暇なのです
「はあ……疲れた。本当に疲れた……」
俺から色々と話を聞いたオーグは、座っていたソファーの背もたれに寄りかかってそう呟いた。
いや、疲れすぎじゃね?
「まさか、こんな途方もない話を聞かされるとは思いもよらなかった……」
「本当ですね。本来なら、ただの遺跡観光のはずだったのですが……」
なぜこんな展開になってしまったのかと、オーグだけでなくトールもお疲れの様子だ。
「俺だって、こんな話をすることになるとは夢にも思ってなかったよ」
正直、墓場まで持っていくつもりだった俺の秘密。
それを、こんなところで暴露することになるとは思いもよらなかった。
そして、それがすんなり受け入れられることも想像していなかった。
そっちの方が意外だった。
「ともかく、かなり有用な話が聞けたことは確かだ。アールスハイドに戻ったら取り掛からねばならないことが山積みだな」
「ですね。クワンロンとの調印を一刻も早くまとめないといけないですが、今はどうなっているんでしょうか?」
そういえば、この場にはナバルさんたちエルスの人たちがいない。
まあ、いないからこそ俺はあの話を暴露したんだけどな。
もしこの場にナバルさんたちがいたら、どんな魔道具が作れるのか根掘り葉掘り聞かれていたに違いない。
そして、その販売権を巡ってナバルさんたちで血みどろの争いに……。
「あれ? 皆さん、もう観光から帰ってきとったんかいな」
そのとき、ナバルさんがリビングに顔を出した。
あぶね。
結構ギリギリのタイミングだった。
「ちょうどよかったナバル殿。悠皇殿からなにか進捗は伝わっているか?」
「なにかって言われても、シャオリンさんもリーファンさんもおらへんから、なに言うとるのかサッパリ分かりませんわ」
「……」
そう言えば、二人とも遺跡観光に連れ出してたんだった。
もし悠皇殿からなにか連絡があっても分からないよな。
「それに、ここ商会でっしゃろ? 竜の革の取引が再開されて業者の出入りも激しゅうなりましたからなあ。正直、誰が来たんやら」
と、そのとき、ミン家の使用人の一人がシャオリンさんに話しかけた。
使用人の話を聞いたシャオリンさんは、一度大きく目を見開くと、使用人に謝辞を告げこちらに向いた。
「悠皇殿から伝達です。ハオの後始末が済んだので調印のための準備を進めたいとのことです」
その言葉を聞いた途端、周りから「おおっ」と言う歓声が聞こえた。
結構な期間クワンロンにいるからな。
皆、そろそろアールスハイドに帰りたくなっていたのだろう。
これでようやく家に帰れると、安堵しているようにも見える。
「よっしゃ! ようやくワシらの出番やな! ほんならシャオリンさん、早速行きましょか!」
ハオの反逆からここまで出番のなかったナバルさんがメッチャ張り切ってる。
その調子で、素早く調印してきてください。
「さすがに今日すぐじゃないですよ。明日からです」
……そらそうだ。
その日の夜。
俺はシシリーと一緒に割り当てられた部屋にいた。
その部屋にテーブルセットが据え置かれているので、俺はシシリーと対面して座っていた。
「ええっと……改めて聞きたいんだけど」
「はい?」
「……幻滅してない?」
「なんでですか?」
「なんでって……なんていうか……俺、前世の記憶があるじゃない? 得体が知れないっていうか……」
俺がそう言うと、シシリーは呆れたような顔をした。
「そんなことですか」
「そ、そんなことって……」
「シン君がなにかおかしいっていうのは今更です」
「……そっすか」
そっすか、今更ッスか。
「それも含めて、私はシン君を好きになって恋人になって結婚したんです。それとも、今のシン君は別人なんですか?」
「いや……一歳のときからずっと俺だよ」
「じゃあ、なにも問題ないじゃないですか」
「そう……なのか?」
そんなもんなのだろうか?
そうやって、いつまでもウジウジと悩んでいると、シシリーは業を煮やしたらしく……。
「えい」
「わぷっ!」
俺の頭を抱え、胸に抱き寄せた。
「これでも信用できませんか?」
「……いや、十分伝わりました」
「ふふ」
なんかもう、シシリーには一生頭が上がらない気がしてきた。
……もうすでにか?
