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賢者の孫  作者: 吉岡剛
221/311

前文明の闇


 オーグたちと別れた俺たちがまず始めに向かったのは、さっきから気になって仕方がなかったもののところだ。


「これってなんなんでしょう?」


 シシリーはこれがなんなのかサッパリ分からないらしい。


 それもそのはず、これは今の世界には存在しない代物。


 自動車だ。


「多分乗り物だろうな」


 この世界には無いものなので、多分って言っておいた。


「え? でもこの車輪、小さすぎませんか?」


 長年放置されていた車はタイヤのゴムが劣化していたんだろう。


 発掘の際に劣化してボロボロになったタイヤは一緒に取り払われたのだろう、今はホイールだけになっている。


 内装もボロボロだけど、金属部分は腐食や劣化が見られるものの形は残っている。


「それに、馬が牽けませんよ?」


 シシリーの中で乗り物イコール馬車という認識だ。


 恐らくクワンロンの人たちもそうなんだろう。


 だから放置されている。


「自走するんじゃないかな」

「自走……そういえば、前にシン君が自走する乗り物を作りたいって言ってましたね……」


 シシリーはそう言うと、俺を見たあと溜め息を吐いた。


「シン君がなんでコレを一番に見たがったのか分かりました」

「え?」

「……真似する気ですね?」

「……」


 シシリーがジッと俺を見る。


 ……。


 俺は目を逸らした。


「やっぱり……」

「い、いや、俺が考えていたものとほぼ同じだから。真似って言うか参考にしたいっていうか……」

「どっちみち作ろうとしているんじゃないですか。またお婆様に怒られても知りませんよ?」


 シシリーは呆れつつも反対はしない。


 やっぱり、俺のことをよく理解してくれているなあ。


「駄目って言っても作っちゃうでしょうから言いませんけど、お婆様の許可は取った方がいいですよ」

「……やっぱり?」

「それで何回怒られてきたんですか……」


 言ったら絶対怒られるだろうからコッソリ作ろうと思ってたのに。


 ……どっちにしても怒られるのか……。


「まあ、それは後で考えよう。今はこれの解析だ」

「まったくもう……」


 うーん、以前は俺のやることを全面的に受け入れてくれていたシシリーなんだけど、最近は小言を言うことも増えてきた。


 妻になり母になると、やっぱり違うのかな?


 それはさておき、俺は目の前の車を調べることにした。


 まずはボンネットが開いているのでその中を見てみることに。


 すると、案の定そこにあったのは内燃機関のエンジンではなかった。


「……なんですかこれ? すごく複雑な形をしてますけど……」

「多分、これが動力だろう」


 ボンネットの中に入っていたのは、モーターみたいなものだった。


 いや、みたいじゃなくて魔力で動くモーターなんだろう。


 それが下向きに設置され、それを歯車とシャフトで車輪に動力をつたえていく。


「えーっと……あ、ここに魔石を入れるのか」


 調べてみると、案の定魔石を入れるための場所もあった。


 魔石によって動く魔力モーター。


 完全なエコカーだな。


「魔石で動かすんですか? それだとずっと動いているんじゃ……」

「動力はずっと動いてるだろうね。けど、それが伝わるのを遮断すればいいし、魔石からの魔力の供給も遮断すれば動力も止まるよ」


 シシリーの疑問はクラッチを付ければ解決するし、そもそもオン・オフのスイッチを作れば魔力の供給も遮断できる。


 俺が車を作るならそうするなと思っていると、シシリーは複雑そうな顔をして俺を見ていた。


「ん?」

「……いえ」


 なんだろ? なにか言いたげだったけど……。


 なんでもないと言われてしまえばそれ以上追及するのもなあ。


 そう思って俺は解析を続けた。


 一番見たかったブレーキだ。


 前世で俺は車とかバイクとか好きだったから、ある程度の構造は知ってる。


 けど、ブレーキに関しては直接命に関わる部品なのでいじったことがない。


 いや、理屈は知ってるよ?


