いざという時に備えました
叙勲式の後で行われたパーティは大変だった。
ディスおじさんの宣言があったので、貴族の人達からの過剰な勧誘というか、娘や妹を妻に! という売り込みは無かった。けど、魔人を討伐するというのはこの国では大変な事で、色んな人が挨拶に来て口々に褒め称えて行った。
爺さんとばあちゃんが側にいたのもあって、凄い人だかりになっていた。
シシリー達クロード家の皆さんやマリア達メッシーナ家の皆さんは、既に俺と親交があるので遠慮して遠巻きに見ていたらしい。
あの騒ぎでは確認なんて出来なかったから後で聞いたんだけどね。
オーグ陣も近寄って来なかった。売り込みは無かったけど俺の話を聞きたいという女性陣に囲まれる俺を見てニヤニヤしてた。それは見た。
前にオーグが言ってたように、よく知らない女性に囲まれてもあんまり嬉しくない。むしろ面倒……というか、獲物を狙うような目をしていたので、恐かった……。
露骨なアプローチは無かったけど、何か言う度にキャアキャア言われるのはわざとらしく感じて正直疲れた。早く終わってくれと、ただただ願いながら時が過ぎるのを待った。
ようやくパーティが終わって家に帰る頃にはグッタリしていた。
ミッシェルさんの稽古でもここまで疲れた事は無かったよ。
「やっぱり側にいて正解だったね。放っておいたら、あの囲んでた内の誰かにお持ち帰りされてたんじゃ無いのかい?」
「さすがにそれは無いよ……」
「どうだかねえ。シンみたいな世間知らずが婚期を逃し掛けてる貴族の女相手に逃げ切れるかね? マーリンだって昔……」
「その話はやめんか?」
爺さんが何だって? とても興味があるが爺さんから話を逸らされてしまった。
「シンや、今日は疲れたじゃろう? 明日も学院があるし、早目に休んでおいた方がいいのう」
気遣ってくれる爺さんの言葉を無視するのもどうかと思うし、それに実際疲れたのでその言葉に従う事にした。
「うん、今日はもうお風呂入って寝るわ」
「それがいいじゃろ」
「ばあちゃん、その話、また今度聞かせてね」
「それはよく無いじゃろ!?」
爺さんが慌ててるけど、気になるし。今度聞かせて貰おう。
そして次の日、いつものようにシシリーとマリアを迎えに行き、俺の家に戻り、扉を開けると……。
「おお! シン様が出てきたぞ!」
「キャア! シン様ー!」
「あれが新しい英雄様か!」
「なるほど、いい面構えをしてるな」
「シン様ー! こっち向いてー!」
そっと扉を閉めた。
「……なんだこれ?」
「昨日、シンが叙勲を受ける事も、その理由も公表されたからねえ。今まで噂だったものに公式発表があって、でも陛下の御配慮でお披露目はされなかったから家に押し掛けたんでしょ」
「賢者様のお家は皆さんご存じですからね。一目見たかったんじゃないでしょうか?」
「それより、これじゃ学院に行けないよ……ばあちゃん!」
「なんだい?」
「教室までゲートで行ってもいい?」
「はぁ……しょうがないねえ、騒ぎが落ち着いたら歩いて行くんだよ」
「はーい」
「シン……何故ワシに聞かんのかの……?」
ばあちゃんに怒られる方が恐いもの。
「やった! 今日は楽して学院に行けるわね」
「今日だけ特別だよ? マリア」
「ほら、もう行くよ」
ゲートを教室と繋げ、ゲートを潜った。
「わあ! ビックリしたぁ!」
「どうしたシン、ゲートで来るとは」
「な、なんだいこの魔法は?」
「信じられない。どういう事? ウォルフォード君」
教室には既にユーリ、オーグ陣、トニー、リンがいた。
「いや、家の前に凄い人が集まっててさあ、家から出られなかったんだよ」
「ああ、それでゲートで来たのか」
「ゲート? 何それウォルフォード君。詳しく教えて」
リンは相変わらず魔法の事には食い付きがいいな。
「ああ、これ『ゲート』って魔法でね。任意の場所と場所をこのゲートで繋ぐんだよ。で、ゲートを潜ると……」
