犯人は逮捕したけれど……
エリー襲撃事件から数日後、ようやくオーグがアルティメット・マジシャンズの事務所に顔を出した。
「お、久しぶり。事件は解決したか?」
俺がそう言うと、若干疲れた顔をしたオーグが俺を部屋の隅に連れていき頷いた。
「ああ、実行犯と首謀者は逮捕した」
「おお! 良かった!」
あれからまだ数日しか経ってないのに、もう犯人を逮捕したのか。
とはいえ、王太子妃殺害未遂事件だ。
アールスハイド王国の総力をあげて捜査していたはずだから、動員人員も相当な人数だったんだろうな。
そりゃ早期解決もするか。
「にしても、随分とお疲れじゃね? 犯人が捕まったんなら一安心だろ?」
俺がそう言うと、オーグはゆるゆると首を振った。
「それがそういうわけにもいかんのだ」
「どういうこと?」
もしかして、犯人の処遇に悩んでるとか?
というか、仮にも王太子妃を殺害しようとしたんだから、流石に死罪一択じゃないの?
そう思ったのだが、どうもそうではないようだ。
オーグは俺の肩を掴むと、事務所の隅の方へと連れて行かれた。
「実行犯と首謀者は捕まえたと言っただろう?」
「ああ。え? それが全てじゃねえの?」
違うの?
「それがな、その首謀者と実行犯の間に仲介者がいるのだが……これの行方が掴めんのだ」
「え?」
仲介者?
つまり、首謀者の依頼を受けて実行犯を選んだ人間がいるってことか。
「でも、なんで頭と末端が捕まってるのに、間が捕まらないんだよ?」
普通、実行犯から順番に逮捕していくんじゃないの?
そう思ったのだが、どうもそこが上手くいかなかったらしい。
「仲介者の拠点は抑えたのだがな、その場にその仲介者はいなかったのだ。その拠点にあった物証から首謀者が割り出され逮捕することはできたのだが……」
そういうことか。
それにしても、仲介者は逃げて首謀者の物証は抑えられたってことは……。
「わざと置いていったのか……」
「なに?」
俺が漏らした呟きにオーグが反応した。
「わざと? どいう意味だ?」
「ああ、いや。その仲介者は、首謀者の情報をわざと残していったんだろうなと思ったんだよ。そうすれば、捜査の目は首謀者に向くし、その間に逃げおおせることができるだろ?」
俺がそう言うと、オーグは考え込む仕草をした。
「そうか……つまり仲介者は首謀者をトカゲのしっぽ切りに利用したのか……」
「これじゃ、どっちが首謀者か分からな……」
そこまで言ったとき、俺はあることを思い付いた。
「「ああっ!!」」
それはオーグも同じだったようで、同時に叫んでしまった。
事務所の隅でコソコソ話していたかと思うと、同時に叫び声をあげた俺たち二人に、カタリナさんが慌てて近寄ってきた。
「ど、どうされました?」
「あ、いや。すみません、なんでもないです」
「なんでもない。済まないな、いきなり大声をあげてしまって」
「あ、いえ。なんでもないならいいんですけど……」
カタリナさんは、慌てて言い繕う俺たちかを釈然としない顔をしなが見つつも離れていった。
カタリナさんが席に着き、アルマさんと話し始めたことを確認した俺たちは再度話を始めた。
さっきの答え合わせをするためだ。
「オーグ、お前、なにに気付いた?」
「……恐らく、お前と同じ結論だ」
そう言い合った俺たちは視線を合わせると同時に言った。
「「商人の方が首謀者」」
一字一句同じ答えだったことに苦笑しつつも、話を進める。
「多分、その仲介者と思われてる人物がその……犯人って誰なの?」
そういや、犯人たちが逮捕されたってのは聞いたけど、どこの誰かまでは聞いてなかった。
「首謀者と思われていたのはドーヴィルという伯爵だ。実行犯は魔法師団所属の団員だった」
「分かった。で、そのドーヴィル伯爵に話を持ち掛けた」
「そして、その提案を受け入れたドーヴィル伯爵があれこれと用意をしていたということか……」
「あれこれ?」
え? エリー襲撃のための人員を用意しただけじゃないの?
