暇つぶしで大発見
「へえ、そんなことがあったんスか」
世間一般では休日になる週末は、俺たちアルティメット・マジシャンズも休日だ。
俺たちが一人でも働いていると、事務員さんたちも休めないからね。
なので、休日は全員揃って休みになる。
午前中は家でシルバーと遊び、シシリーとイチャイチャしたあとビーン工房に来ていた。
クワンロンの前文明遺跡から持ってきた車の解体も終わり、現在は今の技術でどこまで再現できるか色々と試作中らしい。
あくまで試作品なので、通常業務中に作れなくて休みの日にマークの親父さんとか暇な職人さんが作っている。
その確認のために来ているんだけど、試作品が届くまで暇なのでマークと駄弁っているのだ。
「シシリーとか、治療院で働いてる神子さんや治癒魔法士の人ってスゲエんだなって改めて思ったよ。技術がどうこうじゃなくて、心が俺なんかより何倍も強い」
「言われてみれば、治療院にいる人は神子さんだけじゃなくて看護師の人も強いっていうか怖いッスね。気が弱いとやっていけないってことなんスかねえ」
「というか、続けていくには心が強くならざるを得ないんじゃないか?」
「そッスねえ。ところでウォルフォード君」
「ん?」
「なんで市民証なんていじってんスか?」
試作品が出来上がるまでマークと駄弁っているが、それでも手持ち無沙汰なのでちょっと確認してみたいことがあって市民証をいじくっていた。
「これさあ、最初に登録した人以外に起動できないだろ?」
「そりゃそうッスよ」
「なんで?」
「なんでって……もしかしてウォルフォード君、市民証を解析しようとしてないッスか?」
「お、分かる?」
「分かるッスよ! っていうか、今まで誰もできなかったッスけど、市民証の改造は犯罪ッスよ!!」
以前、好奇心から市民証に付与されている付与文字を見たときは、日本語が付与されていることの衝撃と、そのとき抱えていた問題が解決できるヒントを見つけたことから、付与文字の内容まで見ていなかった。
ついさっき、ふとそのことを思い出したのだ。
「いやいや、改造なんてしないって。付与されてる内容がどんなのか確認してみようって思っただけで」
これは銀行のキャッシュカードも兼ねてるんだ。
下手に改造して使えなくなったらメッチャ困る。
だから改造はしない。
けど、確認はしたい!
「確認って……まあ、見るだけならいいんスかね?」
「いいんじゃない?」
付与文字が見えなくなるようなプロテクトもかかってないし、見たければご自由にどうぞってことなんだろう。
現在の人間には再現不可能と言われている市民証とそれを付与する付与機だけど、マッシータ本人からしたら大した技術じゃなかったのかもしれない。
それはともかく、付与文字を浮かび上がらせようと市民証に魔力を通そうとしたとき、声をかけられた。
「あれぇ? 二人してなにしてるのぉ?」
その声に振り向くと、そこにはユーリがいた。
「あれ? まだビーン工房でバイトしてんの?」
「ううん。モーガンが工房に忘れ物したらしくて、一緒に取りにきたのぉ」
「へえ。そのモーガンさんは?」
俺がそう言うと、ユーリはプクッと頬を膨らませた。
「親方たちが車の部品の試作品作ってるの見に行っちゃったのよぉ!」
「そ、そっか……」
一緒に来たってことは、このあとデートにでも行くつもりだったんだろう。
それなのに、彼女を置いて別のことに興味を惹かれてしまったと。
……モーガンさん、あとでちゃんとフォローしろよ……。
「でぇ? 二人して市民証見てなにしてんのぉ?」
「ああ……」
俺はさっきマークにした説明をユーリにもした。
すると、さっきまで不機嫌そうだったユーリの顔が満面の笑みに変わり、市民証を持っている俺の手を両手で握ってきた。