家と繋がってるゲートを消して教室の端にゲートを開いてそれを潜る。
「こういう風にもう一方のゲートから出てこれるんだよ」
初めて見たリン、ユーリ、トニーの三人は目を見開いてる。
「……すごい! ウォルフォード君は転移魔法が使える!?」
「正確には転移じゃないよ。移動魔法ではあるけど」
「どういう事?」
「転移って、物体そのものを移動させる魔法だろ? 一旦体を分解して任意の地点で再構成する。ちゃんと再構成出来なかった時の事を考えると恐くて使った事無いよ」
「これは違うの?」
「これは場所と場所の距離を縮めただけだよ。入り口と出口で分解・再構成してる訳じゃない」
「……駄目……よく分からない……」
リンが残念そうに呟く。それもそうか、これが理解出来れば目標の一つ、転移……に近い魔法が使えるようになるんだもんな。
「まあしょうがないよ。じいちゃんも理解出来なかったんだから」
「賢者様も……」
「まあ、その内使えるようになるかもしれないよ。折角研究会に入ってるんだし」
「ん! 頑張る!」
これはやっぱり研究会のレベルアップを図るべきだろう。リンもやる気を見せてる事だし。
「シン……お前が何を企んでいるのか問い詰めるのを忘れていたな」
「だから変な事は企んでないって」
皆の安全の為にレベルアップしようっていうのは変な事じゃ無いよね?
その内皆で合宿に行ってもいいな。
「不安だな……何を企んでいる?」
だから変な事は企んでないって!
「おはよー! あれ? 皆どうしたの?」
最後に教室に来たアリスが不思議そうに皆を見ていた。
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軍務局、警備局ではシュトロームを追って大規模な捜索が行われていた。王国内の各街や村、出来る範囲で国外も捜索範囲に入っている。
その捜索隊の内、帝国内で秘密裏に捜索を行っていた者から軍務局長のドミニクに報告が入った。
「帝国に動きがある?」
帝国が国内の町や村から食料を掻き集めているという報告であった。
「食料を集めているとなると……」
「軍に動きがあるという情報もあります。これはひょっとすると……」
「……戦争の準備か?」
少しずつではなく、掻き集めている。軍にも動きがあるとなると戦争の準備を進めているようにしか見えない。
「しかし……何故今なんだ? 特に攻め入るに足る理由など無いだろう?」
「それは分かりかねます。何か帝国内で侵略の好機となる理由があるのかも知れませんが……そこまでは不明です」
「まったく……次から次へとよく問題が起きるものだ」
「本当ですね」
魔物の増加にシュトロームという理性を保ったままの魔人。そして帝国に戦争の兆しありだ。こんなに続けて事が起こると愚痴の一つも溢したくなる。
「ひょっとすると……帝国は我が王国の騒動を攻める好機と見たのかもしれませんね」
「それは無いだろう。確かに立て続けに事件は起きているが、王国が混乱してる訳じゃない」
各事件には十分対応出来ている。今はシュトロームの行方を追っているが被害を撒き散らしてる訳ではなく、消えた脅威を探し出す捜索の為、混乱は無い。
しかし、確実に帝国に動きはある。
理由が分からず悶々としながらも報告を放置する訳にもいかず、国王へ報告する事にした。
「何? それは本当か?」
「帝国の動きは間違いありません。宣戦布告を受けた訳では無いので戦争をしようとしているかは確証はありませんが……」
「しかし……その報告を聞く限りではその様に考えるべきだな……ドミニク!」
「は!」
「シュトロームの捜索に魔物の増加と負担を掛けるが、我が国も戦争に備えねばなるまい。準備を進めておくように」
「御意!」
こうして、王国軍も戦争の準備を始めた。
そして、帝国内にある町、その町にある建物の一室。
「ほう、それでは王国も戦争の準備に入ったと」
