前文明、負の遺産
ミン家に入った俺とオーグたちがリビングに行くと、そこではシシリーとマリアがユーリを包囲していた。
マークとオリビアは、それを苦笑しながら見てる。
「シシリー、なにやってんの?」
俺が声をかけると、ちょっと興奮した様子のシシリーがこちらを向いた。
「あ、シン君! 聞いてください! ユーリさんにむぐっ……」
「わぁ、シシリーちょっと待ってぇ!」
勢い込んで俺になにかを話そうとしたシシリーの口を、ユーリが慌てて後ろから塞いだ。
「んうぅ!」
「え? なに?」
「な、なんでもないのよぉ。あはは」
なんかユーリの態度は誤魔化すような感じだ。
なんだろ? シシリーには聞かせられても俺には聞かせられないってことかな?
ということは、女の子同士の話なんだろうか?
そう考えていたんだけど、なんだかシシリーの様子がおかしい。
って! ユーリの手、シシリーの鼻まで塞いでない!?
その証拠に、シシリーはユーリの手をパシパシ叩いている。
それに気付いたマリアが、ユーリの肩を揺すりながら叫んだ。
「ユーリ! シシリー息できてない!」
「え? わぁっ! シシリーごめぇん!」
「ぷはあっ!!」
慌ててユーリが手を離すと、解放されたシシリーは真っ赤な顔をして荒い息を吐いた。
「はぁ……もうユーリさん、非道いですよ……」
「ごめぇん」
息を止められていたことで真っ赤な顔に潤んだ目になっていたシシリーが、ユーリに非難の目を向ける。
ユーリは、偶然とはいえシシリーの息を止めてしまったことを抱きついて謝っている。
(もうちょっと黙っといてね? 時期がきたら自分で言うからぁ)
(そうなんですか? 分かりました)
ユーリがシシリーの耳元でなんか囁いている。
そうするとさらに密着するので、まるで抱き合っているように見える。
綺麗な女の子たちが抱き合っている姿って目の保養になるねえ。
「これは眼福だねえ」
「おいフレイド、だからそういうとこだぞ?」
「ええ? これも駄目ですか?」
え? 駄目ですか? そうですか。
「で? なんの話だったんだ?」
「うぇ!? そ、それはぁ……」
改めてなんの話をしていたのか訊ねると、ユーリがキョドリだした。
「あはは、ごめんなさいシン君。なんか内緒にしておいてほしいそうです」
キョドッて答えられないユーリに代わってシシリーが答えてくれた。
あ、さっきの囁きは内緒にしといてって話だったのか。
「そうなの?」
「はい、私から話を振ったのにごめんなさい」
「いや、それはいいけどね。シシリーがそう言うってことは、内緒にしてても問題ない話なんでしょ?」
「それは大丈夫です」
「ならこれ以上は詮索しないよ」
俺がそう言うと、ユーリはあからさまにホッとした顔をした。
「ごめんねぇ。そのうち言うからぁ」
「別に無理しなくていいよ。まあ、言えそうになったら言ってくれ」
「うん、分かったぁ」
俺たちに内緒にしてて問題ない話ってことは、プライベートな話なんだろう。
なら、それを無理に聞き出す必要はない。
むしろ、女の子に無理矢理プライベートの話をさせるとか、なんか他の女子から睨まれそうな気もするし。
君子は危うきに近付かないのだ。
そう思ってこれ以上の詮索はしないでおこうと思っていると、ユーリから別の話題を持ちかけられた。
「あ、そういえばぁ。ウォルフォード君、さっきの魔道具を見てどう思った?」
「さっきの? ああ、ハオから徴発したやつか」
「そう! ウォルフォード君はどう思う? 私は絶対魔法を放つんだと思うんだけどぉ!!」
「いやいや! だったらあんな形である必要はないですって! あれは絶対弾を撃ち出すものッス!!」
「あんな形状で、なにをどうやって撃ち出すっていうのよぉ!」
途中からマークが割り込んできて、またユーリと言い争いになった。
本当に仲良くなったなあ。
そんな思いで見ていると、二人がバッと俺を見た。
「「ウォルフォード君はどう思う!?」」
「ど、どうって……」
どうしよう……。
さっき将軍には分からないって答えちゃったし、シャオリンさんも聞いてた。
っていうか通訳してた。
ここでやっぱり分かりましたっていうのも変だよな……。
どうしようかと悩んでいると、オーグから追撃された。
「そういえば、付与も確認していたな。本当になにも分からなかったのか?」
俺が将軍に分からないって言ったとき、不審な目で見ていたけどやっぱり疑ってやがったか。
どうしよ……あ、そうだ。
「そうだな……俺が普段使っているのと同じような文字は使われていたけど、それがあの武器とどう結びつくのかは分からないな」
