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賢者の孫  作者: 吉岡剛
27/311

目的が分かりました

 戦争の準備。


 その言葉を聞いて改めて周りを見てみる。皆が不安そうに顔を付き合わせ、これからどうなるのか、何故急に戦争など始めるのかと話していたのが聞こえて来た。


「戦争の準備って……どこと戦争するんだ? というか、帝国との戦争中に大規模な魔物の氾濫が起きて以来、戦争はタブーの筈なんじゃ?」

「その帝国が相手だ」

「帝国が? 何で?」

「そんな事は帝国に聞いてくれ。今帝国では大規模な出征の準備がされてるらしい。他の小国に戦争を仕掛けるには不相応な大規模な準備だそうだ。となると標的は……」

「大国、アールスハイド王国って訳か……」


 帝国が戦争を仕掛ける。何故? 何の理由で?


 いや理由は分かるか。アールスハイド王国を手に入れられればブルースフィア帝国は一気に力を増す。それこそ世界を掌握出来る位には。しかし、何故今? そのタイミングが分からない。


「まあ、まだ始まってもいないんだ。戦争が泥沼化すれば学生にも徴兵が掛かるかもしれんが、今はまだ気にしてもしょうがない。特にシンには恐らく徴兵は掛からない」

「何で……ああ、軍事利用はしないってヤツか」

「魔人の襲来ならともかくな。国同士の戦争にシンを駆り出す事は正しく軍事利用だ。そんな事は絶対しない」


 俺は、シシリーや皆を見渡した。皆不安そうな顔をしていた。


「確かに徴兵はされないかもしれないけど、皆に危機が迫ったら俺は戦場に出るぞ。ここで出会った皆は掛け替えの無い友達だと思ってるからな」

「シン君……」

「シン……」


 しんみりしちゃったけど、まだ起こってもいない事で落ち込んでても仕方がない。


「おしっ! 皆でマークん家に行こうぜ。確か今日武器の試作品が出来るから来てくれって言われてるんだ」

「……そうだな、確か今日だったな。よし皆で行くか」

「ついでに、皆の分のアクセサリーも買って防御付与しちまおう。戦争が起きても身を守れるようにね」


 そして人通りの少ない裏路地に入りゲートを開く。ゲートを抜けるとそこはビーン工房だ。


「やっぱり便利。早く覚えたい」

「……リンはまず魔力を暴走させないようにしないとな」

「……頑張る」


 そして工房内に入ると親父さんが待っていた。


「お! ようやく来たなシン! 試作品は出来てるぜ!」

「おお、さすが本職、仕事が早い!」

「あったりめえよお! あ、殿下も御覧になりますか?」

「勿論だ。見せて貰おう」


 そして親父さんが持って来たのは、一見普通の剣だが、鍔と柄の部分が若干異なっている。言うなれば、拳銃のグリップみたいな形をしている。そして鍔の部分にもスライドをさせやすいように指をかける所がついている。そして、親指で安全装置を掛けたり外したり出来るようになっており、誤作動を起こして剣がスッポ抜けないようにしている。


