オーグの怒り 1
自分がカタリナたちから妙な誤解をされているとは少しも知らないアウグストは、警備局長のデニス=ウィラーと共に王城内に設置されている捜査本部にいた。
次々に入ってくる捜査状況を知らせる書類を見ながら、アウグストはウィラーに話かけた。
「それにしても、王城内にこれほど魔法が使える人間がいたとはな」
あまりにも膨大なその書類を見て、アウグストは深い溜息を吐いた。
アウグストたちがしているのは、犯行現場で採取された魔法の痕跡を写した魔力紋測定装置と、捜査書類と一緒に添付されている魔力紋測定装置との照合だった。
ある程度の魔力紋は現場で採取できたのだが、捜査員全員に配布するには今後の調査のことを考えると数が足りず、泣く泣く採取する数を絞った。
その結果、証拠となる魔力紋測定装置は数が少なく、魔法を使える者から虱潰しに採取した魔力紋測定装置と少人数で照合しなくてはいけなかった。
「そうですな……こんなことなら、もっと早くに大量注文をかけておくべきでした」
「まあな。しかし、こんな事態が起こること自体想定していなかったからな。今は、シンがこの装置を開発してくれていたことを喜ぶとしよう」
「はい。それにしても、ウォルフォード殿はまるでこのことを見越したようにこの装置を開発されましたな。彼が神の御使いと言われているのも、あながち間違いではないかもしれませんな」
ウィラーがそう言うと、アウグストは苦笑した。
「そんな意図があったとは思えんがな」
「なぜです?」
「アイツ、この装置を暇つぶしに作ったとか言っていたからな」
「ひまつぶし……」
それで、このような画期的な魔道具を? とウィラーは目を剥いた。
そのウィラーの表情を見たアウグストは、その心情がよく分かると笑みを溢した。
「まあ、それがシン=ウォルフォードだからな。まるで息を吐くように規格外なことをしでかすんだ」
内容としてはシンを非難するような内容なのだが、それを語るアウグストの顔はウィラーからすると自慢気に見えた。
親友のことを貶しながらも自慢気に語るアウグストに、ウィラーは微笑ましいものを見るように目を細めた。
「……なんだ?」
そんなウィラーの雰囲気を感じ取ったアウグストは不服そうな顔でウィラーの顔を見た。
「ふふ。いえ。殿下の友好関係が良好なようで喜ばしいと思いましてな」
「なっ……ちっ、無駄話はこれくらいにして、さっさと続きを……」
アウグストがそこまで言ったときだった。
突然、同じく魔力紋測定装置の照合をしていた一人が、椅子を倒しながら立ち上がった。
その音に驚き、アウグストは言葉を途中で切って音のした方向を見た。
立ち上がった人物の手には、集められた資料と現場から採取した魔力紋測定装置が握られている。
「……あった」
立ち上がった男は小さくそう言ったあと、その二つの魔力紋測定装置をアウグストに向けて掲げながら再度声を発した。
「あった! ありました殿下!!」
「なに!?」
「本当か!?」
アウグストとウィラーが交互にそう叫ぶと、資料を見つけた男が二人の元に駆け付けた。
「はい! 間違いありません! この男の魔力紋と完全に一致します!!」
男はそう言いながら、捜査資料を二人に差し出す。
そこに添付されている魔力紋測定装置と自分が持っている現場の魔力紋測定装置を照合した二人は思わず顔を見合わせた。
「間違いない……コイツだ」
「やりましたな殿下」
決定的な証拠を押さえ、犯人を逮捕できることに気色を浮かべるウィラーに対し、アウグストはまだ難しい顔をしたままだ。
「殿下?」
「これで実行犯は分かった。問題はこのあとだ」
「! それは……」
ウィラーは、それだけでアウグストの真意を把握した。
「とりあえず、この男の所に向かおう」
「は! かしこまりました。おい! 手の空いている捜査員は全員一緒に来い! 絶対に逃がしたり自害させたりするなよ!!」
『はい!!』
ウィラーの言葉を受けた捜査員を引き連れ、アウグストは捜査本部をあとにした。
向かう先は……。
魔法師団である。
「失礼する」
