王太子夫妻は仲良し
大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ございません。
前回 → エリーがウォルフォード家に休憩に来たら、教皇も来た。
エカテリーナさんが来るという、エリーにとってのハプニングはあったが次第にその状況にも慣れ、十分休むことができたようだ。
まあ、エカテリーナさん自身がだらけた姿を見せているしな。
そうやってまったりしていると、リビングにゲートが開いた。
「あらオーグ、もう休憩はおしまいですの?」
ゲートから出てきたオーグを見て、エリーは残念そうにそう言った。
「ああ、すまないが戻る準備をしてくれ」
オーグはそう言うと、ソファーで寛いでいるエカテリーナさんを見つけ、軽く頭を下げた。
「教皇猊下もいらしていたのですか」
「ええ、ごきげんよう殿下。妃殿下はもう少しゆっくりさせてあげられないの?」
「そうしてやりたいところなのですが、エリー自身の祝いなので本人が姿を見せないわけにはいかないのです」
「あらそう。これから何があるの?」
「国内の貴族からの祝辞です。まあ、順番に顔を見せて簡単な祝辞と祝いの品の目録を置いていくだけなので、エリーの負担にはならないかと」
「そう、大事にしてあげてね」
「はい」
そう返事するオーグの表情は親愛に溢れている。
オーグのこういう顔を見るのは珍しいな。
まあ、俺らにこんな顔向けられても気持ち悪いだけだけど。
っと、そうだ。
「そういえば、エリーに渡そうと思ってたものがあったんだ」
「え? なんですの?」
「実はもう、シシリーとオリビアには渡したんだけどな。これ」
立ち上がり、帰ろうとしていたエリーを呼び止め、俺は異空間収納から取り出したあるものをエリーに渡した。
「ペンダント……ですの?」
「そう。前にも説明したと思うけど、妊娠したら『異物排除』のペンダントは付けられない。胎児を異物と認識しちゃって堕胎しちゃうからね」
「そう伺っておりますわ。なのであのペンダントは、私の手に触れないように保管してあります」
「うん、絶対触っちゃ駄目だよ。そんで、それの代わりになる付与をこのペンダントに付けたんだ」
「そうでしたの」
エリーはそう言うと、俺が渡したペンダントを顔の高さに持ち上げて見つめた。
「『毒物排除』と、『自動防御』を付与してある」
俺がそう言うと、オーグが首を傾げた。
「『自動防御』?」
「ああ。エリーはもちろんだけど、シシリーもオリビアも今は魔法が使えないだろ? そんなときに万が一なにかあったら大変だからさ。念の為に付けといた」
「ほう。どんな付与なのだ?」
「身に着けている身体に害が及びそうになると、自動的に魔力と物理の両方の障壁が展開されるようになってる」
最初は、害意に反応するようにしようと思ったんだけど、イメージが思い付かなかったんだよな。
なので、ペンダントから半径二メートルに魔力によるレーダーのようなものを張り巡らせ、身体に害が及びそうなスピードで近付くモノがあった場合、障壁が展開されるようにしたら上手いことイメージできた。
結果的に害意が無い事故も防げるようになったのは嬉しい誤算だった。
そう説明すると、オーグとエリーは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「これはありがたいなシン。よく作ってくれた」
「シンさん、ありがとうございます。オーグ、早速付けてもらえますか?」
「ああ」
オーグはそう言うと、エリーにペンダントを付けた。
ペンダントを付けてもらえたエリーは、嬉しそうにペンダントトップを触っている。
「シン、ありがとう。この礼はまた今度に」
「いいって、友達のために作ったもんで礼なんてもらえねえよ」
今までだってタダで魔道具とか作ってあげてたのに、なんで急にそんなこと言い出したんだ?