「凄いよ親父さん! もう完成品じゃないの?」

「いや、これから調整に入らないといけねえ。剣身を射出する時や取り付ける時のバネの強度、スライドする固さ……要は各所に使われてるバネの強度をどうするかってこった」

「そっか、でもここまで出来てたら……」

「おう! 後は調整だけですぐに完成品になる筈だぜ」


 親父さんはニンマリ笑った。それが自信に溢れていて格好いい。本当に職人だな。


「これは凄いねえ。僕はビーン工房の新製品開発の現場に立ち会ったんだねえ……」

「何言ってんだトニー。元はお前のアイデアだろ?」

「お! 君がトニー君か! いやーお陰で面白い仕事が出来たぜ! ありがとよ!」

「いえ……そんな……」


 トニーが感無量な顔をしてる。本当に意外だよな。


「では、早速調整に入ろうか。それと軍備用の剣身も見てみたいんだが」

「それも出来ております」


 既に軍に納品予定の剣身も出来てたみたいだ。バイブレーションソードより肉厚で、簡単に折れそうに無い。しかし、耐久性はギリギリまで削り生産性の方を高めたらしい。


「これは……十分実用に耐えるものだ。工房主、素晴らしい仕事だ、感謝する」

「そ、そんな! 止めて下さい殿下! これは仕事ですから!」


 そして、各所のバネの強度を調整しながら新しい武器が完成していく。


 こういうチューンアップみたいなのって楽しいね。男性陣総出で調整をしていった。女性陣は暇そうだったので、アクセサリーを見に行った。


 そして最終的には、基本となる強度と、個人の好みでカスタム出来るようにして、ついに完成した。


 俺のはバイブレーションソードって名前を付けたけど、軍用のはどうするんだ? 交換出来る剣だから……


「エクスチェンジソード……」

「……いいな、それ。よし! 今日からこの剣はエクスチェンジソードだ! ハロルド、早速で悪いが発注だ、いいか?」

「勿論です殿下」

「それでは後程軍の補給担当の者を遣いにだす。数量などの細かい所は担当者と話し合ってくれ。今度の戦争が早速のデビューだ、頼んだぞ」

「は! 畏まりました!」


 そして、新しいバイブレーションソードに魔法を付与させる、それと替えの刃を何本か貰った。


「すいません親父さん。結局全部貰っちゃって」

「いやいや、それはちゃんと王国に請求するように殿下に頼まれてるから、シンは気にすんな」

「オーグ、悪いな」

「何、今度の戦争に心強い武器が手に入ったんだ、むしろこの程度の開発料で済んで良かった」


 デビューが戦争ってのもちゃんと機能するか不安だけどな。これを見る限りは大丈夫そうだ。


 そして、アクセサリーはやっぱりプレゼントされた。


 皆恐縮してたけど、今回の報酬額は相当大きいらしく、親父さんは気にすんなと笑っていた。


 とりあえず、研究会のメンバーは全員防御付与されたアクセサリーを身に付ける事になった。


 これで防御に関しては、大分憂いが無くなったな。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 アールスハイド王国軍に新たな武器が支給された。それは今まで見た事が無い形をしていた。


 それを手に取った兵士達が感想を言い合っていた。


「よう、新しい剣は試してみたか?」

「ああ、切れ味は合格点だな。しかしこれは……完全に実戦向きの武器だな」

「装飾は無し、実用性重視の武器か……」

「戦場で剣身を交換出来るというのは確かに有効だけどな。こういうのを支給されると……」

「……いよいよ戦争が始まるって実感しちまうな……」


 華美な装飾は一切無し。剣身を使い潰し交換しながら敵をほふる。効率的に敵を殺す為の武器を支給され、兵士達には強力な武器を手に入れた高揚感と、戦争が始まるという恐怖感の入り交じった複雑な感情が渦巻いていた。


 こうして新しい武器の支給、必要な物資の収集、各領地に散らばっている軍人を魔物対応の為の最低限の人員だけ残して召集、志願兵の募集をするなど、いつでも出兵出来る準備は整った。


 そして、帝国に潜んでいた斥候から報告がもたらされる。


「報告します! ブルースフィア帝国軍が、我が国に向かって進軍を始めました!」


 その報告に王城に詰めていた上層部に緊張が走るが、予め予想されていた為混乱は無く、国王は勅命を下した。


「皆聞いたな? どうやら帝国は機を見る力も無いようだ。このような愚かな行為に対し、我が国は徹底的に抗戦する! アールスハイド王国の強さを帝国に知らしめてやれ!全軍、出撃せよ!」


 ついに帝国が動いた。その動きに対し王国も反応した。宣戦布告は未だ届いていない。帝国の一方的な侵略行為であると周辺国に訴え、軍事行動する事の正当性を訴えた。


 そしてその出兵はアールスハイド国民にも布告された。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「とうとう王国軍が出兵したね」


