悪い予感はよく当たる
ハオの家がある辺りで火災が起きている。
その事実を認識した俺たちは宴会を切り上げ、火災現場に向かっていた。
案内のためにシャオリンさんとリーファンさんにも同伴してもらっている。
相変わらず、リーファンさんは空を飛ぶのが苦手っぽい。
シャオリンさんは大丈夫そうなのに。
「うぷ……」
「わあ、シャオリンさん! 大丈夫ですか!?」
「す、すみませんシシリー殿。まだちょっとお酒が抜けてなくて……」
あ、スイランさんには異物排除のペンダントを渡したけど、シャオリンさんとリーファンさんには宴会のとき渡してなかった。
この国に到着した初日に催された悠皇殿での晩餐会では付けてもらってたんだけど、そのあと回収したんだよな。
すっかり忘れてた。
「ど、どうしましょう? 一旦降りて休みますか?」
「い、いえ! ひょっとしたらこの国の一大事になるかもしれないのです。このまま行きましょう。私は我慢しますので!」
「そう……ですか。分かりました。けど、我慢できなくなったら言ってくださいね? 大変なことになりますから」
空からアレが降ってくるのか……。
それは大惨事だ。
そうなる前に自己申告してくれることを祈りながら、俺たちは現場に急行した。
火災現場に到着すると、そこには沢山の野次馬と、兵士たちでごった返していた。
「なんで消防隊員じゃなくて兵士が?」
俺が疑問を口にすると、オーグが周りの状況を見て言った。
「つまりそういうことなのだろう。シャオリン殿、ここはやはり?」
オーグが問いかけると、シャオリンさんは神妙な顔で頷いた。
「そうです、ここはハオの家です」
「やはり」
シャオリンさんの推測は当たってたってわけか。
それにしても、なんで軟禁されているハオの自宅が火事になってるんだ?
捕まって失脚することになるであろうハオが、自棄になって自宅に火を放ったのか?
いや、そういえば火事が起こる前にミン家にまで聞こえるほどの音が鳴っていたな。
あれが原因なのか?
「とりあえず、ここでボーッとしていても仕方がない。兵士たちに事情を聞いてみよう」
オーグはそう言うと、シャオリンさんを伴って兵士のもとへと歩いて行った。
俺たちもそのあとを追う。
話しかけられた兵士は、最初はオーグのことを訝しんでいたけどシャオリンさんが説明すると目を見張り、敬礼した。
「すまないな。なぜこんなことになっているのか事情を聞かせてくれるか?」
『はっ! 我々は自宅に軟禁したハオが万が一にも逃げ出さないように見張りをしていたのですが、先ほど自宅が突如爆発し、あっという間に家が炎に包まれたのです』
「あっという間? そういえば、確かに火の回りが早いな」
俺たちが音……爆発音だったわけだけど、それを聞いてからそんなに時間は経っていない。
にも拘らず火の勢いは相当で、もう家全体が炎に包まれている。
自然に発火したのなら、こんな速度で火は回らないはずだ。
ということは……。
「魔法、か?」
俺がそういうと、兵士は頷いた。
「ってことは、誰かがハオを助けるために外から魔法を放ったのか?」
『いえ、魔法は家の中から外に向かって放たれました』
「は?」
家の中から?
「あの、家にはハオ以外に誰かいたんでしょうか?」
『いえ、ハオ一人です』
え? ということは……。
「この事態はハオが引き起こしたということか?」
『はい……魔法を放ち、家の中から出てきたハオは、押さえようとする我らを蹴散らしていったのです』
「「はあっ!?」」
思わず、俺とオーグで叫んじゃったよ。
っていうか、ハオが逃げたってのに、なんでこんなに悠長にしてるんだ?
「ハオを追わなくていいのか!?」
『もうすでに追跡済みに決まっています。私は、このあと来る消防団員に指示をしないといけないので残っているんです』
「あ、ああ、そうか。叫んだりしてすまない」
『いえ、大丈夫です。ああ、消防団員が来ましたね』
兵士の視線の先を辿ると、分厚い服に身を包んだ人たちが現れた。
手には何か筒状のものを持っている。
あれが消防団員なんだろう。
ということは、あの手に持っているのは消火用の魔道具か?
そう思っていると、兵士が消防団員の方へと向かっていき、何ごとか指示をすると消防団員は頷いて手に持った筒状のものに魔力を通した。
するとその魔道具の先から大量の水が発射された。
やっぱり消火用の魔道具だったか。
っと、それどころじゃなかった。
「すみません! ハオはどっちに行ったか分かりますか!?」
今も忙しなく動いている先ほどの兵士に大声でそう問いかけると、兵士も大声で返してくれた。
『ハオならあっちの方角へ逃げて行ったぞ!』
そう言ってある方角を指差す兵士。
その示す方へ視線を移すと、シャオリンさんが震える声で言った。
「あっちは……あの方角には悠皇殿があります!!」
シャオリンさんのその言葉で、俺は確信を持った。
ハオは悠皇殿に向かったんだ。
それが自分の発掘した武器を手に入れるためなのか、あるいは皇帝を弑するためなのか、それともその両方なのかは分からないけど、とにかく碌なことじゃない。
「俺たちも急いで追いかけよう!」
ここには消防団員も駆け付けたし、ハオの家は庭も広く、隣家に燃え移る可能性も低い。
俺たちが手を貸さなくても大丈夫だろう。
それよりもハオを追わないと!
そうして浮遊魔法を再度起動し悠皇殿へと向かった。
その道中で、俺は気になっていたことをシャオリンさんに聞いてみた。
「それにしても、ハオは魔法が使えたんですね」
そう言うと、シャオリンさんは眉を顰めた。
「シャオリンさん?」
「あ、すみません。ですがハオは……奴は魔法が使えなかったはずなのですが……」
「魔法が使えない? だが、さっきの兵士はハオが魔法を使って家から脱出したと言ってたぞ?」
「ですからおかしいのです。もしかしたら魔道具を使ったのかとも思いましたが、あの兵士がハオは魔法を使ったと言っていました。魔道具を、ではなくです」
「ということは、ハオは間違いなく魔法を使ったということか……しかし、ハオは魔法が使えないはずと」
「そのはずです」
「待って、それはおかしい」
俺とオーグがシャオリンさんを質問攻めにしていると、リンが話に入ってきた。
「魔法が使えない者は、一生使えない。あとから使えるようになったりはしない」
「私もそういう認識だな。ハオは魔法が使えることを隠していたのではないのか?」
「いえ、自分の力を誇示することに執着していたハオが、魔法という特別な力をひけらかさないのはおかしいです」
シャオリンさんのハオに対する評価は非道いものだな。
でも、そうなると……。
「……もしかしたら」
シャオリンさんも、その可能性に思い至ったのだろう。
眉間に寄る皴が、深くなっていた。
「なんだシャオリン殿、なにか思い当たることでもあるのか?」
そのシャオリンさんの様子に焦れたオーグが、先を促した。
シャオリンさんは、話すかどうするか少し迷った末に、口を開いた。
「……もしかしたら、ハオは禁忌に手を出したのかもしれません」