代表は忙しい
「うああ……忙しいぃ……」
アルティメット・マジシャンズ新規入団試験が近付いたある日、俺は事務所の自分の机に突っ伏していた。
一年もこういった活動をしていると緊急の案件もなくなり、最初の頃のように毎日全員が出動するということもなくなってきた。
つまり、アルティメット・マジシャンズの活動はそんなに忙しくないのだが……。
「なに? 随分お疲れね」
俺と同じく、今日は出動がなく事務所待機だったマリアがそう聞いてきた。
「ああ……オーグからタイプライターの制作を急かされててさ……それ以外にも、固定通信機のインフラ工事が始まるし、例のリーグも始まるからその準備もあるし……」
先日、ここでついポロリと漏らしてしまったタイプライターの話にオーグがメッチャ食い付いてきて、とにかく最優先で開発してくれと依頼してきた。
その熱量は尋常ではなく、国の上層部を説得して開発補助金までもぎ取ってきた。
オーグのプレゼンを聞いた上層部の人たちも全会一致で賛成したらしい。
……どんだけ書類仕事に不満抱えてるんだよ……。
お陰で俺もビーン工房の親父さんも嫌とは言えず、総当たりで開発に取り組んでいる。
どういうものかという完成形は分かってるんだけど、細かい機能なんかは知らなかったのでこれはどうする? あれはどうする? って試行錯誤しているのだ。
それに加えて、いよいよ固定通信機を一般開放することになった。
事業そのものは国へと譲渡したものの、その過程で色々と意見を求められる。
これも、完成形は分かってるんだけど、そこに至る道筋を知らなかったため、試行錯誤が続いている。
特に交換所だな。
そして、例のリーグとは、俺たちが遊びで始めたマジカルバレーがいつの間にか国民に広く普及し、国民的スポーツになった。
それならプロリーグを作って、エンターテインメントにしてしまおうという企画が立ち上がった。
元々は、貯まっていくいく一方だったウォルフォード商会の資金を世間に還元するという意味で企画していたものだが、これに多くの人が食い付いた。
アールスハイド国内にある各街に一つプロチームを作り、年間を通してホームアンドアウエーで試合をするのだ。
その試合会場や練習場、クラブハウスの建設に日程の調整やスポンサーの餞別、ルールの確定など……。
色々とやることが山積した結果、それらを統括するアールスハイド・マジカルバレー協会が発足し、それの会長に選ばれてしまったのだ。
毎日毎日、身体を動かすことは少なくなったが頭はフル回転のため、得も言われぬ倦怠感に苛まれているのだ。
そう言った俺に、マリアは呆れた顔を向けていた。
「どんだけ抱え込んでんのよ? それに加えて新規団員の入団試験もあるんでしょ? 死ぬわよ?」
「分かってるよ……」
分かってるけど、どれも放り出すわけにはいかないんだよ……。
「けど、ここさえ乗り切れば……あとは自動的に動き出すはず!」
なにごとも、立ち上げが一番しんどいのだ。
それが済んで軌道に乗ってしまえばあとは楽ができる! はず!
「毎日シシリーに癒して貰ってるんだけど、どうにも頭の疲労が抜けなくてさ」
俺がそう言うと、マリアの頬がちょっと赤くなった。
「ちょ、サラッと夫婦の営みを零すんじゃないわよ!」
ふうふのいとなみ?
「違えよ!! 毎日シシリーに回復魔法を使ってもらってるんだよ!!」
なんでシシリーに癒して貰ってるのが夫婦の営みに繋がるんだよ!
「ま、紛らわしいこと言ってんじゃないわよ!!」
勘違いしたことが恥ずかしかったのか、マリアは顔を真っ赤にして反論してきた。
いや、勝手に勘違いしたのはそっちだろうに。
それにしても、勘違いを恥ずかしがっている様子は見られるけれども、羨ましがっている様子は見えない。
以前のマリアなら舌打ちくらいはしそうなものなんだけど……。
これはあれか?
そう思い付いた俺は、思わずマリアをニヤニヤと見つめてしまった。
「……なにニヤついてんのよ? 〆るわよ?」
「なんでだよ!?」
なんて理不尽な!?
