慶事は続く。実はあの人も……
『聖女シシリー懐妊』
その一報は、あっという間にアールスハイド中を駆け巡り、他国にまで浸透した。
世界中から祝いの言葉や祝いの品がウォルフォード家に届く。
主に国家元首たちから。
……改めて言葉にしてみると、すげえな。
祝いの品だけでなく、直接訪れて祝福してくれる人もいる。
「おめでとうシシリーさん。ふふ、すでにシルバー君で子育ての経験があるとはいえ、実際に産むのは初めてね。頑張るのよ」
「は、はい。ありがとうございます教皇猊下」
シシリーにお祝いを言っているのは、創神教教皇、イース神聖国国家元首エカテリーナさんだ。
膝の上にシルバーを乗せた格好で、シシリーに祝いの言葉をかけていた。
いや、エカテリーナさん、ちょくちょく家に来るんだよ。
わざわざ俺に迎えに来いって連絡してさ。
その度にシルバーを構うもんだから、すっかり懐いちゃったよ。
教皇猊下に。
「シルバー君。シルバー君はもうすぐお兄ちゃんになるんですよ」
「にーちゃ?」
「そう、お兄ちゃん。弟かしら、妹かしらね?」
「おとーと? いもーと?」
「ふふ、今はまだ分からなくていいわ。けど、ばーばと約束してね。シルバー君はお兄ちゃんとして、ちゃんと守ってあげてね?」
「あい!」
って、シルバーにはまだ分かんないだろうに、雰囲気で返事したな。
それよりも……。
「あの、エカテリーナさん。お願いですから、自分のこと「ばーば」って呼ばせるのやめてもらえませんか?」
「ええ? なんで?」
「なんでって! アンタシルバーのお婆ちゃんじゃないでしょうが!」
「むう、シン君の子供なんだから、私の孫でいいじゃないのよう」
「なんでそこは頑なに譲らないんだよ!!」
エカテリーナさんは、俺たちがシルバーを引き取ったそのときから、この子は自分の孫だと言い張っている。
それは、かつてエカテリーナさんが爺さんと婆ちゃんの息子と婚約関係にあり、残念ながら結婚前にその婚約者が亡くなってしまったことが関係している。
本来なら自分が産むはずだった爺さんと婆ちゃんの孫。
それを俺に投影しているのだ。
なので、俺はエカテリーナさんの中では息子ということになっているし、シルバーは孫なのだ。
その心情は分かる。
分かるけど、この場でそれを言うのはマズイだろ!
「ま、まさか……御使い様は教皇猊下の隠し子だったのですか……」
「ほらあっ! 早速誤解してんじゃんかよ!!」
ナターシャさんにシシリーのお世話を頼んだのだから、今日も当たり前のように一緒にいる。
敬虔な創神教徒であるナターシャさんはすんなり俺がエカテリーナさんの隠し子説を信じると思ってたよ!
「あら、ちょっとおふざけが過ぎたかしら」
「ふざけ過ぎですよ」
「え? え?」
「ふふ、ナターシャ、シン君は私の息子ではありませんよ。まあ、息子のように思ってはいますが」
「え? ということは……義理の息子!?」
「違えよ!!」
この若さで司教にまで上り詰めたというのに、なぜこんなにナターシャさんは残念なのか?
正直言って、まともな聖職者ってマキナさんしか知らんぞ。
「まあ、冗談はさておき、ナターシャ。シシリーさんをお守りする任に就くそうですね」
「はい。御使い様から、そのように言って頂きました」
「よろしい。いいですか? 命に代えてもシシリーさんとお腹の子を守るのですよ!」
「はい!」
「アンタのせいかあっ!」
「え?」
事あるごとにナターシャさんが命を懸けてくるのはエカテリーナさんの訓示のせいだったのか!
「いやあねえ、そんなことさせないわよ。言葉の綾よ、あや」
「それを信じ切っちゃってる人がいるんですけどね……」
「あら?」
あらじゃねえよ、あらじゃ。
俺の文句なんか一向に堪えていない様子で、エカテリーナさんはシシリーに付いているもう一人の護衛に視線を向けた。
「ミランダさんも、シシリーさんのこと、よろしくお願いね」
「は、ははっ! 教皇猊下のご命令とあらば、私も命を賭してシシリーを守って見せます」
「お前もか!?」
なんでこう、エカテリーナさんに関わる人はすぐに命を投げ出したがるんだ!