 学院に来ると今日は既に登校していたアリスからそう声を掛けられた。


「そうだな。街もその話で持ちきりだったな」


 王国発表もあったし、新聞の号外も出た。なので国民皆が知っていた。


 戦争の機運が高まった頃から、さすがに俺に対する騒ぎも収まり、歩いて登校出来るようになっていたので街の様子を見る事が出来ていた。


「結局どの位の規模の出兵になったのかしら?」

「帝国軍、王国軍共に八万ずつだな」

「ふーん、戦力はほぼ互角か」

「だが、そこが不思議なんだ」

「不思議?」

「ああ、今の所我々が把握している帝国軍の総勢が八万なんだ」

「総力戦か、帝国も必死だな」

「そういう事じゃない。我が国はその総数を集めるのに、志願兵や魔物ハンター協会にまで傭兵の依頼を出してようやくその数を確保したんだ」

「へえ、やっぱり帝国は軍事に力を入れてるんだな」

「いや王国軍もほぼ同数の人数はいるぞ」

「ん? じゃあなんで志願兵や傭兵なんて雇ってるんだ?」

「王国軍全員を召集した訳じゃない。各地の魔物の対策の為に必要な人数は残してある。それで足りなくなった人員を集めたんだ」

「え? でも帝国軍は全軍だろ? 魔物対策は?」

「だから不思議なんだ。帝国は魔物を放置して王国への進軍をしている。何故だ?」

「帝国も傭兵を雇ったとか?」

「帝国が傭兵の募集をしていない事は確認してる。各地から全軍を召集した事もな」

「マジで魔物放置かよ」

「帝国は何を考えている?」


 オーグが難しい顔をしてるもんだから皆も黙ってしまった。


「もしかしてだけど……シュトロームが絡んでないか?」

「どういう事だ?」

「いや、シュトロームは色々実験をしてたって言ったろ? その実験の中には魔物をコントロールする事も含まれてたんじゃないかなって」

「……そうか、シュトロームは元帝国の人間だ。『元』ではなく帝国が送り込んだ工作員の可能性もあるのか」

「だとすると、帝国は魔物を気にしないで全軍を召集する事が出来る」

「その可能性が高いな……」

「でもそうなると分からなくなる事もあるんだよなあ」

「十分利に叶ってると思ったが?」

「人工魔人は?」

「あ……そうか、その報告は上がって来てないな……」

「帝国軍の中に魔人が混じっていたら、大騒ぎになってる筈だからなあ」

「振り出しに戻る……か」

「まあ、ここでいくら推測したってしょうがないし、俺達は俺達の出来る事をしようぜ。その内帝国の真意も分かるだろ」

「……そうだな、俺達は俺達の出来る事を……か」

「という事で、そろそろ実践的な魔法の練習も始めようかと思ってるんだが、どうかな?」

「やっとゲートを教えてくれる?」

「そうだな、それも含めてな」

「最近、魔法の威力が上がってるんだよね! やっぱ魔力制御の練習の成果?」


 ようやく魔法の練習に入れる位には皆の魔力制御は上達してる。先日爺さんがゲートを使った事で、自分達も俺の魔法が使えるんだと皆のやる気がアップし、魔力制御の練習を真剣にするようになった。これなら魔法を教えても大丈夫そうだ。


「それじゃあ、今日も研究会頑張ろー!」

「その前に授業だ、コーナー」

「あ! そうだった」

「お前らは……何をしに学院に来てるんだ……」


 アルフレッド先生が溜め息を吐いていた。授業もちゃんと受けてますよ?



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 王国軍は帝国との国境近くまで軍勢を進めていた。過去、帝国との戦争時に戦場になった場所だ。帝国軍の進路から今回もそこが戦場になると予想されていた。


 その日、軍勢の野営地に接地された大本営で、総司令官のドミニクは斥候からもたらされる情報を整理していた。


 帝国軍との接敵予想は二日後、戦場となる場所は見通しの良い平原なので奇襲や搦め手は使いにくい。正面からぶつかる可能性が高い。斥候からの報告でも別動隊がいない事は確認出来ている。それ故にドミニクは帝国の狙いが読めずにいた。


