本来の魔人
『うオおオおぉっっっ!!!!』
『な、なんだ、あれは!?』
将軍は、初めて魔人を見たんだろう。
魔人化して咆哮をあげるハオを見て、非常に困惑した声をあげた。
「な、なんですか……あれ……」
こちらも初めて見たのであろう、シャオリンさんが魔人化したハオを見て震えている。
よく見ると、シャオリンさんだけでなくリーファンさんも必死に震えを抑えようとしていた。
「そうか、シャオリン殿たちは初めてみるのだな。あれは魔物化した人間……魔人だ」
「ま、魔物化!? 人間がですか!?」
『おい! どうした!? なにか知っているのか!?』
魔人の放つ禍々しい魔力に気圧され、震えている兵士たちと違い、散々魔人とやり合ってきた俺たちは今更魔人と対面したからといって取り乱したりしない。
その様子と、シャオリンさんとのやり取りから俺たちがなにか知っていると考えたのだろう。
将軍が俺たちの方を見て叫んだ。
『あ、あれは人間が魔物化したものだそうです!!』
その将軍に向けて、シャオリンさんが俺たちの通訳ではなく自分の意思で叫んだ。
『魔物化!? まさか……あれが咎人か!?』
『とが……?』
将軍がなにか叫んだ内容が、シャオリンさんには理解できなかったんだろう。
今度はシャオリンさんが困惑した顔になった。
「なんですか? 将軍はなんて?」
「あ、あの、私があれは魔物化した人間だと言ったら、将軍があれが咎人かと、そう言ったのです」
「咎人? 罪を犯した人ってことか?」
「そういう意味ですけど……なぜ魔人のことを咎人と……?」
シャオリンさんが、さっきの将軍とのやり取りを教えてくれたけど、咎人?
なんで将軍はそんな言い方をしたんだ?
「その話は興味深いがな。残念ながら時間切れだ」
オーグの言葉で魔人化したハオを見ると、ついさっきまで続いていた咆哮がやみ、俺たちを睨みつけていた。
その目は、真っ赤である。
「あ……あ……ああ……」
まずいな。
シャオリンさんが、初めて見る魔人の禍々しい魔力に呑まれている。
恐怖で体が動かないようだ。
「シシリー、シャオリンさんを後ろに下がらせてくれるか?」
「分かりました」
俺はシシリーにシャオリンさんのことを任せ、再度ハオを見た。
魔人化したハオは、禍々しい魔力を纏わせ兵士たちを見てニヤリと笑った。
『ひっ!』
ヤバイ!
兵士たちも魔人の魔力に呑まれている!
あれじゃあ魔人の攻撃を無抵抗で受けてしまう。
そう思った矢先、ハオが魔力を迸らせ兵士たちに向かって魔法を放った。
『うわああっっ!!』
魔法が兵士たちに着弾する瞬間、俺は兵士とハオの間に立ち魔力障壁を全力で展開させた。
ま、間に合った!
「下がってください! 足手まといだ!!」
俺は、ハオの攻撃を防ぎながらへたり込んでいる兵士にそう言うが、兵士は『あ……あ……』と言うだけで全く動こうとしない。
ちっ! 言葉が通じてない!
