新しい世代
アリスとロイスお義兄さんの婚約が発表されたとき、アールスハイド中が震撼した。
その小さな体型から、アリスはアルティメット・マジシャンズのマスコット的存在と周りにはみなされていた。
実際は、戦闘大好きな戦闘民族なんだけども……。
そんなアリスと婚約したロイスお義兄さんは、しばらく小児性愛者なのでは? との不名誉な噂が流されてしまったのだ。
これに怒ったのがシシリーだった。
その噂を患者さんから聞いたシシリーは、兄のことを小児性愛者と呼ぶなど許せません! と治療院での治療中に大声で言ったもんだから、あっという間にアールスハイド中に、ロイスお義兄さんを小児性愛者と言う奴を聖女様は許さないという噂が駆け巡った。
その結果、内心はどう思っているかは分からないが、その話題は一切上らなくなったという。
聖女様の御威光、スゲエって思った。
当然、俺も怒ったけどね。
普段温厚で聖女というか聖母のように見られているシシリーが怒ったもんだから、一時アールスハイドの一部がパニックになったほどだった。
ともあれ、そんな騒動を巻き起こしつつも、クロード子爵家はシシリーの結婚と妊娠に次ぐ慶事となった。
当然、クロード子爵家は大喜びだったのだが、良いことばかりではなかった。
クロード子爵家の領地経営は潔白で、また聖女様効果で領地の温泉街は今までにない賑わいとなり、税収もうなぎ登りなんだそうで、実は伯爵への陞爵がなされる予定だったんだそうだが、これでクロード子爵家所縁のアルティメット・マジシャンズが三人目となったことで、あまりに一部に権力を集中させるのはどうか、との声が上がり、陞爵が見送られてしまったのだ。
もっとも、それを言い出したのは現当主であるセシルさんで、ディスおじさんも理由が納得できるのでしばらく子爵家のままになった。
アリスはそのことに責任を感じていたようだったけど、セシルさんが全く気にしていない様子だったので、気にしないようにした、と言っていた。
代わりと言ってはなんだが、トールのとこの男爵家が、子爵家に陞爵した。
有名ブランドの本店が軒を連ねる領地である。
元々、陞爵されるのも時間の問題と思われていたので、特にどこからも反対の声などは上がらなかった。
年末は、そんな感じでバタバタしていたし、例年通り俺たちとマリアの合同誕生日も行ったし、クリスねーちゃんが出産したりしたので、あっという間に年が明けてしまった。
ちなみに、クリスねーちゃんが産んだのはクリスねーちゃん似の男の子だった。
産まれてから早速、この子には魔法を教える! いや剣術を教えると、ジークにーちゃんとクリスねーちゃんで喧嘩になっているらしい。
……どっちも教えたらいいんじゃね?
まあ、そんなこともあったけど、年が明けたらもうシシリーは八か月。
お腹は真ん丸に膨らんで、移動するのも大変そうだ。
シルバーは、ママのお腹がどんどん大きくなっていくことが不思議なようで、よくお腹を触っている。
時折、お腹の子がお腹を蹴ると、ビクッとして手を離す。
「まま! うごいた!」
毎度毎度、お腹の子が動くたびにそんなことを繰り返すシルバー。
何度も言い聞かせたので、自分がお兄ちゃんになることはもう理解している。
「ふふ、元気な子だねシルバー。赤ちゃんが産まれたら、いっぱい遊んであげてね、お兄ちゃん」
そう言われるたびに、シルバーは目を輝かせ「うん!」と大きく頷くのだ。
もう、これだけでシルバーが良い子だって分かるよな。
お腹の子に嫉妬もせず、お兄ちゃんになれる日を心待ちにしている。
そして、シシリーのお腹が大きくなっているということは、オリビアとエリーのお腹も同様ということだ。
「おはようございますシシリーさん!」
「うう……お腹が重たいですわ……」
うちに集まる妊婦たち。
オリビアは元気だけど、エリーは動くのが億劫そうだ。
「なんだよ、情けないなエリー」
「あなたたちと違って、私は正真正銘の一般人ですのよ!? どちらかというと、一般人より体力には自信がありませんわ!」
「いや、そんなこと大声で言うことかよ……」
「言いますわよ。そして、十分にご理解くださいませ」
もうすぐ臨月を迎えるので、家で大人しくしていてもいいんだけど、家や部屋に一人でいても暇でしょうがないとのことなので、二人は毎日うちに遊びに来る。
