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賢者の孫  作者: 吉岡剛
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幸せな光景 ~三年目~

 シンが久々の依頼に出ていたその日の午後、ウォルフォード家の門を一台の馬車が通り過ぎて行った。


 その馬車は、しっかりとした作りだが華美な装飾などは施されておらず、家紋なども付いていない。


 その馬車が家の玄関の前に到着すると、扉が開き中から一人の少年が降りてきた。


「お帰りなさいませ、シルベスタ坊ちゃま」


 ウォルフォード家の筆頭執事であるスティーブが恭しく頭を下げて出迎えたのは、この家の主人であるシン=ウォルフォードの長男、シルベスタ=ウォルフォードだった。


 ウォルフォード家は、最早アールスハイド有数の資産家となっている。


 そんなウォルフォード家が装飾過多な馬車を使っていると、いらぬ反感を買うかもしれないし、なによりウォルフォード家の馬車だと特定されると色々とマズイこともある。


 なので、一件地味な馬車を使っているのである。


 ただし、地味なのは見た目だけで、馬車そのものはシンが作ったものなので、居住性は快適そのもので、防御力も半端じゃない作りになっている。


 ちなみに、シン自身が会長を務める自動車会社の自動車があるのだが、それは街から街へと繋がる街道のみで利用されている。


 街中で走らせるには、道路のインフラが整っていないので危険なのである。


 なので、シルベスタの送迎にも馬車が使われているのだ。


「ただいま、スティーブ。おかあさんたちは?」

「はい、奥様もシャルロット様もマックス様も、すでに用意を終えられて坊ちゃまが戻られるのをお待ちでございます」

「そっか。じゃあ、はやく着替えないとね」

「かしこまりました」


 頭を下げるスティーブの横を通り過ぎて、シルベスタは自宅に入った。


 そのときだった。


「おにーちゃーん!!」


 家に入ってきたシルバーを見つけたシャルロットが、シルベスタ目掛けて突進してきた。


「うわっと!」


 全速力で走ってきてそのまま飛びついてきたシャルロットを、シルベスタは数歩たたらを踏んだものの、どうにか受け止めることに成功した。


「おかえり! おにーちゃん!」


 危うく、シャルロットも巻き込んで転倒するところだったシルベスタは、シャルロットを叱ろうとしたが、満面の笑みで抱きついている妹を見ると、叱ろうと思っていた気持ちがしおしおと萎んでしまった。


「ただいまシャル。いい子にしてたかい?」

「うん! シャルはいいこだよ!」


 なんの躊躇いもなくそう言ってのける妹だが、さっきのはいい子の所業なのだろうか?