「リーファンさん!!」
「はっ!? 『お、おい! 撤退しろ!! 殿下たちの邪魔だ!』」
俺の意図を察してくれたリーファンさんが通訳してくれた。
すると、先ほどまで恐怖で固まっていた兵士たちが我先にと逃げ出した。
兵士としてはどうかと思うけど、無駄死にを防げたという点では上出来だろう。
「将軍。悪いが、ここからは手出しさせてもらうぞ? いいな」
オーグの言った言葉をリーファンさんが通訳すると、将軍は苦渋に満ちた顔をした。
『し、しかし……我が国の問題を他国の王太子殿下に任せるのは……』
「そんなことを言っている場合か? それに、魔人討伐に関しては、我らの方に一日の長がある。今更後れを取ったりしないさ」
さらにそう言うと、将軍は難しい顔をしていたが、ようやく諦めてくれたようだ。
『……分かりました。それでは、お任せ致します』
「任された」
オーグと将軍のやり取りが終わったころ、ようやくハオの魔法が止んだ。
『う……? おぇえああああ?』
放った魔法で誰も死んでいないことが不思議だったんだろう。
ハオは首を傾げてから呻き声を出した。
「こいつ……理性が残ってないな」
このハオの姿は、昔爺さんから聞いた魔人の姿によく似ている。
理性が残っておらず、意味不明な呻き声をあげるだけの存在。
今まで戦ってきた魔人は、カートは半分くらいだったが皆理性が残っていたから、今のこの姿が異様に見える。
本来の魔人って、こういう存在なのか……。
『いいいいああぁぁあああっっ!!』
人の姿をしながら禍々しい魔力を垂れ流し、理性のかけらも残っていない意味不明な言葉を発する。
強さで言えば、理性のある魔人の方が圧倒的に強いのだろうけれど、なんというか……。
「う……人の姿をしてるけど、存在が完全に魔物だからこっちの方が異様に感じるわね……」
そう、マリアの言う通り、なまじ人の姿をしているだけに、この魔人の方が根源的な恐怖を感じる。
理性ある魔人は、目と魔力以外は人と変わりなかったからそんなことは感じなかった。
けど、今目の前にいる魔人は、人の形をしているけど人としての言動はしていない。
そのことが、強烈な違和感を感じさせるんだろうな。
『ぐうおおああっっ!!』
「ちっ!」
初めて理性を失った魔人を見て戸惑いを感じている隙に、ハオが再度魔法を放ってきた。
障壁を破られるほどじゃないけど、なんとかしないと!
「オーグ! こいつどうする!? 倒していいのか!?」
「将軍! ああなってしまっては、もう人間に戻すことはできない。やってしまって構わんか?」
魔人化したとはいえ、一応他国の人間だし、裁判を受ける前だ。
俺の手で始末していいのかどうか判断に迷っていると、オーグが将軍に問い質してくれた。
『咎人は討伐するのが習わしだ! 仕留めてくれて構わん!!』
将軍からのお墨付きが出た。
とはいえ、ここは皇帝の住まいの中庭。
魔人を倒すだけの魔法は使えない。
なら!
「はああああっっ!!」
異空間収納からバイブレーションソードを取り出し、魔法を放ち終わったハオに向けて突進。
ハオが次の魔法を放つ前に、袈裟切りに切って捨てた。
『ご……あ……』
斜めに剣を一閃すると、ハオの身体が斜めにズレた。
そして……。
ドシャッという音と共に、ハオはその場に崩れ落ちた。
『お……あ……』
首を切り落とした訳じゃないからしばらく生きていたけど、やがて動かなくなり、ハオは完全に絶命した。
「ふう……」
シュトロームやゼスト、ローレンスたちに比べて、全然弱かったとはいえ、今回の魔人は精神的にクル感じの奴だったな。
自分たちと同じ形をしていても、中身が全くの別物になるとこんなに気持ちが悪いものなのか。
俺は、改めて人間が魔人になってしまうことの恐ろしさを感じた。
そうして俺が切ったハオを見下ろしていると、オーグたちが近くに寄ってきた。
「ふむ。今回はちゃんと適切な方法を取ったのだな。どうした?」
開口一番、そんな失礼なことを言ってきた。
「お前な……ここは皇帝の居城だろ? そんな場所で大魔法なんかブッ放せるわけねえだろ!」
一体俺のことをなんだと思っているんだ。
状況に合わせた戦闘くらいできるわ!
「……クルトの麦畑」
「……」
オーグの放った一言に、俺は何も言い返せなかった。
い、いや……あれは、シシリーが狙われたからキレてしまったというか、なんというか……。
「ちゃ、ちゃんと反省して活かせてるだろ……?」
俺が恐る恐るそう言うと、オーグはフッと鼻で笑った。
「そんなことは当たり前だ。その当たり前ができないから、いつまで経っても常識が身についたとみなせないんだよ」
「ぐうぅ……」
ぐうの音は出た。
ただ、なにも言い返せない!
「さて、とりあえずこれで一連の騒動は終結だな。なら次は……」
オーグはそう言うと、将軍を見て言った。
「咎人とはなんなのか。その辺りを教えてもらうとしようか」




