過去の子供と未来の子供
前文明が今より発展していたということは、魔法技術も今より発展していたんだろう。
治癒魔法も今より進んでいたに違いない。
ということは、幼い子を死の淵から生還させるということもそんなに難しいことではなかったのかもしれない。
けど……。
それを人為的に行うということは、その前段階があったわけだ。
つまり幼子を死の淵に追いやるという行為が……。
前文明の人たちは、高度な治癒魔法があるから大丈夫だとでも思ったのかもしれない。
もしかしたら、高度な治癒魔法の存在で人々の生存率が上がり、人口が増え過ぎていたのかもしれない。
そんな中で、段々とモラルが欠如していったとしたら……。
全部俺の勝手な想像だけど、全くあり得ない話じゃない。
怖いな……。
まだ確証があるわけじゃないけど、前世を思い出す方法については絶対誰にも知られないようにしないと……。
「シン君?」
そんなことを考えていると、シシリーが俺を呼んだ。
そういえば、さっきから俺、一言も喋ってなかった。
「ん? どうした?」
「あ、いえ。なんだか辛そうな顔をして遺跡を見ていたから、なにかあったのかなと思って」
辛そうな顔か……。
過去行われたかもしれない凶行を考えていたからなあ。
しかも、今の俺は幼子の父親だ。
もしシルバーがそんな目に合わされたら……。
そんなことも考えてしまった。
「ああ、いや。どうしたらオーグの採決が下りるかなって考えてたからさ」
俺は咄嗟にそんな言い訳をした。
それが問題なのも間違いじゃないからな。
俺がそう言うと、シシリーは困ったような顔をした。
「もう。なにかあったのかと心配したじゃないですか」
「あはは、ごめん。さて、回収も終わったし遺跡巡りを再開しようか」
「そうですね」
こうして俺たちは、再び遺跡となっている街並みを巡りはじめた。
途中、建物の中から出てくるアリスとリンを見かけたので中に入ってもいいらしい。
俺とシシリーも、近くにあった倒壊していない建物の中に入ってみた。
その建物の中は棚のようなものが沢山並んでいて、その上になにかの残骸が置いてあった。
これは……。
「ここって、なにかのお店だったんでしょうか?」
建物の中を見渡しながらシシリーがそう呟いた。
シシリーの言うとおり、ここは店舗で間違いないだろう。
しかもこれは……。
棚の上に置いてあった残骸を手に取って確信した。
ここ、家電量販店だ!
いや、正確には魔道具量販店か?
一見すると何に使うのか分からない物ばかりだけど、この感じは間違いないと思う。
なにかをディスプレイする感じになってるし、カウンターっぽいのもあるし。
さっき俺が手に取った、なんなのか分からない残骸はもしかしたら通信機かもしれないな。
俺の知ってる通信機……つまりスマホとは随分形が違う。
通信機といえば、俺が生きていた時代ではスマホが主流だったけど、前世の記憶を思い出した技術者が沢山いれば空間ディスプレイとか開発されていても不思議じゃない。
ひょっとしたら、そういう技術が使われている通信機なのかも。
まあ、あれは個人的にどうかと思うけどな。
個別の通信機なんてプライバシーの塊だ。
空間ディスプレイなんかにしたら、プライバシー駄々漏れになるんじゃね?
もしかしたら、他人から見えないような処理が施されてるかもしれないけど。
俺はそんなことを考えつつ店内を見渡しながら、シシリーの質問に答えた。
「そうだなあ、多分魔道具のお店じゃない?」
俺がそう言うと、シシリーはもう一度店内を見渡した。
「魔道具のお店、ですか?」
シシリーはピンと来ていない様子だ。
まあ無理もない。
だって、前文明の崩壊から多分数百年から千年以上は経ってそうだもんな。
車はほぼ金属でできていたから残ってたけど、座席などのそれ以外の素材はほぼ原形を留めておらず、金属を使っている部分だけが残ってた。
「何に使うのか分からない形のものが多いからね。それなら魔道具かなって思ったんだよ」
俺がそう言うと、シシリーは不思議そうな顔をした。
「シン君でも分かりませんか?」
「分かんないよ」
それに、相当な数の技術者がいないとこんな遺跡なんてできない。
それくらい多くの技術者がいないと、通信機なんてできない。
通信はできても、コンテンツが作れないからな。
そんな世界だ、技術は日進月歩で進んでいただろう。
前世でも、ちょっと目を離した隙に「え? こんなことになってんの?」って道具は山ほどあった。
それを考えると、この原型を留めておらず、どんな形だったかも想像できない道具が予想外なことに使われていてもおかしくない。
そんな当たり前のことを言っただけなのだが……。
「いえ……シン君にも分からないことがあるなんて意外だったので」
「いやいや、なんでも知ってるわけないじゃん」
シシリーは俺をなんだと思っているのだろうか?
