久々の休日
ハオが魔人化し、悠皇殿を襲撃してから数日。
俺たちはクワンロン政府からの連絡が来るまでミン家でのんびりと過ごすことになった。
ひょっとしたら、ハオを信奉する残存勢力が残っているかもとしばらくは警戒していたが、ミン家を襲撃するどころか監視する人間すら現れなかった。
ミン家では、回復したスイランさんが悠皇殿へと何度か召喚され、竜狩り及び竜革取引禁止法の撤廃について意見を求められた。
そのときの様子を教えてもらったのだが、皆が積極的に法案の撤廃に向けて動いていたと言っていた。
それだけでなく、ハオの私欲のために立案された法案で廃業を余儀なくされた元竜革業者に対して、ハオから没収した私財を使って補償する案まで出たとのこと。
それも問題なく可決されるだろうとのことだった。
ハオって、よっぽど皆に嫌われてたんだな。
まるでハオの痕跡を消そうとしているようにも感じた。
まあ、最終的には皇帝の殺害まで企んでいたからな。
今後ハオの名前は、天下の大罪人として語り継がれることだろう。
まさに、自業自得の見本だな。
スイランさんの話も含めて、ようやく安心できる状況が確認できたので、俺たちは初めてイーロンを散策できるようになった。
「コッチ、デス」
この日は、スイランさんの案内で俺とシシリー、そしてまた連れて来ていたシルバー、そして通訳のシャオリンさんの四人で皇都を散策していた。
『こっちに子供服も売ってる店があるんです』
「クワンロンの服って西方世界では珍しいからな。楽しみだ」
「ふふ、そうですね」
「う?」
ということで、俺たちは今服飾店を目指している。
これは、シルバーを大変可愛がってくれているスイランさんが、是非シルバーにクワンロンの服を着せてみたいと提案してきたことが切っ掛けだった。
クワンロンの服は、少し感じは違うけど中華風の服。
その子供服をシルバーが着る……。
絶対可愛いじゃん!
と、俺もシシリーも二つ返事でスイランさんに返事をしたのだった。
『ふふ、きっとシルバー君に似合いますよ』
「きゃあい!」
スイランさんは、俺たちを先導しつつも時折シルバーを構ってくれる。
よっぽど子供が好きなんだな。
シルバーもその雰囲気が分かるのか、スイランさんにはシャオリンさんよりも大分懐いている。
「それにしても、シルバー君を構っている姉は別人みたいです」
シャオリンさんは、シルバーを構っているスイランさんを見て複雑そうな顔をしている。
「そうなの? 俺たちはああいうスイランさんしか知らないからなあ」
「仕事中とか別人ですよ? 常に気を張ってピリピリしてます。仕事中の姉のそばにいると、緊張で胃を悪くする人間が続出するんです」
「そ、そんなに怖いの?」
「いえ、怖いというか……厳しいんですよ。でも間違ったことは言っていませんし、姉自体が仕事のできる人間ですからね。誰も文句が言えないんですよ」
「へえ、そういえば、この前『女だてらに商会の会頭をしていると』っていってたけど、女性の会頭って珍しいの?」
「そうですね。いなくはありませんけどごく少数です。そんな世界で生きている人なので、弱味を見せちゃいけないと必死なんだと思います」
そっか、俺の回りは強い女の人が多かったけど、クワンロンではまだ女性の社会進出とか厳しい目で見られているのかもしれないな。
「だからこそ……ですかね。姉は私生活では母になることを強く望んでいる気がします」
「なるほどな。それで心のバランスを取っているのかもね」
「とはいえ……姉に子供が出来たら絶対厳しくすると思ってたんですけど、この様子を見るとデレデレになって甘やかしそうですね……」
