空の上でのひと時
「……頭痛い」
送別会の翌日、朝から二日酔いでフラフラしているエルス使節団に俺は白い目を向けていた。
「知りませんよ。今日は朝から出発するって言っていたでしょう? ほら、さっさと飛行艇に乗ってください。荷物はもう積んでますので」
「……もうちょっと出発遅らさへん?」
頭を押さえて辛そうにそんなことを言うナバルさんに俺は……。
「さっさと乗ってください」
襟を掴んで飛行艇の中に放り込んだ。
「ぎゃあっ! 頭が! 頭が割れた! 中身零れた!」
「割れてませんし中身も出てません。早くシートに座ってください」
俺はナバルさんにそう言うと、他のエルス使節団に目を向けた。
すると使節団の皆さんは急にシャキッと立ち上がり、キビキビと飛行艇に乗り込んだ。
なんだ、二日酔いは演技か?
そう思ったのだが、シートに座った瞬間、グッタリと崩れ落ちた。
……放り込まれたくない一心でシャキッとしていたのか……。
っていうか、今日は移動日なんだから、それも踏まえて飲む量を制限すればいいのに、どうしてこう酔っ払いってのは制御ができないのか?
不思議に思いながらも、俺は一旦飛行艇の外に顔を出した。
そこには、ミン家の皆さん。将軍とその部下。官僚の方たちが揃っていた。
「皆さん、お世話になりました!」
俺がそう言うと、一緒に乗り込んでいるシャオリンさんが通訳をしてくれた。
皆さん、笑顔で手を振ってくれた。
「ふふ、皆ありがとうって言ってますよ」
「……ハオって、そんなに嫌われてたのね」
「そうですね」
またあっさり肯定したな。
まあ、どう考えてもクワンロンのガンだったからな。
それを排除できて、皆喜んでいるんだろうな。
特に、シャオリンさんが嬉しそうだ。
「さて、そろそろ行くか」
オーグがそう言うと、操縦士さんたちが頷き、魔力を込め始めた。
次第に浮かんでいく飛行艇を見上げるクワンロンの人たち。
皆が手を振っているので、俺たちも窓から手を振った。
「ちょっ! 傾きますから、片方に集まらないでください!!」
操縦士さんの慌てた言葉で、慌てて元の座席に戻った。
地上では、皆が変わらず手を振ってくれている。
なので操縦士さんが気を利かせてくれて、上空で何回か旋回してくれた。
お陰で皆地上に向かって最後の挨拶をすることができた。
そして、首都イーロンを離れて砂漠地帯へと向けて飛び始めた。
「ふう……」
オーグがそう言いながら深く飛行艇のシートに沈み込んだ。
「お疲れ」
俺はそう言いながら、オーグに冷たい飲み物を手渡した。
「ああ、すまない」
それを受け取り、口をつけると再度ほっと息を吐くオーグ。
「ようやく気を抜くことができるな」
飲み物を一気に飲み干すと、大きく伸びをする。
こんな動作でさえ、久し振りに見る気がする。
「今回は初めて訪れる国との国交樹立の話し合いだからな。言葉も通じないし、これほど疲れたのは久し振りだ」
「最近は外交らしい外交はあまりありませんでしたからね」
「魔人王戦役以降、各国の結束が強まったで御座るからなあ」
アールスハイドと周辺国との関係は、過去にないほどの良好だ。
魔人シュトロームという驚異の前に一致団結し、その脅威を振り払ったという仲間意識が強く、各国の首脳陣も、各国の国民も他国に対して非常に友好的になった。
そのお陰で、オーグが出張るほどの問題は起きていないらしい。
やっぱ共通の敵がいると結束力が高まるっていうのは本当らしい。
そんな話を聞いて、シャオリンさんが不安そうな顔をしていた。
「あの、皆さんそんなに仲がいいのに、私が入って大丈夫なんでしょうか?」
ああ、そうか。
クワンロンは今回新たに国交を樹立した国。
シュトロームとの魔人王戦役には一切関わっていない。
他の国とは、魔人王戦役で共に戦ったという仲間意識があるのに、自分にはないことを気にしているのだろう。
「気にしなくても大丈夫だろう。今回の件は各国から我々を監視するというのが目的だ。仲良しこよしの馴れ合いじゃない。心配するな」
「そうでしょうか?」
オーグは気にするなと言っているが、シャオリンさんの顔色はどうにも優れない。
「まあ、建前だけの可能性もありまんな」
そう言ってきたのはナバルさんだ。
「エルスでもアルティメット・マジシャンズの人気は大したもんでっせ? そんな人らと一緒に働けるとなると、建前を忘れてまうかもしれませんわ」
「ほう? エルスから派遣されてくるのは、そんな人物なのか?」
オーグが挑発的な態度でそう言うと、ナバルさんもニヤッと笑い返してきた。
「いやいや、ウチから派遣する人材はそういうことはありませんわ。というか、資料渡しましたやろ?」
「資料に書かれていたのは、その人物のプロフィールだけだ。どんな人間性かまでは書かれていないのでな」
「ほな、それに関しては私が保証しましょ。ミーハーな気分で職務を蔑ろにするような人物とは違います」
「そうか、それなら安心だ」
オーグがそう言うと、ナバルさんは呆れた顔をした。
「自分らを監視させるための派遣員やっちゅうのに、随分な言いようでんな?」
「なにを言っている。監視など業務の一部でしかない。事務員として派遣されてくるのだから、キッチリと仕事はしてもらわんとな」
「さいでっか」
ナバルさんはそう言うと、これでこの話は終わりとばかりにシートに横になった。
「頼むから、あんまり揺らさんように言うといて」
そう言って顔にタオルを置いて休みだした。
……荷物の管理は?
