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賢者の孫  作者: 吉岡剛
241/311

慶事

 ここにいる人間は、シシリーの身になにが起きているのか、ほぼ全ての人が分かっていた。


 患者さんの奥さんもだ。


 唯一眠っている患者さんだけ、なにも知らないという状況。


 やがて、診察室からシシリーが出てきた。


 服装を直しつつ、俯き恥ずかしそうな顔で。


「シシリー」

「シン君!」


 俺が呼びかけると、シシリーは目に涙を浮かべ、満面の笑みで俺に抱き着いてきた。


「シン君、私! 私!」

「駄目ですよ聖女様! 今が大事な時期なんですから、そんなに激しく動いちゃ!」

「あ、す、すみません」


 シシリーを診てくれた女性治癒魔法師さんが、シシリーを窘め、シシリーもそれに直に応じた。


 やっぱり、これは……。


「あの……」


 俺は女性治癒魔法師さんに声をかけた。


 すると、返ってきたのは満面の笑みと、そして……。


「おめでとうございます」


 という言葉だった。


 少し前に替えたペンダント。


 最近思わしくなかった体調。


 急に使えなくなった魔法。


 そして、女性治癒魔法師さんのおめでとうございますという言葉。


 それらが示すものは、一つしかない。


「聖女様は妊娠しておられます。おそらく、二か月かと」


 その言葉を受けて。俺はシシリーを見た。


 恥ずかしそうで、それでいて嬉しそうで、とても幸せそうな笑顔を見せていた。


「シシリー!!」

「きゃっ!」


 俺は思わず、シシリーを抱き締めてしまった


「ありがとう! ありがとうシシリー!!」

「シン君……」


 俺の子を身籠ってくれたシシリーに、感謝の言葉しか出てこない。


 そんな俺を、シシリーは優しく抱き締め返してくれた。


「御使い様!! 妊婦をそんなに強く抱き締めてはいけません!!」

「はい!!」


 女性治癒魔法師さんの一喝に、慌ててシシリーから身を放した。


 怖え……なんで女性の医療従事者ってこんなに怖いの?


 思わず飛び退いちゃったよ。


「いいですか? 妊娠初期は非常に不安定です。安定期に入るまでは安静にしておいてくださいね」

「はい、分かりました」

「ところで、聖女様の周りにお母さまか、出産経験のある方はいらっしゃいますか?」

「あ、メリダお婆様がいらっしゃいます」

「……そこで出てくる名前が導師様というのが凄いですね。そういえば、導師様もご出産の経験があるのでしたね。経験者がいらっしゃるのはいいことです。導師様の言うことを良く聞いて、無茶はしてはいけませんからね」

「はい、ありがとうございました」


 シシリーはそう言って女性治癒魔法師さんに深々と頭を下げた。


「いえいえ、まさか聖女様の受胎告知をすることになるとは、創神教徒としてこれ以上ない誉れで御座います」


 女性治癒魔法師さんはそう言うと、処置室を出て行った。


 そして、シシリーは患者さんの奥さんに向かって頭を下げた。


「なんの役にも立てず、申し訳ありませんでした」


 そう言われた奥さんは、しばらく呆然としていたが、ハッと我に返ると両手を大きく振り出した。


「いえいえいえ! 妊娠初期は魔法が使えなくなると聞きますから、お気になさらないでください!」

「でも……それに気付かずに現場に赴いたのは私の落ち度です。申し訳ありません」

「本当にもう大丈夫です! 主人も助かりましたし、なにより、聖女様の受胎告知の場に居合わせられたなんて、一生の思い出になりますから!」

「そ、そうですか……」


 見ず知らずの他人に、自分の受胎告知を聞かれて恥ずかしくなってしまったのだろう、真っ赤になって俯いてしまった。


「御使い様、本当にありがとうございました。お陰で主人も助かりました。これ以上望むことはありません」

「いえ、助けられてよかったです。それと、お礼はこちらの治癒魔法師さんにもしてあげてください。旦那さんが命を繋ぎ止められたのは、こちらの治癒魔法師さんが魔法を使い続けてくれたおかげですよ」

「もちろんです。ありがとうございました!」

「いえ、お大事になさってください」

「はい。失礼します」


 奥さんはそう言うと、職員に連れ出される旦那さんに付き添って処置室を出て行った。


「ふぅ……ナターシャさんから連絡をもらったときは何事かと思ったよ」


 俺はこの場の雰囲気を変えようと、軽い感じでナターシャさんに話を振った。


 だが、彼女は悲痛な顔をして落ち込んでいた。


「え? なんで?」


 ナターシャさんは、シシリーに異変があってすぐに俺に連絡を入れてくれた。


 そのお陰で、患者さんは助かった。


 どこに落ち込む要素が?


「私の……私のせいです!!」

「なにが!?」


 突然叫んだナターシャさんに驚き、思わず聞き返した。


「聖女様の体調不良に気付かずあちこち連れ回して……聖女様と御子様の身になにかあれば私の……私の命をもってしても償いきれません!!」


 ナターシャさんはそう言うと、ワッと泣き出してしまった。


 っていうか……。


「すぐに命を投げ出そうとしないでください!」


 なんでこう、敬虔な創神教徒ってのは極端なんだ!


「それに、シシリーの体調不良に気付かなかったとしたら、夫である俺が一番責められるべきなんだ。ずっと一緒にいるんだからね」

「御使い様……」

「俺だって、シシリーの体調が思わしくないことは気付いていたけど、大したことないって決めつけてしまった。だから、その点ではお互い様だよ」

「でもぉ……」


 これは相当気に病んでるなあ。


 仕方がない。


「そこまで気にしているなら、ナターシャさんにお願いを聞いてもらっていいですか?」

「お願い……ですか?」

「ええ。シシリーはこれからしばらく魔法が使えなくなります。そうなるとシシリーはか弱い女性に過ぎない。その間、シシリーを守ってもらえますか?」


 俺がそう言うと、ナターシャさんはハッとした顔をしたあと、決意に燃える目をした。


 あ、復活したな。


「お任せください!! この命に代えても聖女様と御子様を守り通して御覧に入れます!!」


 ……もう突っ込まないぞ。


 命云々は彼女の口癖なんだろう。


 うん、きっとそうだ。


「もう、シン君。ナターシャさんに無茶言って」

「無茶じゃないさ。シシリーが魔法を使えないのは事実だろ? もしシシリーと子供になにかあったらと思うと……」


 考えただけでどす黒い感情が湧き上がってくる。


「わ、分かりました! 分かりましたから落ち着いてください!」


 シシリーの言葉でようやく落ち着いた。


「さて、とりあえず戻って報告だな。あと、治療院のローテーションも考えなくちゃ」

「そうですね。ところで」

「ん?」

「シン君の方の依頼は大丈夫なんですか?」


 ……。


 やべ、忘れてた。



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別作品、始めました


魔法少女と呼ばないで
― 新着の感想 ―
[一言] こら!w 忘れちゃいかんぞ(# ゜Д゜)
[気になる点] 学園を卒業しているので、相手の居るメンバーの結婚に関しても進展が有る筈ですので気になります。  「トニーとリリア」「トールとカレン」「ユリウスとサラ」「マークとオリビア」の四組は学園卒…
[良い点] ウォルフォード夫人受胎おめです! そして読了したので初コメ失礼します。 私は書籍一巻から来たのですが、素晴らしいですね! 異世界転生系で莫大な力を手に入れるのはよくありますが、主人公が無双…
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