王城内にある魔法師団詰め所に到着したアウグストは、まずは自分とウィラーだけで向かうので捜査員はこの場で待機するように命じた。
大勢で詰め掛け、犯人が逃亡してしまっては元も子もないからだ。
なので、まずは警戒心を抱かさないように少人数で訪れたのだ。
目立たないようにと少人数で来たのだが、そこは王太子であるアウグストである。
すぐに魔法師団長であるルーパー=オルグランがやってきてアウグストに話しかけた。
「これは殿下、よく御出で下さいました」
普段のチャラい様子はおくびにも出さず、オルグランが恭しくアウグストの前に跪く。
その様子を見たアウグストは、ことが大きくなり過ぎないように注意しながらオルグランに相対した。
「うむ。実はオルグランに聞きたいことがあってな。すまんが耳を貸してくれ」
「はい。なんで御座いましょうか?」
オルグランはそう言うと、立ち上がってアウグストの側まで近寄って行った。
近くに来たオルグランにアウグストも近寄り、そっと耳打ちをした。
「……例の、エリー襲撃犯を特定した」
「なっ!?」
アウグストの言葉に、オルグランは一瞬言葉を詰まらせた。
犯人を特定したうえでここに来たということは、アウグストは魔法師団の中に犯人がいると言っている。
しかし、目撃証言は乏しく、実際の被害者であるエリザベートや護衛、侍女に至るまで迫ってくる魔法に意識を奪われ、まともに犯人の顔を見ていない。
なのにどうやって犯人を特定したのか?
その疑問が顔に出ていたのだろう、アウグストはオルグランの疑問を解消するために、魔力紋測定装置のことを説明した。
「!! そ、そんな装置が……」
「ああ。そしてここ数日、魔力の確認ということで検査をしただろう?」
「あ、はあ。それなら私も受けましたが……」
「騙すような真似をして申し訳ないと思うが、その際に個別の魔力紋を測定させてもらった」
「……と、いうことは」
ここまで言えばオルグランにも分かった。
「ああ。現場で採取された魔力紋と魔法師団の団員の魔力紋が完全に一致した」
「!!」
アウグストの言葉に、オルグランは驚きで言葉も出ない。
まさか自分の部下に王太子妃暗殺未遂犯がいるとは思いもしなかった。
その事実を驚きつつも受け入れたオルグランは、アウグストの前に再び跪いた。
「申し訳ございません。全ては私の監督不行き届きです。いかような罰も受け入れる所存で御座います」
悲壮な面持ちでそう言うオルグランに、アウグストは表情を崩さずに言った。
「それは、逮捕した犯人からの供述次第だな。今はまだなにも言えん。それより、このダニエル=フライトという団員は今どこにいる?」
「は! 少々お待ちください」
オルグランはそう言うと、急いで事務室内に駆け込んだ。
魔法師団はかなり大きな組織である。
そのトップが末端の団員の動向まで把握しているはずもなく、事務室に本日の勤怠表を確認しに行ったのだ。
程なくしてオルグランが戻ってくると、勤怠表を見ながら答えた。
「フライトは、本日魔法師団詰め所にて待機となっております。恐らく控室にいるかと」
「そうか。ではオルグラン。案内を頼む」
「かしこまりました!」
オルグランはそう言うと、アウグストを引き連れて魔法師団詰め所内を歩き始めた。
魔法師団詰め所内を、団長であるオルグランがアウグストを引き連れて歩いていることに驚いた団員たちが廊下の端に寄りながら敬礼しているのを横目に、アウグストは控え室に向かって歩を進める。
そして数分後、オルグランはある一室の前で止まった。
「ここか?」
「はい、左様でございます」
オルグランはそう言うと、扉の前から一歩下がった。
替わりに前に出てきたアウグストは、控え室の扉をノックし中に入って行った。
「待機任務中にすまない。どうか楽にしてくれ」
アウグストの姿を見た団員たちが慌てて跪く光景を見て、礼を解くように促した。
そうして全員が顔を上げると、アウグストは一番近くにいた女性団員に声をかけた。
「すまないが、ダニエル=フライトという団員はどれだ?」
「はぇ!? ダ、ダニエル、ですか!?」