「前に話しただろう? 少し懸念事項があると」
「……ああ、そういえば。捜査に専念するって連絡くれたときにそんなこと言ってたな」
エリー襲撃事件の印象が強すぎて完全に忘れてた。
「その懸念事項というのがな、エリーの毒見役がしょっちゅう風邪を引いて休むのだ」
「なに? 病弱なの?」
でも、王族に仕える人間なのに、病弱な人間なんて雇うのか?
そういうのって事前に調査するんじゃねえの?
そう思っていると、オーグは首を横に振った。
「妊婦に、それも王太子妃に仕えさせる人間だぞ? 雇用前に事前審査をしているに決まっている。だが、よく風邪を引くのだ。それも何人も」
「何人も? え、もしかして風邪が流行ってたとか?」
妊婦のいるところでそれは危なくないか?
そう思ったのだが、それにもオーグは首を振った。
「メイドや護衛に風邪を引いた者はいないのだ。なぜか、決まって毒見のみ」
「……それって」
もしかして……。
「エリーの食す料理に毒が盛られた可能性があった。死に至るほどではなく、風邪に似た症状が出る弱毒性の毒物をな」
「!!」
弱毒性とはいえ、妊婦にとってはとんでもない代物だ。
タバコのニコチンはもとより、茶のカテキンでさえできれば採らない方がいいと言われているんだ。
まして致死性がないとはいえ毒物なんて……。
「あ、もしかして。伯爵が用意していたあれこれって……」
「その風邪に似た症状を引き起こす毒物だ」
その毒物を購入していた証拠まで出てきたってことか。
「その調査もしていたのだが、如何せん食事だろう? すでに消費されているし、現物も残っていない。難航するかと思っていたのだが、思わぬところから証拠が出てな。その件も自白したよ」
ということは、そのドーヴィル伯爵はエリーの毒殺まで目論んでいたのか。
なんて奴だ。
「奴は悔しがっていたよ。何度も毒を盛ったのにエリーの様子に変わりがなくてな。毒の利かない体質なのかと逆に聞かれた」
「毒の利かない体質ってなんだよ……」
そんな特殊体質、聞いたことねえよ。
「これもシンに貰った魔道具のお陰だな。まさか、あのペンダントに付与された毒の無効と障壁が両方発動するような事態になるとは夢にも思わなかったがな」
「まあなあ……」
あれは万が一のためを思って付与したのであって、まさか両方で狙われるとは俺だって思ってなかったよ。
「とにかくまあ、それで以前からの懸念事項についても立証できたのだが……」
「ところで、その料理に毒を盛った犯人は分かってるのか?」
「いや……だが、一人怪しいと思われる人物はいる。エリー襲撃事件の前に退職した者が一人いるのだ。突然、なんの前触れもなく辞職したそうだ。理由を聞いても一身上の都合としか言わなかったらしい」
「おい。メッチャ怪しいじゃん」
「だから、今懸命に捜索しているところだ」
「……見つかるかな?」
俺は、ある可能性を考えながらオーグに訊ねると、オーグも苦笑した。
「どうだろうな……何度も暗殺に失敗したと考えると、すでに消されている可能性もあるな」
「だろうなあ……」
王太子妃の料理に近付ける人物となると、それなりに長く勤めていた人に違いない。
つい最近雇った人間を、そんな所で働かせるなんて怖くてできない。
それこそ何年も真面目に頑張ってこないとそんな仕事は任せられないだろうに……。
「……なんでそんなことをしたのかな?」
俺が思わずそう呟くと、オーグは眉を顰めた。
「恐らく金だろう。実行犯の魔法師団員は家族を人質に取られていたが、その退職した使用人はすでに両親は他界していて独り身。恋人もいなかったそうだ」
「ほんの少しの金で人生を棒に振ったのか……」
「もしかしたら、人生が終わっているかもしれんがな」
そうだとしたら、なんて悲しいことだろうか。
こんなことで得た金なんて、一生遊んで暮らせるような金額じゃあないだろうし、もし使うにしても使うたびに罪悪感に押し潰されそうになるはずだ。
