それって、そういうことですよね?
こうして始動した俺たちアルティメット・マジシャンズは、各地で起こったトラブルの解消に奔走していた。
一番多いのは、やはり魔物の討伐依頼だった。
とはいえ、魔物討伐には専門のハンターがいる。
俺たちが魔物を狩り尽くしてしまうと、彼らの商売を妨害してしまうことになる。
なので、その領域には足を踏み入れないように、依頼された魔物だけを狙って討伐することが求められた。
これが結構大変で、目的の魔物以外と接触しても、極力狩らないように逃げないといけない。
魔法で吹っ飛ばしちゃえば楽なのに! とアリスが憤慨していたな。
俺は、遠方からの依頼を主にこなしていたので、実は簡単な依頼とかも多い。
別に俺らじゃなくてもって依頼もあるのだが、遠方なので騎士が派遣されることも難しいらしく、結局俺が対処のため文字通り飛び回っている。
とはいえ、そういった遠方からの依頼ならともかく、近場でそういう簡単な依頼があった場合、俺たちは受けないことになっている。
そういった依頼は不受理として放置されそうになっていたのだが、俺がある提案をしたことで解決した。
要は、俺らでなくてもいい依頼は、ハンターにお願いすればいいんじゃないかと提案したのである。
依頼料も出るので、ハンターは仕事が増える。
依頼者は問題を解決してもらえると、お互いにとって利益が出たのだ。
その結果、ハンター協会には依頼を張り出すボードが設置されたとのこと。
……あれだな、異世界小説によくある冒険者ギルド化してきたな。
そのうちランク制度とかできるんだろうか?
そんな感じで、アルティメット・マジシャンズが始動してから、色々と変わったこともあるが、俺たちは順調に仕事をこなしていた。
そんな中で、一番環境が変わった人物がいる。
シシリーだ。
仕事内容は今までと変わらず治療院勤めなのだが、変わったことがある。
他の街や他国の治療院に出向するようになった。
今まではアールスハイド王都にある治療院に詰めていたが、アルティメット・マジシャンズが始動したことで、各地から重症患者の治療依頼が入るようになった。
これは最優先の緊急依頼となり、各地から王宮に固定通信機で連絡が入り、サポートとして付いているナターシャさんの無線通信機に連絡が入る。
連絡が入ると、その都度シシリーはゲートで依頼のあった治療院に赴いている。
さすがに、シシリーの治療を必要とする患者というのはそうそう出るものではないが、その場合は大抵命に係わる状態なので、結構心労が溜まっていそうだ。
最近、ちょっと疲れが見える気がする。
「シシリー、大丈夫?」
俺が心配して声をかけると、シシリーは疲れた素振りを見せずに、ニコリと笑った。
「大丈夫ですよ。そんなにしょっちゅう呼ばれるわけではありませんし、なにより、回復したときのご家族の喜ぶ顔が見られるのが一番ですから」
シシリーはそう言うが、シシリーの仕事は命の危機に瀕した患者の治療。
その場にいるわけではなく、各地から王宮を経て依頼が回ってくるため、多少の時間はかかる。
各国に派遣されることが決まってから、シシリーは各地にある治療院を訪れ、ゲートですぐに行き来できるようにしていた。
これは、以前のスイードでの教訓が活かされている。
だが、いかに素早く移動できるとはいえ、瀕死の患者の場合……間に合わないこともある。
今までシシリーは、そういった間に合わなかった患者を何人も看取ってきた。
心労が溜まっていないはずがない。
幸いなことに、連絡からさほど間を置かずに遠方までやってくるシシリーのことを、感謝こそすれ責めるようなものはおらず、その点の心労はなさそうだった。
「まま、おつかれ?」
シルバーは、シシリーが疲れていることを敏感に感じ取ったんだろう。
気遣うようにシシリーの頭を撫でている。
「大丈夫だよシルバー。ありがとね」
「むふ」
シルバーの行為に感動したのか、シシリーは頭を撫でていたシルバーを思いきり抱き締めた。
母親を案じる息子と、それに応える母。
素晴らしい光景だ。
けど……。
「シシリー! シルバー埋まってる!」
「え? あ! ご、ごめんねシルバー!」
「ぷは!」
シシリーの胸に埋もれていたシルバーが、顔を出して息を吐き出した。
あぶね、シシリーの胸でシルバーが窒息するとこだった。
「ご、ごめんね?」
「むう」
シシリーはシルバーに謝るが、シルバーはペチペチとシシリーの胸を叩いた。
「ごめんねってば……痛っ!」
「シシリー!?」
シルバーに胸を叩かれていたシシリーが、突然鋭い悲鳴をあげた。
今まで赤ん坊だと思っていたけど、シルバーはもうすぐ二歳。
結構力がついてきていたのだろうか?