「はい。帝国軍の動きがあからさまですから、すぐに気付いたようです」
「フフ、ゼスト君は上手くやったみたいですねえ、さてどうなると思います? ミリアさん」
「……私には分かりかねますシュトローム様」
ミリアという女性と一緒にいたのは、王国が懸命に捜索しているシュトロームであった。
「皆さん、ちゃんと踊って下さいねえ? フフフ、アハハハ!」
笑い出したシュトロームをミリアはじっと見ていた。
一方、ブルースフィア帝国の皇城にて戦争の準備をしている帝国軍内でとある会話がされていた。
「ゼスト、お前の持ってきた王国の情報、どこから仕入れて来たのだ?」
「王国内に協力者がおりまして、今王都では魔物の増加で混乱が起きていると教えてくれたのです。それで調べてみたら……」
「王国の魔物が増えて、帝国の魔物が減っているのに気付いたと……」
「そういう事です」
「フム、実際魔物の数も減っていたし、これはいよいよ王国を手に入れられる時が来たか」
「そうなる事を願っております」
「フン、平民のお前に言われるまでもないわ」
「……そうですね」
「まあ安心しろ、お前の情報は私達帝国貴族が有意義に使ってやる。光栄に思え」
「……はい」
笑いながら去っていく貴族の男を、ゼストと呼ばれた男はただ睨んでいた。
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授業が終わった放課後、昨日は叙勲式があったので研究会を開けなかった事を侘び、今日の研究会を始めた。
「そう言えばさあ、朝何か雰囲気がおかしかったけどどうしたの?」
朝いなかったアリスが聞いてきた。
「ああ、シンが何か良からぬ事を企んでいるらしくてな、その事を追及しようとしていたんだ」
「良からぬ事……ですか?」
「だから変な事は企んでないって」
「では何を企んでいる?」
皆の視線が集まる。
「はぁ……ここんとこさあ、異常な事件が続いてるだろ? 一応は乗り切ったけど根本的な解決はしてないし。そうなると、まだ騒ぎが起きる可能性はある訳じゃない。それに備えて、研究会で皆のレベルアップを図れたらいいなって思ってるだけだよ」
これ以上変な誤解を生まないように、今考えてる事を説明する。
「そうか、皆のレベルアップか」
「そう、別に変な考えじゃないだろ?」
「確かにそうなんだが……シン、そのレベルアップとは何をするつもりなんだ?」
「皆がある程度の攻撃と防御と治癒の魔法が使えるようになる事かな? 後、例のアクセサリーの防御魔法付与」
とりあえず、今の大まかな方針を伝える。
「……分かった。とりあえず変な考えじゃない事は確かだな」
「そうだろ?」
オーグも納得してくれたところでリンから質問があった。
「ウォルフォード君、さっきのゲートも教えてくれるの?」
「リンはゲートを覚えたいって事だな?」
「うん。あれは素晴らしい魔法。あれがあると生存確率が大分上がるし移動が楽になる」
「ゲートって何?」
アリスは見てなかったので、もう一回ゲートを使って研究室の端から端にゲートを開く。
「わ、わ、凄い! これがあれば遅刻しないじゃん!」
そういう不純な動機で覚えようとするんじゃありません!
「シン、各々強化したい所を申告してそれをお前が指導しながら見て回ってはどうだ?」
「それが一番効率が良いかな?」
という事で、強化したい事を申告して貰った。
リンとアリスとオーグはゲート。
シシリーとトールは攻撃。
ユーリとマリアとオリビアは防御と治癒。
トニーとユリウスとマークは身体強化だった。
トニーはやっぱり意外だな。騎士養成士官学院は嫌でも身体を使う事は嫌いじゃ無いんだ。
オーグは、移動中のリスクを少しでも減らしたいらしい。
アリスは不純な動機がバレバレだ!
「それじゃあ、危険が迫っても自力で何とか出来るように皆でレベルアップしようぜ!」
『おおー!!』
シュトロームがいつ来ても良いようにな!