アウグストが女性団員に声をかけたのは、犯人は捜査資料から男であることが確認されているため。
間違って本人に声をかけないように女性団員に声をかけたのだ。
「あ、あの、あの人です」
声をかけられた女性団員は、盛大にテンパりながらもダニエルのことを視線と指さしで教えてくれた。
指を指された団員は、一瞬ビクッとしたあと、全速力で逃げ出した。
「逃がすな!!」
その様子を見たウィラーの号令で、捜査員が一斉に控え室内になだれ込んでくる。
だが逃亡しようとしたダニエルは、その後放たれた電撃により呆気なく行動不能とされてしまい、あっという間に捕縛された。
電撃を放ったのはアウグストで、その場にいた魔法師団員たちは、魔法が発動する直前まで魔力すら感じておらず、あの一瞬で難しいとされる電撃魔法を使ったことに驚愕していた。
勢い込んで突入したのに、自分たちの活躍の場がなかった捜査員たちは、しばし呆然としたあとアウグストの顔を見てすぐに顔を引き締めた。
最初は「俺ら、要らなくね?」と思っていた捜査員たちであったが、アウグストの雰囲気があまりに恐ろしく誰も文句を言う者はいなかった。
「よし、捕縛したな。念の為口も塞いでおけ」
「はっ!」
アウグストの言葉を受け、ダニエルに猿轡をかませる捜査員たちは、それが完了するとダニエルを無理矢理に立たせアウグストの前に引きずり出した。
未だに身体が痺れて動けないダニエルを見て、アウグストは激高するでもなく冷徹な雰囲気のまま耳元に口を寄せた。
「洗い浚い吐いてもらうぞ。お前の背後にいる人間も含めて……な?」
アウグストがそう言うと、ダニエルは一瞬大きく目を見開いたあと、ガックリと項垂れた。
「皆、騒がせてすまなかったな。我々の用事は済んだ。業務に戻ってくれ」
アウグストはそう言うと、ダニエルを連れて控え室を出た。
アウグストが出て行ったあとの控え室では、先ほどの捕り物に関して魔法師団員が周囲の人間と意見を交わし合っていた。
「な、なあ。なんでダニエルの奴連れて行かれたんだ?」
「それも、アウグスト殿下直々に……」
「アイツ、なにやらかしたんだろう?」
「それよりも、殿下の魔法見たか?」
「ああ、見た。俺にはいつ魔力を集めたのかすら感じられなかった」
「俺もだ……」
「まあ、ダニエルの身体を痺れさせる程度の電撃だったから、低出力で放ったんだろうけど……」
「あれが、アルティメット・マジシャンズの魔法使いか……」
最初は、捕縛されたダニエルのことが話題に上がっていたが、ここは魔法使いが集まる魔法師団。
次第に話題はアウグストの使った魔法についてに移行していき、ダニエル捕縛の件は印象が薄くなっていった。
期せずして現場が混乱することを避けられたのは、アウグストにとっても想定外の出来事であった。
そして、ダニエルを尋問室に連れ込んだアウグストは、ダニエルの身体の痺れが取れるまで対面に座り、ジッと彼を見つめていた。
身体が痺れて動けないとはいえ意識はあるダニエルは、その無言のプレッシャーに押し潰されそうになっていた。
やがて時間が経ち、ダニエルの身体の痺れが消えたころ、おもむろにアウグストは口を開いた。
「さて、何故お前が捕縛されたのか、理由は分かっているな?」
低く、底冷えするようなアウグストの言葉に、ダニエルは心底身震いするが、ここで肯定してしまったら自分の命はない。
なので、彼は白を切りとおすことにした。
「な、なんのことか分かりません。なぜ、私はこのような扱いを受けているのでしょうか?」
その言葉を聞いたアウグストから殺気が発せられた。
物理的に感じられそうなそれに、ダニエルは気を失いそうになる。
「殿下」
「分かっている」
ウィラーが短くアウグストを呼ぶと、すぐにその殺気は霧散した。
どうにか意識を保ったダニエルだったが、すぐ目の前にある物が差し出された。
それが、今回の魔力検査の際に使われた器具であったのはすぐに分かった。
だが、それが今この場で出される意味が分からない。
ダニエルは怪訝な表情になっていたのであろう、アウグストがそれについて詳しく話し出した。