「エリーは本当にただの人間だからな。ウォルフォード夫人やビーン夫人ほど危機管理能力がないから、自動的に身を守ってくれる魔道具は本当にありがたいのだ」
「ちょっと、アルティメット・マジシャンズの女性陣と一緒にしないでいただけます?」
オーグは真剣な顔で説明しているのだが、比べられる対象がシシリーやオリビアなのが不満なのかエリーが口を尖らせる。
「今回は本当に感謝しているから対価を支払いたかったのだが……」
「いいって。それでも気になるなら、俺からの懐妊祝いってことにしといてくれよ」
「そうか……分かった。厚意を受け取っておこう」
「ああ。あ、言っとくけど転ぶなよ? 転んでも障壁は展開されないからな」
「分かりましたわ。それではシンさん。ありがとうございます。皆さんも失礼いたしますわ」
エリーはそう言うと、ゲートを潜って王城へと帰って行った。
「それにしてもオーグの奴、珍しく俺の魔道具を褒めてたな」
「それはそうよ。シン君は自分でシシリーさんを守るための魔道具を作れるけれど、殿下はそうはいかないもの」
「そうなんですかね? いつもだったら『お前はまた、こんなものを作って』とか小言を言うかなって思ってたんですけど」
俺がそう言うと、シシリーがちょっと呆れた顔をしていた。
「そう言われるのが分かっていて作ったんですか?」
「まあね。いくらオーグから小言を言われようが、シシリーの身の安全には代えられない。どんなに怒られてもいいって思って作った」
「そ、そうですか……」
キッパリと俺が言うと、シシリーは赤くなって俯いてしまった。
そんな光景を見て、エカテリーナさんがクスクス笑っている。
「ふふ、本当に仲がいいのねえ。まあ、要は殿下もシン君と同じ気持ちだったということよ。どんなに規格外で非常識なものであったとしても、妃殿下の身の安全には代えられないと、そう思ったのね」
「まあ、オーグって結構エリーのこと大事にしてるしなあ」
「え……結構どころか、大分溺愛されてますよ?」
「え? そうなの?」
オーグがエリーを溺愛……っていうか、俺の目にはオーグがエリーの尻に敷かれているようにしか見えない。
エリーに詰め寄られると珍しくタジタジになるし、クワンロン出張時はエリーへの連絡を忘れていて青ざめていたし。
あいつ……基本ドSのくせに、M属性まで持ってんのか……?
「なにか、また変なことを考えてるみたいですけど、殿下のエリーさんへの溺愛は結構有名ですからね」
「へえ」
そういや、お披露目会で自分に興味を示さなかったエリーに、逆にオーグが興味を持ったのが馴れ初めだっけ。
その話を聞いたときは意外だったなあ。
なんせエリーは、俺がオーグと仲が良すぎるからって俺に嫉妬してたくらいだから、エリーの方からオーグに迫ったのかと思ってた。
結局、オーグとエリーも相思相愛ってことか。
「まあ、俺への小言を忘れるくらいエリーのことが大切ってことか。仲が良さそうでなによりだ」
「ふふ、そうですね」
「でも、それにしたって喜び過ぎじゃないか? 王太子妃であるエリーなら周囲の人間がガチガチに守ってるだろうし、危険なことなんてないんじゃない?」
「それはそうですけど、妊婦は本当に気を付けないといけないみたいなんです。私も、なにかしようとするたびにナターシャさんに取り上げられてしまって……」
シシリーはそう言うと、ずっと空気に徹していたイースからの派遣員であるナターシャさんを見つめた。
本人は睨んでるつもりなのだろうが、小さく頬を膨らませて見つめるその姿は、もうすぐ二児の母になろうというのにメッチャ庇護欲をそそるくらい可愛い。
だが、見つめられたナターシャさんは可哀想なくらい狼狽えていた。
「し、しかし! 御子を身籠られている聖女様にご負担をかけることなどあってはならないこと! なんと言われようと、ここは譲りません!」
狼狽えつつもそう答えるナターシャさん。
なんでこんなに聖女至上主義なんだこの人。
元々シシリーの友人で、同じく護衛として空気に徹しているミランダは、そんなナターシャさんを見て溜息を吐いていた。
「ナターシャは過保護すぎなんだってば。シシリーは見た目ほどか弱くないって」
シシリーの護衛としていつも一緒にいるからか、ミランダはいつの間にかナターシャさんとかなり仲良くなっているらしい。
そんなミランダの物言いに、ナターシャさんは猛烈に噛み付いた。
「なにを言ってるのよミランダ!? 聖女様なのよ!? 全世界の人間が一丸となって守るべき対象でしょうが!!」
全世界って……。
っていうか、そもそもシシリーが呼ばれている聖女って、創神教の正式な役職じゃなくて、世間が勝手に言ってる二つ名みたいなもんなんだけどな。
「まあ、確かに魔法が使えない今のシシリーは、ただのか弱い女性だけど……」
「そうでしょう!」
「だからって、過保護すぎだって言ってるのよ!」
「そんなことないわよ!」
あーあ、ミランダとナターシャさんが喧嘩を始めちゃったよ。
命を賭してシシリーを守り抜けって命令したはずのエカテリーナさんまで苦笑してる。
さすがのエカテリーナさんも、ナターシャさんの過保護ぶりには思うところがあるのだろうか?