シシリーも、臨月が近くなってきたので、またアルティメット・マジシャンズを休職している。
まあ、産休だな。
「いらっしゃいませ、エリーさん、オリビアさん」
そんな二人を、ニコニコと受け入れたシシリーは、シルバーと共にリビングで過ごしている。
目の前には、ママであるシシリーと同じようにお腹の大きい人が二人。
最近のシルバーは、シシリーのお腹の子のお兄ちゃんになることを楽しみにしている。
すると、こういうことが起きたそうなのだ。
俺がアルティメット・マジシャンズの活動をしていたとき、大きなお腹のオリビアとエリーを見て、シルバーが首を傾げた。
「おねちゃもあかちゃん?」
二人のお腹を撫でながらそう訊ねたシルバーに、オリビアとエリーは二人揃って肯定した。
「うん、そうだよ」
「ええ。私もあなたのお母様と同じで、赤ちゃんを産みますわ」
「おお……」
二人の言葉に、凄く納得したような顔になったシルバーは、しばらく二人のお腹を眺めたあと、急にこう言ったのだ。
「じゃあ、このこもおにちゃ!」
「「ん?」」
最初はなにを言っているのか分からなかったらしいが、トコトコとシシリーの元に行き、そのお腹を撫でながら「ぼく、このこのおにちゃ!」と言った。
そして、二人のお腹を指差し「このこもおにちゃ!」と言ったのだ。
それを聞いた三人は、しばらく考えたあと、ようやく理解した。
シルバーは『僕は、この子たちのお兄ちゃんにもなる!』そう言ったのだと。
その発言を聞いた三人、特にオリビアとエリーは感激していたという。
もうすぐすれば、シルバーは三人の子のお兄ちゃんになる。
それを自覚したのか、その日を境に急にしっかりし出した。
シシリーやじいちゃん、ばあちゃんのお手伝いをし、マリーカさんたちにもお手伝いはありませんかと訊ねて回る。
その姿は正しくお兄ちゃんで、家中皆で感涙したのであった。
はぁ……マジでええ子や……。
そんなこんながありつつ、時は流れて二月。
いよいよ出産月である。
三人とも、いつ生まれてもおかしくない状態になってきたので、女医さんが常に近くにいる。
エリーは王太子妃なので、当然王城内に女医さんが何人も詰めている。
うちは、そこそこ大きい家なのでうちも自宅に女医さんを招いているのだが、オリビアのところは女医さんを呼んで待機させていられるだけのスペース的余裕がない。
なので、オリビアは実はウォルフォード家に泊まっていたりする。
客室は余っているので問題ない。
そうして、今か今かと思いながら依頼をこなしていた時だった。
不意に、俺の無線通信機が鳴った。
シシリーが産休で休みの今、これが鳴るということは治療院からの依頼が来たのかと思った。
そう思って無線通信機に出ると、違っていた。
『シン! 今どこだい!?』
「え? ばあちゃん?」
無線通信機の向こうから聞こえてきたのはばあちゃんの声だった。
依頼中に架けてくることは珍しいので、一体なんだと思ったが、すぐに気付いた。
「え? まさか!? 産まれたの!?」
『今陣痛が始まったばかりさ! まだ時間は掛かるけど、依頼を終えたらとにかく早く帰っておいで!』
「あ、ああ! 分かった!」
陣痛……ああ、いよいよだ。
この世界の出産は、実は昔の世界ほど危険なものじゃない。
むしろ、前世の世界よりも安全かもしれない。
治癒魔法があるからだ。
魔法をかけながら出産するため、出産による事故は起こり辛く、出産時の死亡率は凄く少ない。
けど、全くリスクがないわけじゃない。
早く家に帰らないと!
俺はそう思って、超特急で依頼を終わらせると、お食事でもと依頼人さんたちから誘われるのを断って、急いで事務所に帰った。
いつもより早い帰還に、どうしましたか? と聞かれたので、シシリーが産気付いたからすぐ帰ってきた旨を話した。
すると、事務員さんたちは「おおっ」と盛り上がり、カルタスさんは「明日と明後日はシンさんのスケジュール空けときますんで、家でシシリーさんに付いといたってください」と言われ、急に二日間の休みを貰ってしまった。
こんな緊急事態にも関わらず、すぐに対応できるなんて……やっぱりカルタスさんは仕事ができる。
そういえば、あれ以降進捗状況を聞いてないんだけど、マリアとはどうなったんだろうか?
