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賢者の孫  作者: 吉岡剛
212/311

咎人とは

 魔人化したハオを討伐した俺たちは、将軍の前に来ていた。


 さっきの発言の意味を聞くためだ。


 将軍の近くには、さっき避難させたシャオリンさんと、それを手伝ったシシリーもいる。


「将軍、さっき魔人のことを咎人と言っていたな? あれはどういう意味だ?」


 オーグがそう聞くと、将軍はシャオリンさんとリーファンさんを見て言った。


『君たちは、咎人についてなにか聞いたことはあるかね?』


 問いかけられたシャオリンさんとリーファンさんは首を横に振った。


「将軍はなんて?」

「咎人について聞いたことはあるかって、そう聞かれました」


 それで首を横に振ってたのか。


 聞いたことないって言ってたもんな。


 そんなシャオリンさんとリーファンさんの反応を見た将軍は、少し黙ったあと口を開いた。


『これは極秘事項なので他言無用だ。殿下たちも同様にお願いします』

「ああ、分かっている」

『さて、そこの二人は知っていると思うが、殿下たちは魔法が使えない者を使えるようにする方法というのは知っていますか?』

「ああ、聞いた。魔石を摂取するのだろう?」

『その通りです。では、それが禁忌とされている理由も?』

「魔石を摂取した人間は魔力が不安定になり、やがて死に至るからだと聞いたが」


 オーグが答えると、将軍は少し視線を落とした。


『そうです。それがこの国で広く知られている、魔石を摂取してはならないという禁忌の理由です』


 ん? なんか、今の言葉に違和感が……。


 なんだろうと考えていると、オーグが先に違和感の正体に気付いた。


「広く知られている……か。ということは、もしかして本当は別の理由があるのか?」


 ああ、それだ。


 違和感の理由が分かってスッキリした。


『流石ですね殿下。その通り、魔石を摂取してはならないという禁忌の理由は本当は少し違うのです』

「少し?」

『ええ。概ね同じです。ですが……』


 将軍はそこで言葉を切ると、俺たちの顔を見渡した。


『魔石を摂取したからといって、死ぬわけではないのです』

「「「え?」」」


 ちょっと待って。


 え、魔石を摂取したら死ぬからやっちゃいけないんだろ?


 それが違うって、どういうことだ?


『ど、どういうことですか? 私たちは、昔から嘘を教えられていたということでしょうか?』


 シャオリンさんが思わずといった形で将軍に質問した。


 ちなみにシャオリンさんの言葉は、リーファンさんが通訳してくれた。


 その質問を受けた将軍は、シャオリンさんから視線を逸らしながら話を続けた。


『完全な嘘という訳ではないのだ。現に、今まで魔石を摂取したものは例外なく死んでいる。すぐの者もいれば、時間を置いてからという者もいるがな。だが、長生きした者はおらん』


 例外なく死んでいる、長生きはできない。


 ってことは、結局死んでるんだよな。


 それのどこに違いが……。


 いや、ちょっと待てよ?


 確か、魔石を摂取すると魔力が不安定になるんだよな。


 さっき倒したハオは、魔石を摂取したことで魔法が使えるようになったけど、魔力が不安定になり、さらに精神的に追い詰められたことで魔人になった。


 そして、すぐ討伐され……。


「あ」


 思わず声を出してしまったら、将軍に視線を向けられた。


『気付いたか?』

「はい。魔石を摂取したものは、例外なく死んでいる。けど事実はちょっと違う。それってつまり、死因は魔石の摂取じゃなくて……」

『そうだ。魔石を摂取したものは魔物化しやすい……いや、今までの記録からすると、間違いなく魔物化する。となると』

「死因は……討伐という名の殺害ですか」

『そういうことだ』


 俺は、魔石を摂取した者は死に至るという言葉から、毒物のようなものだと思っていた。


 実際シャオリンさんや、他の人たちもそう思っているはずだ。


 だから、魔石を磨り潰して加工する呪符の製作工場では厳重な管理をしている。


 けど、本当はそうじゃなかった。


 魔石を摂取した者は、例外なく魔人化してしまい、討伐されたために死んでいたんだ。


「そ、そんなことが……」


 初めてその話を聞いたシャオリンさんも、ショックを隠し切れていない。


 それほど衝撃的な話だった。


 なるほどな……。


 これは話せないのも分かるわ。


 将軍が他言無用と言った意味が理解できた。


 けど……そうなるともう一つ疑問が出てくる。


 将軍の話では、過去に何度も魔石を摂取し魔人化した人間がいるはずだ。


 それがすぐに討伐されている?


