やっぱり、人外認定でした
行きにも立ち寄った野営地で帰りも宿泊した。
位置的にちょうどいいらしく、今後はここに中継地としての拠点を築く予定らしい。
毎回野営はしんどいしな。
そして一泊した俺たちは、ようやくエルスへと戻ってきた。
「ようやく帰ってきたなあ」
飛行艇から降り、大きく伸びをしながら見慣れた様式の建物を見回した。
国は違うが、アールスハイドとエルスは建築様式が似ている。
地続きの国だからな、その辺が似てしまうのはしょうがないのかも。
「さて、ナバル外交官とはここでお別れだな」
オーグはそう言うと、ナバルさんに向かって手を差し出した。
「お疲れ様でしたなアウグスト殿下。今回はエルスにとってもアールスハイドにとっても有意義な時間が過ごせたこと、嬉しく思いますわ」
そう言ってナバルさんは差し出された手を取り、握手をした。
「ではまた」
「ええ、また」
そう言ってナバルさんたちは大統領府に向かっていった。
「さて、私たちもアールスハイドに帰るとするか」
「だな、ただ……」
「どうした?」
「俺は帰ってから大仕事が残ってるんだよな」
「……ああ、メリダ殿への説明か?」
「そう」
帰ってきたなら、どうしても話しておかなくてはいけない相手がいる。
爺さんとばあちゃん、そしてディスおじさんには俺のことを話すと決めた。
時間が経つと、また話し辛くなるので、帰ったらすぐ話すことにしたのだ。
「なら、私も父上を連れてくるから、一緒に説明するか?」
「頼めるか?」
「了解した」
そう約束して、俺は自宅にゲートを開いたのだが……。
「おおシン君、おかえり」
「……」
俺が自宅に帰ると、そこにディスおじさんがいた。
……まだ夕方だよ。
なんで、もういるんだよ。
「父上……」
俺のあとをついてゲートを潜ったオーグも、まさかもういるとは思わなかったのだろう。
呆れた様子でディスおじさんを見ていた。
「いや、そろそろ帰ってくるころかと思ってね。ここで待っていれば、すぐに報告が聞けるだろう?」
「報告もなにも、実際に調印したのは父上ではないですか。まさか、合意文書をよく読んでいないとか言いませんよね」
「も、もちろん熟読したとも。一国の王がそんな適当なことをするはすがなかろう」
「では、一体なんの報告を待っていたのですか?」
「そりゃあ、その合意文書以外の色々だ」
つまり、俺らがクワンロンでどんなことをしていたのか教えろということだろう。
まあ、確かに俺の前世以外にも伝えておいた方がいい報告もある。
ここにいるってことは、色々と調整済みだろうし、ちょうどいいか。
「じいちゃんと婆ちゃんもいい?」
「ほっほ。もとからそのつもりじゃ」
「というか、今度はどんな騒動を起こしてきたのか、しっかりと説明してもらうからね」
なんで婆ちゃんは、俺が騒動を起こす前提で話をしているのか。
俺だって他国で余計な騒動なんか起こす気ないよ!
勝手に騒動が起きるんだ!
その気持ちをグッと抑え、クワンロンで起きた出来事を話していく。
ミン家を巡る騒動から、竜の大量発生とその討伐。
その中でも特に重要なのが、クワンロンに伝わるあの話とハオの顛末である。
「なんだって!? 魔石を摂取すると、魔法が使えない者が使えるようになるだって!?」
その話はやはり衝撃的だったようで、婆ちゃんが声を荒げた。
「それは本当なのかい?」
「俄かには信じられんのう……」
ディスおじさんも爺さんも、信じられないという表情だ。
「間違いありません。ハオは魔法が使えませんでした。それが軟禁されている屋敷から逃亡する際、間違いなく魔法を使ったと報告されていますし、屋敷から粉末状に砕いた魔石も見つかっています」
オーグがそう言うと、婆ちゃんたちはようやく信じてくれたようだ。
「しかし、本当に重要なのはここからです」
オーグはそう言うと、魔石を摂取した者は、ほぼ百パーセント魔人化してしまうことを告げた。
「その事実を隠すため、クワンロンでは魔石は毒だと教えられています。これはミン家との個別の取引になりますが、これからアールスハイドに魔石が流入してくることになります。アールスハイドでも同じような措置を取るべきかと」
オーグがそう進言すると、ディスおじさんは腕を組んで唸った。
「確かに、魔石を摂取すると魔人化すると流布するより、毒と言った方がよいか」
「そうしな。そうでないと、魔人化してでも魔法の力を手に入れようとする輩が出てくるよ」
「昔のクワンロン上層部もそう考えたようです。なので、この事実を知っているのは今も上層部のごく一部だけです」