「駄目だよミランダ。ミランダは友達なんだから、私の身代わりになんてなったら悲しいよ」
「え、あ、ごめん。そうだな。いざというときはシシリーを抱き抱えて逃げることにするよ」
「ふふ、お願いします」
シシリーとミランダが出会ってからもうすぐ三年。
マリアと一番仲がいいみたいだけど、シシリーとも順調に友情を育んでいたんだな。
「あらあら、ミランダさんを護衛に選んだのって、シシリーさんのお友達だから?」
「そうですね。それもありますけど、女性騎士で強いとなると、俺の知ってる中ではミランダが一番でしたから」
「そうねえ。今まで一番だったクリスティーナさんは……」
「ええ、クリスねーちゃんは……」
「「今、妊娠中だからねえ」」
そう、実はクリスねーちゃんは結婚して、今妊娠中なのだ。
しかもその相手は……。
「まさか、ジークにーちゃんと結婚するとは思いもしなかった」
「そうか? 私はあの二人ほどお似合いの夫婦はいないと思っていたぞ?」
「え? どこを見てそんなこと思ったのさ?」
顔を合わせれば喧嘩ばっかしてた二人だぞ?
そんな二人が結婚するって報告しに来た時、天地がひっくり返るほど驚いたもんだ。
今でも、二人の新居にいけば喧嘩ばっかしてる。
「私は、戦場であの二人が連携しているところを見ているからな。掛け声すらないほど息ピッタリだったぞ」
「そうなの?」
「ふふ、ということは、あのお二人の態度は照れ隠しだったんですね」
「いや、違うと思う」
一時は本気で憎み合ってんのかと思ってたくらいだぞ。
それも、お互いが騎士と魔法使いという立場でライバル同士だったという状況を知ってから見方が変わったけど。
「ナターシャの魔法だけでは不安があるのも事実ですから、ミランダさんが護衛に加わってくださるのはありがたいわ」
「いや、だからどの目線で話をしてるんですか?」
「え? シシリーさんの義理の母……」
「もうやだ、この人!」
なんでそんなに拘るんだよう。
そんなことしてるから……。
「ばーば、えほん」
「あら、絵本を読んでほしいのね。ばーばに任せなさい」
「もう手遅れだ!」
シルバーは、エカテリーナさんをお婆ちゃんだと認識しちゃってるよ!
どうすんだよ!?
「これはまた……とんでもない肩書が増えたもんだな」
「あれ? どうしたオーグ」
シルバーがエカテリーナさんを祖母と認識してしまったことに頭を抱えていると、オーグがゲートでやってきた。
「お久しぶりですわ、シンさん」
「あれ? 珍しいなエリー」
オーグの後ろから、エリーも出てきた。
そういえば、エリーがこの家に来るのも久し振りだ。
「それで、急にどうしたんだよ。エリーまで連れて」
「いや、その、ちょっと報告があってな」
「報告?」
「ああ」
オーグはそう言うと、エリーに視線を向けた。
見つめられたエリーは、恥ずかしそうに視線を逸らし、手をお腹に当てた。
……。
え!?
「お、おい! まさか!?」
「ああ。エリーもその……子を授かった」
うおお、マジか!
シシリーに続いてエリーまで!
「エリーさん! おめでとうございます!」
「ありがとうございますシシリーさん。お互い、元気な子を産みましょうね」
「はい!」
「まあまあ、なんておめでたいのかしら!」
シルバーに絵本の読み聞かせをしていたエカテリーナさんもエリーを祝福した。
「私が見届けた夫婦に揃って子供ができるなんて!」
そういやそうだ。
俺たちとオーグ達の結婚式は、エカテリーナさんが取り仕切ってくれた。
その花嫁二人が、そろって妊娠するとは。
「素晴らしいわ! 今日はお祝いね」
「何言ってんだい、アンタはさっさと帰んな」
「ええ? 今日は大丈夫ですよう。ちゃんと執務は終わらせてきましたから」
「まったく、そういうところだけしっかりしてるねえ、アンタは」
「えへへ」
「褒めてないよ」
婆ちゃんはそう言うと、エカテリーナさんの頭をコツンと叩いた。
全然痛そうじゃないその衝撃に、エカテリーナさんの頬は緩む。
なんか、この場を一番満喫しているのはエカテリーナさんで間違いないよな。
「どうだい殿下、このあと時間あるかい?」
「ええ、私たちも時間を作ってきましたので大丈夫です」
「そうかい。それじゃあ、妃殿下の懐妊祝いでもしようかね」
婆ちゃんがそう言うと、皆が歓声をあげた。
「あ、でも、私の料理はできれば軽いものが……」
「おや? 妃殿下もつわりが重いのかい?」
「はい、食べてもすぐに戻してしまって……あっさりしたものなら大丈夫なんですが……というか、も?」
「シシリーもつわりが重くてねえ。軽いものかフルーツくらいしか口にできないんだよ」
「そうだったんですか……」
「だから、シシリーと同じ料理を二人前作れば問題ない……」
そこまで言って婆ちゃんは言葉を切り、俺の後ろを見ていた。
え? なに?
