お城探検隊発足
いつも通りの子供達の交流が終わったところで、ようやくソファーに落ち着いた。
シャルとマックスは一心不乱にお菓子を頬張っているが、王女であるオクタヴィアは綺麗な所作でお茶とお菓子を頂いている。
その様子を、シャルロットとマックスの口を拭いたり食べこぼしを拾ったりしながらみていたシルベスタは、感心したように息を吐いた。
「ヴィアちゃん、綺麗な食べ方だね」
「え?」
自分がお菓子を食べている姿をジッと見られていたと悟ったオクタヴィアは、思わず顔を赤らめてしまった。
「食べこぼしもしないし、お茶をの飲むときに音もしないし、背筋も伸びているし、すごく綺麗だね」
「はわわ……」
すごく綺麗。
シルベスタが言ったのは、オクタヴィアの所作のことである。
しかしオクタヴィアは、面と向かって「すごく綺麗」と言われたことで、まるで自分の容姿のことを言われたようで恥ずかしくなってしまったのだ。
ちなみに、オクタヴィアは父であるアウグスト譲りの綺麗な金髪と青い瞳をしており、顔立ちも似ている。
つまり、王国一のイケメンと言われている父そっくりなのである。
そんなオクタヴィアは当然のように美幼女で、お世話係のメイドや顔を合わせたことのある貴族たちから「可愛い」「綺麗」「美しい」というのは言われ慣れている。
しかし、今回その言葉を発したのはシルベスタである。
思わぬ不意打ちを喰らったオクタヴィアは、真っ赤な顔でほわほわしてしまったのだ。
「えー、おにーちゃん、しゃるは?」
「……シャルは、もうちょっと落ち着いて食べようね。ああ、ほら、また口に食べかすついてる」
「むー」
オクタヴィアが褒められたので、自分はどうかと聞いてきたシャルロットだったが、口のまわりについた食べかすを拭き取られ、思わず抗議の声を漏らした。
「よろしいじゃありませんかシルバー。シャルはまだ三歳。好きな物を好きなように食べていればよいのですよ」
シルベスタとシャルロットのやり取りを見ていたエリザベートが、微笑ましい光景に笑みを浮かべながらそう言った。
しかし、シルベスタは首を傾げた。
「でも、ヴィアちゃんは綺麗に食べてるよ?」
シルベスタの素朴な疑問に、エリザベートは苦笑を浮かべた。
「ヴィアはアールスハイドの王女です。普通の立場の子供ではないのです。王族は常に周りから見られているのですから、美しい所作を身に付ける必要があるのです」
その言葉に、シルベスタはさらに首を傾げる。
「メイお姉ちゃんは?」
「あれは例外です」
シルベスタのよく知る王族であるメイ。
幼い頃からよく遊んでくれているお姉ちゃんであり、時々突拍子もないことをやらかしてはアウグストに怒られている姿をよく見る。
近所のお姉ちゃんみたいな存在だ。
そんなメイも王族。
メイの所作というか所業を思い返してみると、どうしてもエリザベートのいう王族の在り方に疑問を持ってしまう。
メイが王族っぽい所作をしているところを見たことがないからだ。
しかし、エリザベートはメイを例外だという。
「あの子は本当に魔法の才能に恵まれたようで、日に日に力を増しております。その力を燻ぶらせておくのは勿体ないということで好きにさせていましたが……まさか休日ごとにハンター協会に入り浸るとは思いもしませんでしたわ」
メイは、高等魔法学院に入学してから増々力を身に付けた。
しかし、その力を発揮する場がない。
いずれ、増大した力を使いたいという欲求にメイが負けてしまった場合、大変な事態になる可能性がある。
ならば、ガス抜きというか力を発揮できる場を与えればということで魔物ハンター協会への出入りを許可したのだが……。
許可だ出されたその日から、メイはコリンやアグネスを伴ってハンター協会にに入り浸りになり、毎日多くの魔物を狩っている。
その結果、シャルが大きくなったらこうなるかな? というような人物になっていたのだ。
義姉としてメイにはもう少しお淑やかになって欲しいとエリザベートは思っているが、世間では親しみやすい王女ということで大変慕われている。