「これはな、魔力を個人識別する魔道具だ」
「え?」
アウグストの口から発せられた言葉を、ダニエルはすぐに理解できない。
というのも、市民証が魔力の個人識別をしていることは有名だが、その技術は複雑過ぎて解明すらされていないはずだった。
それが、今こうして実用化され自分の目の前にある。
そのことが信じられなかった。
「信じられないという顔をしているが事実だ。既に実証実験も終わり、間もなく実戦投入される予定のものだ」
「はあ」
それでも、ダニエルはそれをどうして今この場で出したのかが分からなかった。
すると、アウグストの説明はまだ続いていた。
「実はな、この魔道具が開発した奴が興味本位で別のことも調べてな」
「別のこと……ですか?」
「ああ。なんだと思う?」
アウグストの問いに、ダニエルは答えられない。
「さあ……私には分かりかねます」
その返答を聞いて、アウグストは差し出した測定装置をヒラヒラとダニエルの前で振りながら言った。
「この魔道具はな、個人の魔力を識別するだけでなく、魔法を使ったあとの残存魔力も調べることができるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、ダニエルの背筋が凍り付いた。
魔法を使ったあとの残存魔力を調べられる。
ということは……。
「これはな、エリーが襲撃されたあと、すぐにその場で採取した残存魔力だ」
測定装置を見せながら、アウグストは言う。
「このように、バッチリ魔力紋が記されている。そして……」
そう言いながらアウグストは、もう一つの測定装置を手に取った。
ここまで来ればダニエルにも分かる。
その二つは……。
「完全に一致した」
全く同じ魔力紋が記された測定装置を見て、ダニエルはもう言い逃れが出来ないのだと悟った。
完全に証拠が揃ってしまっている。
ここから先、どう言い繕ったところで物理的証拠を提示されてしまっては、それはもはやただの言い訳に過ぎない。
そのことを悟り絶望したダニエルは、俯き、膝の上で拳を固く握った。
そして、その拳の上にポタポタと水滴が落ちる。
その様子を見ていたアウグストは、一度大きく息を吐き、ダニエルに問いかけた。
「なぜ、このような大それたことをした? エリーを害そうとする理由はなんだ?」
その問いに、ダニエルは答えない。
いや、答えられないのかと察したアウグストは、質問を変えることにした。
「……誰に頼まれた?」
その言葉に、ダニエルはハッとして顔を上げアウグストを見た。
そして、さっきよりも多い涙を溢れさせながら、尋問室の机に額を擦り付けて謝罪をし始めた。
「も、申し訳っ、御座いませんっ! 申し訳御座いません!!」
嗚咽交じりにそう叫ぶダニエルを見て、アウグストは憐れむような視線を向ける。
だが、ここで欲しいのは謝罪ではない。
なのでアウグストはもう一度訊ねた。
「もう一度聞く。誰に頼まれた?」
そう訊ねられたダニエルだが、一向に口を割ろうとしない。
先ほどのダニエルの反応から、これがダニエルによる単独の犯行ではなく、誰かに依頼されたものであることは明白である。
王太子妃暗殺未遂は大事件だ。
罪に問われれば死罪は免れない。
なら、自分一人の単独犯ではなく、自分に依頼してきた人物がいると証言した方が少しでも罪が軽くなると考えるのが普通である。
なのに、言わない。
その理由に、アウグストは思い至った。
「……人質を取られているのか?」
その言葉を聞いたダニエルは、またボロボロと涙を溢し始めた。
「ウィラー、エリー襲撃犯が逮捕されたという報はすぐには広めるな。コイツが逮捕されたことを依頼者が知ったら人質が始末されるかもしれん」
「はっ! かしこまりました」
ウィラーはそう言うと、近くにいた警備局員に声をかけ、逮捕に関わった人員と控室にいた魔法師団員に箝口令を敷くように命じた。
その命令を見届けたアウグストは、改めてダニエルに向き合った。
「さて、これでお前の依頼者にバレることはなくなった。話してもらおうか」
アウグストの言葉を受けて、ようやくダニエルはその重い口を開いた。