俺がなにもかも知ってるなんてあるわけない。
知ってるこ……やめとこ。
「こんな文明を作り上げるような人たちが作った物だからなあ。想像もつかない」
「そうですか」
俺がそう言うと、シシリーはちょっとホッとしたような顔をした。
……なんだろう。
もしかしたら、俺がここにある魔道具を見てインスピレーションを得るとでも思っていたのだろうか?
「さて、ここには参考になるような物はないし、次に行こうか」
「はい」
俺とシシリーは一緒に建物の外に出た。
そこで、マークとオリビア、それにユーリと出くわした。
「あ、ウォルフォード君。その建物はなんだったッスか? なんか面白いものあったッスか?」
すでにあちこちを見て回っていたんだろう、生き生きしているマークとユーリに比べて、疲れた顔をしたオリビアがいた。
「ああ、ここ魔道具の量販店みたいなんだけど……」
「「魔道具の量販店!?」」
「あ、ああ。けど、参考になるような物はなか……ったって……行っちゃったよ」
まだ話の途中だったのに、マークとユーリは建物の中に飛び込んでいった。
取り残されたオリビアを見ると、あははと苦笑してた。
「二人とも、このお店を探してたんですよ。だから我慢できなかったみたいです」
「そ、そっか。けど、相当古い遺跡だぞ? 原型を留めているものなんてなかったけど……」
「ですよねえ……」
オリビアは、はぁっとため息を吐くと店内に向かっていった。
「一応私は付き添いますので。お二人は気にしないで行っちゃってください」
「そうだな。二人が暴走しないよう見張っといて」
俺がそう言うと、オリビアとシシリーは動きを止めて目を見開いた。
え? なに?
「ウォルフォード君がそんなことを言うなんて……」
「シン君、大丈夫ですか!? 熱とかありませんか!?」
「ちょっと待てえっ!」
俺がそんなことを言うのがそんなに意外かオリビア!
それとシシリーも!
「はぁ……俺だってそれくらいの分別はあるよ」
だから意外そうな顔すんな、二人とも。
「ここ、他国の遺跡なんだしさ、破損させたり勝手に持ち出したりしちゃ駄目なことくらい分かってるって。だからさっき、アレを持ち出す許可を貰いに行っただろ?」
「そういえばそうでした」
シシリーはさっきのことを思い出してくれたようだ。
「えっと……アレって?」
さっきいなかったオリビアが不安そうに尋ねてきた。
それに、なぜかシシリーが答えた。
「オリビアさん、すみません。シン君がまた思い付いちゃったみたいで……」
「え? え?」
「帰ったらまたご迷惑をおかけすると思いますので、先に謝っておきます」
「え? ああ……またマークが付き合わされる系の……」
「はい。マークさんと工房の皆さんにはご迷惑をおかけすると思います。申し訳ありません」
シシリーはそう言うと、ペコリと頭を下げた。
奥さん同士の会話だな。
オリビアもそう思ったのか、顔を赤くしながらわたわたし始めた。
「あ、あの! マークの時間が取られちゃうのはあれですけど、工房の方は私関係ありませんから!」
ん?
あれ?
「「オリビア(さん)ってビーン工房の奥さんじゃなかったっけ?」」
「まだ違いますからあっ!」
ああ、そっか。まだ結婚式はしてなかったか。
「でも、ビーン工房ではもうそういう扱いですよね?」
「はう……」
「なら、オリビアさんに言っておくので問題ないですよね?」
シシリーが首を傾げながらそう言うと、オリビアは諦めたように溜め息を吐いた。
「もう……分かりましたよう。工房の皆さんには言っておきます……」
「お願いします。帰ったら私も挨拶に行きますので」
「分かりました」
オリビアはそう言うと、とぼとぼと二人がいる店内に歩いていった。
「すっかり忘れてましたね。マークさんとオリビアさんって、まだ結婚されてないんでした」
「俺も。普段から夫婦っぽいから、奥さん扱いするのに違和感がなかった」
「ですよね」
俺たちの認識はそうなのに、当の本人は奥さん扱いされると照れる。
なんでだ?