オーグはそう言うと、一緒についてきていたシャオリンさんを見た。
「はい。私は今回の件があるまで、魔石は致死性の毒なので絶対に摂取してはいけないと教わってきました」
「そう教えてきたことで、ここ数十年魔石の摂取による魔人化は起こっていないそうです」
シャオリンさんとオーグの追加情報で、ディスおじさんは腹を決めたようだ。
「分かった。このことは一部の者だけには伝えておこう。軍の上層部だけでいいか」
「それでいいかと」
「うむ」
とりあえず、この件に関してはディスおじさんに一任することにした。
そして次に話したのは、前文明の遺跡についてである。
「は? 前文明、だと?」
ディスおじさんは、なにを馬鹿なことをという態度だ。
まあ、アールスハイドだとそういう反応になるよな。
「与太話でも都市伝説でもなく実際に遺跡がありました。我々も確認しています」
オーグのその言葉にいち早く反応したのは婆ちゃんだった。
「本当にあるってのかい!? 見間違いとかじゃなくて!?」
「ええ。実際に遺跡の街並みを見てきました。あのような都市は見たことがない。間違いなく幻の前文明です」
それを聞いた途端、婆ちゃんの様子が変わった。
「まさか本当に? どれだけ調べても手掛かりさえ見つからなった前文明の遺跡がそんなところに……今すぐ……いや、でもシンの手前……」
婆ちゃんは、マッシータの魔道具を求めて戦争中の国にまで足を運んでいたらしいからな。
本音を言えばすぐにでも遺跡を見に行きたいんだろう。
けど、今まで散々俺に自重しろと言ってきた手前、すぐに行きたいとは言い出せないようだ。
そこへ、救いの手が差し伸べられた。
「そんなに焦らなくとも、クワンロンでは前文明の遺跡は観光地になっています。お時間があればいつでも行けますよ。シン殿にはゲートがありますし」
「本当かい!? ならあとで連れて行ってもらおうかねえ!」
え? あとで?
ってことは、このあとすぐってこと?
婆ちゃんは、もう婆ちゃんなのに、なんでこんなに行動的なんだ。
「本当に血の繋がりがないんですか? シン君にそっくりです」
珍しく興奮している婆ちゃんを見ながら、シシリーが俺に耳打ちした。
それな、俺も思うわ。
「話はこれで終わりかい!? なら早速……」
「すみませんがメリダ殿、話はもう少し続きます」
そしてオーグは、その前文明が崩壊した経緯について話し始めた。
国を跡形もなく破壊するほどの兵器が作られ、それが実際に使われたと思われること。
今後、魔道具の開発が進めば、いずれそのような兵器が作られるかもしれないこと。
そうなる前に、抑止力とはいえそのような兵器は作るべきではないと各国が歩調を合わせる必要があることなどを伝えた。
その説明を受けたディスおじさんはまた難しい顔で唸り、婆ちゃんはなにかに納得した顔をした。
「なるほどねえ。どうりでどこを探したって前文明の痕跡が出てこないわけだ。まさか、跡形もなく吹き飛ばされていたなんてねえ……」
「恐ろしい話じゃの」
今にも色々と調べに行きたそうな婆ちゃんに比べて、爺さんは深刻な顔をしている。
それもそうだろう。
以前のシュトロームが引き起こした以上の惨状を人間が引き起こしたというのだから。
魔人の被害を知っているだけに、事の深刻さがわかるのだろう。
「それにしても、クワンロンとやらではそこまで研究が進んでいるのかい?」
あまりにも詳しく前文明が崩壊した経緯を説明したので、クワンロンでは相当前文明に関する研究がされていると感じたのだろう。
婆ちゃんがシャオリンさんにそう聞いた。
だが、聞かれたシャオリンさんは困り顔だ。
「いえ、クワンロンでもそこまでは解明されていません」
そう言うシャオリンさんに、婆ちゃんは怪訝な顔をした。
「どういうことだい? 今までの話は、全部あんたたちの想像だってのかい?」
「それにしては、随分具体的だったが……」
ディスおじさんも不思議そうな顔をしている。
俺は、オーグと顔を見合わせ、ここから話を引き継いだ。
「俺が遺跡の状況から推測したんだ。ほぼ間違いないと思う」
「シンが?」
「どういうことだい?」
婆ちゃんも爺さんもディスおじさんも俺を見てくる。
俺は、一旦深呼吸して息を整えると、三人に打ち明けた。
「俺さ、異世界で生きていた前世の記憶があるんだ」
俺がそう言うと、三人とも一瞬目を見開いたが、それ以上驚くことはなかった。
「あ、あれ?」
いや、俺今結構重大なこと言ったよ?
なんで、ちょっと驚いたくらいの反応なの?