「……分からん。あそこで戦闘になったとして、帝国に何の利がある? 王国への侵略なら奇襲の方が効率はいい筈だ。なのに情報は駄々漏れ、奇襲の為に進軍を急いでる訳でもない。大軍を引き連れて悠々と進軍してくる。帝国はこんなにも愚かだったか? 何か裏があるんじゃないのか?」

「そんなに根を詰めたって分かんねえもんは分かんねえだろ。案外なーんにも考えてなくて、愚かな皇帝の愚かな判断による愚かな行為の可能性だってあるんだぜ?」

「斥候からの報告を聞く限りではその可能性が一番高いんだがな……しかし、あまりにもあんまりだろ、これは」

「まあ……王国なら一般兵士でも進言しないような軍事行動だよな」

「まだ何か裏があるという方が納得出来る」

「でも総軍八万はそのまま進軍してきてる。別動隊も確認されてない。これはその愚かな行為そのものだろ」

「はあ……本当に何を考えているんだ……」


 ドミニクが帝国の真意を図りかねている頃、帝国軍も野営をしていた。そしてこちらにも斥候からの報告がされていた。


「御報告申し上げます。王国軍はやはり魔物の対応に追われ、軍勢を整備する事にも苦労しているようです」

「そうか、陛下やはり王国は魔物の対応に四苦八苦しているようです。このまま大軍勢をもって王国に進軍すれば我々の大勝利は間違い無しで御座いますな」

「フン、そうだろう。帝国の魔物が減り、王国の魔物が増えたと報告を受けた時に余は確信したのだ。王国は魔物の対応に追われ、我々の猛攻を防ぐ事など出来んとな」

「さすがで御座います陛下」


 このブルースフィア帝国皇帝のヘラルド=フォン=ブルースフィアは最近帝国皇帝の座に就いた男である。


 帝国皇帝の座は世襲制ではない。帝位継承権を持つ帝国公爵家当主の中から、貴族院の選挙によって選出される。


 その為に貴族院の貴族に対する賄賂・便宜・強迫等が横行しており、公平な選挙が行われた試しなど無い。


 ヘラルドは貴族院だけでなく、対抗候補の公爵家に対しても嫌がらせや裏工作等を駆使し、皇帝になった。


 その為に方々に怨みを買っているが、皇帝となってしまった為に皆何も言えなくなってしまった。


 ヘラルドは他人を蹴落とす事には長けていたが、政治能力に関しては全くの無能であった。


 自分に都合の良い報告のみを信用し、都合の悪い報告は握り潰していた。そして自己顕示欲が強く、王国への侵略はヘラルドにとっての悲願であった。


 勿論、自身を誉め称えさせる為である。


 そんな男に、王国が魔物の対応に追われ軍がそれに掛かりきりになっている。しかも帝国の魔物は減っているという報告が入った。


 その報告を聞いたヘラルドの脳裏には、帝国の攻勢に対処出来ず、崩壊していく王国の姿が浮かんだ。


 王国を手に入れられる。


 一度可能性を見た想いは止める事が出来なかった。進軍を開始してからも入って来るのは帝国有利の報告だけ。


 ヘラルドは完全に自分の勝利を確信していた。


 帝国の大本営に報告をした男ゼストは、大本営の天幕を睨みながらその場を離れた。


 夜が明けて両軍が進軍を開始する。そして二日後、両軍はついに相まみえた。


 これに驚いたのが帝国軍だ。


 彼等の元に届けられていた情報では、王国軍は自国の国内で大増殖した魔物の対処に追われ、ここにいるはずが無かったからだ。


「どういう事だ! 王国軍は完全に我等を待ち受けているではないか!」

「ゼストを、ゼストを呼べ!」

「そ……それが……」

「何だ!?」

「ゼストの姿が昨夜から見えません。そればかりか、奴の指揮していた斥候部隊とも連絡が取れません……」

「な、何だとぉ……」

「陛下! これは最早退く事は叶わぬ状況です! 我等は大軍を率いて王国領内に踏み入っております。これは王国軍にとって攻撃を仕掛けるには十分な理由です。ここは攻め切るしかありません!!」