「なんであんなに恥ずかしがるんだろ?」
「ふふ、私はなんとなく分かります」
「そうなの?」
「はい。結婚式を挙げて正式な夫婦になるまで、奥さん扱いされるのはなんとなく恥ずかしいものなんですよ」
「そうなんだ」
「はい。結婚式の後は、逆に嬉しくなるんですけどね」
「ああ、それは分かる」
結婚式をする前にシシリーのことを奥さんと言われると恥ずかしかったけど、結婚したあとに言われると認められたようで嬉しかった。
オリビアは今そういう状況なんだろうな。
「そういえば、今回のクワンロン行きは急に決まったけど、マークたちは結婚式の準備大丈夫なのかな?」
「もうほとんど終わってるので大丈夫ですよ」
「そういえば、女性陣皆で用意してるんだっけ」
「私たちのときは、国がほとんどやってくれましたからね。私とエリーさんがしたのはドレスを選ぶくらいで。今回は私たちで結婚式の準備ができるので楽しいです」
オリビアのドレスも、皆の手作りらしい。
シシリーだけじゃなく、マリアやユーリ、アリスとリンまでもオリビアの家に行って準備を手伝っていた。
皆が楽しそうに準備していたのが印象的だったな。
マークの方はなんもしてなかったけどね。
男の準備なんて、礼服を用意したらそれで終わりだ。
こういうのを見ると、結婚式って女性のための式だと改めて思うな。
式の場所は、マークの家とオリビアの家が隣同士なので、その地域を管轄している教会で挙げるらしい。
そのあとオリビアの実家である石窯亭を貸切ってパーティをする予定になってる。
……平民の結婚式ってこうだよな?
まあ、アールスハイド大聖堂で創神教の教皇様に祝福される式なんてやりたくてもできるもんじゃないから、いい思い出にはなったけどね。
シシリーも嬉しそうだったし。
「もうすぐオリビアさんは新婚さんなんですから、あんまりマークさんを振り回しちゃだめですよ?」
「……俺が家庭不和の原因になっちゃう?」
「そうですよ。もう学生じゃないんですから、そこも自重してくださいね?」
そっかあ、学生のノリで遊びに行こうぜって言えなくなっちゃうのか。
それはちょっと寂しいけど、それが家庭を持つっていうことなのかもな。
前世では結婚なんてしなかったから、その感覚は全く身についてない。
改めて覚えて行かないとな。
「エリーさんも学院を卒業されて、これから王太子妃として殿下と一緒に公務に出るようになるので、今までのように会えなくなるのが寂しいですね」
どうやら、卒業して関係が変わるのは俺たち男だけじゃないらしい。
エリーはオーグと結婚し王太子妃となったけど、身分はまだ学生だった。
なので公の場に出ることはあまりしていなかったので、シシリーたちアルティメット・マジシャンズの女性陣とよく遊んでいた。
けど、学院を卒業すれば王太子妃としての公務を本格的にこなしていくことになる。
そういえば、前世でも学校を卒業する度に色々と状況が変わっていったな。
こっちの世界に転生してからもう十七年か。
そんな感覚、すっかり忘れてた。
たった三年だけど、高等魔法学院での学生生活が楽しすぎたんだ。
「ちょっと寂しいですけど、これが大人になるってことなんですね」
シシリーも楽しかった学院時代を思い出したのか、少し物憂げな表情でそう呟いた。
まあ、確かに寂しい、けど……。
「俺たちは大丈夫だよ」
「え?」
俺の言葉に、シシリーがキョトンとした顔をした。
「だって、卒業しても就職先は皆同じだし、それに、シシリーとオリビアとエリーには、これから別の繋がりが生まれると思うんだよ」
「別の繋がり、ですか?」
シシリーには予想もつかないようで、首を傾げている。
けど、俺としては、こっちの繋がりの方が一生続くと思うんだよな。
「うん。ママ友」
「マ、ママ……!」
俺の言葉に、シシリーは顔を赤くした。
「夫婦だから子供を産まないといけないって言う訳じゃないよ。けど、エリーとオリビアは特に子供を産むことを望まれてるし、本人も望んでるだろ?」
「そ、そうですね。お二人は立場上もそうですけど、ご自身がそれを望んでますし」
エリーは王太子妃として、未来の王妃として、子供を産むことは責務といっていい。
オリビアも、マークに代わるビーン工房の跡継ぎを産むことを望まれている。
そしてシシリーは、まだ出産の経験はないけどシルバーを赤ん坊の頃から育てている子育ての先輩だ。
今後も色々と繋がっていくと思うんだよな。
「そうですね。ママ友……ママ友かあ……」
今のところ、仲間内の女性陣で子供がいるのはシシリー一人だけ。
家には子育ての先輩であるばあちゃんがいるとはいえ、もっと気軽なママ友と言われるような友達はいない。
公園で顔を合わせるお母さんとかはいるけど、シシリーは聖女と呼ばれている人物。
周りのお母さん方は、にこやかに談笑しつつもどこか余所余所しい。
