これからの夫婦事情
「本当に誤解ですからね! あそこでナニかしようなんて思ってませんでしたから!」
「でも、あの雰囲気は……ねえ?」
「うん。今にもナニか始まりそうだった」
「もう!! だから違うってば!!」
ミン家に着いた頃にはシシリーもすっかり復活していて、マリアたちに必死に誤解であることを説明している。
まあ、マリアもアリスもリンも、ニヤニヤしているから誤解だということはもう分かっているのかもしれない。
その上で揶揄っているんだろう。
仲がよさそうで何よりです。
「シシリーさんどうしたんですか? なにか必死に誤解だって言ってますけど」
そういや、オリビアとユーリとマークは魔道具量販店に行ってて見てなかったんだよな。
どうしよう?
自分で誤解の元であるアレを説明するのか?
そう思っていると、オーグがオリビアに説明を始めた。
「シンとウォルフォード夫人が物陰で子供が欲しいと言いながら抱き合っていてな。こんなところで子作りするなと叱ったのだ」
「え!? そ、それは……」
それを聞かされたオリビアは真っ赤になった。
「だから! そんなつもりは一切なかったって言ってるだろうが!」
「子供が欲しいという会話の流れからのあの行動で、誤解するなという方が無理じゃないか?」
「帰ったらそうしようなって言ってたんだよ!」
そう叫んでから、しまった、と自分の口を塞いだ。
皆の前で、アールスハイドに帰ったら子作りしますって大声で宣言してしまった!
チラリとオーグを見ると……。
ああ、やっぱり腹を抱えて蹲ってる。
「そ……そう、か。っく! ま、まあ、がんば、って……ぶはっ!」
「我慢しないで笑えよ!」
俺がそう言うと、オーグは遠慮せずに爆笑し始めた。
マリアたちの誤解を解こうとしていたシシリーは、両手で顔を塞いで俯いてる。
あっちまで聞こえてたかあ……。
「そ、それにしても、なんでそんな話になったんですか? まあ、お二人はもう夫婦ですからなにもおかしくはないですけど」
オリビアっていい子だなあ……。
なんとかフォローしようとしてくれてる。
「いや……シシリーとエリーとオリビアの誰が最初になるんだろうなって話をしててさ」
「最初って?」
あ、また言葉足らずだった。
「子供ができるの」
「!!」
……当事者のオリビアに言っちゃった。
あーあ、オリビアだけじゃなくてマークまで真っ赤になっちゃったよ。
赤くなった二人を見ていると、さっきまで爆笑していたオーグが冷たい声で話しかけてきた。
「お前……エリーまで巻き込んでなにを話しているんだ」
「え? いや、エリーは王太子妃なんだから、子供を産むのは必須だろ?」
「当たり前だ」
「オリビアも、ビーン工房の跡継ぎはマークの子って言ってたじゃん」
「い、言いましたけど……」
「俺らも学院を卒業して結婚したりしたら、今までの関係も変わってくるだろ? でも、ママ友ならこれからもずっと親密に繋がっていくなって話をしてたんだよ」
「それで、誰が最初に子供を産むかという話になったのか」
「シシリーはシルバーのママだけど、まだ子供を産んではいないからさ。それで……」
「まあ、話の流れは分かった。だが、それとあそこで事に及ぶのはまた別の話だ」
「だからっ……っと」
それは帰ってからだと言おうとして、なんとか思いとどまった。
オーグを見ると、ニヤニヤしている。
くそっ、コイツもマリアたち同様、分かってやってやがる。
「話がややこしくなるから、分かってんなら混ぜ返してくんなよ」
「くく、相変わらず、お前たちは見ていて飽きないな」
「飽きてくれて結構だよ!」
まったくコイツは!
「まあ、それはさておき、これは真面目な話なのだが、ウォルフォード夫人、ビーン夫人、もし妊娠したらすぐに申告してくれ」
「にんしん……」
「はぁ……もう夫人でいいですよう」
妊娠という具体的なワードを聞いて更に赤くなるシシリーと、ビーン夫人と呼ばれることに諦めの表情を浮かべるオリビア。
「真面目な話って……ああ、リンの言ってたやつか」
「そうだ。妊娠初期は魔力が不安定になり魔法が使えなくなる。その間、人材が不足するからな」
「安定期に入っても、妊婦を現場に出すことなんてできないんじゃねえの?」
「その間は治療院に行ってもらおうと思っている。ウォルフォード夫人は言うまでもなく、ビーン夫人も治癒魔法は使えるからな」
「そうなんだ」
治療院なら、妊婦にも負担は少ないか。
確かに真面目な話だ。
今後、ありうる展開の話をしているとマリアが唸っていた。
どうした?
