ここでも誤解が!
「おい! エリーが襲撃されたって本当か!?」
今日も依頼をこなして事務所に戻ると、慌てた様子のカタリナさんから、エリーが王城で襲われたと聞かされた。
無線通信機でオーグに連絡を取ると、すでに王城から連絡を受けていたのかオーグは王城に戻っていた。
『ああ。なんでも、王城の中庭に出ようとしたとき、植え込みに潜んでいた賊がエリーに向かって魔法を放ったらしい』
王城内で魔法を撃った!?
「エリーは!? 無事なのか!?」
俺たちと違って、エリーは立場こそ高貴だが戦闘力は皆無だ。
しかも妊娠している。
俺はエリーの安否が気になり焦って確認するが、オーグは落ち着き払った様子だった。
『安心しろ。エリーは無事だ。かすり傷一つ負っていないし、お腹の子にもなんら影響はない』
オーグのその言葉に、俺は安堵から全身の力が抜けたような気がした。
『今回も、お前に助けられたな』
「ん?」
『魔法がエリーに着弾しようとしたとき、エリーの付けているペンダントが起動し、護衛や侍女たちごと障壁が包み込み。その障壁が放たれた魔法を完全に防いだそうだ』
「ああ! そうだった!」
エリー襲撃のニュースが衝撃的すぎて、そのことをすっかり忘れていた。
俺、前にエリーの身を守る魔道具をプレゼントしてた。
『まあ、エリーは驚いて腰を抜かしてしまったらしいが、被害といえばそれくらいのものだな』
とにかく、エリーに被害が及ばなかったのは良かったけど、それよりも俺には気になることがあった。
「王城の警備はどうなってんだよ?」
『王太子妃が懐妊しているんだぞ? 警備は万全を期しているし、出入りする人間の審査も厳重にしているに決まっている』
「じゃあ……」
オーグの言葉を聞いた俺は犯人について、考えたくないがそれしか可能性がないことに思い至った。
『十中八九、内部の人間だろうな』
オーグの声は、非常に苦々しいものだった。
通信機越しなので表情までは分からないけど、相当歪んでいることだろう。
『警備局が早速捜査に乗り出している。犯行の状況から、容疑者は絞り込みやすいからな。早々に犯人は見つかるだろう』
「じゃあ、アレを使うのか?」
『ああ。初めての実用がエリー襲撃犯の捜査というのが気に食わんがな』
ああ、これは……オーグ相当怒ってるわ。
犯人が見つかったとして、これって王族に対する反逆行為だから極刑は免れないんだろうな。
これだけ怒っているオーグが恩情をかけるとも思えないし……。
『それに、少し懸念事項もあるし、そちらの捜査も同時に行う予定だ』
「懸念?」
『ああ、いや、なんでもない。そういうわけで、私はしばらく捜査に掛かり切りになる。コンビの再編成と、依頼の振り割りをするように伝えておいてくれないか?』
「分かった。ちょうど今事務所にいるから伝えておくよ」
『すまない。助かる』
「いいって。それより、無事だったとはいえエリーが襲われたことに違いはないんだ。ちゃんと慰めてやれよ?」
無傷とはいえ、今まで戦闘に関わったことのないエリーは絶対にショックを受けているはずだ。
おまけに妊婦なのだから、精神的に動揺させるのはよくない。と思う。
『そうだな。お前から連絡が来るまではそうしていたよ』
ん? あ、ってことは。
「あ、ゴメン。お取込み中だった?」
『妙な言い方をするな。ん? なんだ? 替われ?』
オーグが途中で、隣にいる人物と話し始めた。
話の流れからいって、これは間違いないな。
『シンさん? エリーです。この度は、本当にありがとうございました』
予想通りのエリーから、感謝の言葉をもらった。
「いいよ。気にするな。友達を守るのは当然だろ?」
『それでもです。シンさんからもらった魔道具のおかげで、私もお腹の子も助かりました。いくら感謝してもし足りませんわ。本当にありがとうございます』
「そっか。なら素直に受け取っておくよ。けど、無傷だったとはいえ精神的にショックは受けてるだろうから、しばらくは安静にしておけよ?」
『ええ。侍医からもそうするように言われておりますので大丈夫ですわ』