今更なにを言ってももう遅く、その事実にエリザベートは思わずため息を吐いた。
すると、メイのことが話題に出たのでシャルロットが会話に入ってきた。
「めいおねえちゃん? あそんでくれるの?」
「メイはまだ学院ですわよ。まだ帰ってきてませんわ」
「そっかー」
シャルロットも、メイはよく遊んでくれるお姉ちゃんという認識なので、いないと分かるとあからさまにしょんぼりした。
「まあ、メイはそのうち帰ってきますから、それまで四人で遊んでいなさいな」
「うん」
エリザベートに頭を撫でなれながらそう言われたシャルロットは、再びお菓子に向き直った。
そうしてお菓子も食べ終わり子供同士でお喋りをしたり遊んだりしていたのだが、シャルロットが突然こんなことを言い出した。
「あきた」
「うん」
「あきました」
シャルロットの言葉に、マックスとオクタヴィアまで同調してしまった。
「ええ……」
この中で唯一の年長であるシルベスタは、母たちの方をチラリと見た。
シシリーとエリザベートは、幼い頃からの知り合いで、高等魔法学院時代以降は親友と言っていい間柄だと聞いている。
二人は、中等学院時代の共通の友人が誰それと結婚しただの、どこの店のスイーツが美味しかっただの、今のファッションの流行りなどを非常に楽しそうに喋っており、会話に割り込むのも気が引ける。
どうしようかなと思っていると、いつの間にか年少組で話し合いが行われていたようでオクタヴィアが自分の母であるエリザベートのもとへとトコトコ歩いて行った。
「おかあさま」
「あら、どうしましたヴィア」
「しゃるたちと、おしろをたんけんしてもいいですか?」
お城の探検。
オクタヴィアの言った言葉に、シルベスタも思わず興味を惹かれてしまった。
ウォルフォード家も大きい家ではある。
けれど、幼いころからずっと住んでいるので、大概の場所は探検済みだ。
探検できていないのは、父の作業部屋と両親の寝室だけ。
父の作業部屋は、危ないからという理由で、両親の寝室は……なぜだか分からないが入ってはいけないことになっている。
両親の寝室はともかく、父の作業部屋にはいつか入ってみたいと思っているシルヴェスタである。
それはともかくお城の探検である。
一般的には大きな家であるウォルフォード家の何倍も大きく、複雑な造り。
市民どころか、省庁の職員でなければ貴族でもおいそれと足を踏み入れることができない場所を探検する。
その言葉だけでワクワクが止まらなかった。
「お城の探検?」
エリザベートは復唱すると、ちらりとシルヴェスタを見た。
いつもは、幼い妹たちを諫めることの多いシルベスタが目を輝かせている。
興味津々なようだ。
エリザベートがシシリーを見ると、とても嬉しそうな顔をしている。
シルベスタは、シンやシシリーたちがもっと我儘を言ってもいいと言っても、妹たちのお手本になろうとしているのかあまり我儘を言わない。
両親はそのことを少し寂しく思っていたのだが、珍しくシルベスタが興味を示している。
どうにか叶えてやりたいと、お願いするようにエリザベートを見ると、エリザベートは苦笑を浮かべて頷いた。
「わかりましたわ。大人の話はつまらないでしょうし、行ってらっしゃい」
エリザベートがそう言うと、子供達はワッとはしゃいだ。
「ただし」
はしゃぐ子供達を窘めるようにエリザベートがそう言うと、子供達はピタリと静かになった。
「護衛の者と案内の者を連れて行くこと、必ず言うことを聞くこと、危ない場所には行かないこと。これを約束できますか?」
エリザベートがそう言うと、年少組はコクコクと頷き、シルベスタは「わかりました」と声に出して返事をした。
「では、申し訳ないけれど、子守りをお願いしてもいいかしら?」
エリザベートは護衛の騎士と、部屋にいたメイドに同行をお願いし、騎士とメイドもそれを了承した。
こうして、子供たちによるお城探検隊が発足されたのだった。