自重できない理由?
なんで俺が貴族になっていないのか?
なにげないアリスの一言だったが、それを聞いた途端オーグの眉間に皴が寄った。
「シンの功績だけを見れば十分に貴族になれる実績はある。というか、普通なら侯爵くらいに叙されていないとおかしい実績だ」
「魔人の討伐、スイードの救出、シュトロームの討伐による旧帝国領の奪還に数々の魔道具の開発ですね。そういえば、固定式通信機のインフラができたそうですから、そろそろ個人向けに解放されるみたいです」
トールが指折り数えながら、俺のしたことを列挙していく。
よくよく考えたら、結構なことしてんな。
「確かに、どれか一つでも貴族に叙されていてもおかしくないで御座るな」
「え? じゃあ、なんでされてないんですか?」
アリスがそう聞くと、オーグは深い溜め息を吐いた。
「アールスハイドで爵位を授与し貴族になるということは、アールスハイド王家に忠誠を誓うということだ。つまり、アールスハイド王家の命に従う義務が発生するのだが……シンはもはや世界の英雄だぞ? アールスハイドでそんなことをしたら、世界中からなにを言われるか分からん」
そうなの?
「それになにより、そんなことをしてマーリン殿やメリダ殿が黙っているか?」
「うわあ……絶対怒りそう」
「そういうことだ。なのでシンを貴族に叙することは難しいのだ」
「へえ」
貴族になりたいとか全く考えたことがなかったから、気の抜けた返事をしたらオーグがガックリと肩を落とした。
「まあ……マーリン殿とメリダ殿も、魔人討伐の功績で貴族に、という話を蹴ったらしいからな。そこはお二人の薫陶を受けた孫ということか」
「それもあるかもしれないけど、俺、十五まで森暮らしだったんだぞ? 今の生活だって十分すぎるくらいなのに、それ以上って言われてもな」
森の奥深くでの生活から、突然都会での豪邸暮らし。
それに溺れてしまう人間もいるだろうけど、元々前世でそこそこの生活ができていた平民としては、今の状況だけでも十分すぎる。
俺がそう言うと、オーグは感心した様子だった。
「お前のそういうところだけは、本当に評価できるな」
「だけって……」
他に評価するところはないのかよ?
「でも確かに、シン君ってそういう野心ないよね」
「そうだねえ。もしシンが野心家なら、今頃第二のシュトロームになっていてもおかしくないからねえ」
アリスの言葉にトニーが同意する。
その話って前にナバルさんにしたことあったけど、世界征服なんて面倒なことしたくもないよ。
そんな中、リンは首を傾げていた。
「大きな力を持った人間は力に溺れて傲慢になりやすい。ウォルフォード君はなんでそうならなかったの?」
「なんでって言われてもな……」
興味がなかったとしか……。
リンの質問に、どう答えていいか分からず困っていると、苦笑したシシリーが助けてくれた。
「お婆様がいらっしゃいますから……」
「「「ああ……」」」
その一言だけで、皆は納得したようで大きく頷いていた。
「シンが恐れる人物がいたな」
「メリダ様には本当に感謝しかないですね」
「全くで御座る」
確かに、魔法の力でいえば、今の俺は婆ちゃんよりも強いだろう。
けど、なぜか婆ちゃんには逆らえない。
……幼少期からの刷り込みだろうか?
まあ、いっか。
「ということで、婆ちゃんのお陰ということで」
その説明が、一番手っ取り早いし説得力もある。
これからはそう言おう。
と、そこでオリビアから新たな疑問が。
「メリダ様がウォルフォード君に厳しいのは分かりましたけど、シルバー君にはどうなんですか?」
「どうって……」
俺は普段の婆ちゃんの姿を思い浮かべた。
「激甘だな」
「甘々ですね」
婆ちゃんのシルバーに対する態度は、本当にデレデレだ。
厳しいところは厳しいけど、それはシルバーが危ないことをしたときに叱るときだけ。
それ以外は、多少の我が儘を言おうが困った顔をするだけ。
クワンロンへ向かう途中で一回家に帰ったときに、シルバーが泣き喚いていてもオロオロするだけだったしなあ。
婆ちゃんはシルバーに本当に甘い。
「……俺も孫の筈なんだけどな……俺、婆ちゃんに怒られた記憶の方が圧倒的に多いよ」
この待遇の差は一体なんなんだろう?
我が儘を言うシルバーに対し、苦笑しながら婆ちゃんが『やれやれ困ったねえ』なんて言う。
そんなの、俺の小さい頃には一回も見たことない。
なんでだ? と首を傾げていると、皆の視線が俺に向いていた。
その顔には驚きに満ちている。
やはり、俺とシルバーとで接し方に差があることに驚いているらしい。
「不思議だろ? やっぱ孫と曾孫だからかな?」
俺がそう言うと、皆の顔は益々驚きで満ちた。
なんで?
「シン……お前、本気で言っているのか?」
「え?」
オーグは、本気で驚いているようだ。
だから、なんで?
「だって、シルバー君いい子だもんね」
「うん。いい子」
アリスとリンがそう言う。
「ちょっと待て。シルバーがいい子なのは全面的に同意するけれども、それだと俺が悪い子だったみたいじゃないか!」
俺だって小さい頃、爺ちゃんと婆ちゃんの言うことをちゃんと聞いていたし、お手伝いもちゃんとしてたぞ!