ダニエルから聞いた名前に聞き覚えのなかったアウグストは、ウィラーに調査を命じ、ダニエルはしばらく警備局の独房に入れられることになった。
ダニエルの証言により、人質となっているのはダニエルの実家の両親で、拘束されているわけではないが、常に自宅は依頼者の手の者により監視されており、ダニエルが裏切るようなことがあればすぐに襲撃される手筈になっているとのことだった。
身柄が拘束されていないならばと、ウィラーはすぐさまダニエルの実家に赴き、両親を保護。
それを見ていた見張りの者はダニエルが裏切ったと判断し、すぐに報告するためにその場を離れた。
だが、強硬策に出れば相手にバレることは明白であるのに、なぜウィラーは人質である両親を見張りたち目の前で保護したのか。
それは、見張りたちの目の前でダニエルの両親を保護したとなれば、見張りたちは主犯のもとへ報告をしに行くと考えたからだ。
つまり、見張りの見張りである。
ウィラーの目論見通り、見張りたちは動き出し主犯のもとへ辿り着いた。
見張りたちが拠点としている建物に入ったのを確認した捜査員たちは、一斉に動き出した。
「警備局だ! 大人しくしろ!!」
突然なだれ込んできた捜査員たちに、見張りたちは驚愕した。
「なっ!? 警備局だと!?」
まったく想定していなかった事態に見張りたちは狼狽え、部屋の奥へと逃げ込もうとドアを開けた。
「え?」
そして、その場で立ち尽くしてしまった。
当然、捜査員たちはその隙を逃したりしない。
「確保ぉっ!!」
「ぐあっ!」
ドアの前で棒立ちになった見張りたちに、捜査員たちが一気に殺到し、あっという間に見張りたちは縛に付いた。
「く、くそっ!」
縄で厳重に縛られながら、見張りの男は悪態をつく。
そんな見張りの男を見て、捜査員は先ほどの態度について尋問した。
「おい。さっきはなぜこの部屋の入口で立ち止まったんだ? この部屋になにかあるのか?」
そう言って捜査員は見張りの男が入ろうとした部屋を見るが、そこには特別驚くようなものはなにもなく、人っ子一人いない。
それを確認した際、捜査員は血の気が引いた。
誰もいない。
ここは、ダニエルを脅していた者の拠点だったはず。
当然ここには主犯がいるものと思っていたのだが、それが見当たらない。
見張りが呆然としたのはこれか!
そう思い至った捜査員は、縛られている見張りの男の胸倉を掴んだ。
「おい! お前たちのボスはどこにいる!?」
「し、知らねえよ! あの野郎、俺たちを捨て駒にして逃げやがった!!」
その言葉を聞いた捜査員は、すぐにその場を離れ部隊用に貸与されている無線通信機を取り出した。
「局長、こちら拠点強襲班です。ダニエルの両親は保護、見張りたちは拠点にて確保しました。ですが……」
『どうした?』
「黒幕がいません! どうやら異変を察知し、見張りたちを捨て駒に逃げたようです」
『なんだと!?』
「すみません! 我々の失態です!」
『……』
無線通信機の向こうで、ウィラーは暫く黙り込んだあと口を開いた。
『向こうの方が一枚上手だったという訳か。しょうがない、拠点は制圧したんだろう?』
「はい」
『ならば、その拠点を隅々まで捜索しろ。何一つ見落とすなよ』
「かしこまりました!」
そう言って無線通信機を切ると、捜査員は見張りの男のもとに戻ってきた。
「おい。知っていることを洗いざらい話してもらうぞ? 少しでも虚偽の申告をしようものなら……分かっているな?」
本命を逮捕できず、いら立っている捜査員の発した低い声に見張りの男は震え上がり、コクコクと何度も頷いた。
「それから、この拠点の家宅捜索だ! 異空間収納が使える魔法使いを呼んで来い! 根こそぎ持って帰るぞ!」
『はっ!』
こうして、人質となっていたダニエルの両親は無事保護され、犯人の拠点も制圧。
多数の証拠を徴収し、捜査員たちは捜査本部に戻った。
そして、家宅捜索という名のもとに根こそぎ持って帰ってきた拠点からの押収品を捜査員を総動員して精査し始めた。
そしてその結果、更なる黒幕がいることが判明した。