そう思っていると、婆ちゃんが呆れながら会話に加わった。
「やれやれ。シシリーのことを大事に思ってくれるのはありがたいけど、なにもさせないってのもよくないんだよ」
「え?」
自身が所属している創神教の教皇でイース神聖国の国家元首であるエカテリーナさんに拳骨をかませる婆ちゃんの言葉に、ナターシャさんは信じられないという顔をした。
「ま、まさか、導師様までそんなことを仰るなんて……」
「これはシシリーがどうとかいう話じゃなくて、妊婦だからって少しも動かないってのはあんまりよくないって話なんだよ」
それは俺も聞いたことがあるな。
昔は、妊婦はお腹の子供の分まで栄養を取らないといけないとか、そのために太ってもしょうがないとか言われていたみたいだけど、妊婦が太りすぎると産道が脂肪で狭まってよくないって話は聞いたことがある。
「……そうなんですか?」
「なんだい。アンタ、治癒魔法士じゃないのかい?」
ナターシャさんは若くして創神教の司教まで上り詰めた人だから、当然治癒魔法は使えるんだろうけど、それにしてはちょっと知識が偏ってる気がするな。
そう思っていると、その答えはエカテリーナさんからもたらされた。
「ナターシャは治癒魔法も使えますが、一番得意なのは攻撃魔法なんですよ。なので、シシリーさんの護衛というか、露払いの意味もあって彼女を選抜したんです」
あ、そうだったのか。
まあ、確かに治癒魔法ならシシリーがいればいいわけで、そのサポートをするなら治癒魔法士より護衛に向いた能力の人の方がいいわけだしな。
「治癒魔法士として司教の座を手に入れたのではなく、その攻撃魔法で国を守ってきた功績が認められてのことですので、ナターシャに治療に関する知識を期待するのはちょっと酷ですよ」
そういえば、創神教の神子さんといえば治癒魔法士のイメージが強いけど、イース神聖国にだって魔物の脅威から国を守る軍はある。
騎士団だけで構成されてるはずもないから攻撃魔法が使える人がいてもおかしくないよな。
イメージって怖いな。
「まあ、重いもんを持つとかそういう危ないことをしなけりゃ軽い運動はむしろするべきなのさ。だから、毎日散歩に行かせてるだろう?」
婆ちゃんがそう言うと、ナターシャさんは「なるほど」と納得した顔をした。
「どうして毎日私たち護衛を付けてまで外を出歩くのかと思っていましたけど……そういう理由だったのですね」
まあ、シシリーがそうやって毎日散歩に出かけるから、身の安全のためにさっきの魔道具を作ったんだけどね。
ちなみに、シルバーの散歩はじいちゃんと婆ちゃんに任せっきりだ。
手を煩わせて申し訳ないと思ったけど、当の本人たちがシルバーと遊べて嬉しそうなので気にしないことにした。
時々、シシリーのお母さんであるアイリーンさんもシルバーの世話をしに来てくれるし。
「ま、俺の作ったものでオーグとエリーが安心を得られたならよかったよ」
俺がそう言うと、皆がなにやら生温かい目を向けてきた。
「な、なに?」
俺がそう言うと、生温かい……というかエカテリーナさんがニヤニヤしていた。
「シン君って、やっぱり仲間想いよねえ」
「んなっ!?」
は、はあ!?
「友達のためになるならどんな無茶なことでもするんだから。あながちあの本の内容も間違ってないんじゃない?」
「む、無茶って……っていうか、友達を助けるのは当たり前だろ」
なんか急に恥ずかしくなってきた。
俺がそう言うと、婆ちゃんがやけに優し気な顔をしていた。
「そういうところはシンの美点だねえ。だから皆がアンタの周りに集まるんだろうね」
ど、どうしたんだろう?
婆ちゃんが優しいなんて。
天変地異の前触れか?
いつもと違う婆ちゃんに戦々恐々としていると、婆ちゃんはなぜか溜息を吐いた。
「ただまあ、その助ける手段が滅茶苦茶なんだけどね。そこはアンタの欠点だよ」
「おい!」
婆ちゃんがそう言うと、リビングが笑いに包まれた。
笑ってないのは俺と、意味が分かってないシルバーだけだ。
くそう……婆ちゃんが褒めてくれるなんておかしいと思ったよ!
しばらく続けて投稿します。