 クワンロンの軍事力はそれほど高いものなんだろうか?


 俺がそのことについて考えていると、そもそも真実を秘匿することに疑問を持ったマリアが将軍に質問していた。


「けど、なぜ真実を秘匿する必要があるんですか? 魔石を摂取したら魔物化してしまうと公表した方がインパクトはあると思うんですけど……」


 マリアの他にも同じ意見の人はいたようで「確かに」「その方がもっと抑止力になるんじゃ?」という声が聞こえてくる。


 言葉は分からなくても、雰囲気で納得していないことが分かったのだろう。


 将軍が皆を諭すように話しだした。


『残念ながらそれはできんよ』

「え? なんでですか?」


 マリアと同じく分かっていなかったアリスが反応した。


『それはな、魔石を摂取したからといって、必ず死ぬわけではないからだ』


 将軍はそう言うと、皆を見渡した。


『魔石を摂取すると魔物化する。その時点では死んでいないだろう?』

「あ、そっか。討伐されるから死んじゃうんだった」


 その説明で、アリスも納得したようだ。


『そういうことだ。討伐されなければ死なないんだよ』


 秘匿する理由がそれだ。


 魔物化しても、討伐されなければ死なない。


 生き延びる可能性があるということだ。


『今まではなんとか討伐できていたが、討ち漏らしたらどうする? 現に今、討ち漏らしかけたところではないか』

「それに、もし相当な恨みを持つ者が、自分の身がどうなっても構わないから復讐したいと願ったら、その手段として使われる可能性もあるな」

『まさに殿下の仰った通りです。過去の記録では、そのような目的のために魔石を摂取した者がいたそうです。だから、魔石を摂取したら必ず死ぬというように流布させたそうです』

「なるほどな。しかし、それを知っていた割には、この度は後手に回ったようだが?」

『言葉もありませんな。ただ、言い訳をさせて頂けるなら、魔石を摂取した者など数十年振りのことだったのです。私も、流石に経験がありませんから、まさかあのタイミングで魔物化するとは思いもしませんでした』


 それを聞いたオーグは、少し自嘲気味に笑った。


「すまない、意地の悪い言い方をしたな。そういえば、私たちも初めて魔人と相対したときはなにもできなかった。我が国では、魔人は恐ろしい存在だと子供のときから聞かされていたにも拘らずだ。結局、シンが対処してくれていなければ、我々はここにいなかったかもしれん」