気になるけど、今はそれどころじゃない。
ゲートを自宅に繋ぎ、それを潜る。
潜った先の自宅は、意外なほどひっそりとしていた。
「あ、あれ? シシリーは?」
思わずそう呟くと、待ち構えていたマリーカさんに声をかけられた。
「お帰りなさいませ旦那様。奥様は寝室で出産中です。女医様や産婆様、大奥様もお部屋にいらっしゃるので、お部屋の外でお待ちください」
「あ、はい」
そう言われたので寝室に向かうと、じいちゃんが部屋の前に椅子を置いて座っていた。
「じいちゃん」
「ん、おお、シンか。お帰り」
「ただいま。えっと、今どういう状況?」
「大分前に産気付いての。すぐに部屋に入ったのじゃが……はぁ」
じいちゃんはそう言うと、深い溜息を吐いた。
「出産に立ち会うのはこれで二回目じゃが、何度経験しても落ち着かんの」
「そうだね……ねえじいちゃん、俺になんかできることないかな?」
「シンにか……どうじゃろうなあ」
じいちゃんとそんな会話をしていたときだった。
『ああああああああっ!!!!』
今まで聞いたことがない、シシリーの絶叫が聞こえた。
その声を聞いた瞬間、俺は反射的に寝室のドアノブに手をかけた。
『来るんじゃないよ!!』
その途端、ばあちゃんの鋭い叱責の声が聞こえてきた。
『シン、いいかい? ここは女の戦場だ! 今シシリーは自分の命を賭けて新しい命を産み出そうとしてるんだ。アンタにできることは励ますことだけ。それなら、治療士の一人も付けたほうがマシってもんだ』
「で、でも! 俺も治癒魔法使えるよ!」
『知ってるよ! けど、察してやりな。女は惚れた男に、こんな姿は見られたくないもんなんだよ』
「!」
その言葉で、俺はドアノブから手を離してしまった。
そのとき。
『シンくん……』
「! シシリー!?」
『お、かえりなさい。シンくん』
「ただいまシシリー」
『シルバーは? どう、してます、か?』
その声にハッとした。
そういえば、帰ってきてからシルバーを見ていない。
後ろにいるじいちゃんに振り返ると「別室で寝かせておるよ。シンの作った防音の魔道具を起動させてな」と言った。
「大丈夫、良い子でねんねしてるよ。だから、シシリーは気にしないで」
『は、い……いいぃああああああああっ!!』
「!!」
また聞こえてきたシシリーの絶叫に、俺は思わず拳を握り締めた。
俺にできることがなんにもなくて、俺はフラフラと後退り、じいちゃんの隣に用意されていた椅子にドスンと座り込んだ。
そんな俺を見た爺ちゃんは、子供の頃のように俺の頭をガシガシと撫でた。
「シンは初めての経験じゃからの。驚くのも無理はなかろうが……部屋の中には優秀な女医さんも、経験豊富な産婆さんも、ウチのババアもおる。心配することはないよ。もっとどっしり構えておらんか」
「じいちゃ……」
『誰がババアだい! くそジジイ!!』
いつになく頼もしいじいちゃんにお礼を言おうとしたら、部屋の中から婆ちゃんの怒声が聞こえてきた。
「「……」」
部屋の外の、あんな小さい言葉を拾ったのかよ。
どんだけ余裕なんだよばあちゃん。
これは本当に大丈夫そうだと、俺とじいちゃんは顔を見合わせて笑ってしまった。
そうして、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
体感としては凄く長い時間に感じたけど、外はまだ夕焼けだからそんなに時間は経ってない。
そんなタイミングで、リビングの方が騒がしくなった。
「シン! どうだ!?」
「シシリーは大丈夫なの!?」
真っ先に階段を上がって寝室に辿り着いたのはオーグとマリアだった。
「まだ。ばあちゃんが言うには大丈夫らしいけど、中が見れないから……」
そのときだった。
『あああん! あああああん!』
「「「「!!」」」」
突如部屋の中から響き渡った甲高い泣き声。
その声は、元気に、どこまでも大きく家中に響き渡った。
それを聞いた瞬間、俺は情けなくも地面にへたり込んでしまった。
そして、呆然と部屋の扉を見ていると、その扉がゆっくりと開いた。
