暗躍する者たち2
すみません。
前話を少し修正しました。
皆さんのご指摘の通り、シシリーはまだ魔法が使えません。
……自分で設定忘れるとか恥ずかし……
アールスハイド王都から離れたとある領地。
その領主館をとある商人が訪れていた。
「……それではドーヴィル伯爵、この取引内容でよろしいでしょうか?」
そこで行われていたのはごく普通の商取引で、今まさに条件が整ったところだった。
「ああ、これでいい。いや、正直助かった。ここ数年、私は立場が悪くてね。私に不利な取引しか行えなかったのだよ」
領主館にいるのは代官が多い中、今ここにいる人物は伯爵と呼ばれた。
つまり、領主本人である。
「そのようですね。こう言ってはなんですが、だからこそ私どものような外国の商人からすると取引がしやすいのですが」
「ああ、分かっている。国外の商会なら取引相手を見つけるだけでも苦労するだろうし、私は国内の商会からの信用がない。お互いにメリットのある取引だったというわけだ」
「左様ですね。しかし、お見受けしたところ真っ当に領地の経営もされているようですし、信用をなくすようには見えないのですが……」
「ああ、そのことか……」
ドーヴィル伯爵は、話すかどうか一瞬迷ったあと、今後も商取引を行う相手なのだからとその事情を話した。
「なるほど、お嬢様が……」
「ああ……私は王家に失礼を働くような子供を育てた無能者との誹りを受けてな……事実その通りであったからなにも反論できず、ついには貴族社会で孤立し領地に引っ込んだというわけだ」
「そして領主としての資質も……というわけですか。この領地を見る限りでは風評被害のようですが」
「事実かどうかなど、噂話を垂れ流す連中にとってはどうでもいいのだよ。忌々しいことにな!」
このドーヴィル伯爵が犯した失態は、娘の教育だけ。
それ以外ではそこそこの評価を受けていたのだが、娘の一件があって以降その評価も一変した。
どんなに良好な領地の経営を宣伝しても、一度下された人物像を覆すことは難しく、それまで取引をしていた商会からも手を引かれ、新規で取引しようとすると足元を見られる。
そんな状況に陥ってしまった伯爵領の経営は徐々にひっ迫していった。
頭を抱えるような状況のときに国外からアールスハイド王国内にて商売をしたいという商人が現れた。
それが今ドーヴィル伯爵と契約を結んだ商人である。
この商人はアールスハイド国内の商会とは違い、足元を見るようなことをせず真っ当な商取引を持ち掛けてきた。
のっぴきならない状況になりかけていた伯爵は、すぐにこの商人との商談を開始し、この度契約するに至ったのである。
伯爵からすれば、まさに救い主であった。
そんな救い主のような商人であったため、伯爵は隠し事をするべきではないと全て話すことにした。
「なるほど……それで、その娘さんは?」
「ああ、今は……ほら、そこの庭園にいる」
取引が行われていた執務室の窓から庭園を見ると、そこにあるテーブルセットに座りお茶を飲んでいる令嬢の姿があった。
「ほう、美しいですな」
「ああ。あんなことをしでかし、我が家の信頼を失墜させたのだが……やはり我が子は可愛くてな。この館に留め置いているのだ」
そう言って娘を見る伯爵の目は慈愛に満ちていた。
「一昨年、殿下がご結婚されてからの落ち込み様は酷くてね。ようやく気を持ち直してきたところに、今度は王太子妃の懐妊の報せだ。私は、あの子が可哀想でならない」
「……そうですか」
貴族なら、自国の王太子夫妻に子供ができたことを喜びこそすれ、それにショックを受ける娘を可哀想などと思うものだろうか?
どうやらこの伯爵は、領地経営はまともでも、噂通り娘が関わると途端に愚かになるようだと、商人は伯爵の人物像を決定付けた。
これなら上手くいくのではないか?
そう考えた商人は、ある計画を伯爵に持ち掛けることにした。
実家にとんでもない負債を負わせておきながら、未だに夢から覚めていない令嬢と、それを哀れに思う親。
この計画を持ち掛ける相手を探していた商人は、お誂え向きの人物が目の前にいることに笑みを浮かべるのを必死に我慢した。
そして、伯爵に話しかけた。
「伯爵」
「なんだ?」
商人の呼びかけに振り向いた伯爵の目をジッと見つめながら、商人はニヤリと口元を歪めた。
「娘さんの願いを叶えてやりたいとは思いませんか?」
「なに!?」
商人の言葉に目を見開いた伯爵は、その内容を聞かされた。
しばらく考え込んだ伯爵は、商人の思惑通りに事が運べば娘の願いを叶えてやりつつ、自分を陥れた奴らに復讐ができると考え、商人の思惑に乗ることにした。
その後、執務室に娘が呼ばれ商人の考えを聞かされたところ、間を置かずに即決。
すぐに行動に移すこととなった。
それを見ていた商人は、表情に出すことなく内心でほくそ笑んでいた。
(こうも簡単に口車に乗るとはなんと愚かな……まあ、上手くいけば我らにとっても利はあるし、失敗しても……)
そこまで考えた商人は、もうすでに計画が上手くいくことを疑いもせずはしゃいている娘と、それを愛おしそうに見つめている伯爵を見た。
(切り捨てればいいだけの話だ)
そう考えた商人は、伯爵に挨拶をして執務室から退室した。
領主館の廊下をあるきながら商人は考える。
もう伯爵側は動き出した。
これからは慎重に行動をしなくてはならない。
そのためにやらなければいけないことを頭の中で考えながら、商人は領主館をあとにした。