「やっぱり! 分かっていたのですね!?」
俺がどうにか誤魔化そうとすると、シャオリンさんが凄い勢いで食いついてきた。
「い、いや! 文字は分かったけど、その組み合わせでどういう効果を発揮するのかは分かりませんって!」
「その文字とは!? 一体どんな文字が付与されていたのですか!?」
シャオリンさん、すげえグイグイくるな……。
まあ、自国の遺跡から発掘された未知の武器の効果が分かるかもとなると必死にもなるか。
もしかしたら、今後も同じ武器が発掘されるかもしれないし、またハオみたいな奴が手に入れたら今度こそ国家の危機につながるかもしれないし。
「シン。私も気になる。どういう文字が付与されていたのか教えてくれ」
「ああ、いいよ」
オーグの頼みもあり、俺は付与されていた文字について説明をすることにした。
「マーク、なにか小さい鉄の板とか持ってない?」
「え? ああ、ナイフに加工する用のやつがあるッスよ」
「じゃあ、それを二枚貸してくれないか?」
「了解ッス」
俺は、マークから受け取った二枚の鉄の板に付与を施していく。
「一つはこれだ。魔力を通すと……」
付与を施した鉄の板に魔力を通すと、もう一つの鉄の板が吸い寄せられ、カチンという音と共にくっついた。
「磁石?」
「そう、磁石にするときに使う文字だった」
「なるほど、それで? もう一つは?」
「こっちは……あいたっ!」
しくじった。
付与した鉄板になんの対策もせずに魔力を流したから、手にビリっときたわ。
「ちょっと、なにやってんのよシン」
「シ、シン君! 大丈夫ですか!?」
呆れ顔のマリアと違って、シシリーは心配そうに俺の手を握って治癒魔法を使ってくれた。
こういうところが、奥さんと女友達の違いだよなあ。
っと、そんなこと考えてる場合じゃないな。
「大丈夫大丈夫、ちょっとビリっときただけだから」
「……雷?」
俺がシシリーからの治療を受けていると、オーグがさっきの現象について気付いた。
そういや、オーグって雷の魔法得意だったな。
「そう、雷と磁石。これでどういう作用が起きるんだか見当もつかない」
「そういうことか……」
「確かに、不思議ッスね」
「雷と磁石かぁ……まだまだ分からないことは多いなぁ」
「……」
俺の説明で、オーグ、マーク、ユーリは納得してくれた。
シャオリンさんは、なんか腑に落ちないって感じの顔してるけどね。
でも、本当のことを話すわけにはいかない。
でないと、またシャオリンさんから危険人物認定されてしまうからな。
マークとユーリは、雷と磁石がもたらす効果について色々と話しているけど……。
ごめんな、それ、わざと間違えるように話したんだよ。
レールガンを作るには、磁力が必要なのであって磁石は必要ない。
電気と磁石でできるものといえば……レールガンじゃなくてリニアガンになるんじゃなかったっけ。
あれも大きな威力を出せるかもしれないけど、レールガンほどじゃない。
それにしてもあんな武器を作ってしまうなんて……。
さすがの俺でもあれは作ろうとは思わなかった。
だって、作ってしまったらこの世界の戦争が変わってしまう。
魔法を使えない人でも魔道具を起動させることは誰でもできる。
つまり、誰もがあの超兵器を使えてしまうのだ。
特別な知識も訓練も必要ない。
そんなものを手に入れてしまったらどうなるだろう?
前にディスおじさんが言っていたけど、人間は誘惑に弱い。
長距離からあれをバンバン撃つだけで簡単に国を制圧してしまえる。
もしそれが世界中に広まってしまったらと考えると……。
……あ。
ひょっとしたら、前文明はあれを作りまくったのかもしれない。
その結果、悲惨な戦争が勃発して、それで前文明は滅んでしまったのかも……。
あのクワンロンと西方世界を隔てている砂漠地帯は、前文明の戦争の名残ではないかと言っていた。
ってことは、あれ以上の武器がある可能性が……。
それこそ、俺がシュトロームとの戦いで使った核熱魔法を付与したものがあるのかもしれない。
もし誰かがそれを発掘して、威力も分からずに試射してしまったら……。
甚大な被害をもたらすし、ひょっとしたら西方世界に攻め込んでくるかもしれない。
これは……一度遺跡を調べてみる必要があるかもしれないな。
でも、もし発掘されたものが危険な兵器であるとして、それをどう説明するか。
……ホント、どうしようかな?
俺は、付与した二枚の鉄板の前でまたああだこうだと話を始めたマークとユーリを見ながら頭を悩ませていた。