シャオリンの悩み
俺は絶句したまま前文明の遺跡だという街並みを眺めた。
あちこちにある倒壊したビル。
固く固められた地面。
これ、アスファルトだ。
背の高い高層ビルだけじゃない、五~十階建てくらいのビルもある。
そうしたビルは倒壊しているものもあるが、そのまま残っているものもある。
そして、あちこちに点在する車。
そう、車である。
鉄板で覆われ、車輪が付いて自走する、俺が作ろうとしてブレーキが作れなくて断念したアレである。
それがそこかしこに放置されている。
俺は、呆然としながら周りを見渡した。
高層ビルがあったということは、この辺りは元オフィス街だったのだろう。
住居らしいものが見られない。
俺たち以外の人間の気配が感じられない崩壊したオフィス街。
その光景を見た俺は、まるで崩壊した前世の世界を見ているような気分になった。
いや、実際ここは崩壊した世界なんだ。
そう思うと俺は、とても居たたまれない気持ちになってしまった。
「……くん。シン君!」
「はっ!」
あまりにも前世に似通った、しかし崩壊してしまった風景に呆然としていた俺は、シシリーに呼び掛けられていることに気付かなかった。
「あ、ごめんシシリー。ちょっとボーっとしてた」
「そうですか……あの、シン君大丈夫ですか?」
シシリーの呼びかけを無視してしまったことを謝ると、シシリーから心配そうな顔をされてしまった。
「大丈夫って、なにが?」
俺がそう聞くと、シシリーは心配そうな顔のまま言った。
「なんというか……辛そうな顔をしてました」
「え……」
そう言われた直後、少し離れたところから声が聞こえてきた。
「すごーい! なにここ!!」
「まるで別の世界」
「本当だねえ」
純粋に感嘆の声を上げるアリス。
まるで別の世界のようだという感想を口にするリンとそれに同意するトニー。
皆が皆、見たことのない光景に興奮を隠し切れない様子だった。
地中をくり貫いたような空間に見たことのない巨大な建造物が数多く建っている。
そのほとんどが崩れてしまっているとはいえ、今見えている光景はこの世界では見たことのない光景だった。
そりゃあこの世界しか知らないアリスたちにとっては驚きしかないだろうな。
そんな中で辛そうな顔をしていたらシシリーも心配するか。
「ごめん、なんでもないよ。それにしても……これって地下都市なのか?」
俺たちがいる場所は地下深い場所。
この都市は地下空間に作られたのだろうか?
「違いますよ」
俺が地下都市なのかと考えていると、シャオリンさんから否定の言葉が発せられた。
「この遺跡は、そのほとんどが地下深くに埋まってしまっていました。それゆえ地上の土を全て除去することは無理と判断し、上の方から徐々に発掘しながら掘り下げていったんですよ」
シャオリンさんはそう言うと「ほら、あそこに穴があるのが見えますか?」と壁を指差した。
そこには金網で閉じられた穴がいくつも見受けられた。
「あそこが最初に繋がった穴です。あそこから徐々に掘り下げていって、深くなるとまた別の通路を掘って通路に繋げたのです。ここに来る途中に幾つも分岐があったでしょう?」
「ああ、なるほど。ということは、正規ルート以外の通路はあそこに繋がるわけですか」
「そういうことです。あ、天井は魔法で固めてあるので崩壊の心配はありませんよ」
なるほど。
この遺跡は長い年月を経て完全に地中に埋まってしまったのか。
一体、前文明とはどれほど昔に栄えていた文明なんだろうか。
それを思うと、雄大な歴史にロマンを感じると共に、ふと別のことも考えてしまう。
この街並みを見る限り、前文明が相当に発展していたということが分かる。
それがどうして崩壊してしまったのか?
この都市が完全に地中に埋まってしまうほどの年月が経ち、発見されなかったということは、人類は相当な年月文明を復活させることができなかったということ。
もしかしたら、人類は絶滅寸前まで追い詰められたのかもしれない。
なぜそんなことになったのだろうか?
そう思い、改めて街並みを見渡してみる。
すると、ビルの一部が不自然に抉り取られている箇所を見つけた。
それを見て確信した。
戦争があったんだと。
それによって前文明は崩壊したんだと、今まで憶測でしか語られてこなかったことが事実であると確信した。
そして、この破壊具合を見ると、アレを作ったんだろうなと推測できた。
大量破壊兵器だ。
抑止力、というものがある。
乱暴に言えば「こっちにはこんな強力な武器があるんだぜ、だから攻め込んでくんなよ」ってことだ。
前文明の転生者は、そう思って作ったんだろうな。
けど、運用するのはこの世界の人間。
強力な兵器を使いたい欲求に負け、使ってしまったんだろう。
その結果がコレだ。
こんなものを見てしまうと、シャオリンさんが危惧している魔道具なんて絶対に作れないよな。
そうして考え込んでいると、シシリーが黙って俺を見ていることに気が付いた。
「ん? なに?」
「いえ、なにか考え込んでいたので、なにを考えているのかなと思って」
「ああ。いや、こんなに凄い街を作れる文明がなんで滅んだんだろうって考えてた」
俺がシシリーの質問に答えると、今度はシャオリンさんが俺の疑問に答えた。
「戦争が起こったからでしょうね」
クワンロンでもその認識で一致しているらしい。
まあ、一部抉り取られたビルを見れば一目瞭然か。
「それにしても、どうやってこの街並みを破壊したんだろうなと思ってさ」
俺がそう言うと、シャオリンさんは神妙な顔をして話しだした。
「イーロンから南に数日行ったところに大きな湖があります」
「シャオリンさん?」
湖?