 そう思ったが、ニコニコ笑顔のシャルロットを前にするとそんな指摘などできない。


「そっか」


 シルベスタはそれだけ言うと、シャルロットの頭を撫でた。


「えへへ」


 撫でられたシャルロットは、気持ちよさそうに目を細め、シルベスタの手を享受していた。


 そうしてシャルロットを撫でていると、リビングから小さな人影が出てきた。


「しゃるちゃん、まってよ」


 そう言いながらポテポテと走ってきたのは、マークとオリビアの息子、マックスだった。


「あ、しるばーおにいちゃん、おかえりなさい」


 マックスはシルベスタの姿を確認すると、真っすぐに向かっていきシャルロットと同じように抱きついた。


「ただいま。いらっしゃいマックス」


 シャルロットと違い、加減して抱きついてきたマックスに、帰宅と歓迎の挨拶をしつつその頭を撫でた。


「うん! うふふ」


 頭を撫でられてくすぐったいのか、笑いながら身を捩るマックスだったが、離れる様子はない。


 幼児二人に抱き着かれて身動きが取れないシルベスタが、どうしようかなと考えているとクスクス笑いながら母であるシシリーがリビングから現れた。


「あらあら、モテモテねシルバー」

「おかあさん、ただいま」

「お帰りなさい。ほらシャル、マックス君。抱き着いていたらお兄ちゃんが用意できないわ。一緒にヴィアちゃんのところに遊びに行くんでしょう?」


 シシリーがそう言うと、シャルロットとマックスはハッとした顔になり慌ててシルベスタから離れた。


「おにーちゃん、はやくきがえてきて!」

「そうだよ。ぼくたち、おにいちゃんをまってたのに」

「ええ……」


 放してくれなかったのは二人の方なのに、なんで文句を言われてるの? と、シルベスタは幼児特有の不条理さに頭を抱えた。


 ここで妹と弟分に文句を言わないのが、シルベスタがシャルロットとマックスに慕われる原因であり、こういった態度を取られる要因でもある。


「ほらシルバー、二人はママが相手しておくから、早く着替えてらっしゃい」

「うん。わかった」


 シルバーはそう言うと、自分の部屋へ行き手早く制服から私服に着替えを済ませリビングに戻ってきた。


「おまたせ」


 シルベスタがそう言って姿を現すと、シシリーは無線通信機を取り出した。


「あ、エリーさんですか? シルバーが帰ってきましたので今からそちらに行きますね」


 その後、少し会話をしたシシリーは、無線通信機を切ると三人の方を見た。


「それじゃあ、行きますよ」


 シシリーはそう言うと、ゲートの魔法を展開した。


 その様子を、シルベスタは憧れの籠った目で見ていた。


 このゲートの魔法というのは、普通の魔法使いには使えない魔法だと聞いている。


 使えるのは、ほんの一握りの魔法使いだけ。


 そんな超高度な魔法を、母は何気なく使う。


 それも凄いけど、その超高度な魔法を開発し母に教えたのは父であるという。


 そのことが、父母をとても尊敬しているシルベスタにとって、とても誇らしいのだ。


 その誇らしさの象徴であるゲートの魔法が目の前に展開されている。


 ゲートの魔法を見るたび、シルヴェスタは見惚れてしまうのだ。


 そんなシルヴェスタをよそに、多分なにも分かっていないであろうシャルロットとマックスは先にゲートを潜っていた。


 二人を見送ったシシリーがシルヴェスタを見ると、キラキラした目でゲートを見ているシルヴェスタに気が付いた。


 その憧れに満ちた表情にクスッと笑みを溢すと、シルヴェスタに向かって手を伸ばした。


「ほらシルバー、行きますよ」

「あ、うん」


 ゲートに見惚れるあまり動いていなかったことに気が付いたシルヴェスタは少し恥ずかしくなり、ちょっと赤くなりながらシシリーの手を取りゲートを潜った。


 ゲートから出た先では、シャルロットとマックス、そして王女であるオクタヴィアが再開を喜び合っているところだった。


「ようこそいらっしゃいませ、しゃる、まっくす」

「びあちゃん、こんにちは!」

「こんにちは」


 王女らしく、穏やかに挨拶をするオクタヴィアと、そのオクタヴィアに抱き着いて挨拶しているシャルロット。


 マックスは、女の子に抱き着くのはさすがに恥ずかしいのか、少し離れたところから挨拶している。


 同い年の幼馴染を出迎えたオクタヴィアは、その後すぐにキョロキョロと周りを見回し、シルベスタを見つけると満面の笑みを浮かべ、走り寄ってきた。


 抱き着いていたシャルロットは、振り払われた。


「しるばーおにいさま! ようこそいらっしゃいました!」

「うん、お邪魔しますヴィアちゃん。元気そうだね」

「はい! びあはげんきです!」


 さっきまでの三歳の幼女らしからぬ穏やかさはどこへ行ったのか、赤く頬を染めながら元気よくシルベスタに挨拶をするオクタヴィア。