「あはは……」
俺もついシルバーのことを甘やかしちゃうからなあ。
その件についてはなにも言えん。
『着きました、ここです』
シャオリンさんとそんな話をしながら歩いていると、いつの間にか目的地に到着していた。
そのお店は、さすがに大きな商会の会頭が利用しているだけあって、高級感溢れるお店だった。
「えっと……ここって高いんじゃ? いいんですか?」
イーロンを散策していると言ったが、為替レートがまだ確定していないため、俺たちはクワンロンのお金を持っていない。
今回はスイランさんの要望であるので、買い物は全てスイランさんの奢りだ。
なので、奢ってもらう身としてはあんまり高級なものはちょっと気が引けてしまうんだけど……。
『問題ありませんよ。シン殿たちはあの悪法を撤廃する切っ掛けを作って下さいました。それによって私どもが得られる利益は計り知れません。それに比べたらこれくらいの出費、どうということもありません。ですから、シン殿や天女様も、気に入った服があれば購入してくださいね』
「そう、ですか。では、お言葉に甘えますね」
「すいませんスイランさん。ありがとうございます」
「あう」
それでも申し訳なく思い、シシリーと一緒にスイランさんに頭を下げてお礼をすると、それを見ていたシルバーも一緒に頭を下げた。
それは途轍もなく可愛い光景で、俺たちだけでなくスイランさんのハートも撃ち抜いてしまったようだ。
『くううっ! 可愛い!!』
「にゃふ?」
急にスイランさんに頭を撫でられて驚いた様子のシルバーだったが、すぐに褒められているのだと分かったのか楽し気に笑い出した。
『さあ! シルバー君に似合う服を、おばちゃんが見繕ってあげるわよ! 天女様、付いて来てください!』
「あ、あの! 公衆の場でその呼び方は止めて下さい!」
シシリーは、さっさと歩いていくスイランさんのあとを慌てて追いかけていった。
「あれ? ひょっとして今、スイランさんシシリーのこと天女様って呼びました?」
「ええ、呼びましたね。なのでシシリー殿がその呼び方は止めてって言ってました」
「シャオリンさん、通訳してませんよね?」
俺がそう言うと、シャオリンさんは苦笑を浮かべた。
「シシリー殿がどんなに止めてと言っても、姉は天女様呼びを止めませんでしたからね。その単語だけ覚えたんでしょう」
「そういうことですか」
「では、私も二人のところに行きますね。シン殿はどうしますか?」
「そうだな……」
これから女性三人で買い物か。
できれば混じりたくないな……。
「俺は店内を適当に見回ってるよ。服飾店だし、言葉が通じなくても問題ないでしょ」
「そうですか。それでは失礼します」
シャオリンさんはそう言うと、シシリーとスイランさんのもとへと向かって行った。
「さてと、それじゃあプラプラと見て回りますか」
早速俺は、初めて来たクワンロンの服飾店を物色し始めた。
この店は、服だけではなく装飾品なんかも売っているみたいだ。
ザっと店内を見て回った感想としては、やっぱりどこか昔の中国のような印象を受ける。
服もそうだけど、装飾品なんかもアールスハイドとは趣の違う装飾が施されている。
こういうデザインは今までなかったから、アールスハイドを始めとした西方世界で売れそうだな。
逆に、西方世界の装飾品もこちらの世界では見慣れないだろうから売れそうだ。
現に今も、俺やシシリーを店員さんたちがチラチラ見ている。
あれは見慣れない客を見ているというより、俺たちの服を見てるんだろう。
その視線には、人を怪しんでいるという気配がない。
これは、クワンロンにとってもいい交易になるのではないだろうか?