「そりゃそうか。ああ、なんだったらウチに来てシシリーと一緒にいだらどうだ? 一人でいるより気が晴れるだろ?」
『そうですわね。もしかしたら、そうさせていただくかもしれませんわね』
「ああ、遠慮すんな。シシリーには俺から言っとくから」
『ありがとうございます。あ、それではオーグに替わりますね』
『会話は漏れ聞こえていた。すまんがそうさせてもらうと思う。迷惑をかける』
珍しく殊勝なことを言うオーグに、苦笑が漏れる。
「だから、友達なんだから気にすんなって。じゃあ、そういうことで」
『ああ。またなにかあったら連絡する』
オーグはそう言うと通信を切った。
俺は無線通信機から耳を離すと、じっとこちらを注視している事務員さんたちに向き直った。
「エリーもお腹の子も無事だそうです」
俺がそう言うと、事務員さんたちはホッと安堵の息を吐いていた。
「はぁ……良かったです」
俺に報告をしてくれたカタリナさんは、安心したのか自分の席に脱力したように座り込んだ。
隣のアルマさんも安心したように息を吐いている。
「ああ、そうだカタリナさん、カルタスさん」
「はい。なんでしょう?」
「どないしました?」
「オーグから伝言です。しばらく事件の捜査に掛かり切りになるから依頼をこなすことができないそうで、人員の再編成と依頼の振り割りを見直してほしいそうです」
「分かりました」
カタリナさんはそう言うと、明日振り分ける予定であった依頼を見直し始めた。
そしてカルタスさんは、ニッと笑った。
「そんなん簡単ですわ」
おお、流石。
仕事ができる人は違うなあ。
そう感心したのだが……。
「シンさんはまた一人で依頼受けてください。そんで、トニーさんとマークさんがコンビを組めば再編成終了ですわ」
「……」
またボッチか……
明日から、また一人で依頼を受けるむなしさを噛み締めていると、アンリさんが顎に手を当てながらポツリと言った。
「それにしても、王太子妃を狙うとはなんと大胆な。犯人は誰なのでしょうね?」
俺は、その言葉にどう反応するか困った。
彼らは、俺たちと一緒に仕事をする仲間ではあるが他国の人間だ。
犯人が内部の者の可能性が高いとなると、迂闊に話すことができない。
捕まってしまえば公表せざるを得ないのだろうが、まだ捕まえていない現状ではその捜査状況を話すわけにはいかない。
なので、知らない振りをすることにした。
「それは今オーグが調べているから、その内分かると思いますよ」
俺がそう言うと、カタリナさんがなぜか優しい笑みを浮かべていた。
「殿下のこと、信頼なさってるんですね」
よく見ると、アルマさんも同様の笑みを浮かべていた。
なんで?
「信頼っていうか、アイツ、こういう犯人には容赦ないし、しかも今回はエリーが狙われたでしょ? 本気度合いが違うんですよ。警備局の捜査員を総動員するって言ってましたし、すぐに見つかると思いますよ」
俺がそう言うと、イアンさんが首を傾げた。
「え、でも、犯人って妃殿下に魔法を撃ったあと逃げたんですよね? 魔法だと痕跡は残らないし、すぐに見つけるのは難しいんじゃ……」
そう言うイアンさんに、俺は言葉を濁した。
「まあ、オーグだから大丈夫ですよ」
そう言ったら、またカタリナさんとアルマさんが生温かい目で見てきた。
だからなんで?
と、そこでハッと気が付いた。
そういえば、カタリナさんは小説を読むのが好きだって言っていた。
そして、アルマさんも恋愛話には興味津々だった。
まさか……二人は、その手の本を愛読していて、俺たちで腐った妄想をしているんじゃ……。
そう思った俺は、恐る恐る二人を見た。
すると二人はニコッと笑って、納得したように頷いていた。
え? マジで?
ちょっと、これは本気で誤解を解いておかないといけないんじゃ……。
「えっと……」
「はい?」
「なんでしょうか?」
「うっ……」
そう思って声を掛けるが、いざ聞こうとするとどう切り出していいのか分からない。
「いや……なんでもないです……」
「そうですか」
「殿下が早く現場復帰できるよう、私たちも祈っておきますね」
……。
やっぱり、誤解してる気がする!