「それで? アンタが前世の記憶を持ってることと、前文明が崩壊した経緯を説明できることがどう繋がるんだい?」
「え? えーっと……」
逆に俺が混乱しながら、前文明が崩壊した経緯を推測した理由を説明する。
前文明の街並みが、前世の記憶にある街にそっくりなこと。
そこから、前文明時代にも俺と同じような前世の記憶を思い出した人間がいると思われること。
恐らく、その前世の記憶を持っている人物が、抑止力のために甚大な被害を起こす兵器を作成したこと。
前世の記憶がある異世界では、そのような兵器を作っても、使われることがなかったのでまさか使われるとは思っていなかったと思われること。
しかし、その威力をしらない時の為政者がそれを使用してしまったこと。
その結果、前文明は崩壊してしまったことを話した。
そこまで話すと、三人とも深いため息を吐いた。
「なるほどのう。そういうことなら、シンの言う推測で間違いないように思えるのう」
「というか間違いないんじゃないのかい? ディセウム、今ここでこの話が聞けたことは重畳だ。決して、今後もそんな兵器が作られないように厳しく取り締まりな」
「分かっております。王宮に戻り次第、各国の王に連絡を取りましょう」
「ちょっ、ちょっと待って!」
あまりにも普通に話す三人に、思わず待ったをかけてしまった。
「なんだい? 今大事な話をしているところだよ」
「それは分かってるけども! 俺、今結構重大なこと告白したよ!? なんでスルーなのさ!?」
「なんでって、構ってほしいのかい? 父親になったってのに、まだ子供のつもりなのかい?」
「そうじゃないよ!」
なんだよ!?
なんか俺が構ってちゃんみたいじゃんか!
俺がおかしいのか!?
三人の態度に俺が頭を抱えていると、婆ちゃんがため息を吐きながら言った。
「まあ、今更だからねえ」
「……どういうこと?」
「あれは、アンタが初めて魔物を倒したときだったかねえ。マーリンやミッシェルを交えて話してたんだよ。アンタが別の世界から来たって言われても驚きやしないってね。まさか本当だったとは思わなかったけど、お陰で色々と疑問が晴れるってもんさ」
「そうじゃのう。シンの魔法に関する考え方はどこから来とるのかと常々疑問じゃったが、そういうことなら納得できるでな」
「正直、私はシン君は人間じゃないかもしれないと思っていたからねえ。それくらいなら許容範囲だ」
「ディスおじさんが一番非道い!?」
なんで皆、俺のこと人外認定なの!?
「まあ、そんなわけでね。今更アンタに前世の記憶があるって言われても、やっぱりねって感想しかでてこないねえ」
「そっすか……」
なんだよ……。
俺の決死の覚悟を返せってんだよ。
「それはそれとしてだ。アンタ、今までの所業は前世の記憶を基にしてたってことでいいんだね?」
「まあ、そうだよ」
「なら、これからなにか作る前に、アタシに全部説明しな」
「全部!?」
「当たり前さね! アンタの記憶にある異世界は前文明並みに発展してたんだろう!? そんな記憶を基にした魔道具なんて、それこそ前文明の二の舞になる可能性があるかもしれないじゃないか!」
「いや! ちょっと待って! 俺、今まで武器や兵器なんて、バイブレーションソード以外作ってないよね!?」
俺がそう言うと、婆ちゃんは「ふむ」と考え出した。
「そう言われればそうかねえ。一応その辺は自重してたのかい」
「自重っていうか……前世で俺が住んでた国は、武器とか兵器とか所持できない国だったから、そういう発想がないんだ。その代わり、魔道具に代わるものがすごく発展してたんだよ」
「なるほどねえ。言われてみれば、アンタの作ってきた魔道具は、生活に密着してるものが多いか」
「そうだよ」
言っとくけど、俺は好戦的な性格はしてないからな。
魔道具だって、俺自身の生活を便利にするために開発してるようなもんだし。
「それでも、やっぱり事前に説明しな」
「なんで?」
「アンタの作る魔道具は先進的すぎるんだよ。アンタは前世で使ってたから何の気なしに作っちまうかもしれないけど、この世界では刺激が強すぎるんだ。アンタはどうにも、その辺りの匙加減が苦手みたいだからねえ。監督しないと世間が混乱するんだよ」
「便利なのに……」
「だから、段階を踏みなと言ってんのさ。アンタはいきなりすぎるんだよ」
「むぅ……」
婆ちゃんの言う通りのような気がする。
俺が作る魔道具は、皆の生活を向上させることを目的にしている。
便利なものだからいいだろうって。
でも、よく考えてみたら、前世の世界でも最初に発表される発明品はどれも原始的なものだった。
そこから徐々に発展していき、より便利に多機能になっていった。
その経緯をすっ飛ばしてる。
言われてみればその通りだ。
「だから、とりあえず覚えてる限りでいいから、どんな道具があったのか説明しな」
「でも、説明しろって言われても、それこそ数えきれないくらい色々あったからな……」
なにから説明していいのやら。
そう言うと、婆ちゃんは深いため息を吐いた。
「ってことは、これからずっとアンタの作る魔道具に付き合っていかなきゃいけないのかい?」
「まあ……必要だなって思ったものだけにするよ」
「そうしとくれ」
結局、ここでも俺の前世の話はすんなり受け入れられた。
俺のことをズルイと言ったり、気味悪がったりしないのはとても嬉しいけど……。
皆が揃いも揃って俺を人外扱いしてんのはどうなのよ?




