もしかしたら、もしかするかも?
シンが、自宅でメリダたちに自分のことを打ち明けているころ、アールスハイド王都のとある家を一人の男が訪ねていた。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、中から女性の声が聞こえてきた。
「はぁーい。誰え?」
「あ、ロイスです」
その家を訪れていたのは、クロード家の長男、ロイス=フォン=クロード。
シシリーの兄である。
「ロイスさん? どしたの?」
そして、家から出てきたのはアリスだった。
「やあアリスちゃん、お父さんいるかい?」
「お父さんなら、さっきお母さんと買い物に行っちゃったよ」
「ありゃ、そうだったか」
「なにかお父さんに用事?」
「うん。至急社長に目を通してもらわないといけない書類ができちゃってね」
「そっかあ、今日お父さんお休みだけど、ロイスさんは休みじゃないの?」
「ウォルフォード商会は年中無休だからね。なるべく休みが被らないようにしてるんだよ」
「そっか。あ、もうすぐ戻ってくると思うから中で待ってる?」
「いいのかい?」
「もちろん」
シシリーの兄であるロイスは、シンが会長を務めるウォルフォード商会の専務取締役である。
アリスの父であるグレン=コーナーは代表取締役社長。
つまり、上司と部下の関係なのである。
そして、ロイスは今日出勤だったのだが、至急社長であるグレンに目を通してもらわなければいけない書類が出てきたため、こうして自宅を訪れたのである。
「はい、お茶どうぞ」
「ありがとう。あれ? このお茶、変わってるね」
「でしょ? それ、クワンロンのお茶なんだよ」
「へえ。そういえば、アルティメット・マジシャンズは、エルスの向こう側にある国に出向してたんだっけ?」
「そう! もう、あっちでも大騒動でさ!」
シンに話した通り、身近な男性に不信感を覚えているアリスであるが、父の部下であり、シシリーの兄であるロイスに対しては全く警戒心を持っていない。
クワンロンでの騒動を、機密に抵触しない程度に面白おかしく話していくアリス。
そんなアリスを、ロイスも楽しそうに見つめている。
上司の娘であるが、妹の友達でもあるアリス。
シシリーの姉であり、自分の妹であるセシリアとシルビアに虐げられ女性に対してあまり自信のないロイスも、この無邪気な少女に対しては自然体で向き合える。
そんな二人は、グレンの帰りを待つ間楽しい時間を過ごしていた。
「ただいま。おや、お客さんかい?」
「あ、社長、すみませんお休みのところ」
「なんだロイス君か。どうしたんだい?」
「実は、社長にすぐ目を通してもらいたい書類がありまして……」
ロイスは、グレンが帰ってきたのでアリスとの会話を切り上げてそちらに向かった。
「むぅ」
それに対して、アリスはむくれてしまった。
「そんなにむくれて、どうしたの? アリス」
グレンと一緒に帰ってきたアリスの母がそう訊ねると、アリスは口を尖らせながら不満を漏らした。
「まだ話の途中だったのに」
「しょうがないでしょ。ロイスさんは仕事の話をしに来たみたいだし」
「むう」
母になだめられるも、アリスの機嫌は直らない。
その様子を見た母は目を丸くした。
「あらあら」
母はそう言って、なにやら楽し気にアリスとロイスを交互に見比べていた。
やがて、ロイスとグレンの話は終わったようで、アリスに向かって声をかけてきた。
「それじゃあアリスちゃん、僕はこれで失礼するね。お茶、ご馳走様」
「ええ!? まだ話の途中だよ!?」
「はは、これでも仕事中なんだ。続きはまた今度きかせてね」
「絶対だよ!」
そう言うアリスに、ロイスはにこっと微笑んだ。
「うん。また伺うよ」
「約束ね!」
「分かった」
ロイスはそう言うと、グレンにも挨拶をして家を出ていった。
「お父さん! 今度ロイスさんを家に連れてきてよ!」
玄関が閉まるなり、アリスは父にそう言った。
その様子に、父も目を丸くし、その後表情を微笑みに変えた。
「ああ、仕事終わりに誘ってみるよ」
「絶対ね!」
アリスはそう言うと、自分の部屋に戻ってしまった。
残った父と母は、アリスの様子をみてお互い顔を見合わせた。
「いやはや、そういうことなのかな?」
「どうかしら? なんせアリスだから」
「あんまり口を出さない方がいいかな?」
「でしょうねえ。お膳立てするくらいでいいんじゃない?」
父と母は、再度顔を見合わせ、今度は笑いあった。
もしかしたら、訪れるかもしれない未来に思いを寄せて。