俺だっていい子だったわ!
「でもぉ、前にメリダ様、ウォルフォード君は手のかからない子だったけど、目を離したらなにをしでかすか分からない子だったって言ってたじゃないぃ」
そう言うのは、俺たちの中では一番婆ちゃんと交流の深いユーリ。
そういえば……爺ちゃんと婆ちゃんの手伝いをしたときは、ちゃんと褒めてくれた気がする。
けど、魔法の実験をしたときや魔道具を作ったときは大概怒られるのだ。
「……あれ? 今とあんまり変わってない……」
今も婆ちゃんに怒られる最大の原因は、新しい魔法と魔道具を開発したときだ。
子供の時に怒られていた原因も一緒。
驚愕の事実に気付いたとき、オーグがなぜか思案顔をしていた。
「ちなみにシン。お前、子供の頃に怒られたとき、なんと言って怒られていたのだ?」
「え? えーっと、確か「危ないことするな」ってのが多かったかな」
当時、精神年齢が大人でも身体は子供だったからな。
大人が心配するのも無理はない。
それでも、精神は大人だからついつい子供の範疇に収まらないことをしては怒られてたんだよなあ。
「なるほどな。シンが一向に自重を止めない理由が分かった気がする」
オーグのその言葉に、全員が注目した。
「え? どういうことですか殿下」
マリアも興味があるのか、オーグに説明を要求した。
「まあ、あくまでも推測だし、シン自身は自覚していないだろうがな。シンは昔からメリダ殿によく怒られていた。ただそれは、子供が魔法を使うのは危ないからという理由が主だった」
まあ、そう言ったな。
「お前は、メリダ殿が怒るのは今もそれが理由だと思ってないか?」
「え?」
「もう子供じゃないんだから危ないことなんてない。そう思っているから、メリダ殿の説教が身に染みないんだろう」
オーグがそう言うと、全員が「ああ」と納得した。
いやいや、いくらなんでもそれはない。
「俺だって婆ちゃんが怒ってる理由くらい分かってるよ」
そう言うと、オーグにジト目で見られた。
「なら……なぜいまだに自重ができないのだ?」
「なぜって……」
前世では当たり前だったから……。
「いや……あると便利かなって思って開発したら、実はそんなもの考えもしなかったってことが多くて……」
そう言ったら、オーグに盛大な溜め息を吐かれた。
「はぁ……まぁ、お前が作るものは生活に役立つものが多いのも確かだからな」
「だろ? なら、そんなにカリカリしなくてもいいじゃん」
「……たまに、今回の自走する乗り物のような、既存の業者の存在を脅かすようなものを考えつくからお前の作るものを警戒せざるを得んのだ」
「まあ、その辺も一応考えてるっちゃ考えてるけど……」
「ほう? どんな考えだ?」
あれ? 意外と食いついてきた?
「えっと、街中は今まで通り馬車を走らせるとして、自走する乗り物は街から街への移動に使えばいいんじゃないかなって」
「それだって馬車が使われているだろう」
「例の、婆ちゃんの発明した馬具を使ってだよな? それって馬に結構な負担になるし、そもそもそんなに沢山は走ってないだろ?」
「確かに、街中を走っている馬車に比べれば数はかなり少ないな」
「それだったらさ。馬車業者にその自走する乗り物を作ってもらって、馬は街中専用にすれば失業する業者とかいないんじゃないかな、って」
そういうの、一応素人なりに考えてみたんだけど……駄目かな?
と思っていると、オーグが真剣な顔をしてトールたちと話し合いを始めた。
「殿下、それなら大丈夫かもしれません」
「魔道具なら疲れ知らずで御座るしな」
「長距離の移動に革命が起きますよ」
「そう、だな。いや、しかし……」
しばらく話し合いをしていた三人だが、やがてオーグが俺を見た。
「確かに、それなら良さそうに聞こえるが……だが、最大の損をする人がいる」
「最大の損?」
「メリダ殿だ。魔道具の馬具は、メリダ殿が権利を持っている。長距離の移動を自走する乗り物に移し替えた場合、それらの魔道具が無用になる。そうなると、メリダ殿が損をすることになってしまう」
ああ、そんなことか。
「別にいいんじゃない?」
「なに?」
「婆ちゃん、もう唸るくらい金持ってるよ? それに他にも魔道具の権利持ってるし。今更一つや二つ権利が無くなったって痛くも痒くもないって」
「そう、なのか?」
「……多分」
婆ちゃんだってもういい歳なんだから、これ以上お金儲けしなくてもいいんじゃないかな。
今でも使用人さんたちの給料以外に使い道無さそうだし。
……あ、最近はシルバーのおもちゃをよく買ってるわ。
そんなことを考えていると、オーグがフッと息を吐いた。
「自走する乗り物が完成していない現状でこれ以上話しても意味はないな。シン、とりあえず、約束通り完成したらまず私に見せろよ?」
「分かってるって」
そう言ってオーグとの会話を切り上げたときだった。
「「ウォルフォード君! 自走する乗り物ってなに!?」」
目を輝かせたマークとユーリに詰め寄られたのだった。
あ、オーグが額に手を当てて溜め息を吐いてる。
「シンに毒され過ぎだ……」
俺は毒じゃねえよ!