「おのれえ……斥候部隊と言えば平民どもの集まりではないか! よくも……よくも平民の分際で余をたばかったな! 全軍に告ぐ! どうせ王国軍は排除する予定だったのだ! それが遅いか早いかの差でしかない! 我等の力を王国軍に見せ付けてやるのだ! 全軍、突撃いい!!」


 突撃を始めた帝国軍。それに対し王国軍では……。


「本当に突撃してきやがった。何考えてんだ? アイツ等」


 魔法師団長のルーパーが呆れた声を出していた。


「ヨシ、予定通りに魔法師団が初撃を放て!」


 王国軍の魔法師団から大量の魔法が打ち出される。それは一斉に突撃してきた帝国軍に次々と着弾していき、損害を与える。普通、戦闘の開始時には魔法師団同士の魔法の撃ち合いがあり、それが落ち着いた頃に騎士や兵士が突撃するものだが、帝国軍にとって予想外の戦闘であった為、指揮系統も混乱し、ただ突撃するだけの烏合の衆と化し、王国軍の魔法師団にとってはいい的になった。


 そして、それでも難を逃れた者達もおり更に王国軍に接近してきた。


「馬鹿正直に正面からぶつかる必要もあるまい。右翼、左翼は帝国軍の側面に回れ! 正面は帝国軍を受け止めろ!」

『おお!!』


 予定外の事に混乱した帝国軍と違い、万全に準備の出来ていた王国軍は、帝国軍を半包囲するように陣形を展開した。そして、ついに両軍がぶつかりあった。


 既に魔法によるダメージを受けていた帝国軍は完全に王国軍に受け止められ、突破する事は叶わない。更に両脇からも攻められ、帝国軍は成す術なくその数を減らして行く。そして日が暮れる直前に撤退するまで、帝国軍はその数を減らし続けた。


 撤退が遅れたのは、皇帝ヘラルドがそのプライドの高さから撤退を拒んだ為だった。


 八万いた帝国軍は僅か一戦で半数近くの数を減らし、王国軍の損害は百を少し越える程度という大惨敗であった。


 一日目の戦闘が終わり、大本営ではヘラルドが荒れていた。


「何だこの体たらくは! これでは我等の損害が増えるばかりではないか!!」


 天幕の中で荒れまくるヘラルド。しかし、側に居るものは誰も彼を止める事が出来ない。ここで口を出せば殺されてしまう可能性が高いからだ。


 結局、騒ぐだけ騒いで具体的な打開策は何も決めぬままヘラルドは休んでしまった。


 こんな事態に陥ったのは、斥候部隊からの報告が全て嘘だったからだ。誰かが帝国を害そうとする意思を感じたが何も出来なかった。


 作戦を決めるのは皇帝であり、自分達が進言をしたり作戦を提案したりすると、自尊心の高い皇帝の不興を買ってしまうからだ。


 側近達は絶望にも似た感情を抱きながら眠れぬ夜を過ごした。


 そして王国軍では本日の戦闘について話し合われていた。


「ルーパーの言った通りだったな。愚かな皇帝が愚かな進軍をして愚かな戦いをした。正直それだけの感想しか出てこない」

「全くなあ、何だありゃ?」

「明日もこんな事になるんだろうか?」

「その可能性は高いと思うぜ?」


 王国軍の司令官達は帝国軍とは違う意味の溜め息を吐いた。


 時間は少しさかのぼり、帝国軍と王国軍が戦闘を開始した頃、斥候は信じられないものを見た。そして報告の為に急ぎその場を離れた。


「そんな……馬鹿な!」


 そう呟きながら馬を全速力で走らせる。一刻も早くこの情報を届ける為に。


 結局、二日目以降も帝国軍は突撃を繰り返すばかりで、八万いた軍勢は、三日目が終わる頃には二万を切っており、帝国軍には最早諦めの感情が浮かんでいた。


 そして、四日目の朝を迎えた時点で両軍にある情報が届けられる。

 