「まあ、その様子だと上手くいきそうなのか?」
「……ノーコメントで」
マリアはそう言うと、赤い顔のままそっぽを向いた。
「それって肯定してるようなもんだけど……」
「あ?」
「いえ、なんでもありません」
マリアにギロリと睨まれた俺は思わず日和ってしまった。
こわ……。
「それより、入団試験の方は大丈夫なの? そんなに忙しそうにしてて不備とかあったら洒落にならないわよ?」
「それは大丈夫だろ。入団試験に関してはオーグが取り仕切ってるし」
下部組織とはいえ、超国家的組織であるアルティメット・マジシャンズに所属する者を選抜する試験である。
最終試験受験者に関しては、各国を巻き込んだ徹底的な素性調査が行われている。
すでに、何人か弾かれた人がいるらしい。
……やっぱりそういう人がいたかという感想なのだが、こういう徹底的な調査は民間ではできない。
なのでオーグが主導して調査を行っているのだ。
最終的には、その素性調査をクリアした人を最終試験でさらに選抜する予定である。
そのことを話すと、マリアは腕を組んで難しい顔をした。
「弾かれた人がいるってことは、よからぬ組織がアルティメット・マジシャンズに入り込もうとしてたってこと?」
「それもあるけど、それだけでもないみたいだぞ」
やはりというかなんというか、弾かれた人間はダームが選出した人間が一番多かったらしいけど、他の国の出身者も何人かいた。
そして、アールスハイド出身者にも弾かれた人がいた。
「人格的に問題があったり、素行が悪かった人もいたみたいでな。そういう人も弾いたらしい」
「評判を貶める可能性のある人間ってことね」
「だな」
その結果、大勢いた応募者は大分絞り込まれたらしい。
あとは、最終試験での実技と面接で新規入団者を決める。
最終試験でもう一度実技を行うのは、ゲートが使えるだけの力があるかどうかの見極めが俺たちにしかできないから。
面接は、直接その人を見ないと判断できないからだ。
受験者が嘘を吐いているかどうかを見極めるために、アルマさんにも使用した例のペンダントを使用してはどうかという意見もあったけど、それはいくらなんでも行き過ぎた行為だということで却下された。
要は、自分の目で見極めろってことね。
まあ、徹底した素性調査もしているから問題ないとは思うけどな。
そういうわけで、新規入団試験についてはもうすぐ最終試験受験者が決まる。
一次試験も含めた合否結果は、それから一斉に発表されるらしい。
そして、最終試験が終わって合格者が出れば、今度は下部組織所属者としての訓練が始まる。
担当は俺。
……。
「アンタ……本当にヤバイんじゃない?」
「誰か手伝ってくれないかな……」
タイプライターの開発に、固定通信機の設置、新たなエンタメの立ち上げに加えて新人教育まで上乗せ……。
一気に被りすぎだろ!
机に突っ伏して頭を抱えたとき、事務所にゲートが開いた。
「最終試験選抜者が決まったぞ。ん? どうしたシン。机に突っ伏して」
書類を手にしたオーグがゲートから出てくると、俺をみて首を傾げた。
「あー、その最終試験で合格者が出たらシンが新人教育をするんですよね? 仕事が被りすぎて倒れそうなんだそうです」
「ああ……」
オーグは納得したような、それでいて憐みも含んだ声でそう呟いた。
「そうだな、シンに任せるのが一番だと思っていたが、流石に抱え込ませ過ぎか……なら、お前はゲートを教えるだけでいい。それ以外の基礎能力の向上は手の空いている者で行うことにするか」
「ですね。私もそれで構いませんよ」
オーグの提案に、マリアも賛同してくれた。
「お、お前ら……」
俺は、友人たちのありがたい言葉に涙が零れそうになるほど感動した。
なんて、なんていい友人たちを持ったんだ俺は!
「事務所待機って暇なんですよね」
「……」
マリアはそう言いながら「うーん」と背伸びをした。
……。
くそう! 俺の感動を返せ!!