 ホイールに付けられたブレーキディスクをキャリパーで覆って、油圧によってキャリパーの中にあるパッドをディスクに擦りつける。


 その摩擦でブレーキがかかる。


 ただ、構造は知らないんだよ。


 なので、どうしてもこの車に設置されているブレーキを見てみたかったんだ。


「えっと……これか」


 タイヤが無くなって車輪の中が見えやすくなっているので簡単に見ることができた。


 予想通り、ブレーキディスクを覆うようにキャリパーが設置されていた。


 そこからホースが出ているはずなんだけど、劣化して無くなったみたいだな。


 だが、それはどうでもいい。


 欲しくてしょうがなかったキャリパーが目の前にある。


「これ、持って帰っちゃ駄目かな?」

「……黙って持って帰ったら怒られると思いますよ」

「だよなあ……シャオリンさんに聞いてみようか」


 俺はさっき別れたシャオリンさんに声をかけ調査員の人に声をかけた。


『これを……ですか?』

「はい」

『これ、使い道が分からないものですよ?』

「そうなんですか?」

『ええ……もしかして、これがなんなのか分かったのですか!?』


 あ、やべ。


 藪蛇だったかも。


「シン殿……やはりあなた……」


 シャオリンさんに通訳をお願いしてるんだから会話は筒抜けだ。


 そのせいで変な目で見られている。


 あれ? さっき解決したんじゃなかったの!?


「やはり、前文明時代の記憶が……」

「い、いや! これは俺が作りたいなって思ってたものに似てたから! だからそうじゃないかなって思っただけで!」

「ほう……初耳だな」


 オーグ!? なんでここに!?


「さっき、あんなことがあったシャオリン殿を連れて行くのが見えたからな。嫌な予感がして来てみれば……」

「シン殿! なにを!? 一体なにを作ろうとしてたんですか!?」


 呆れ顔のオーグとは対照的に、トールは必死の形相だ。


 工業の街の次期領主だからなあ。


 俺がなにかを作る度にこれだ。


 でも、今回はさすがにトールを無視するわけにはいかない。


「ああ、えっと……自走する乗り物を作りたいなと思って……」


 俺がそう言うと、オーグが盛大に溜め息を吐いた。


「お前……ほんの少し。ほんの少しだぞ? なんでその僅かな時間目を離した隙でこんなことになるんだ!?」

「自走する乗り物って……シン殿! あなたは馬牧場を破産させるつもりですか!?」

「そんなつもりはないって! 相談しようとは思ってるけど!」

「次から次へとお前は……私を忙殺するつもりか?」

「い、いや。そんなつもりはないけど……」

「ではどんなつもりだ?」

「……ちょっと乗ってみたいなって」


 俺がそう言うと、オーグのこめかみに青筋が浮かんだ。


「いつになったらお前は自重と常識を覚えるんだっ!!」

「だ、だから自重して作ってないじゃん!」

「今まさに作るために遺跡のものを持ち出す許可を得ようとしているではないか!」

「広めないから! 俺が個人的に乗るだけだから! 約束するから!」


 俺は必死に頼み込んだ。


 その結果、決して人の目には触れさせないようオーグが監視することを条件に許可が出た。


「ありがとう!」

「言っておくが、持ち出すことの許可はその調査員が出すのだからな。拒否されたら諦めろよ」

「分かってるって!」


 俺はオーグからの許可が出たことで満面の笑みを浮かべて調査員さんを見た。


 俺たちのやり取りをシャオリンさんの通訳で聞いていた調査員さんは引き攣った顔をしていた。


『そう、ですね……武器ではないですし、長年放置されているものですから別に構いませんよ』


 やった!!


 許可が出た!!


「ありがとうございます!!」


 俺は嬉しくて大声で礼を言うと、さっきの車のところに走って行った。


「あ! 待って下さいシン君!」


 シシリーも後からついてきた。




-----------------------------------------




「よく許可を出しましたね」


 シンが走り去ったあと、トールがアウグストに話しかけた。


 声をかけられたアウグストは、眉間に皴を寄せながらも諦めたように口を開いた。


「アイツの作るものは、ぶっ飛んでいるが非常に有用なものが多い。この無線通信機もそうだろう? 我々はもう、これを手放すことができない。公開するかどうかは後で考えるとして、まずは作らせてから判断しようかと考え直してな」


 アウグストはシンに色々と説教をするが、実際にはシンの魔道具による恩恵をかなり受けている。


 毎度毎度調整に苦労はさせられるが、シンの作り出す魔道具に興味がないと言えば嘘になる。


「作らせてみて、世に出すのに問題があるなら公開しなければいいだけの話だ」

「禁止しないので御座りますな」

「……禁止したらコッソリ作るような気がしてならない。なら、私の目の届く範囲で開発させた方が安心だ」


 アウグストの言葉に、コッソリ作っていきなり完成品を見せられる未来が容易に想像できた。


「ありえますね」

「というか、確実にそうなるで御座ろうな」


 三人は、互いに顔を見合わせて……。


「「「はぁ……」」」


 盛大な溜め息を吐くのであった。






-----------------------------------------






 さっき見ていた車まで戻ってきた俺は、早速車を異空間収納に丸ごと収めた。


 これを持って帰ってビーン工房で分解しよう。


 完成品があれば、駆動部分も工房の皆さんならすぐに同じものを作ってくれるだろうし、懸案だったブレーキも解析できる!