聖女様とお友達なんて畏れ多いんだそうだ。
なので、同じ立場のママ友になれるのはエリーやオリビアになる。
三人で子育てについて談笑している光景を思い浮かべているのだろう、シシリーは嬉しそうな顔をして微笑んでいた。
「楽しそうですね」
ニコニコと嬉しそうにシシリーはそう言った。
「そうだね。でも、俺もちゃんと子育てには参加するよ?」
「ふふ。はい、期待してますよ、パパ」
シシリーはそう言うと、腕を組んできた。
さっき、過去の子供たちに非人道的な行為を行っていたかもしれないと考えたばかりだからか、シルバーやこれから生まれてくる子供たちの未来には、不幸なことがないようにしたい。
っと、そういえば。
「誰が最初になるんだろうな?」
「はい?」
俺の言葉に、シシリーが不思議そうな顔をしている。
あ、主語がなかったわ。
「いや、子供ができるの」
「……!!」
俺がそう言った途端、シシリーの顔が真っ赤になった。
「こればっかりは授かりものだからなあ。競争しても仕方ないし」
「そ、そうですね……」
シシリーはそう言ったあと、俺の腕をギュッと抱きしめてきた。
「あ、あの……」
「ん?」
「これが、終わったら……」
「……」
真っ赤な顔をして潤んだ眼で見つめてくるシシリー。
その姿に、俺は息を呑んだ。
そして意を決したシシリーが口を開いた。
「その……あかちゃん……欲しい、です」
「!!」
その姿と言葉に、俺のハートは撃ち抜かれた。
「きゃっ!」
俺は我慢できずにシシリーを抱きしめた。
「帰ったら、すぐにそうしよう」
「シン君……」
もうお互いの気持ちは爆発寸前。
自然と俺とシシリーの顔は近付いていき……。
「おい……」
「「!!??」」
突然声をかけられて、俺とシシリーはビクッとしてしまった。
「他国の遺跡の物陰でコトに及ぶとは……国際問題でも起こすつもりか?」
声をかけてきたのは、口調は静かながらも額に血管の浮いているオーグ。
その脇には、シャオリンさんが真っ赤な顔を両手で覆いながら、指の隙間からこちらを見ている。
え……いつから見られてた?
「まったくお前たちは……またちょっと目を離した隙に、今度はこれか」
「あ、あの……そ、そういうのは、誰にも見られないように、部屋でするべきかと……」
呆れながら言うオーグ。
シャオリンさんは真っ赤になりながら、いかにも真面目な彼女が言いそうなことを言う。
「なになに、二人とも。刺激が欲しくなったの?」
「マンネリ?」
いつの間にか、アリスとリンまでいた。
「屋外……!? そ、そんな高等技術まで……!」
って、おいマリア。
それは高等技術とは言わない。
「っていうか、変な誤解すんなよ! さすがにこんなとこでそんなことするはずねえだろ!」
俺がそう言うと、オーグは目を細めた。
「ほう? そういえばお前たち、さっきなんの話をしていた?」
「え? えっと、誰が一番に子供ができるだろうなって。で、赤ちゃんほしいねって……」
「……その話をした後に、熱烈に抱き合っていて誤解……か?」
「……」
子供欲しいね、からの熱烈に抱き合う、その先は?
……。
「す……」
「す?」
「すみませんでした」
「シン君!?」
シシリーが驚いた顔をしているが、俺にはこの状況を覆せる説明が思いつかない。
「ちゃんと否定してください! でないと私……」
誤解を解こうと必死なシシリーは、一呼吸おいてからこんなことを叫んだ。
「お外でもしちゃう変態さんになっちゃうじゃないですか!!」
『……』
……皆の沈黙が痛い……。
「……はっ!?」
皆の沈黙で、ようやく自分がなにを言ったのか理解したシシリー。
「い、いやあっ!!」
「おふっ!」
あまりに恥ずかしかったのか、シシリーは俺の胸に突撃し顔を埋めてしまった。
とてもまともに周りが見れないようだ。
「まったく……仲がいいのは結構だが、ちゃんと節度を守るようにな」
「いや、別に変なことしようとしてないから」
「……まあいい。それより、そろそろ遺跡を出ようかと思っているのだが、まだ見たいところはあるか?」
ありがたいことに、オーグの方から話題を変換してくれたので、それに乗っかることにした。
「見たいっちゃあ見たいけど、キリがないからな。見たかったらまた来ればいいし」
「そうか。では帰るとするか」
無線通信機で皆に連絡し、俺たちは遺跡探索を終えて帰ることにした。
帰りはゲートが使えるのだけど、調査員さんたちがいるのであまり大っぴらに使わない方がいいということになり、歩いて帰ることにした。
その間も、シシリーは俺の腕から顔を上げることができずに、ずっと黙ったままだった。
その状態のシシリーの頭を撫でて宥めつつ、俺はこれから生まれてくるであろう子供たちのことについてぼんやりと考えていた。
そのときは、オーグが俺をジッと見ていることに全く気付かなかった。