アルティメット・マジシャンズ、始動します
アルティメット・マジシャンズに、内勤専門の事務員を各国から派遣してもらい、いよいよ学院の研究会活動ではない業務としての活動が開始された。
開始されてまず驚いたのは……依頼の量。
アルティメット・マジシャンズへの依頼方法として、一旦王宮に集まった依頼を精査し、それを俺らに振り分けるという方式をとっているため、事務所に設置された固定通信機が鳴りやまない、ということはない。
だが、すでに精査済みの依頼が、山のように事務所に届けられていた。
「えっと……これ全部?」
「はい。緊急性の高いものを優先して選んでおりますので、皆さまには早速依頼に取り掛かっていただきたいと思います」
そう俺らに説明するのはカタリナさん。
やっぱり、できる秘書みたい。
「えっと、それで、どの依頼を受ければいいの? あたしらが勝手に選んでいいの?」
アリスが大量に用意された依頼に気圧されつつもカタリナさんにそう聞いた。
「いえ、誰にどの依頼をしていただくのかは事前に振り分けてあります」
カタリナさんはそう言うと、各人に依頼書の束を渡していった。
「皆さまからお伺いした得手不得手、そして性格などから判断し振り分けさせていただきました」
「それもカタリナさんがやったの?」
自分の分と渡された依頼書を見ながらマリアがそう訊ねた。
「いえ、振り分けたのはカルタスさんです」
「へえ」
マリアはそう言うと、新たに送られてくる依頼書と睨めっこをしているカルタスさんを見た。
皆の視線もカルタスさんに向いていたので、それに気付いたカルタスさんがこちらを見ると「え? なに?」みたいな顔をして驚いていた。
「凄いわね。この短期間に性格まで把握して考慮するなんて」
「適材適所ですわ。それを怠ったら効率が悪いですからね。そういうのは時間の無駄です」
「へえ、優秀なのね」
おお、マリアが男の人を褒めるとか珍しいな。
でもまあ、カルタスさんはマリアの嫌いな軟派な男じゃないし、普通に接してればマリアも普通に応対するんだな。
「はは、別に大したことちゃいますよ」
しかも謙遜までできる。
最初はどうなることかと思ったけど、各国は結構本気でできる人材を集めてきたらしい。
「行動は二人一組でお願いします。もしなにかトラブルが起こった場合は、すぐに事務所に連絡してください。王宮も交えて対処します。それにしても、この無線通信機も固定通信機も本当に便利ですね。これがあれば、以前の業務ももっとスムーズにできたのに」
カタリナさんが、自分専用に支給された無線通信機を持ちながらそう呟いた。
まあ、一度その便利さを知っちゃったら手放せないよね。
その証拠に、他の人たちも同意するように頷いている。
「この転送機も凄いですわ。なんですの? 書類がそのまま送られてくるって。反則過ぎますって」
カルタスさんがそう言うのは、さっきから次々と依頼書を吐き出している転送機。
これは、ゲートの魔法を付与した魔道具。
対になっている魔道具同士で書類の転送ができるものになっている。
FAXみたいに、複数の機械とのやり取りはできない。
それでも、王宮からこの事務所までの往復を考えたら、とんでもない効率化を図ることができている。
「すみません、話が脱線してしまいました。それでは、これから毎朝ここで精査済みの依頼を受け取って依頼に当たっていただくことになります。原則、一つの依頼が終わりましたら一度事務所に戻ってきていただき、次の依頼を受けていただくことになりますが、現場が近い場合続けて行っていただくこともあるかと思います。よろしくお願いします」
最初に会ったときの興奮はどこへやら、カタリナさんは淡々と手際よく業務連絡を済ませていく。
いや、マジで有能な秘書。
「シシリー様は、基本的には王都の治療院に詰めて頂くことになっております。他の街や国から依頼がありましたら、そちらに出向いていただくこともありますので、よろしくお願いします」
「はい。分かりました」
「なお、基本的にナターシャさんがシシリー様のサポートとして行動を共に致します」
「サポートですか?」
シシリーは他の皆と違い、依頼を受けて動くのではなく治療院に詰めて治癒魔法師として働くことになっている。
治療院の治癒魔法師のレベルが上がっているとはいえ、まだまだシシリーには及ばない。
そんな治癒魔法師では手に負えない患者を相手にすることになっている。
ある意味、他の誰よりもキツイ仕事だ。
そんなシシリーに、ナターシャさんがサポートに付くという。
「はい。治療院は教会の附属施設です。アールスハイド王都内の治療院は問題ないかと思いますが、シシリー様は創神教の神子ではありません。中には、神子でないものが治療院で治療をすることを良く思わない輩もいるかと思われます」
カタリナさんの言葉に、俺はダームのラルフ長官のことを思い出した。
あの人は、敬虔な創神教教徒だった。
ただ、敬虔過ぎて俺やシシリーのことを認められず、暴走してしまった。
そういう事例があるため、周りが気を使ったんだろう。
「ナターシャさんは、創神教において司教の座に就かれています。彼女が一緒にいれば無用なトラブルは避けられるでしょう」
「え、そうなんですか? ナターシャさん、凄いですね!」
司教って、司祭の上だよな。
え、ナターシャさん俺らとそう歳は変わらないように見えるのに、もうそんな地位に就いてるの?