「報告します!」

「何だ、どうした?」


 尋常では無い斥候の表情に、ドミニクは何かが起こった事を察した。そして告げられた内容は驚くべきものだった。


「魔物が……魔物が大量に発生しました!!」

「何?」

「中型以上の魔物が大量に発生し侵攻を開始しております! そして行き先は……『ブルースフィア帝国帝都』です!!」

「何!?」

「しかも……」

「まだ何かあるのか?」

「魔人を……魔人を多数目撃致しました!!」

「な! 何だと!!?」


 そしてその報告は帝国軍にも伝えられた。


「馬鹿な!? 魔物は少なくなっていたのではないのか!?」

「陛下! これは王国への進軍どころではありません! 今すぐ帝都に戻らなければ!!」

「おのれえ……魔物ごときが余の帝都を攻めるだとお? フザケおって!! 全軍に告ぐ! 王国軍など構っている暇は無い! 急ぎ帝都に引き返し、魔物どもを駆逐せよ!!」


 ヘラルドは怒りで顔を真っ赤にしながら全軍に告げる。帝国軍は直ぐ様進路を反転し、帝都へ向けて引き返し始めた。


 そして王国軍は今後の行動について迷っていた。このまま進路を帝都に向かって進軍するか、王国に戻るかの選択である。


「このまま戻った方が良いのではないですか?」

「いや、魔人まで混じっているとなると放置しておく事も危険だ。ここは一時帝国と手を組み魔人を討伐した方が良いのではないか?」

「しかし、帝国が我等を受け入れますかね?」

「さすがにそれは容認するだろう?」

「分かりませんよ。魔物を討伐した後、こちらに刃を向けるかもしれません」

「その可能性はあるか……」


 急遽開始された会議は進展を見せなかった。そしてドミニクの判断に委ねる事になった。


「魔人を放置しておく事は危険だ。今討伐しておく必要がある。しかし帝国が我等を受け入れない可能性もある。よって、我等は帝国軍の後方に位置し、先ずは戦況を見定める。帝国軍がそのまま魔人を討伐出来れば良し、難しければ我等が後詰めで進軍する。現状ではこれが限界だと思うが、どうか?」

「それで良いんじゃねえか? 俺にもそれ以上の案は出せねえよ」

「では、帝都に向けて……」

「た、大変です! 魔物が大量にこちらへ向かっております!!」

「何だと!? 魔人は? 魔人はいるのか!?」

「い、いえ! 魔人は確認されておりません! ただ……量が凄いのです!」

「内訳はどうなってる!?」

「小型から中型の魔物が殆どです。大型も殆ど見られません!」

「なら何とかなるか……全軍に通達! 直ちに魔物を殲滅せよ! 魔物を殲滅した後、帝都へ向けて進軍する! 行け!!」

「はっ!!」


 こうして、王国軍も魔物の集団と戦う事になった。小型から中型の魔物が殆どとはいっても数が多く、殲滅するにはかなりの時間を要した。


 被害に関しては殆ど無い。軽傷を負った兵士と骨折や裂傷等の重傷を負った兵士が若干いた程度だった。だが、三日に渡り繰り広げられた帝国軍との戦闘である程度疲弊していた所へ魔物の襲来である。皆の疲労は相当な物になっていた。


 そして魔物を殲滅し終わった頃には既に日が落ちてしまった。


「くそっ! これでは夜が明けるまで進軍出来んではないか!」

「だな、この大軍を率いての夜間行軍は厳しすぎる。それに、あの魔物の大軍を相手にした後だ。疲労も相当なもんだろう」

「何なんだこの状況は! まるで足止めじゃないか!!」

「……実際そうなのかもしれねえな……」


 こうして王国軍は魔物に足止めされ、出立は夜が明けるまで待たねばならなかった。


 一方、魔物の大群に攻められた帝都は、あっという間に蹂躙されてしまった。


 本来守護するべき軍隊が不在で、しかも集まっていた魔物は中型以上の魔物ばかり。中には虎や獅子といった災害級の魔物もいた。これに魔人も混じっているとなると戦う術を持たない帝都民に抗う術は無かった。