急になんの話を?
「その湖なのですが、対岸が見えないほど大きいんです」
「はあ……」
マジでなんの話……いや、そういうことか。
「そして、その湖なのですが、地図を作るために測量したところ……」
シャオリンさんは少し溜めたあと、こう言った。
「ほぼ真円だったそうです」
「えっ!?」
「……」
シシリーは驚いているけど、俺は予想の範囲内だったのでそれほど驚いていない。
「ということは……その湖は人工的に作られたというんですか!?」
シシリーが驚愕のあまり大きな声を出した。
こんなに慌てるのは珍しいから、よっぽど驚いたんだろうな。
「恐らく、前文明での戦争で信じられない威力の魔法か兵器が使われた。そのときにできた窪みに水が溜まって湖になったんだろうと、ウチの国の学者は言ってます」
しかも真円ってことは……。
「空から……か」
俺がそう言うと、シャオリンさんは目を見開いた。
「ええ。その学者もそう言ってました」
この世界の発展具合から言って、飛行機があってもおかしくない。
空から大規模魔法か大量破壊兵器がジャンジャン降ってくる戦争……。
地獄だな。
それに、形として残ってるのはその湖だけかもしれないが、地形を詳しく調査したらすり鉢状になってる土地とか結構あるんじゃないかな?
言わないけど。
「……よく分かりましたね、シン殿」
おっと、また疑いの目を向けてきた。
なら、この世界でも通用する言い訳をしようじゃないか。
「シャオリンさんが言ったんじゃないですか」
「え?」
「湖は真円だって」
「それが?」
「地上で大規模魔法を撃つと、円じゃなくて線、もしくは扇型の跡ができるんですよ」
俺の言葉に、シシリーは納得したように頷いた。
「ああ、アレですね」
「アレ?」
「以前、シン君が私たちが使っている魔法練習場で凄い魔法を撃ったことがあるんです。その時は地平線に向かって線ができてました」
シシリーがそう言うと、シャオリンさんは「なにしてんの?」という目で俺を見てきた。
「まあ、それは置いといて。地上で魔法を撃つとそうなるし、そんな威力の兵器を地上で使えば使ったほうも巻き添えを食う。空からの攻撃しかないですよね」
俺の推測を聞いて、シャオリンさんはフッと息を吐いた。
「凄いですね。ウチの学者たちが何年も議論してようやく出した結論にすぐ辿り着きますか……」
シャオリンさんは、驚いていない。
それどころか、益々疑惑を深めた目をしている。
あれ?
失敗した?
シャオリンさんとの応対を失敗したかと焦っていると、シャオリンさんが真剣な顔をして言った。
「この話を聞けば、砂漠の野営地で私がシン殿を警戒した理由がわかりますよね?」
「そりゃあ、まあ……」
俺たちの国がある西方世界にそういった過去の痕跡は残っていない。
けどシャオリンさんたちクワンロンの人たちは違う。
実際に、遥か大昔にあった世界を崩壊させるほどの戦争の痕跡をみている。
そこから出土した魔道具と同じ文字を使う俺のことを警戒するのも無理はないよな。
「前にも言いましたけど、俺はこんな光景を作り出すつもりはありませんよ」
俺がそう言うと、シャオリンさんは複雑そうな顔をした。
「……それを信じろと?」
「信じて貰うしかありません」
その言葉に、シャオリンさんは押し黙った。
多分今、シャオリンさんの中では色々と葛藤しているんだろう。
シャオリンさんの憂いを晴らすなら一番いい方法がある。
けど、それを実行するのは躊躇われる。
その方法は……。
「それとも……今この場で俺を殺しておきますか?」
「!!」
「シン君!?」
俺の言葉にシャオリンさんは驚いた顔をして俺をみた。
……なんで考えが分かったのかって顔だな。
シシリーは、俺が急にそんなことを言いだしたので驚いている。
「俺には、この光景を作り出せる力がある。いくら俺がその力を振るうつもりがないと言っても、その言葉を信じれるほど俺とシャオリンさんは付き合いが長くない。ならばいっそのこと……ってところかな」
俺がそう言うと、シャオリンさんは唇を噛み締めたまま俯いた。
「それは……そんなことはできません……」
「どうして?」
俺がそう言うと、シャオリンさんは顔をあげた。
その顔は泣きそうになってる。
「あなたは……シン殿は私たちを救ってくれた……姉の病気を治し、私たちの敵であるハオを失脚させ商会を救ってくれた……大恩人です」
泣きそうになりながらも、ポツリポツリと話してくれるシャオリンさん。
……いや、涙は溢れてしまっている。
「そんな大恩人に! 刃を向けるなんてできません! けど! けど……どうしても不安を拭いきれません……」