『そうだったのですね。それにしても、シン殿には驚かされました。まさか咎人をああも簡単に討伐するとは夢にも思わなかった』


 オーグと将軍が、俺の方を見ながらそう言った。


 ちょっと、急に褒められると照れるじゃないか。


「いや、まあ、俺たちは今まで理性が残ったままの魔人を相手にしてきましたからね。今更理性を失くした魔人とか、脅威には思わなくなっただけですよ」

『そうか。その歳で随分な修羅場をくぐり抜けてきたのだな』

「まあ、それなりですよ」

『そう謙遜するな。それにしても、ハオの敗因は殿下やシン殿たちの実力を量れなかったということだろうな』


 将軍は、俺たちが話している後ろで作業していた兵士たちに回収されていくハオの遺体に目を向けながらそう言った。


「そうなると尚更疑問だな。なぜ魔人のことを『咎人』と言うのだ? 魔物化した人間なのだから魔人だろう?」


 オーグがそう聞くと、将軍は不思議そうな顔になった。


『なぜって……禁を犯して魔石を摂取し魔物化した人間なのですから、罪を犯した者……咎人と呼ぶものでは?』


 そう言う将軍を見て、俺はあることに気付いた。


「えっと、ひょっとして、魔石を摂取して魔人化した以外に魔人になった人はいないんですか?」

『ある訳ないだろう。咎人になるのは、例外なく魔石を摂取した人間だけだよ』

「そういうことか……」


 これで、さっきの疑問も解消されたな。


 クワンロンで魔物化した人間は、咎人だけなんだ。


 俺たちの知る魔人は、魔石の摂取ではなく、これはまだ仮説の段階だけど高位の魔法使いが強い恨みや憎しみによって魔力を暴走させて魔人化した。


 だから、過去にじいちゃんと婆ちゃんが討伐した魔人は国を滅ぼしかけるほどだったし、シュトロームは魔人の軍勢を作り上げ国どころか世界を滅ぼそうとした。


 それに比べて、クワンロンでは元々魔法が使えない人間が魔石を摂取したことで魔力が不安定になり、なにかをきっかけにして魔人化している。


 元の実力が低いんだ。


 俺たちが相手にした魔人よりも、魔石を摂取して魔人になった者は実力的に相当劣る。


 だから、討伐できたんだな。


「ありがとうございます。色々と納得できました」

『ああ、だが、さっきも言ったが他言無用で頼む。お前たちもだぞ』

『分かっています』


 将軍は、俺たちにはお願いをする態度で言ってきたけど、シャオリンさんたちには高圧的に言った。


 やっぱり、他国の人間と自国の人間とじゃ態度が違うな。


 二人とも、すっかり委縮してしまっている。


『それで、伺いたいことは以上ですかな?』

「ああ、時間を取らせて済まなかったな」

『いえ、それでは、私はこの件の事後処理がありますからこれで失礼します』


 将軍はオーグに一礼すると、忙しなく動いている兵士たちのもとへと向かって行った。


 それを見送った俺たちは、誰からともなく溜め息を吐いた。


「それにしても、凄い話を聞いたな……」

「そうだな。さすがのシンも、このことは知らなかったか」

「当たり前だろ。そもそも、魔石自体学院で貰うまで存在すら知らなかったんだから」

「それもそうか。まあ、皆は魔人の脅威を誰よりも知っているだろうから他言はせんと思うが、うっかり話したりするなよ? 特にヒューズ」


 オーグは、皆の中でもリンに向けてそう言った。


「殿下、それは非道いです。さすがに私もこれが喋っちゃいけないことだというのは分かります。それに、なんで私だけ? アリスにも注意を」

「ちょっ! リン、それは非道くない!?」

「ヒューズ、お前は魔法学術院に出入りしているだろう。魔法について話し合うことも多いのではないか?」

「確かに、よく議論になります」

「その中には、魔法の素質のない者が魔法を使えるようになるにはどうすればいいかという議論はないのか?」

「よくします。今回のこれは大発見……あ」


 あー、これ、俺がオーグによくやられるヤツだ。


 案の定、オーグはプルプルと震え出した。


「その考えを改めろと言っているのだ!! いいか? 絶対に喋るんじゃないぞ!? むしろ忘れろ!!」

「それは無理です。脳にこびりつきました」

「なら、私が忘れさせてやろうか?」


 オーグは、怒りの表情のまま笑みを浮かべて両手に雷を纏わせた。


 こわ……。


「忘れました。もう思い出しません!」


 さすがにリンもビビったのか、直立不動で敬礼しながら、必死に忘れたとアピールしていた。


 そのリンの態度を見て、オーグは両手に纏わせていた魔力を霧散させた。


「まったく……とりあえず、これでハオの件は終了だ。あとは、交渉再開の時期についてクワンロン側からの連絡を待つとしよう。帰るぞ」


 オーグはそう言うと、悠皇殿の出口へと歩いて行った。


 ハオという最大の障害がなくなったから、あとはスムーズにいくといいな。


 そんな話をしながら、俺たちは歩いてミン家に帰るのだった。



 翌日、あるものが空から降ってきたと一部の地域で騒ぎが起きたのだが、なぜそんなことが起きたのか真相は分からず、クワンロン皇都イーロンで起きた不可思議事件として、永く語り継がれることになったのだった。


 

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別作品、始めました


魔法少女と呼ばないで
― 新着の感想 ―
[一言] "翌日、あるものが空から降ってきたと一部の地域で騒ぎが起きた" 最初に読んだときはレールガン関係?とか思ってピンとこなかった…数回読むうちにシャオリンが吐き気を催していたなー、と。
[一言] リンはメイ姫誘拐の時にオーグの雷で痛い目見たからな…。 マンガ版2巻はまだですか!?
[一言] あるもの?なんだっけ??
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