 そこで行われたのは正に阿鼻叫喚の地獄絵図。


 帝都民は魔物に殺され、喰われ、魔人の魔法に焼き尽くされた。


 帝都に残っていた魔物ハンター達もいたが、あまりに数が多く更に魔人まで混じっているとなると成す術も無く、あっという間に殺されてしまった。


 そんな地獄の中を悠然と歩いているモノがいた。


「どうですか? ミリアさん、魔人になった感想は?」

「はいシュトローム様、これまで感じた事が無いほど力が溢れて来ます。それに、今ならどんな魔法でも使えそうです」

「フフ、それは良かった。それにしても、自国の国民が殺されているというのに涼しい顔をしていますねえ」

「コイツら帝都民は、自分達は選ばれた人間だと周りの帝国民を蔑んでいた連中ですからね。実際、私も同じ平民に罵声を浴びせられた事など数え切れないほどあります。そんな輩がどれだけ殺されようと心苦しさなど露程も感じませんね」

「フフフ、アハハハ! そうですか、そうですか。素晴らしいですよミリアさん。実際コイツらはクズの集まりですからねえ」

「お褒め頂きありがとうございます」

「さて、出兵して行った軍隊が戻って来るまで二三日程ですか。それまでに帝都は完全に我々のモノになりますね。その間にゼスト君も戻って来るでしょうし、帝国軍を迎え撃つ準備でもしましょうか?」

「はいシュトローム様」

「さて、王国軍がどれくらい数を減らしてくれたのか、見ものですね」


 そうして二人は帝城に向かって歩いていく。


 彼等の後ろから上がる、帝都民達の断末魔を聞きながら。


 そしてシュトロームが帝都を襲撃してから三日後、帝国軍はようやく帝都に辿り着いた。そこで彼等が見たものは……。


 魔物によって破壊された帝都と、大量の魔物であった。


「おのれ魔物どもめ! 一匹たりとも逃がさず討伐してくれるわ!!」


 そしてヘラルドの号令で又しても突撃する帝国軍。始めは魔物を討伐出来ていたが、魔人が出てくると、状況は一変した。


 魔人の魔法に蹂躙されていく帝国軍。そしてその魔人の中には、帝国軍に偽の情報を流していたゼスト達斥候部隊もいた。


「ゼストォォォ!!! 貴様のせいで! 貴様のせいでぇぇぇ!!」


 ヘラルドが気でも狂ったかのようにゼストに向かって吠える。しかしゼストは一顧だにせず、帝国軍をほふっていく。


 そして……皇帝すら誰に殺されたのかすら分からない程蹂躙され、帝国軍は文字通り全滅した。


 そして、魔物に足止めをされていた王国軍が到着した時に見た光景は、全滅し屍を晒す帝国軍の姿であった。


 その光景を呆然と見ていた王国軍に声を掛ける者がいた。


『おや、そこにいるのは王国でお世話になった人じゃありませんか』


 それは、警備局の練兵場で聞いたシュトロームの声だった。


 どこから話し掛けているのか周囲を見渡すがシュトロームは見当たらない。恐らく声を届ける魔法なんだろうと思われる。


『おやおや、それっぽっちの戦力では、私達は攻め滅ぼせませんよ? 他の国にも協力して頂いたら如何ですか?』


 まるで嘲笑が聞こえるようだった。


『ああ、そうそう、帝国軍の数を減らしてくれてありがとうございました。お陰様で楽に帝国軍を全滅させられましたよ』


 自分達もシュトロームに利用されたのだと知って、ドミニクは怒り狂いそうになったが、何とか抑えた。そして、シュトロームの言ったように一度王国へ戻り、他の国にも協力要請する必要があると判断し、王国へ帰還した。


 そして帰還したドミニクから報告された内容に王国上層部達は絶句し、これ以上はシュトロームの情報を秘匿しておくわけにはいかないと、今回の件と含めて国民に公表された


 その内容は。


『王都にて発生した魔人騒動は、理性ある魔人オリバー=シュトロームによって引き起こされたものである。そしてその者は、ブルースフィア帝国帝都を大量の魔物と自ら造り出した多数の魔人によって攻め滅ぼした。今回の一連の紛争も、全てその者によって引き起こされたものである』

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魔法少女と呼ばないで
― 新着の感想 ―
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