「ところで……」
「ん?」
シシリーの胸に顔を埋めていると、頭の上からなにか話しかけられた。
「……さっきの、上書きできましたか?」
「……」
さっきのアレかあ。
……。
「きゃっ!」
俺は、シシリーの胸に顔を埋めたままベッドに押し倒した。
「まだ」
その夜、沢山上書きしてもらいました。
そして翌日から、ナバルさんたちは連日悠皇殿に通うようになった。
その際、必ずシャオリンさんかリーファンさんを伴っているので、俺たちの外出に同伴できるのもどちらか一人となり、結果外出できる機会は半減してしまった。
しょうがないので、俺は帰ってからやろうと思っていたことを、前倒しで行うことにした。
「シャオリンさん、庭を貸してもらっていいですか?」
「はい? いいですけど、なにをするつもりなんですか?」
今日のナバルさんたちの同行はリーファンさん。
今日は誰も外出する予定がないので、シャオリンさんは家にいた。
「いや、調印文書が出来上がるまで暇なんで、戻ったらやろうと思ってたことを前倒しでやってみようかなと」
「はあ。別に構いませんよ」
シャオリンさんの了承も得られたので、さっそく庭に出た。
マークとユーリも一緒である。
「早速あれ解体するんスか?」
「帰ってからでも良かったんじゃないのぉ?」
ここは工具の揃ったビーン工房ではなく、商家の庭。
解体には不向きなこと、この上ない。
「さすがにここでは解体まではしないよ。ただ、なんせ暇だからさあ、検証だけでもしとこうかと思って」
「検証ッスか?」
「ああ。俺の記憶にある車と、どこがどう違うのか、それだけでも調べとこうかなって」
「そういうことかぁ」
解体するのは工房に帰ってからにするとして、どこをどう解体するのか事前に見ておいてもいいんじゃないかと考えたのだ。
だって暇なんだもの!
「あの、私も見ていていいですか?」
「いいですよ。ただ、面白いかどうかは保証しかねますけど」
「それで結構ですよ。もしかしたら、新しい商売のヒントになるかもしれませんので」
そういうことか。
ミン家は竜の革と竜革製品を取り扱う商会だ。
けど、別にそれ以外の商売をやっちゃいけないってことはない。
今回は、竜の革を専門に扱っていたため、それの取引を禁止されることで窮地に陥った。
竜の革以外にも多角的に商売をするのはいいことだと思う。
まあ……いきなり車とか作れないだろうし、別にいいけどね。
「さて、それじゃあ、まずは庭にシートを敷いてと」
異空間収納から取り出した厚手の布で作ったシートを庭に広げる。
ホントはビニール製のブルーシートがいいんだけど、この世界では石油はまだ有効活用されてないからなあ。
臭くてランプの明かりには不向きなので、掘り当ててしまったら厄介者扱いなのだ。
「さて、じゃあ取り出すよ」
俺はそう言うと、シートに沿うように異空間収納の入り口を展開させ、そのまま上に持ち上げた。
すると、収納されていた車がそこに鎮座していた。
今にも崩れそうなくらいボロボロだったからな。
あまり衝撃を与えないように、取り出したのだ。
「相変わらず器用っすねえ」
「魔法がない世界から来たのにこんなことができるなんて。どれくらい練習したのかしらぁ?」
三歳くらいからほぼ毎日だからな。
魔法の練習量は誰にも負けない。
「さて、では改めて見てみよう」
遺跡は明かりが点いているとはいえ、やはり地下なので若干薄暗かった。
しかし、今日は太陽の下だ。
遺跡では見えなかったものが見えてくるかもしれない。
そうして、車をくまなく見て回った。
「あ。これ、サスペンションっすか?」
「わぁ、ビーン工房で作ってるやつより複雑ねえ」
「あれは本当に簡単な構造だからなあ。車くらいの重量とスピードを支えるならこれくらいは必要だよ」
「これ、今作ってる製品の改良にも活かせるッスね」
「それにしても、このくるま? っていうのは凄いわねぇ。これを作ろうと思ったらどれくらい時間がかかるのかしらぁ?」
ユーリが、非常にいいところに気が付いた。
「これのコピーを作るとなると、数年かかるだろうね」
「「数年!?」」
「コレさ、部品を全部一ヵ所で作ってるわけじゃないんだ。今マークが注目したサスペンションだって専門に作ってるところからの納入だし、ブレーキもそう。他にも別の工場で作ったものを集めて作ってるんだ。ビーン工房だけで全部作るとなると、それくらいかかるよ」
専門の機械も無いしな。
「……ってことは、自分たちがしようとしてることは一体……」
「コレは無理ってだけで、簡単なのは作れるだろ? ともかく動力とブレーキさえ作れれば、あとはなんとかなる!」
ちょっとずつ段階踏んでけばいいんだよ。
いきなりクーペとかセダンとか作れないって。
そもそも鉄が足りないよ。
「まあ、サスペンションはもう作ってるし、その改良のためってことでサスペンションも解体するか。一番大事なブレーキは帰ってからってことで」
「そッスね」
「うーん。終わっちゃったわぁ」
解体するなら時間がかかるけど、確認するだけだからなあ。
また暇になってしまった。
「はあ……もしかしたら、私どもでも作れるかもしれないと期待しましたが……これは予想以上に難しそうですね」
シャオリンさんには、俺らが見ていた車を見ても鉄の塊としか見えないだろう。
そもそもボロボロだし。
そこからノーヒントで車を開発するのはさすがに無理じゃないかな?