「おやまあ、なんて情けない恰好をしているんだい」
「ばあちゃん……」
「もうこれで、二児の父親になったんだ。しっかりおし!」
「!!」
婆ちゃんのその声で、俺は弾かれるように立ち上がり、すぐに部屋に入った。
するとそこには、グッタリしつつもしっかりと意識のあるシシリーがいた。
「シン君……」
「シシリー……」
その姿を見た俺は、思わず涙ぐんでしまった。
こんなにグッタリするまで、シシリーは命懸けで赤ちゃんを産んでくれたんだ。
そう思ったら、愛おしさが溢れて止まらなかった。
「シシリー、ありがとう……お疲れ様」
そう言って額と額をコツンと合わせると、シシリーの目にも涙が浮かんでいた。
「はい。頑張りました」
そのまましばらく見つめ合った俺たちは軽いキスをしたあと離れた。
その時、俺たちに近寄ってくる人物に気が付いた。
「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」
近付いてきたのは産婆さんで、その腕には産着に包まれた小さな小さな赤ん坊が抱かれている。
髪の色は俺と同じ黒髪で、顔立ちは……どうなんだろ? 産まれたてでクシャクシャだからよく分からない。
だけど……ああ、産まれた。やっと会えた。俺たちの娘、シルバーの妹。その赤ちゃんはシシリーの枕元に寝かされた。
「ふふ、私も見るのは初めてなんです。産まれてすぐ連れて行かれちゃって」
「そうなんだ」
「はい。ああ、やっと会えたね、私の赤ちゃん。シン君の赤ちゃん。初めまして、ママですよ」
そう言うシシリーの目には、再び涙が浮かんでいた。
このあと、ドカドカと押し寄せてきた皆も産まれたての娘を見たがったが、まず最初にシルバーだということで、シルバーに赤ちゃんを見せた。
しばらく産まれたての赤ちゃんを見ていたシルバーが、恐る恐る赤ちゃんに手を差し伸べると、赤ちゃんがその手をきゅっと握った。
「!!」
そのことに驚いたのか目を見開いたシルバーだったが、すぐに落ち着き、産まれたばかりの妹をジッと見ていた。
「シルバー、あなたの妹よ。仲良くしてね」
シシリーの言葉を聞いたシルバーは、しばらくじっとしていたかと思うと、コクリと頷いた。
「うん。ぼくおにちゃだから」
そう言って笑うシルバーは、とても頼もしく俺たちの目に映っていた。
その後、産まれた娘に『シャルロット』という名前を付け、シャルという愛称で呼ばれる娘は、ウォルフォード家のアイドルになった。
そして、それから間を置かずに、オリビアとエリーも出産した。
オリビアはマークの金髪とオリビアの茶色の目を受け継いだ男の子を。
エリーは、エリーによく似た薄い金髪とオーグに似た顔立ちの女の子を、それぞれ出産した。
ビーン工房は、待望の跡取り誕生に、大騒ぎになったらしい。
ある程度大きくなったら、簡単なものから作らせていくらしい。
英才教育だなあ。
エリーのとこは、男の子じゃなくて女の子だったんだけど、アールスハイド王国は男子継承でも長子継承でもないらしい。
なので、女の子でも継承権はあるし、本人が望まなかったり、不適格とみなされた場合は、男の子の長子でも王位は継げないらしく、男でも女でも、どちらでも構わないというのが基本なのだそう。
それよりも、元気で身体的に異常のない子供を産んだことで、エリーの評価は益々あがったそうだ。
こうして、ウォルフォード家、ビーン家、王家に、新しい家族が仲間入りした。
ほぼ同じ日に生まれたこの三人は、この先幼馴染として過ごしていくだろう。
俺が幼少期に手に入れられなかったものを、この三人はすでに手にしている。
ちょっと羨ましいなと思いつつも、その関係を見守ってやって、ときに優しく、時に厳しく導いてやらねばいけないと、そう決意した。
「シルバーにあれだけ甘いお前が、娘相手に叱れるのか?」
「……」
そうできるように頑張ろうと、決意した。
「はあ、やれやれ」
そう言って肩を竦めるオーグの顔は、いつもの呆れた顔ではなくて、とても楽しそうな顔をしていた。