凄くね?
シシリーから褒められたナターシャさんは、頬を赤く染めたあと、俯いてしまった。
「い、いえ……聖女様に比べたら、私など塵芥も同然でございますので……」
……尊敬の念が重いな……。
そう思っていると、突然ガバッと顔をあげた。
その顔には、断固とした決意が込められている。
さっきのは、シシリーに褒められて照れちゃっただけのようだ。
「私がいれば、頭の固い愚物などすぐに排除してみせます! 聖女様に近付く不埒な輩からは命を賭してでも守ってみせます!!」
「そ、そこまでしなくていいですから!」
あまりに重いナターシャさんの愛に、シシリーが慌てて止めた。
そもそも、シシリーは聖女なんて呼ばれて治癒に特化していると思われがちだけど、魔人を単独で討伐できるほどの力を持っている。
そこらの男どころか、国に仕える軍人ですらシシリーをどうにかするなんてできないだろう。
「シシリー様のお力は存じておりますが、愚かな人間というのはどこにでも存在します。なので、行動するときは必ずナターシャさんと一緒に行動するようにお願いします」
「そうですね。分かりました」
「ナターシャさん、シシリーのこと、よろしくお願いします」
俺がナターシャさんにそう言うと、ナターシャさんは目を潤ませた。
「はい! 御使い様のご期待に副えるよう、我が身に代えても聖女様をお守りいたします!」
「命は賭けなくていいですってば!」
これなら全力でシシリーのことを守ってくれるだろうけど、自分の身が危うくなったら一緒に逃げていいからな!
俺がナターシャさんとそんなやり取りをしている後ろで、シシリーとマリアがなにやら話をしていた。
「あれ? シシリー、ネックレス替えた?」
「え? ああ、うん。えへへ、似合う?」
「うん、いいんじゃない? それも可愛いよ」
シシリーとマリアがそんな会話をしている側で、ナターシャさんをなんとかなだめた俺は自分に振り分けられた依頼に目を通す。
えっと、どれどれ。
……ん?
あれ? これ……。
え? これも?
「あの、カタリナさん?」
「はい? どうしました?」
「いや、あの、俺の依頼なんだけど……」
「はい」
「……なんか、メッチャ遠方の依頼が多くね?」
そう、俺に振り分けられた依頼は、どれも王都から遠く離れた場所。
中には他国というものもあった。
「ああ、それにはちゃんと理由がありますわ」
俺の疑問に答えてくれたのは、この依頼を振り分けたカルタスさんだ。
「シンさんは浮遊魔法使えますやろ? けど、他の人は使えん」
「ですね」
「なので、浮遊魔法が使えるシンさんには、遠くの依頼をこなしてもらおうということになりまして。それが一番効率的ですから」
「そういうことか……」
確かに、普段一緒に行動しているときは皆にも浮遊魔法をかけているから一緒に飛べるが、単独では空を飛べない。
こういった依頼が俺のとこに来るのは当然か。
「それで、俺の相棒って誰なの?」
「おりません」
……。
ん?
「あれ? 聞き間違えたかな? 相棒がいないって聞こえたんだけど……」
「聞き間違えやないです。シンさんには単独で依頼に当たってもらうことになってます」
「え、そうなの?」
「はい。シシリーさんが治療院専属になりますからね。一人あぶれるんです。それなら、一番の実力者で、何が起きても対処できるであろうシンさんに単独行動を取ってもらおうということになりまして」
「そうなんだ」
そういうことなら仕方ないか。
一人なら、相棒に気を使わないで済むし、ある意味気楽かも。
「シンを一人で野に放つのか……」
「殿下、不安なのは分かりますが、ここはシン殿を信用しましょう」
ちら。
「そうで御座る。シン殿も社会人なのですから、そうそう軽率な行動は取らないで御座ろう」
ちら。
……。
ちらちらこっち見てんじゃねえよ!
「さて、それでは殿下とトニーさん、トールさんとユリウスさん、マリアさんとユーリさん、マークさんとオリビアさんでコンビを組んでください」
カタリナさんが、コンビを組む相手も指定してきた。
そこまで決まってるのね。
「私、ユーリとなのね」
「はい、以前、私どもをお救い頂いた際は殿下とご一緒だったとお伺いしましたが、殿下はお妃様のおられる身。女性と二人で任務に当たっていては不要な噂を招きかねないと判断しました」
「それもそうね。ユーリ、よろしくね」
「こちらこそぉ」
「さて、それではアルティメット・マジシャンズ、始動するぞ!」
『はい!』
最後は副長であるオーグが締めて、いよいよアルティメット・マジシャンズが始動した。
……。
代表って俺だよね?