シャオリンさんが新しい商売にするのを諦めた様子なので、改めて異空間収納に車を仕舞った。
「むぅ、また暇になってしまった」
「いいことじゃないですか。たまにはのんびりしましょう」
リビングに戻ってソファーに座っていると、シシリーがお茶を淹れてくれた。
「お、ありがと」
「すみません。いただきますッス」
「ありがとぉ」
マークとユーリの分もお茶を淹れたシシリーは俺の隣に腰を下ろした。
マークとユーリはテーブルを挟んだ向かいに座っている。
俺たちの任務は、ナバルさんたちの護衛。
今日はアリスとリンが護衛についてる。
別に戦場ってわけでもないので、二人で十分なのだ。
「のんびりって言ってもなあ……のんびりってなにすりゃいいんだ?」
「もう、のんびりはのんびりですよ。なにもしなくていいんです」
なにもしない、かぁ。
しかし、今までなんやかんやとしてきているので、なにもしないっていうのは落ち着かないんだよなあ。
今世では、婆ちゃんの資産だけじゃなくて俺にも結構な資産ができたけど、前世から続く貧乏性は直ってないなこりゃ。
「もう」
俺が、のんびりってどうやってするんだと悩んでいると、シシリーが湯呑を持ちながら俺との距離を詰めてきた。
「こうやって、お茶を飲みながらゆっくりしていればいいんです」
「……そっか」
シシリーに促されるまま、俺は淹れてもらったお茶を飲んだ。
「「はぁ……」」
熱いお茶を飲み、シシリーと同じタイミングで息を吐いた。
「「ふふ」」
あまりに同じタイミングだったもので、お互い顔を見合わせて笑ってしまった。
ああ、のんびりってこういうことか。
そう思ったとき、目の前に座っている二人の視線に気が付いた。
「いやあ、いつまでたってもラブラブッスねえ」
「付き合いだしてもう三年経つのにねぇ」
マークとユーリがニヤニヤしながら俺らを見ていた。
「なんだよ。マークのとこなんて俺ら以上に付き合い長いじゃないかよ」
「そうですよ。ユーリさんのところだって、お付き合いしたてだからラブラブな時期じゃないですか」
揶揄ってきたので、俺らも揶揄い返してやった。
「いやあ、俺らはもう付き合い長いんで、大分落ち着いてるッスよ」
「何年経ってもラブラブなままなのが凄いって言ってるのよぅ」
全く動じてないだと……!?
「あ、そうだ、二人ともぉ」
「ん?」
「なんですか?」
なんとなく負けた気になっていると、ユーリがなにかを思い出したように話し出した。
「泊めさせてもらってるおうちで頑張りすぎるのはどうかと思うわぁ」
「「!!??」」
なっ!? まさか!?
「え? あの、聞こえて……」
「私の部屋、隣だからぁ」
「「……」」
ユーリの指摘に、シシリーと二人で真っ赤になっていると、向かいに座っているマークが、ホッとした顔をしながら呟いた。
「防音の魔道具使っといてよかった……」
……。
わ、忘れてた……。