 その様子から、オクタヴィアがシルベスタのことをどう思っているのか、一目瞭然である。


「いらっしゃいませ、シシリーさん。シルバー、シャル、マックスもいらっしゃい。ヴィアと遊んであげてくださいまし」


 そんなオクタヴィアの様子をクスクス笑いながら見ていた王太子妃エリザベートが、訪問者たちに挨拶をしながら出迎えた。


 妊娠中期に入っているエリザベートは、締め付けのないゆったりとした、しかし高貴なドレスに身を包んでいる。


 その姿は、まさしく妃の名にふさわしいものであった。


「エリーおばさん、こんにちは。お邪魔します」

「おばちゃん! こんにちは!」

「えりーおばちゃん、こんにちは」


 しかし、子供たちにとっては、友達のお母さん。


 つまり、おばさんなのである。


 おばさんの三連撃を喰らったエリーは、頬をヒクヒクさせつつも子供相手に怒鳴ることもできず、ダメージを受けつつも言葉を返した。


「え、ええ。こんにちは。今日も皆さん、元気そうですわね」

「「うん!」」

「はい」


 エリーの言葉に、元気よく返事をするシャルロットとマックス、そして落ち着いて返事をするシルベスタ。


 そんなシルベスタをウットリと見ていたオクタヴィアは、ハッと我に返ると慌ててシシリーのもとに駆け付けた。


「ごきげんよう、ししりーおばさま」


 オクタヴィアは、ドレスの端をちょこんと持ち、カーテシーをしてシシリーに挨拶をした。


 幼いながらも淑女であろうとする可愛らしい姿に、シシリーは思わず頬を緩めてしまった。


 しかし、今はシンに嫁いだので身分は平民になっているとはいえ、元は貴族令嬢。


 きちんと挨拶を返そうと、シシリーもカーテシーをした。


「御機嫌ようオクタヴィア王女殿下。お元気そうでなによりですわ」


 微笑みながらそう挨拶すると、なぜかオクタヴィアは不機嫌そうに頬を膨らませていた。


「だめですししりーおばさま! びあはしょうらいしるばーおにいさまのおよめさんになるのですから、びあのことはびあとよんでください!」


 どうやら、オクタヴィア王女様と呼んだことが気に食わなかったらしい。


 将来の義母にそんな呼ばれ方をされたくないと主張するオクタヴィアに、シシリーはニヤニヤが止まらない。


「ごめんなさいヴィアちゃん。本当にシルバーのお嫁さんになってくれるの?」

「はい!」


 そんな会話をしている母とオクタヴィアを見ていたシルバーは、思わず溜息を吐いてしまった。


「おかあさん、勝手に決めないでよ」

「あら? シルバーはヴィアちゃんのこと嫌い?」


 シシリーがシルベスタにそう訊ねると、聞いていたオクタヴィアは見る見るうちに目に涙を溜め始めてしまった。


「別に嫌いじゃないけど……」

「!」


 シルベスタがそう言うと、オクタヴィアの涙はあっという間に引っ込み、満面の笑みを浮かべてシルベスタに抱き着いた。


「ならいいじゃない。王女様をお嫁さんに貰えるなんて、滅多にないことよ?」


 滅多にないというか、普通はない。


 だがシシリーは、エリザベートやアウグストを含め王族と親交が深いのでその辺りの感覚が世間とズレているのだ。


 オクタヴィアは、シルベスタの母であるシシリーが認めてくれたことが嬉しくて仕方がない様子で、ギュッとシルベスタにしがみついている。


 その様子は、男女が抱き合っているというより、幼子が兄にしがみついているという図である。


 シルベスタは、六歳でお嫁さんとか言われても困ってしまう。


 しかも、相手はまだ三歳のお子様である。


 かといって、好意全開で抱き着いてきているオクタヴィアを引き剥がすのも可哀想だ。


 先ほどのウォルフォード邸と同じ状況に困り果てていると シャルロットとマックスまで参戦してきた。


「あー! びあちゃんずるい! しゃるも!」

「ぼ、ぼくも」

「え!? ちょっ! 二人とも待って!」


 オクタヴィアに抱き着かれているシルベスタに避ける術はない。


 勢いよく抱き着いてきたシャルロットとマックスを受け止めたシルベスタだったが、流石に三人は支えきれず、今度は押し倒されてしまった。


「「「「わあっ!」」」」


 仰向けに倒れるシルベスタと、それに覆いかぶさるように抱き着いたままの三人。


 シルベスタが倒れても、離れる様子はなさそうである。


 その様子に、シルベスタは諦め顔で三人にされるがままになっている。


「これ、ヴィア! はしたないですわよ!」

「あらあら」


 オクタヴィアの、普段の王女らしからぬ行動を窘めるエリザベートと、微笑ましい光景に頬を緩ませるシシリー。


 エリザベートも、オクタヴィアがこんな行動を取るのはシルベスタの前だけだと分かっているので、あまり強く窘める様子ではない。


 ただ、一国の王女として今の状況はあまりよろしくない。


 なので、エリザベートはやんわりとオクタヴィアを引き離すことにした。