 今回クワンロンに来て一番の成果じゃないかこれ!?


「もう……帰ったらビーン工房に籠るつもりでしょう?」

「え?」


 な、なぜ分かったシシリー!


 ビックリしてシシリーの顔を見ると、プクッと頬を膨らませていた。


「私やシルバーを放っておくつもりですか?」

「そ、そんなことしないって!」

「本当ですか? 約束ですよ?」

「分かってるって!」


 あぶね……。


 興奮し過ぎて、言われなければシシリーやシルバーを放置してしまうところだった……。


 分解・解析はほどほどにしておこう。


 いやあ、危なかった。


 それにしても、すごい収穫だったな。


 念願のブレーキのサンプルが手に入るとは!


 前文明の転生者はいい仕事をした……いや、世界を壊す大量破壊兵器を作ったんだから全面的に褒める訳にはいかないか。


 トニーの思い付きで始まった遺跡観光だけど、思いのほか有意義だった。


 前文明に転生者がいたことも分かったし、前文明が滅んだ理由もおおよそ分かった。


 それになによりブレーキ……。


「え……」


 俺はそこで、ふと気付いた。


 車、鉄筋コンクリートの高層ビル、アスファルトで覆われた道路。


 兵器であるレールガンに、飛行機。


 極めつけの大量破壊兵器。


 そういえば、シャオリンさんが光線銃みたいなものを持っていたな。


 これを全部、転生者が作った?


 俺は建築には携わったことがないから、高層ビルを垂直に建てる技術も知識も持っていない。


 アスファルトなんて、天然に採掘されるものがあるのは知っているけど、道路に敷き詰めるなら人工的に作ったはず。


 俺はその製法なんて想像もつかない。


 そんな知識を全て持っていた?


「いや……」


 俺はもう一度遺跡を見渡した。


 前世によく似た光景。


 これを全部、一人の転生者が作りだした?


 そこに疑問を抱いた瞬間、俺はある仮説を思い付いた。


 転生者は……複数人いたんじゃないか?


 そう考えればこの壮大な光景にも納得ができる。


 建築に携わっていた人、車の整備工、道路の舗装業……色んな職種に就いていた人たちが前世の記憶を思い出したのだとしたら……。


「いや、でも……」


 そんな都合よく転生者が見つかるか?


 俺はこの世界にきて前世の記憶を持っているという人間には、この時代であったことはない。


 歴史の中にも、何人かそれっぽい人はいるけど確証があるのは一人だけだ。


 それはばあちゃんに見せてもらった、その人物の手記が証拠になった。


 そんな超希少な転生者が複数人……。


 現実的じゃな……。


「!!」


 唐突に、おぞましい光景が脳裏に浮かんだ。


 まさか……前文明はアレを実行したんじゃ……。


 俺が以前に立てた仮説。


『幼少期に死の淵から生還した際、極稀に前世の記憶を思い出す』


 もしかしたら、前文明の人間はそれに思い至り、実行したんじゃないのか?


 その結果、多くの人間が前世を思い出したのでは?


 そして、その転生者たちが他の転生者よりも抜きん出ようとしたら?


 それが暴走したら……。


 いや、暴走したんだろう。


 その結果がコレだ。


 俺は崩壊した街を見ながら、前文明の闇を垣間見た気がした。



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別作品、始めました


魔法少女と呼ばないで
― 新着の感想 ―
[良い点] これ内部分裂すらありうるレベルの議案だぞ シンが今後前世の話をするかしないかで最悪敵を作るな
[気になる点] 初めての感想がこれもなんですが、古代ローマ文明が滅んだのは(2000年も残る水道橋 コンクリート建設 さらには時計ナパーム燃料まであったのが)技術は知性も同時に進歩しないとやがれ廃れる…
[気になる点] ま、まず馬車を今よりずっと 安全にはやく止めるために ブレーキから始めようじゃないか! だって、この世界、 どれだけの馬車が 子供たちを馬蹄にかけてるんだ? まず馬車にブレーキを。…
感想一覧
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