不合格者は今
シンたちが、アールスハイドで忙しいながらも平穏な日々を送っているころ。
ある国の酒場で管を巻いている男がいた。
「くそ……なんで俺がこんな目に……俺は優秀な人間なんだぞ……」
ベロベロに酔っ払い、そう溢している男は、以前アルティメット・マジシャンズの試験に落ちた際に周囲に当たり散らしていた男だった。
彼の周囲の人間もほとんど落ちており、今回の合格者は僅か二名。
今回のアルティメット・マジシャンズの新規団員募集に、アールスハイド、スイード、ダーム、カーナン、クルト、イース、エルスの七ヵ国から計千人ほどの応募があったと聞いている。
その応募者に対して合格者二名。
実に、合格率0.2%である。
その結果を聞いた受験者たちは、落ちて当たり前という認識の者がほとんどだったのだが、中にはこの男のように、自分に自信があり落ちたことが納得できない者もいた。
しかも、自分は一次試験で落ちたが、同僚の中には最終選考まで残った者もいた。
その者は最終選考で落ちてしまったのだが、一次試験を突破したことで職場内で持て囃されるようになった。
中には次世代のエース候補だと言う者まで現れた。
許せなかった。
今まで自分が次世代のエースだったはずだ。
それが、今まで目立たなかった同僚にその座を奪われた。
あまりにも悔しくてその人間に八つ当たりをしたところ、防がれた上に現場を上司に見られた。
しかも原因が、自分が通らなかったアルティメット・マジシャンズの一次試験を通過したことに対する嫉妬であることが判明したため、男には非常に重い処分が下った。
男が所属していた組織の、懲戒免職処分。
被害者に怪我がなかったことから、被害者本人が被害届を提出せず暴行や殺人未遂等の刑事事件にはならなかったのは幸運だった。
しかし、将来有望とされていた男が、一転して無職である。
その事実が受け入れられず、こうして酒場に来ては酔っぱらっているのである。
周囲の人間も、男がどういった経緯でああなっているのか大体知っているので、慰める人間は誰もいなかった。
そんな中、一人の男が近付いて行った。
「こんばんわ」
「……あ? 誰だ?」
男は、酔って濁った眼で声をかけてきた人間を見た。
「相席、よろしいですか?」
「はっ、勝手にしろよ」
男はそう言うと、ビンから手酌でグラスに酒を注ぐ。
だが、もうほとんど飲み干していたため少ししかグラスに注がれなかった。
「ちっ! なんだよ、ツイてねえな……」
男はそう言うと、少しだけ注がれた酒を一気に煽った。
「ヘクター=ガリアスさん」
相席になった男にそう言われた男……ヘクターはテーブルに叩きつけようとしていたグラスを持った手をピタリと止めた。
「お前、なんで俺の名前を知っている?」
ヘクターは、先ほどまでのつまらなさそうな顔から一気に警戒心に満ちた表情になる。
だが、声をかけてきた男は微笑んだまま表情を崩さない。
「もちろん、調べましたので」
男はそう言うと、胸ポケットから手帳を取り出し、中身を読み始めた。
「ヘクター=ガリアスさん。昨年のクルト高等魔法学院の首席卒業者。クルトの魔法省に入省し、将来有望な評価を得ながらもアルティメット・マジシャンズの新規団員入団試験の一次試験で落選。その後、魔法省で問題を起こし、魔法省を懲戒免職された……」
周囲には聞こえない小いさな声で、男はヘクターにそう伝えた。
ヘクターは顔を顰めた。
「てめ……なにもんだ?」
「ふふ、ところで、貴方、復讐にご興味は?」
「あ?」
自分の質問に答えなかったばかりか、突然物騒な提案をしてきた男を、ヘクターはさらに胡散臭そうに見る。
「いえ、貴方がこんなことになったのは例の試験に落ちてしまったからでしょう?}
「……」
「しかも、貴方よりも実力の劣る男が最終試験にまで残った」
「……」
「そういえば、知っていますか?」
「……あ? なにをだ?」
ずっと返事をしなかったヘクターだが、いい加減に根負けして男からの質問に反応した。
そして、そこで衝撃を受けた。
「合格者の一人が……今年のクルト高等魔法学院の首席で、魔法省に入省したばかりの男だということですよ」
「!!」
ヘクターはその言葉を聞いた途端、椅子を倒しながら立ち上がった。
「なっ……それは本当なのか?」
ヘクターの興味は、学院時代は首席を争う同級生に、魔法省に入省してからは出し抜くべき同期と蹴落とすべき先輩たちに向いていた。
年下の、それも入省したばかりの人間には興味がなかったのだ。
俺は落ちたのに、自分より年下の、入省したばかりの小僧が合格?
ヘクターは怒りのあまりブルブルと震えだした。
「おかしいと思いませんか?」
「ああ!?」
男からの何気ない質問だったが、気が荒ぶっているヘクターは思いきり睨み付けた。
「貴方よりも劣っている人間が受かって、貴方が落ちる。これは、どう考えてもおかしいですよね?」
「……ああ。どうせコネだか金を握らせたかの不正をしたんだろうさ」
ヘクターはそう言うと「フン」と鼻を鳴らしながら席に着いた。
「私もそう思っています。そこで、どうでしょう? 調べてみませんか?」
そういう男にヘクターは首を傾げた。
「調べる? どうやって?」
すると男はニンマリと笑った。
「それはこちらで手配します。どうですか? 不正を暴き、アルティメット・マジシャンズに……アールスハイドに復讐したいと思いませんか?」
そう言う男の顔を暫くみつめたヘクターは、無言で頷いた。




