宴会と不穏な予感
『うふふふ! ああ、こんなに気分がいいのはいつ振りかしら!』
例の法案が廃止されると聞いた夜の宴会場で、誰よりも上機嫌だったのはスイランさんだ。
もうすっかり体調が良くなったのか、結構なペースでお酒を飲んでいる。
「ス、スイランさん! まだ体調が万全ではないんですから、そんなに飲んじゃ駄目ですよ!」
シシリーが必死に飲むのを止めようとしているけど、スイランさんはお構いなしだ。
『ホラホラ! 天女様も飲んで飲んで!』
「い、いえ私は……シン君助けて!」
止めようとして逆にスイランさんに絡まれているシシリーが俺に助けを求めてきた。
しょうがない、助けるか。
シシリーからの救助要請を受けて、俺は異空間収納からあるものを取り出した。
「ちょっと失礼」
『ん?』
俺は酔っ払っているスイランさんの後ろに回り、素早くそれを装着させた。
『なにこれ?』
俺がスイランさんに装着させたのは異物排除が付与されたペンダント。
これを身に付けると、過剰なアルコールは排除されるからスイランさんの酔いも醒めるだろう。
『ちょ、ちょっと失礼』
スイランさんはそう言うと、そそくさと宴会場から出て行った。
「はぁ……シン君ありがとうございます。ところで、スイランさんはどうしたんですか?」
「ああ、あれ異物排除が付与されてるだろ? 過剰に摂取したアルコールを排除しに行ったんだよ」
「排除? どうや……あ、ああ」
シシリーも理解したようだ。
身体に入ったものは排泄によって排除される。
つまり、スイランさんはお花摘みに行ったわけだ。
少し待っていると、大分酔いが醒めたのかスイランさんが気まずそうな顔をしながら宴会場に戻ってきた。
『申し訳ありません天女様。どうも浮かれてしまったようで……』
「いえ、浮かれるのはしょうがないと思います。でも、スイランさんはまだ病気が治って日が浅いんです。あんな飲み方をしていては、折角治ったのにまた別の病気になってしまいますよ?」
『う……申し訳ありません』
「分かって頂ければいいんです。なので、お酒はほどほどにして下さいね?」
『はい。分かりました』
スイランさんは本当に反省しているようで、年下であるシシリーのお説教も大人しく聞いている。
『それにしても、このペンダントは魔道具ですか? 酔いが一気に醒めました』
「えっと、それは……」
大人しく説教を聞いていたスイランさんだったが、それが終わったと見るやすぐにペンダントについて言及してきた。
問いかけられたシシリーは、言っていいものかどうか困っている。
「まあ、詳しいことは言えませんけど、身体に入った余計なものを排除する効果があるものですよ」
俺がそう言うと、スイランさんは目を丸くしてペンダントを手に取った。
『あの……これをお売り頂くわけには……?』
おう。
そう来たか。
「売る……というのは、それを販売するためにということですか?」
『はい! 駄目でしょうか?』
スイランさんが両手を組んでお願いしてくるが、残念ながら期待に副うことはできない。
「残念ですが、それは僕にしか付与できないので売り物にはしてないんですよ」
俺がそう言うと、スイランさんは本当に残念そうな顔をした。
『そうですか……』
うーん……これだけションボリされるとなんか悪いことしてる気になってくるな。
けど、ここでその取引に応じてしまったら、俺はこの先ずっとペンダントを作り続けることになると思う。
まあ、魔石はクワンロンに沢山あるから、そっちの心配はしなくてもいいんだろうけど。
しばらくションボリしていたスイランさんだが、少ししてからガバッと顔をあげて言った。
『では、個人的にこれを買い取らせて頂くわけにはいきませんか?』
「個人的に……つまりスイランさんが欲しいと?」
『はい! 身体に入った余計なものを排除するんですよね? ということは、もし毒を盛られても排除されるということでは?』
へえ、あれだけの説明でよくそこまで気付くもんだ。
「ええ、そうです。それを分かったうえで欲しいということですか?」
『はい。女だてらに商会の会頭なんかをしていますと命を狙われることも少なくありません。しかし、これがあれば少なくとも毒殺は防げる。私にとって、これほど魅力的な道具はありません!』
そういうことか。
まあ、スイランさんが自分で使う分にはいいかな。
「そういう理由なら、そのペンダントは差し上げますよ」
そう言うと、スイランさんは目を見開いた。
『そんな! こんな素晴らしい魔道具を無償でなんていけません!!』
「え? ええ……」
なんで?
タダであげるって言ったのに、なんで逆に説教されてるの?
無料でいい、いけません、いい、いけませんと何度かやり取りをし、最終的にまだレートも確定してないし、それが決まるまでクワンロンのお金を貰ってもしょうがないと説き伏せ、渋々納得してもらった。
ふう……それにしても、頑なに対価を支払おうとするとは。
やはりそこは生粋の商人ってことなんだろうな。
無料でのやり取りはありえないんだろう。
それだけでもスイランさんの会頭としての品格が窺えるな。
とまあ、そんなスイランさんを高く評価し直したり、ナバルさんたちがまたぐでんぐでんに酔っ払っているのを見たりしながら宴会は進んでいた。
そして、宴会も終わりに近付いたときだった。
「……ん?」
「シン君? どうかしましたか?」
「いや、なんか聞こえたような……」
なんか、窓の外から音が聞こえたような気がして外を見るが、隣にいるシシリーは気付かなかったようだ。
けど、確かになんか聞こえたような気がするんだよな。
「なんだろ?」
「シン、お前も聞こえたのか?」
「オーグも?」
「ああ。私は窓際にいたからな、はっきり聞こえたぞ」
「気のせいじゃなかったのか」
俺はそう言いながらオーグと一緒に窓の外を見た。
「なになに? シン君と殿下、なに見てんの?」
「なにかあったのですか?」
そんな俺たちを見たアリスとトールも近くに寄ってきた。
「いや、今外から音が聞こえたんだよ」
「音で御座るか?」
トールと一緒に来たユリウスも窓の外を見る。
気が付けば、アルティメット・マジシャンズの全員が窓に近付き外を見ていた。
そうして窓の外を見てしばらく経ったときだった。
「!! オーグ! あれ!!」
「ああ、あれは……火災か!」
遠くの方がオレンジ色に光りだしたのだ。
間違いない、あれは火災が起きてる!
音が鳴ってしばらく経ってから火の勢いが広がったんだ。
火の勢いはみるみるうちに大きくなっていく。
気が付くと、アルティメット・マジシャンズだけでなくミン家の皆さんも外を見ようと窓際に押しかけ、人でぎゅうぎゅうになってしまった。
「あの方角は……」
そんな中、シャオリンさんがポツリと呟いた声が聞こえた。
「シャオリンさん、あそこになにがあるか知ってるんですか?」
「え、ええ。方角と距離的に、恐らく……」
そして、次に発した言葉で俺たちの間に緊張が走った。
「……ハオの家かと」
「ハオの!?」
思わず大きな声が出てしまった。
「わ、分かりませんよ? ただ、ハオの家が大体あの辺りにあるものですから……」
自分の発言に皆の注目が集まったもんだから緊張したんだろう、どぎまぎしながらそう答えた。
「これは、早急に調べる必要があるな」
「そうだな。もしハオの家でないならそれでいいし、消火の手伝いをして帰ろう。でも、もしハオの家だったら……」
俺がそう言うと、オーグは深く溜め息を吐いて言った。
「また面倒なことになりそうだ」