そう思って後ろを振り向くと、そこには新たにゲートが開いていた。
「あ、ウォルフォード君、こんばんはッス」
「こ、こんばんは」
ゲートから出てきたのは、マークとオリビアの二人だった。
「なんだ、ビーンとビーン夫人ではないか。どうした?」
オーグにまたビーン夫人と呼ばれたオリビアだが、もうわたわたしていない。
それもそのはず、アルティメット・マジシャンズが始動し忙しい中ではあったが、マークとオリビアも結婚式を挙げ、正式な夫婦になったからだ。
「いえ、ちょっと報告があって」
そのマークの言葉で、俺とオーグは顔を見合わせた。
「報告って、まさか……」
「ビーン夫人まで懐妊したとか言うんじゃあるまいな?」
「え、よく分かりましたね。そうなんです、オリビアが妊娠しまして、その報告に来たんです。まさか殿下がいらっしゃるとは思いもしませんでしたけど」
その報告を聞いた途端、俺とオーグは腹を抱えて笑ってしまった。
「ちょっ、なんスか!? なんで笑うんスか!」
「いや、すまん。こんな偶然があるのかと思ってな」
「偶然?」
「実は、エリーも懐妊したのでな。その報告に来ていたのだ」
「え!? そうだったんですか!?」
「わあっ! エリーさん、おめでとうございます」
「ありがとうございますわ。オリビアさんもおめでとうございます」
「ありがとうございます!」
まさか、オリビアまで一緒のタイミングで妊娠するとは思ってもみなかった。
「あっはっは! こりゃあめでたいねえ。よし、マーク、オリビア、あんたたちも一緒にご飯食べていきな! ああ、心配しなくていいよ。妊婦用の軽めの食事も用意してあるから」
「折角だし、皆呼ばない? シシリーのときも盛大に祝ってもらったんだし」
「ほっほ、そりゃあいいのう。新たな命を祝って宴会じゃの」
「そうと決まれば早速、コレル! コレール! 宴会するよ! 準備しな!」
婆ちゃんは張り切って厨房へと向かっていった。
残された俺たちは、上機嫌な婆ちゃんを呆然と見送っていた。
「凄いですわね。導師様が一番パワフルですわ」
「で、ですねえ」
中でも、エリーとオリビアは気圧されっぱなしだ。
「ふふ。それはそうですよ。息子さんに孫のシン君と育ててきたんです。この中のだれよりもお元気ですよ」
そんな中、身近で見ているシシリーは婆ちゃんのことをよく理解している。
息子と娘じゃ、育てる方も全然違うっていうしな。
男ばっかり育ててるから、あんな風になっちゃったんだろう。
「シンさんを育てた……」
「確かに、パワーがいりそうです」
「あれ?」
なんか、別方向に納得してない?
ま、まあいいか。
その後、俺たちは無線通信機で皆に連絡を取り、ウォルフォード家に集合。
アルティメット・マジシャンズの事務員さんたちも呼んで宴会を開いた。
その中には、妊婦の先輩であるクリスねーちゃんもいて、結構お腹が大きくなっている。
これから徐々にお腹が大きくなっていく三人に、妊婦としての心得や、用意しておいた方がいいものなどを伝えていた。
現役の妊婦からの貴重な話に、三人は真剣な顔をして聞き入っていた。
……って、エリーは王宮が全部用意してくれるんじゃねーの?
他にも、トニーと結婚したリリアさん、トールと結婚したカレンさん、ユリウスと結婚したサラさんも参加し、奥さん同士の会話に花を咲かせていた。
その賑わいは、あれから毎年行っているシシリーとマリアとの合同誕生日よりも盛大で、急遽開いたとは思えないほどの賑わいを見せていた。
ただ、これはエリーとオリビアの懐妊おめでとうパーティー。
友人たちの慶事なので、マリアとアリスも心からのお祝いをしつつも、彼氏がいないことを嘆いてまた騒ぎになるのではないかとちょっと心配していた。
けど、なぜか二人は終始上機嫌で、エリーとオリビアを祝福していた。
まあ、こんなおめでたい席でそんな不満なんて爆発させるようなことはさすがにしないか。
二人とも、もう社会人だしな。
そのときは、そう思っていたんだよなあ。
そして翌日『王太子妃御懐妊』の報がアールスハイド中を駆け巡り、シシリーの時以上の祝賀ムードに包まれたのだった。