード家よりも大きいし、厨房も大きいに違いない。
さっき食べたお菓子も美味しかったし、行けばまた貰えるかもしれない。
そんな打算が含まれた提案だった。
だが……。
「シャル? まさか、うちの厨房に行ったりしてないよね?」
「!?」
シルベスタの言葉に、シャルロットはハッとして口を押さえた。
ウォルフォード家でも他の家でも同じだろう、厨房や台所は火や刃物を扱う場所なので危ないから子供は近付いてはいけないと教えられている。
シルベスタは当然のように言いつけを守り厨房には近付かない。
しかし、さっきのシャルロットの口ぶりでは厨房に行けばお菓子をくれることがあると知っているようだった。
「えっと……えへへ」
どうにかして誤魔化そうとするが良い言い訳が思い付かなかったシャルロットは、曖昧に微笑んだ。
その顔を見たシルベスタは「はぁ」と溜息を吐くと、恐るべき言葉を口にした。
「おとうさんに言うからね」
「!!」
父であるシンは、子供たちに甘い。
シャルロットだけでなくシルベスタにも甘々だ。
しかし、普段は子供に甘くて優しい父だが、危ないことをしたときなどは本気で怒る。
手を出されることはないが、その代わり魔力で威圧してくる。
それが本当に怖いのだ。
ちなみに、母であるシシリーは、正論で追い詰めてくる。
それもかなり怖い。
シルベスタはあまり父や母に叱られたことはないが、シャルロットはしょっちゅう怒られている。
その恐怖を思い出したのか、シャルロットは目に涙を溜め始めた。
「やだー! おにーちゃんおねがい!!」
「……もう行かないって約束する?」
「する! するからあ!!」
兄に、父に言わないでと必死に頼み込む。
半ベソをかいて必死な様子の妹を見たシルベスタは、小さく息を吐いてシャルロットの顔を両手で掴んだ。
「わかった。けど、次行ったことが分かったらすぐ言うからね」
シルベスタがそう言うと、シャルロットは満面の笑みになって抱き着いてきた。
「おにーちゃん、ありがと!!」
あの恐怖を回避できたことで、シャルロットのテンションは最高潮になっている。
しかし、この妹はしばらくしたらその恐怖も忘れてまた厨房に行くんだろうなと察したシルベスタは、コレルにも注意しておこうと心に誓った。
完全に許されたわけじゃないとは知らないシャルロットをよそに、改めてどこに行くか話し合いをしながら城の廊下を歩き出した。
「で、どこいくー?」
改めてシャルロットがどこに行くか尋ねる。
とはいえ、オクタヴィアも自分と両親とメイの部屋以外ほとんど知らない。
その結果出てきたのが……。
「おじいさま」
ディセウムの執務室である。
「ん? おお、ヴィアちゃん! シルバーたちも、どうしたのかな?」
突然の孫襲来に、デレデレと顔を緩ませる国王。
威厳もなにもあったものではない。
しかし、執務室にいる他の役人たちも、ディセウムが初孫であるオクタヴィアのことを溺愛していることはよく知っているので、なにも言わない。
普段なら、面会の予約をし何日も待たないと入室すら許されない国王の執務室に幼児たちがフラッと遊びに来ても、なにも言わないのだ。
「わたくし、おしろたんけんたいなのです」
「おお、そうかそうか、探検隊なのかあ」
祖父であるディセウムにどうしたのかと訊ねられたオクタヴィアは、胸を張ってそう答えた。
ディセウムは顔をデレデレさせながらオクタヴィアを抱っこした。
「しゃるもだよ!」
「ぼくも!」
堂々と宣言するオクタヴィアに吊られるように、シャルロットとマックスも自分がお城探検隊のメンバーであることを主張する。
シルベスタはというと……。
「ディスお爺ちゃん、お仕事の邪魔をしてごめんなさい」
一応、ディセウムが仕事中であったと認識しているシルベスタは、頭を下げて謝っていた。
「はっはっは! よいよい、可愛い孫とそのお友達を拒むことなどせんよ」
ディセウムは笑いながらシルベスタの頭を撫でた。
「それで、ヴィアちゃんたちはお城探検でお爺様のところに来たんだね? 他には? アウグストのところにも行ったのかい?」
アウグストは、自分にも他人にも厳しい。
国王である自分にさえ厳しい態度を取ってくる。
そんなアウグストの執務室に子供が遊びに行ったら怒られてしまうのではないか?
そう心配したディセウムは、オクタヴィアに訊ねたのだが……。
「おじいさま」
「なんだい?」
「おとうさまはおいそがしいのですよ?」
「……え?」
「なので、おじいさまのところにきたのです」
「……え?」
オクタヴィアの言葉に、ディセウムは固まってしまった。
それって、アウグストは忙しいから邪魔しちゃだめだけど、自分は忙しくないから邪魔してもいいって言ってないか?
「あ、あの、ヴィアちゃん? お爺様もお仕事してるよ? 忙しいよ?」
「え? でも、おとうさまは、おじいさまがすぐしんおじさまのいえにあそびにってしまうっていってましたわ」
「アウグストォー!!」
孫になんということを教えているのかと、思わずその場にはいないアウグストの名前を大声で叫んでしまった。
しかし。
「あ、ディスお爺ちゃん。ひいお婆ちゃんが、家に靴下忘れてるから取りに来い言ってたよ?」
「……」
シルベスタからの一言で、またしても固まってしまった。
「ねえ、でぃすおじーちゃん! きょうもうちくる? またぱぱのはなしきかせて!」
「……」
シャルロットの一言で、さらに追い打ちをかけられた。
そんなディセウムを見て、オクタヴィアは頬を膨らませた。
「おじいさまずるいですわ! わたくしもしるばーおにいさまのおうちにいきたいです!」
「え、いや、ヴィアちゃんはまだ子供だからお城にいないと……」
「ずーるーいーでーすーわー!」
ディセウム一人でシルベスタの家に行っていることが不公平に感じたのか、オクタヴィアは盛大に癇癪を起こした。
「わ! ちょ、ちょっと待ってヴィアちゃん! お爺様だけじゃなくて、お父様もしょっちゅう行ってるから!」
オクタヴィアの癇癪にどうしようとオロオロしていたディセウムは、すかさず息子でありオクタヴィアの父であるアウグストを生贄に差し出した。
「おとうさまも!? ずるい! こーぎしにいきますわ!」
そう言って身を捩り、ディセウムの腕から降りるとすぐにシャルロットの手を握った。
「しゃる、いこう!」
「うん!」
「あ! お待ちください!」
勢いに任せて部屋を飛び出していったオクタヴィアとシャルロットを、護衛の騎士とメイドが慌てて追いかけて行った。
ディセウムの執務室に取り残されたシルベスタは、同じく取り残されていたマックスと顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。
「僕たちも行こうか」
「うん!」
シルベスタはそう言うと、マックスに向かって手を差し伸べた。
マックスは嬉しそうにその手を握ってくる。
「ディスお爺ちゃん、お邪魔しました。またうちに遊びにきてね」
「ばいばい」
「は、はは……またね」
シルベスタはディセウムに向かってお辞儀をし、マックスは笑顔で手を振りながら出て行った。
そんな二人を、乾いた笑みを浮かべながら見送った。
「……真面目に仕事しよ」
ディセウムはそう言いながら机に戻り、執務を再開するのであった。