「大丈夫かシシリー?」
「あ、はい、大丈夫です」
もうなんともないのだろう、シシリーはいつもの笑顔を俺に向けてくれた。
シルバーは、自分の行為でママが痛がっていたという事実に驚き固まっている。
「まま、ごめちゃ」
自分が悪いことをしたと自覚しているのだろう、すぐにシシリーの胸に飛び込みごめんなさいと謝った。
「大丈夫だよシルバー。大げさにしてゴメンね」
「うう」
シシリーがそう宥めるが、子供ながらに罪悪感を感じているのだろう。
中々顔をあげない。
「まあ、しばらくはそうさせておこう。でもシシリー、もし本当に疲れが溜まっているのならすぐに言うんだよ?」
「大丈夫ですって」
「……心配だな。一応ナターシャさんにも見ておくように言っておくか」
「もう、過保護すぎますよう」
シシリーはそう言うが、彼女の身になにかあったら俺は平静ではいられない。
俺は、ナターシャさんにシシリーの様子を見ておいてもらうこと。
それと、なにかあったらすぐに連絡をするようにと依頼した。
それからしばらく、事あるごとにナターシャさんから連絡が入ることになった。
今、聖女様はご飯を食べています。
今、聖女様は本を読んでいらっしゃいます。
今、聖女様は……。
……。
行動報告しろとは言ってねえよ!
そう注意して、本当の緊急時以外は連絡をしないように念押しした。
すると、ナターシャさんからの連絡はなくなった。
シシリーを敬愛しているナターシャさんの様子からして、連絡がないということは特に問題ないということなんだと、そう思っていた。
そうして、しばらくは平穏な日々が続いた。
俺たちも事務員さんたちも仕事に慣れ、余裕ができたころ、俺の無線通信機に着信があった。
それに出ると、相手は慌てふためいたナターシャさんだった。
『御使い様大変です!!』
「ナターシャさん!? どうしました!?」
この慌てよう……まさか!?
『聖女様が……聖女様が!』
ナターシャさんは狼狽してしまって、全く話が通じない。
今どこの治療院にいるのか聞いても、シシリーが大変なんですとしか言わない。
埒が明かないので、俺は一旦ナターシャさんからの通信を切り、事務所に通信をつないだ。
そして、今シシリーがいる治療院を聞き出し、そこにゲートで向かった。
向かった先にいたのは、患者を前に呆然と手を見ているシシリーと、必死に治療している治癒魔法師たちがいた。
「どうした!? なにがあった!?」
「み、御使い様!? あの、この方の治療が……」
治癒魔法師に促され、運ばれている患者を診る。
成人男性で、頭と腹部に損傷を負い、もうすでに虫の息だ。
治癒魔法師が魔法をかけていなければもう亡くなっていてもおかしくない。
「代わります! 治癒魔法をかけ続けてください!」
「わ、分かりました!」
こうして、俺は重症患者に治療を行った。
幸い、まだ死亡はしていなかったので、どうにか魔法で無理やりその命を繋ぎ止めた。
こういうところは前世以上だな。
前世の医療でも、さすがにあれは助からない。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
その男性の奥さんと思われる人が、涙ながらに感謝を伝えてくる。
ああ、確かに、この言葉は千金に値するな。
そう思いながらシシリーを見やると、まだ両手をじっと見ていた。
「シシリー?」
「え? あ、シン君!? どうしてここに!?」
まさか、俺がここに来たことに気付いてなかった?
「どうしたんだよ? シシリーが治療せずにぼおっとしてるなんて」
俺がそう言うとシシリーは必死に首を横に振った。
「違うんです! 魔法が……魔法が……」
「魔法が?」
俺がそう言うと、シシリーは目に涙を浮かべながら叫んだ。
「魔法が使えなくなったんです!」
その言葉は、処置室に響き渡った。
「え? 魔法が……」
「はい……」
シシリー曰く、治療院にゲートを開くところまでは魔法が使えていたらしい。
けど、実際に患者を前に治療を開始しようとしたところ、治癒魔法が発動しなかったらしい。
「魔法が使えなくなるなんて、私……わたし……」
シシリーは涙を流しながら、俺の胸に飛び込んできた。
それを受け止めつつ、俺は処置室にいる治癒魔法師さんを見た。
治癒魔法師さんも俺を見ていた。
「えっと、あの、女性の治癒魔法師の方を呼んできてもらっていいですか?」
「あ、はい。そうですよね。専門の者を呼んできます」
治癒魔法師さんはそう言うと処置室を出て行った。
「シン君……」
俺の行動の意味が分からなかったのだろう。
シシリーが不安そうな顔で俺を見てきた。
「シン君、私、病気なんですか?」
そう問われた俺は、なんと答えようか迷ってナターシャさんを見た。
目を逸らされた。
「いや、病気というかなんというか……あ、ほら、あの人に診てもらって」
ちょうどそのとき、処置室に女性の治癒魔法師さんが来たので、その人にシシリーを預けた。
「え? シン君は一緒に来てくれないんですか?」
「それは勘弁してください」
「え……」
「さあ聖女様、こちらに来てください」
一緒に来てくれというシシリーの要望を俺が断ったので、シシリーは絶望的な顔をした。
しかし、女性治癒魔法師さんはそういう患者にも慣れているのか、有無を言わさず診察室へとシシリーを連れ込んだ。
「あの……同行されなくてよろしかったのですか?」
「……ナターシャさんはさ、そういう診察を受けているときに、恋人とか旦那さんに見られたいと思う?」
「絶対いやです」
「ですよね」
まあ、そういうことです。