「ヴィア? シルバーにそのような態度を取っていると嫌われてしまうかもしれませんよ?」


 その言葉の効果は絶大であった。


 母エリザベートの言葉を聞いたオクタヴィアは『シュバッ』っという音が聞こえそうな勢いでシルバーから離れた。


「あ、あの、しるばーおにいさま……」


 シルベスタに嫌われたかもしれないと涙目になるオクタヴィアを見て、シルベスタは六歳らしからぬ苦笑を浮かべた。


「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけだから」


 オクタヴィアを安心させようと、ほんのり微笑んでそう言うシルベスタ。


 その笑顔に、オクタヴィアは思わず見惚れてしまうのだった。


「ほら、シャルとマックスも離れてよ」


 シルベスタは、そんなオクタヴィアを置いておいて、いまだにしがみついているシャルロットとマックスに声をかけた。


「うん」

「やだっ!」


 素直に離れたマックスと違い、シャルロットは頑なにシルベスタから離れようとしない。


 そんなシャルロットを見て、オクタヴィアはまた頬を膨らませた。


「ずるいですわしゃる! びあだってはなれたのに!」


 オクタヴィアはそう言って、シルベスタからシャルロットを引き離そうと服を引っ張る。


「やーだー! おにーちゃんはしゃるのおにーちゃんだもん! きらわれないもん!」


 シルベスタに全力でしがみつきながらそう言うシャルロットを見て、シルベスタは一言ぽつりと言葉を呟いた。


「さあ? どうかな?」


 その言葉を聞いたシャルロットは、ピキリと固まった。


「え? え……」

「このまま離れてくれないと、僕シャルのこと嫌いになっちゃうかもなあ~」


 その言葉は、大人が聞けば明らかに冗談を言っている口調なのだが、まだ三歳であるシャルロットにとっては死刑宣告のように聞こえた。


「う……ふえ……」

「え?」


 大好きな兄から嫌われるかもしれないという恐怖から、シャルロットは急激に目に涙を溜め始めた。


 シルベスタがその様子に驚く暇もなく、シャルロットは大声で泣き始めた。


「やだー! おにーちゃんはしゃるのこときらいになっちゃだめなのー!!」


 火が付いたように大泣きするシャルロットは、離れないと嫌いになるかもと言われているのに、増々強くしがみついた。


 シルベスタは、ほんのちょっとした冗談のつもりだったのに、こんなに泣かれるとは思ってもおらず、謝罪の意味も込めてシャルロットを優しく抱き締めた。


「ごめんねシャル。シャルのこと嫌いになんてならないよ?」


 そう言ってシャルロットの背中をポンポンと叩く。


 するとシャルロットは、涙と鼻水でデロデロになった顔をあげた。


「ひっ、ほっ、んと?」

「うん。ごめんねシャル」


 しゃくりあげながら問われたシルベスタは、シャルロットの頭を撫でながらそう言った。


 シャルロットはホッとしたのか、涙と鼻水でデロデロの顔をにへらと崩したあと、シルベスタに再度抱き着いた。


 泣き止んだものの、まだしゃくりあげているシャルロットの背中をポンポンと叩いていると、オクタヴィアが近寄ってきた。


「やっぱり、ずるいですわ!」


 抱き着いても嫌われないと察したオクタヴィアは、前がシャルロットで埋まっているのでシルベスタの腕に抱き着いた。


「ええ……」


 折角離れたのに、また戻ってきた。


 まさかマックスまで戻ってこないよね? と、そういう目でマックスを見ると、マックスはすでにソファーに座り、お菓子を食べていた。


「おかし、たべないの?」


 口いっぱいにお菓子を頬張っているマックスにそう言われたシルベスタは、また六歳らしからぬ溜息を吐いて、しがみついているシャルロットとオクタヴィアを引き連れてソファーに向かうのだった。


 そんな光景を見ていた母二人は……。


「相変わらずですわね、この子たち」

「仲良しですねえ」


 毎度毎度繰り広げられる同じような光景に、苦笑するだけだったりするのだった。



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別作品、始めました


魔法少女と呼ばないで
― 新着の感想 ―
[一言] ヴィアちゃんは三歳だとは思えないほど頭が良いみたいですね、幼児にしては言葉がシッカリしているし、母親の言う事をよく聞いているし……
[良い点] >「ただいま、スティーブ。おかあさんたちは?」 「はい、奥様もシャルロット様もマックス様も、すでに用意を終えられて坊ちゃまが戻られるのをお待ちでございます」 「そっか。じゃあ、はやく着替え…
[一言] シルヴェスタとシルベスタが両方ありますね… ナレーション的な感じのは、シルバーの方がミスを避けられるかもしれません。
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