西方世界では、複数の国が競ってクワンロンと交易をするが、東方世界はクワンロン一国だ。
複数の国で収益を分割することになる西方世界とは違い、東方世界はクワンロンに収益が全て集まる。
特に竜の革は絶対に売れる。
俺の眼の前にある竜の革を使ったジャケット、メッチャ格好いいもん。
牛や羊の革を使った服は西方世界にもあるが、竜の革を使ったものは手触りからして違う。
結構固い。
まるで革の鎧みたいだ。
けど、関節部分はうまく加工して動きを阻害しないようにしてあるらしく、着心地が悪い感じはしなかった。
「カッケー……これ、いくらくらいするんだろ?」
そう思って値札を見てみる。
数字は東方世界でも同じ文字が使われているらしく、俺にも読めたがクワンロンの貨幣価値で書かれているため、これが西方世界だとどれくらいするのか分からない。
まあ、間違いなく超高級品なんだろうな。
さすがにそんな高いものを買ってもらう訳にはいかない。
俺は諦めて竜革製品の棚から移動した。
再度店内を見て回っていると、ある服を売っている区画に辿り着いた。
こ、これは……。
俺は、その区画に置いてある服を真剣な顔で吟味し始めた。
そして、これだ! と思う服を見つけたときだった。
「シンくーん!」
シシリーから声をかけられた。
その手にシルバーは抱いていない。
「どうした……って、おお……」
恐らく服選びが終わったんだろうと思って近付くと、シシリーの足元には拳法着みたいな服を着ているシルバーがいた。
「か、かわ……」
「ね! 可愛いですよね!」
「ああ……滅茶苦茶可愛い……」
ダボっとした服が、まだよちよち歩きのシルバーにメッチャ似合ってる。
俺は、着慣れない服を着ているせいかちょっと不思議そうな顔をしているシルバーの前に跪き、両手の手のひらをシルバーに向けて差し出した。
「ほらシルバー。あちょー」
「う? にひ! あちょー!!」
最初は首を傾げていたシルバーだったが、すぐに意図を察し俺の手のひらにパンチを繰り出してきた。
「『『か、かわいい!!』』」
子供用の拳法着を着てパンチを繰り出すシルバーを見て、女性陣はメロメロになってる。
そうだろう、シルバーの可愛さに敵う奴などいないのだ。
『これは決まりね! じゃあ次よ!』
「ええ!? まだ買って頂けるんですか?」
『当然です! こんなに可愛いシルバー君を見られるなんて……これは私へのご褒美よ!!」
スイランさんはそう言うと、すぐに次の服を探しに行ってしまった。
「はぁ……ちょっと前まで病気で寝込んでいたのに、もの凄くパワフルですね」
またしてもシシリーを連れて行ってしまったのでシャオリンさんと二人取り残された。
「あはは……確かに病気療養していましたが、そのお陰で仕事での疲れが全て取れてしまったようです。病気も完治したので、今はパワーが有り余っている感じですね」
「そういうことですか」
「ええ。ところでシン殿は、なにか気になるものはありましたか?」
「そうですね……実は……」
シャオリンさんにそう聞かれて、俺はさっき目星を付けていた服のことを話した。
ちなみに、超高級品であろう竜革のジャケットのことは言っていない。
言ったら買ってしまいそうだもの。
さすがにこれは買ってもらうわけにはいかない。
あれは、クワンロンとの為替レートが確定してから自分で買おう。
そう心に決めた。
ちなみに、俺が気になったと言った服は買ってもらえることになった。
もっと高い服でもいいんですよ? と言っていたが、あれでも随分高級品だと思う。
触った感じ、多分絹が使われてると思う。
それを事もなげに購入してしまうとか、シャオリンさんって名家のお嬢様なんだと改めて思った。
その後も、スイランさんによるシルバーの服選びは続き、シルバーが疲れて舟をこぎ出したところで終了となった。
「すみませんスイランさん。こんなに沢山……」
シシリーは、俺たちだけでは持ちきれなくて店側が用意してくれた荷車に満載にされた荷物を見て申し訳なさそうに言った。
『気になさらないでください。さっきも言いましたが、私にとってもご褒美みたいなものですから』
「そうですか。ありがとうございます」
『ふふ、それにしても、眠ってるシルバー君も可愛いです』
「んにゅ……」
スイランさんが微笑みながらシルバーの頭を撫でると、すでに俺の腕の中で眠っているシルバーはむにゃむにゃと口を動かした。
ちなみに、シルバーの服は最初に買った拳法着を着ている。
そのまま着て帰ってくれればお店の宣伝になるからと、お店側から依頼された。
もちろん、可愛いので即決で了承したよ。
『はあ……私も早く子供が欲しいです……』
「もう身体も良くなりましたし、すぐにできますよ」