どうやら、二日酔いでそれどころではないらしい。
オーグと顔を見合わせて、やれやれと肩を竦めあった。
これはあとでアーロンさんに報告かな? とそんなことを考えていると、ナバルさんの悲鳴が響き渡った。
その悲鳴に、慌ててナバルさんを見ると……。
「ちょっ! 坊ちゃん! 頭揺らしたらあかん!」
「おいたん、あさよ?」
もう日が昇っているのに顔にタオルを置いて寝ていたのが不思議だったのか、シルバーがそのタオルを剥ぎ取り、ナバルさんを起こそうと頭を揺らしていた。
「ちょおっ! なにすんねんなこの子は!?」
「す、すみません! こらシルバー! おいたしちゃメッ!」
「むぅ」
その様子を見ていたオーグが高らかに笑った。
「ナバル外交官、シルバーもちゃんと仕事をしろと言っているぞ?」
「そんなん言うとりますかいな!」
「だが、お前たちがアーロン大統領と一緒に帰らなかったのは荷物の管理をするためだろう? 今、まったくしていないではないか」
「そ、そらそうですけど……」
「ふむ。やはり大統領に報告を……」
「分かりました! 分かりましたから、それだけは!」
ナバルさんは必死になってオーグを止めると、もそもそと起き上がった。
「はぁ……しんど。おい、ちょっと経ったら交代やからな」
「……起きれたら代わりますわ」
「叩き起こすからな」
大声をだすのもしんどいんだろう。
エルス使節団の皆さんは、ボソボソと小さい声でそんなやり取りをしていた。
「やれやれ。シルバー、お手柄だぞ」
「あい!」
オーグに褒められ、シルバーが得意げに手をあげた。
「もう」
シルバーを抱きかかえるシシリーは呆れ顔だ。
そんな和やかな空気の中、飛行艇は砂漠地帯とクワンロンの境目に到達した。
「さて、ここから先は風景も変わりないし、少し休むとするか」
オーグはそう言って、シートに座って目を閉じた。
「ちょっ! 私らには起きとけ言うて、自分は寝るんかいな!」
「何か問題あるか? 私には荷物を管理する仕事などないからな。あくまで、飛行艇を運用するための責任者として同乗しているだけだ。特段仕事などない」
「ぐぬぬ……」
オーグにしてやられたナバルさんは悔しそうだ。
でもまあ、オーグの言う通りではある。
ナバルさんに勝ち目は……。
「殿下、もしお暇なのでしたら、今のうちにアルティメット・マジシャンズの業務についてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
そういや、シャオリンさんが飛行艇に同乗したのは、帰りの道中でその話を聞きたいがためだったな。
「……」
シャオリンさんから事前にそう言われ了承していた手前、断ることもできない。
「そうだったな……」
オーグはそう言うと、シートから起き上がりシャオリンさんに向き合った。
その後は、シャオリンさんからの質問にオーグが答えるという形式で話が進んでいた。
シャオリンさんたちがする仕事の内容。
まあ、受付と経理、それと依頼された仕事の分配だな。
固定通信機を事務所に設置し、そこに連絡が入ると今度は無線通信機で各自に連絡が入る。その手配をするのが主な仕事になる。
ちなみに、その固定通信機への連絡は、最初一般開放しようという意見もあったのだが、それをするとひっきりなしに連絡が入ることが予想されたため、今まで通り一旦王宮を通し、そこで依頼を精査してから連絡が入ることになっている。
今まで俺たちが学生だったということもあり、入る依頼は相当に緊急性のあるものだけに限られていた。
その依頼受理の条件が、大分緩くなるらしい。
それと、今後はキッチリと依頼料を請求するらしい。
それがそのまま俺たちの給料にはならないんだけどね。
固定給プラス、依頼達成件数による歩合給になるとのこと。
その辺りも社会人って感じだな。
その依頼達成件数の管理も仕事の内らしい。
要は、現場に出ること以外の全部ってことだ。
「まだ実質動き出していないからなんとも言えんが、相当忙しいことになると思う。それこそ、監視というのが本当にただの建前になる可能性もある」
「そんなにですか……」
「今現状、王宮に届いている依頼の数を考えるとな。正直全部は受けきれんぞ」
「そ、そんなにですか!?」
今王宮で一番忙しい部署は、各地から寄せられるアルティメット・マジシャンズへの依頼を精査する部署だという。
そもそも王宮に届くまでにも精査はしているとのことなので、大本の依頼件数は一体どれほどの量になっているのか……。
ただまあ、その状況が続く限り、事務員さんたちを雇い続けることはできそうである。
「正直、提案しておいてなんなのだが、これで監視ができるのかは甚だ疑問ではあるがな。まあ、もう半分建前になっているのだから、関係ないといえばそうなのだが」
これから依頼を沢山受けていくということは、俺たちは現場に出ずっぱりになるということだ。
監視とかあまり現実的ではないよな。
「でも、受け入れはするんだよな?」
「自分のところの人員を派遣しているというだけでも安心できるだろうからな」
本当に、ただの建前だな。
まあ、それで話が進んでしまっているので、今更止めましょうは通用しないかな。
そんなことをしてしまうと、各国の不安を煽ってしまうかもしれない。
折角、今は各国が良好な関係を築いているのに、それを俺たちが壊してしまうわけにもいかない。
それに、各国から派遣されてくる人員は相当に優秀な人材ばかりだそうだ。
それに代わる事務員を今から手配するのも可能なのかどうか。
「シャオリン殿はミン家でも仕事をしていたのだろう? 期待しているぞ」
「は、はい! 微力ながら、力にならせていただきます!」
とりあえず、仕事の話も終わったしあとはのんびりと空の旅を楽しもう。
シルバーは、早々に飽きてシシリーの腕の中でおねむになってるけどね。