「なにそれぇ! すごぉい! 早く! 早く試そうよぉ!!」
「うおっ! 近い! 近いから!」
「あ、ごめぇん」
ユーリはそう言うと、手を放し俺から離れた。
「はぁ、それじゃあやるぞ」
「あ、ちょっと待ってくださいッス。俺らじゃ付与文字読めないんで、なんて書いてあるか翻訳して紙に書いてもらっていいッスか?」
「あ、そうだな」
マークに筆記用具を用意してもらい、俺は市民証に付与されている文字を浮かび上がらせた。
「「おお……」」
その付与文字を見て、マークとユーリが感嘆の声を漏らした。
そもそも付与魔法の書き換えって、俺しかやらないらしいし、付与文字が浮かび上がる光景が珍しいんだろう。
「ウォルフォード君、なんて書いてあるんスか?」
なんだかんだ言って、マークも興味津々だ。
俺は、付与されている文字をこの世界の文字に翻訳して紙に書いていく。
「え? たったこれだけでこの意味になるんスか?」
「不思議ねぇ」
漢字は一文字で意味を成す文字もあるからな。
画数は多くても文字としては一文字だし。
そうして翻訳していたのだが、ある言葉が目に入り、紙に書き出していた手を止めジッとその言葉を見てしまった。。
「ウォルフォード君、どうしたんスか?」
「なにか変なことでも書いてたのぉ?」
二人の声でハッと我に返った。
「ああ、いや。なんか聞いたことない言葉が書いてあったから」
俺はそう言うと、翻訳したその言葉を紙に書いた。
それを見た二人は、やはり俺と同じように動きが止まった。
「え? どういう意味ッスか?」
「魔力紋?」
そう、俺が手を止めてしまった理由はユーリが呟いた言葉にあった。
魔力紋ってなんだ?
「なあ、魔法学院の授業で魔力紋なんて習わなかったよな? もしかして中等学院で習うとか?」
そう聞いてみるが、二人の反応を見るにその可能性は低いだろう。
「いや、聞いたことないッスね」
「私もぉ」
マークとユーリも聞いたことがないらしい。
ということは、この魔力紋というのは一般知識じゃないってことだ。
魔力紋……魔力の紋章?
いや、まてよ……。
「指紋とか声紋と同じ意味か?」
俺がそう呟くと、マークとユーリはハッとした顔をした。
「せいもんってのがなにかは分かんないッスけど、指紋は分かるッス!」
「確か、犯罪捜査に使われる指の痕よねぇ」
あ、指紋はあるけど声紋はまだ知られてないのか。
「声紋も指紋と一緒だよ。個人を特定するものだ。そんで、俺がこれを調べようと思った理由が……」
「どうやって個人の魔力を特定してるかってことッスよね」
「え、え、もしかしてウォルフォード君、今大発見しちゃったんじゃない?」
そう、かも。
「この市民証は、個人の魔力に反応して起動する。それは、最初に登録した者以外に起動できない。つまり……」
「人間には、固有の魔力紋があるってことッスか?」
「それしか考えられないし、そうだとしたら全部納得できる」
「やっぱりぃ、これぇ大発見よぉ!」
「あ! ってことは、倒した魔物がカウントされてるのも、その魔物特有の魔力を検知してるからってことッスか!?」
マークのその言葉で、俺は市民証に付与されている文字をもう一度調べてみた。
「ん? 接続? 一覧引用?」
これって……。
「もしかしたら、市民証を読み取る装置か付与装置に、魔物の魔力データベースがあるのかも。それで、一覧を参照して市民証に記録してるんじゃ……」
そうとしか考えられない。
一覧とは恐らくデータベースのことだろう。
市民証の読み取り装置か付与装置のどちらかかは分からないけど、そこに魔物固有の魔力紋が登録されているんじゃないだろうか?
そして、市民証を持ったまま魔物を討伐すると、近くにあった魔力が消失することで討伐したとみなされるんじゃないだろうか?