「うう……私も妊娠したあとの心配とかされたい……」
「あたしらには夢の話だなあ……」
マリアとアリスが遠い目をしている。
リンは興味なさそうだな。
「二人にだって、そういうときが来るわよぅ」
「黙れ裏切り者!!」
「そうだよ! 殿下! その話、ユーリにもしてあげて下さいよ!」
「カールトンに?」
「ちょ、ちょっとぉ!」
ユーリがメッチャ慌ててる。
っていうか、ユーリにもその話……つまり妊娠したあとの話をしろってことは……。
「え? ユーリも結婚すんの?」
「ま、まだしないわよぉ」
「まだってことは、いずれ予定はあるんだ」
「そ、そんなのわかんないよぉ」
「ってことは、まだ具体的な話は出てないのか。相手って、モーガンさん?」
俺がそう言うと、ユーリだけじゃなくてシシリーもビックリした顔をしていた。
ちなみにモーガンさんとは、ビーン工房で働いている革職人さんだ。
俺もいつもお世話になっている。
あの人の作る革細工ってお洒落だし格好いいんだよな。
「なんでウォルフォード君が知ってるのおっ!?」
「え? だって、ビーン工房で仲良さげに話してるの見たことあるし。付き合ってたとしたら納得だし」
「ええ!? シン君、知ってたんですか!?」
「知ってたっていうか、多分っていう感じ?」
「ズルいですよ! 教えてくれてもいいのに!」
シシリーはすっかり復活して俺に詰め寄ってきた。
っていうかズルいって……。
「確認したわけでもないし、明言されたわけでもないから言えないじゃん」
「むー」
仲間の恋バナというオイシイ話題を教えてもらえていなかったことに御立腹のシシリー。
むくれてる顔も可愛いです。
「そうか、カールトンにもその予定があるなら、すぐに言うようにな。隠していると周りに影響が出る」
「はぁい、分かりましたぁ」
ユーリはションボリしながら返事をした。
なんでションボリしてるんだ?
「もう、アリスゥ。バラさないでよう」
ユーリがアリスにジト目を向けている。
っていうか、名前までバラしたのは俺だった。
「ゴメン。もしかして内緒にしときたかった?」
「シシリーにも口止めしたのにぃ」
ああ、悠皇殿からミン家に帰ってきたときか。
シシリーが俺になにか言おうとして口塞がれてたっけ。
「あれ、この話だったの?」
「はい。まさかシン君が知ってるとは思いませんでした」
「っていうか、元凶はアリスだよぅ。アリスがあんなこと言うからバレちゃったんじゃない」
「あれ? アリスはあのとき俺たちの近くにいたよな?」
ユーリを拉致していったのはシシリーとマリアだけだったはず。
「だって、あたし知ってたもん」
「そうなの?」
アリスが他人の色恋事情をしってるなんて意外だ。
「ユーリとは、リンも含めてよく遊ぶからさあ」
「そのとき、街で偶然相手と会った」
「なぁんか怪しい感じだったからさあ」
「問い詰めたら吐いた」
「問い詰めるって……」
ユーリはナニをされたのだろうか……。
「ユーリと私のなにが違うの? 胸? やっぱり胸なの?」
マリアがハイライトの消えた目で自分の胸を揉んでる。
やめるんだマリア!
十分標準以上あるから!
マリアの場合は、胸とか容姿がどうこうじゃなく、単に理想が高すぎるからだと思うんだけど……。
下手な慰めは逆効果になりそうだからやめておこう。
「いやあ、ウチはそういうのがなくて良かったねえ」
「僕もです」
「拙者もで御座る」
「ああ、トニーたちのとこは報告の必要ないもんな」
トニーの彼女であるリリアさんは、確か省庁に勤務だったかな?
事務員さんなので妊娠しても仕事は続けられるし、そもそもアルティメット・マジシャンズの業務に関係ないから報告の必要はない。
トールとユリウスのとこもそうだな。
トールの婚約者であるカレンさんと、ユリウスの婚約者であるサラさんは貴族の娘さんで、トールとユリウスもそう。
結婚したら、そのまま奥さんとして領地経営の補佐をするらしい。
それもアルティメット・マジシャンズには関係ない。
「まあ、報告の義務はないが、祝ってやらねばならないから教えろよ?」
「あはは。殿下からお祝いされたら、ビックリするだろうなあリリア」
「いい加減慣れて欲しいもんなのだがな」
「そういえば、トニーとリリアさんの結婚式にはオーグも出るんだろ? 大丈夫か?」
「どうだろ? 緊張してガチガチになっちゃうかもね」
トニーはあはは、と笑いながらそう言った。
「我らと顔合わせをしてから、もう二年以上経つというのに、一体いつになったら慣れるのだろうな」
オーグは溜め息を吐きながらそう言う。
「まあ、リリアは特別な力とか持っていない完全な一般市民ですからねえ。皆と会うたびに緊張するって言ってました」
「そうなの? でも、カレンさんもサラさんも大分俺らと打ち解けたと思うけど」
「貴族ってだけでも特別なのさ」
そう言われればそうかも。
「まあ、祖父母が賢者様と導師様っていうシンほどじゃないけどねえ」
「それを考えると、シルバー君も大分特別ですね」
「曾祖父母が賢者様と導師様で、両親が英雄で御座るか。特別も特別で御座るなあ」
そう言われると、ウチの一家がおかしいみたいに聞こえるわ。
まあ、シルバーは特別可愛いけどな!
と、そこで、アリスが何気ない感じでオーグに訊ねた。
「そういえば殿下。なんでシン君は貴族になんないんですか?」
その言葉で、皆の注目が一斉にオーグに集まった。
そう言われれば、そんな話は一回も聞いたことなかったなあ。