『そうですね……重ね重ねありがとうございました。天女様やシン殿は、私の……いえ、私たちの大恩人ですわ。今後、なにかありましたらなんでも頼ってくださいね』
「はい。ありがとうございます」
そんな話をしながら俺たちは帰路についた。
ちなみに、なぜ異空間収納に荷物を入れていないのかというと、これもお店側からの依頼だ。
服を入れている袋には、お店の名前が書かれている。
その袋を大量に見せつけて、更にシルバーはこの店の服を着ている。
この上ない宣伝になるとのことだった。
それを了承したのは、受けてくれれば割引すると言われたから。
こんなことでスイランさんたちの負担が少しでも軽くなるならと、了承したのだ。
そうしてまたフラフラと街を歩き回り、俺たちはミン家に戻ってきた。
「ふう、ちょっと疲れたな」
ずっと寝ているシルバーを抱っこしていたからな。
体力的には大したことないけど、シルバーを起こさないように気を使ったので精神的に疲れてしまった。
「ありがとうございますシン君、シルバー預かりますね」
シシリーはそう言うと、俺からシルバーを受け取りリビングのソファーに寝かせた。
部屋に連れて行って布団に寝かせてもいいんだけど、起きたときに誰かいないと泣いちゃうからな。
そうしてシルバーを寝かしつけると、二人してソファーに座ってホッと息を吐いた。
そのタイミングが全く同じだったので、俺たちは思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
「今日は大変でしたけど、楽しかったです」
「そうだな。そう言えば、何着かシルバーの服で見てないやつがあるけど、それも可愛かったの?」
「ええ、とっても可愛かったです。シン君も、きっと気に入りますよ」
「そっか、それは見るのが楽しみだ」
そんな風に、二人で穏やかな時間を過ごした。
しばらくその時間を満喫していると、ふとシシリーが訊ねてきた。
「そういえば、シン君はなにか買わなかったんですか?」
あ、そうだ。
「実は、俺のじゃなくてシシリーの服を買ったんだった」
そう、あのとき俺が気になったのは女性用の服。
それが絶対シシリーに似合うと思ったから、シャオリンさんに買ってもらったんだ。
「え? 私の、ですか?」
「そう。えっと……あ、これだ」
俺は、ミン家に着いてから異空間収納に収納されている袋の中からシシリーの服が入っている袋を取り出した。
「はい、これ」
「わあ……見てみてもいいですか?」
「いいよ」
俺がそう言うと、シシリーは袋から服を取り出した。
「わあ、綺麗な青色……」
「シシリーには、青が似合うと思ったから」
「それに、手触りがとってもいいです」
「多分高級品なんだろうな。それをポンと買ってくれるなんて、ミン家ってやっぱりお金持ちなんだな」
「そうですね。あの、これ着てみてもいいですか?」
「もちろん!」
「じゃあ、ちょっと着替えてきますね」
シシリーはそう言うと、服を持って嬉しそうに俺たちに宛がわれている部屋に向かった。
そうしてしばらく待っていたのだが、一向にシシリーがやってこない。
どうしたんだろうとリビングの入り口に視線をやると、そこにシシリーがいた。
なぜか、真っ赤になった顔だけ出してこちらを見ている。
「……なにしてるの?」
俺がそう訊ねると、シシリーは恥ずかしそうにもじもじしながら言った。
「あ、あの……こ、これでいいんでしょうか……」
シシリーはそう言うと顔だけでなく全身を見せてくれた。
「おお……」
そこには、青いチャイナドレス風の服を着たシシリーが立っていた。
「ど、どうでしょうか?」
「凄い……やっぱり似合ってる。綺麗だ……」
「えぅ……あ、ありがとうございます。でも、あの……」
「ん?」
俺が褒めると、シシリーは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに返事をしてくれた。
でも、やっぱり恥ずかしそうだ。
「あの……この服、なんでこんなに上まで切れ込みが……」
シシリーがしきりに太ももの辺りを気にしていたので目をやると、そこには深く脚の付け根付近までスリットが入っていた。
「……あ」
チャ、チャイナドレスのスリットって、膝上くらいまでなのかと思ってた!
ま、まさかこんなに上の方までスリットが入ってたなんて……。
「は、恥ずかしいです……」
そう言ってもじもじするシシリー。
「……」
改めてシシリーの格好を見てみる。
シシリーの身体のラインが綺麗に出ていて、予想外に深かったスリットが色っぽさも醸し出している。
その姿をもう一度よく見た俺は、シシリーの手を取った。
「え? あの? シン君?」
その後、シルバーが起きたとき、俺たちが近くにいなかったことで泣き喚く声が屋敷中に響いたのだった。