そして、データベースと照合して討伐した魔物が市民証にカウントされる。
「やべえ……マッシータってマジで天才だ……」
もしかしたら、マッシータの前世はSEかなにかだったのかもしれない。
俺は魔力による通信というと電話しか思いつかなかった。
けどマッシータは、データベースへのアクセスに利用したんだ。
「改めて聞くと凄いッスね……」
「そりゃあ、ウォルフォード君以外に改造なんてできないわよねぇ」
ユーリが何気なく発した言葉に対し、俺は首を横に振った。
「俺でも無理だ。こんな精密な付与、なにをどう弄っていいのか見当もつかない」
俺のその言葉に、二人は息を呑んだ。
「マジッスか」
「うそぉ」
「残念ながらマジだ。こういうのを見せつけられると、俺は本当に凡人だなって実感するよ」
俺がそう言うと、今度は二人がジト目で俺を見てきた。
「ウォルフォード君が凡人って……」
「それぇ。よそで絶対言っちゃ駄目だよぉ?」
「いや、でも……」
俺の知識は全て聞きかじり程度のもの。
専門職の人には到底敵わない。
飛行艇にしたって、今作ろうとしている自動車だって、専門の人が見たら『なんでこんなもん作ってんだ』って言われそうなものばかりだ。
「ま、まあ、そんなことより魔力紋だよ。本当に魔力に個人差があるのか?」
「そうでした。でも、実際市民証が個人を魔力で認識してるなら、本当に違うんじゃないんスか?」
「でもぉ、だとしたら魔物はどうなるのぉ? 魔物はどの魔物を倒しても同じ魔物だって認識されるわよぉ?」
マークの意見で間違いないと思う。
ユーリの疑問に関しては、調べないと分かんないな。
種族特有の魔力パターンがあるとかかな?
三人で、ああでもないこうでもないと話しているが一向に埒が明かない。
「むぅ、実際に魔力紋が確かめられたらいいのにぃ」
ユーリのその言葉で、ハッとした。
「そうだよ。まずは魔力紋がどんなものか見てみないと始まらないじゃん」
ということで、色々と試してみることにした。
水を張ったタライに魔力を込めてみるが、水面が波打つだけで個別の違いなんか確認できなかった。
次に工業用の油で試してみたけど、これも結果は同じ。
同じように、液体状のものを色々と試してみたけど、どれも上手くいかなかった。
「はぁ……どうすりゃいいんだよ、これ」
「マッシータはどうやって魔力紋を鑑定していたんスかね……」
「ねぇ、ウォルフォード君。前に言ってたマッシータの手記に書いてなかったの?」
「いや、あれは手記っていうか日記みたいなものだったから、魔道具の研究についてはあんまり書いてなかったんだよな」
「そっかぁ……」
八方塞がりだ。
もうなにも思い付かなくて、テーブルの上に突っ伏してしまった。
「あ、ウォルフォード君。それ作業机っすから、服を付けると材料を削った粉とか付いちゃうッスよ」
「え!? やばっ!」
マークの指摘に、俺は思わず突っ伏していた机から勢いよく上半身を起こし服の袖を見てみた。
「あ、粉が付いてる……」
マークの指摘通りに、服に材料を削った粉が付着していた。
「あーあ、踏んだり蹴ったりだな……」
その時、俺はあることを思い出した。
それはクワンロンでのこと。
クワンロンでは、魔法の代わりに呪符と呼ばれる魔道具が発達していた。
それは、墨に魔石の粉を混ぜたもので文字を書くというもので……。
「……魔石の粉」
「「え?」」
俺の呟きに、二人が反応する。
「そうだよ。魔力の形を調べるんだから、魔力が通るものでないと意味がない。魔石は魔力の塊だから、それを粉にすれば……」
俺がそう言うと、ユーリが恐る恐る意見を述べた。
「で、でもぉ……魔石の粉って吸い込むと魔人化するんでしょぉ? 危なくない?」
「……なら、それを水に溶けばいいんじゃないか?」
「それでも、誤って摂取しちゃう危険性はあるッスよ」
マークの言うことも尤もだ。
なら、どうする?