シャオリンさんはそう言うと、両手で顔を覆い号泣し始めた。
「私はどうすればいいんですか!? 大恩人であるシン殿を疑いたくなんかない! でも……どうしても考えてしまうんです!」
「シャオリンさん……」
今まで相当悩んでいたのだろう。
苦し気に胸の内を吐露するシャオリンさんを、シシリーが気遣わし気な目でみている。
「もう……最近の私は感情がグチャグチャです。どうしたらいいのか、もう分からなくなりました」
顔を覆っていた両手を下げたシャオリンさんの顔は、この一瞬の間に煤けてしまったように見えた。
どうしたらいいのか……か。
そんなの、俺にも分からない。
かと言って、俺が死んでやる訳にもいかない。
俺はもう一人じゃない。
シシリーがいてシルバーがいる。
俺がいなくなったら、きっと悲しむ。
最愛の人間を悲しませることなんてできない。
誰も答えを見つけられないまま、俺たち三人の間に沈黙が続いた。
「ならば、シャオリン殿がアールスハイドにくればいい」
「うおっ! ビックリした!!」
俺の背後から、急にオーグの声がしたので、本気でビビった。
振り向くと、オーグの他にトールとユリウスも一緒にいた。
「シンを信用しきれないんだろう? なら、アールスハイドに来てシンを監視すればいい」
「……殿下は、私がシン殿を監視することを容認するのですか?」
シャオリンさんは、訝し気な目でオーグを見る。
同じように俺も見ると、オーグは呆れたような顔をした。
「おい、もう忘れたのか? これが終わって国に帰れば各国から事務員という名目の監視が来るだろうが」
「あ。そういえばそうだった」
マジで忘れてた。
そんな俺をみて、オーグは深い溜め息を吐いた。
「はぁ……まったくお前は……まあ、そういうことだ。今後私たちは組織として活動していくのだが、我々の力が周囲と隔絶しているのは自覚している。そのことにシャオリン殿と同じような危惧を持つものはいる」
「その不安を解消させるために、各国から監視役が派遣されてくるのですよ」
「これは殿下が自分で提案したことで御座る」
オーグの言葉をトールとユリウスが引き継いで話す。
「そういうわけでな。できればクワンロンからも人員を派遣して欲しいのだ。飛行艇に大量発生した竜の討伐、それに魔人化したハオの討伐とこの国でも色々と見せてきたからな。我々を脅威と見る者も出てくるだろう」
オーグはそう言うと、シャオリンさんを真っすぐ見据えた。
「その監視員に、シャオリン殿が就けば憂いも無くなることだろう」
「し、しかし、その監視員は国が決めることなのでは……」
「今から我々の国の言葉を覚えてか? いつになることやら。それならばすでに通訳なしで話ができ、我々とも面識のあるシャオリン殿が適任だと思うのだが?」
そう言われれば、シャオリンさん以外に適任はいないように思えるな。
オーグの言葉にしばらく考え込んでいたシャオリンさんは、オーグを見て言った。
「なら、その監視員の件は、私が国に提案し立候補します」
シャオリンさんの言葉を聞いたオーグはフッと笑った。
「ああ、是非そうするといい」
「では、この観光が終わりましたら悠皇殿に向かいます。殿下、ありがとうございました」
シャオリンさんはそう言うと深々と頭を下げてから俺たちのもとを離れ、リーファンさんと何やら話をし始めた。
どうやら、シャオリンさんの悩みは解決できなくても妥協させることはできたみたいだな。
「それにしてもいいタイミングだったわ。正直どうしようかと思ってた」
「たまたま近くを通りかかっただけだ。それに、これからクワンロンとも国交をもつことになるんだ。他国から監視員の話を聞けば不満が出るだろう?」
「それもそうだな」
一石二鳥ってやつかな。
クワンロンから監視員を派遣させられるし、俺の近くにいればシャオリンさんの不安も解消できる日がくるだろう。
やっぱり、オーグはすげえな。
「では、私たちは行くぞ。この街並みは今後の街づくりの参考になる」
オーグはそう言うとこの場から去っていった。
「ああ。ありがとな」
そのオーグの後ろ姿に礼を言うと、片手をあげて応えそのまま行ってしまった。
「なに格好つけてんだアイツ」
「ふふ、照れ臭いんですよ、きっと」
「そうなのかな?」
「そうですよ」
まあいいか。
「さて、そんなことより俺たちも遺跡を見て回ろうか」
「はい!」
シャオリンさんがリーファンさんのところへ行ってしまったので、俺とシシリーの二人だけで遺跡を見て回ることにした。
まずはアレだ。
自動車からだ!