よっぽど切羽詰まった状況だったのかもなあ。
「それにしても、そんな証拠まで出てきたのか。こりゃその仲介人が黒幕で間違いなさそうだな」
「そうだな。あそこまで証拠を残していたとなると、ドーヴィル伯爵に全ての罪を着せようとしていたとしか思えん」
「で、その仲介人については、なにか分かってるのか?」
「外国の商人ということまでは分かっているのだが……」
そういうオーグの言葉は、珍しく歯切れが悪かった。
「なんか問題でもあんのか?」
「ドーヴィル伯爵に、その商人がどこの国の出身なのか聞いたのだ。そうしたら、スイードの商人だと言った」
「へえ」
「しかしな……」
オーグはそう言うと、顔を顰めた。
「その仲介人は商人であったらしいからな。接触のあったと思われるところで聴取したところ、皆その商人の出身地は違うところを言うのだ。クルトであったりカーナンであったり」
「うわ、怪しさしかない」
「そうなのだ。それでその商人の行方が掴めなくてな……」
「そういうことか……」
会う人に全く違う出身地を言うことで、自分に辿り着けなくしているのか。
こりゃあ確信犯だな。
「その商人が言ってる出身地って、スイード、クルト、カーナンだけ? エルスは?」
あそこは商人の国だからな。
木を隠すなら森の中じゃないけど、大勢いる商人の一人に紛れてしまえばより探し辛くなるんじゃないか?
「それはないな。エルス訛りは独特だ。あれは真似しようと思って簡単に真似できるものじゃない。どこか変になるからな」
「ああ、なるほど」
あれか、関西以外の出身の人が関西弁を喋ると、変な感じがするのと同じか。
「イースは?」
「それもないだろうな。あそこは宗教国で清貧を重んじる国だ。富を求めて態々外国まで販路を求めるのに違和感が出る」
「じゃあ、ダームは?」
「ダームは……」
俺がそう言うと、オーグは少し考え込んだ。
「……待て。ダームはあったか?」
しばらく考え込んだあと、オーグはハッとした顔をしてそう呟いた。
「……調べてみた方がいいかもな」
「ああ、そうだな、すまないシン、助かった」
オーグはそう言うと、ちらりと事務所の中を見てからゲートを開き帰って行った。
まだ落ち着かなさそうだなあ。
と、ゲートの消えた辺りを見ながら皆のところに行くと、カタリナさんとアルマさんがまた生温かい目で俺を見ていた。
「な、なんですか?」
その目が気になったので思わずそう訊ねると、カタリナさんはニコッと笑った。
「いえいえ、なんでもありませんよ?」
「……そうですか?」
「はい。それより、随分深刻そうな顔をしていらっしゃいましたけど、なにかありましたか?」
絶対変な誤解をしてそうな気がするけど、さっきの話はカタリナさんたちにしていい話じゃないしな……。
「まあ……ちょっと機密に関わる話ですので、聞かせられませんし聞かない方がいいですよ」
俺がそう言うと、カタリナさんはアッサリと頷いた。
「そうだったんですね。では、これ以上聞かないことにします」
そういえば、カタリナさんってスイードのエリートだったっけ。
今まで国の機密に触れる機会とかもあったんだろう、割とアッサリと引き下がってくれた。
アルマさんは役所の事務員だったって言ってたから、そういう機会はあんまりなかっただろうけど。
現に、今もちょっと話を聞きたそうだ。
けど、カタリナさんが引き下がったもんだから聞くに聞けないって感じだろうか。
イアンさんとアンリさんとカルタスさんは、男同士で集まって話してる。
シャオリンさんは、語学学校開設準備の書類を見ているのか、うんうん唸っている。
いつも通りの仕事終わりの事務所の風景。
今は忙しいけど、オーグが戻ってきたらまたこれまでのような日常に戻れる……んだろうか?
俺は、事務所内を見ながら、そんなことを考えた。