「あ、マーク、透明な板ガラス、二枚ない?」
「あるッスよ」
「ちょっと持ってきてくれない?」
「いいッスよ」
マークはそう言うと、部屋から出て行った。
「さて、その間に……」
マークが板ガラスを取りに行っている間に、俺は魔力を集め小さな魔石を作り出した。
「……相変わらず、この光景は信じられないわねぇ……」
魔石の生成は、長年謎とされていたので、目の前で魔石が生成される光景がユーリにはいまだに信じられないらしい。
さて……。
「持ってきたッスよ、ウォルフォード君」
魔石の準備ができたと同時にマークもスマホ大の板ガラスを持って帰ってきた。
「マーク、なんかこう……透明な箱で、その中に腕を突っ込んで作業するような工具ない?」
「あるッスよ」
「あんの?」
「細かくて軽い部品とか加工するときに使うッスね。部屋の風の流れとか、自分の鼻息とかで飛んでっちゃわないようにするんス」
「それだ!」
外気が入ってこないってことは、外にも漏れないってことだ。
「悪いんだけど、それ使わせてもらっていい?」
「いいッスよ。その魔石を削るんすよね?」
「そう」
マークが俺の意図を理解してくれているので、すぐにその工具を使わせてくれた。
「さて、工具を使うと、その工具の破片も混じるかもしれないから魔法でやるか」
透明な箱に魔石を入れ、ゴムが張られた穴から両手を差し込む。
そして、左手で魔石に浮遊魔法をかけて浮かせ、右手の人差し指の指先にごく小さな空気の渦を作り出す。
それは高速で回転しており、魔石に近付けると少しずつ削りだした
「おお……あれ? 意外と飛び散んないッスね?」
「え? もしかして……三つ同時に魔法使ってるぅ?」
「うん」
左手の浮遊魔法と右手の空気の渦、それと魔石の粉が飛び散らないように、その周囲を空気の膜で包んでいる。
こうして魔石を削り、ものの数分で全部粉にできた。
「さて、次はこれを水に溶かす」
魔石の粉をガラス製の皿に全部移し、次は水の中にちょっとずつ入れていく。
「うしっ。できた。で、これを……」
マークが持ってきた二枚の板ガラスを見る。
「その板ガラスで挟む」
「「挟む?」」
首を傾げている二人をよそに、持ってきてもらった板ガラスの一枚に魔石水溶液を数滴垂らす。
そして、もう一枚で挟む。
「……もうちょっと」
魔石水溶液が全体に行き渡らなかったので、もう数滴垂らしてまた挟む。
「……よし。全体に行き渡ったかな?」
それを確認した俺は、早速その魔石水溶液を挟んだ板ガラスに魔力を流した。
すると……。
「わぁ!」
「マジッスか!?」
板ガラスで挟んだ魔石水溶液が俺の魔力に反応し、波を作った。
魔力の放出を止めると、しばらく経ってから波は消えた。
「もう一回」
再度魔力を放出すると、さっきと全く同じ波がガラス面に映し出された。
「マーク、ユーリ、二人も試してくれ!」
俺がそう言うと、まずはマークから魔力を放出。
すると、俺とは違う形の波が浮かび上がった。
「一回魔力放出を止めて、波が消えたらもう一回やってみて」
「はいッス!」
そうしてもう一度魔力を放出してもらうと、やはり俺とは違う、さっきと同じ形の波が浮かび上がった。
「次は私ねぇ」
ユーリはそう言うと、マークと交代して同じことをした。
結果は……俺ともマークとも違う波が、同じ形で二回とも浮かび上がった。
それを確認したとき、俺たち三人に歓喜の震えが起こった。
「見つけたぞ……これが魔力紋だ!!」
マッシータ以降、誰にも受け継がれなかった魔力紋という概念を、俺たちが再発見した瞬間だった。