新しい出会いと面倒の予感
知らなかったアールスハイドの歴史なんかを聞いていると、馬車はミン家に到着した。
馬車から降りると、分散して乗車していた後ろの馬車からなにやら言い合いのような声が聞こえる。
なんだ? 喧嘩か?
「だから! あれは魔力をエネルギーとして放出するんじゃなくて、絶対物理で弾を発射する魔道具ッスよ!!」
「あの形でなにを発射するっていうのよぉ!? あれは絶対魔法を撃ち出すものよぉ!!」
「じゃあ、なんであんな筒みたいな形状してんスか!?」
「知らないわよぉ!」
「「ぐぬぬぬ……」」
マークとユーリ?
あの二人が言い合いをするなんて珍しいな。なにがあったんだ?
「なあオリビア、あの二人あんなに仲良かったっけ?」
「あぁ、ユーリさんはビーン工房に手伝いに来てますから。色々と意見を出し合ううちに打ち解けたみたいですよ」
「へぇ、そうなのか」
そういや、ユーリはばあちゃんの教えで、現場での魔法付与を実践してる。
どこかの知らない工房より、いつもお世話になっているビーン工房の方がやりやすいということと、ビーン工房の工場が大きくなり、付与魔法士の数が足りないということで、シュトロームとの戦いが終わったあともユーリはビーン工房の手伝いをしている。
待遇はバイトということらしいけど、他の誰よりも付与魔法が上手いので、もうユーリに抜けられたら困るという立ち位置にいるらしい。
マークも、基本的にはアルティメット・マジシャンズでの活動を優先しているけど、本来は自分が継ぐはずだった工房を放置することもできないから、時間のあるときは工房の手伝いをしている。
それにしても……。
「随分と距離が縮まったんだな、あの二人」
俺がそう言うと、オリビアはなぜかジト目を向けてきた。
「その元凶がなに言ってるんですか」
「え? 元凶?」
俺、なんかしたっけ?
「次から次へと新商品を発明してきて……ウォルフォード君の付与魔法を一般の付与魔法士でも付与できるように工夫してるのがあの二人なんですよ?」
「そ、そうだったのか……」
俺が会長を務めるウォルフォード商会で売り出す商品は、俺が開発したものだ。
なので、プロトタイプの魔法付与は俺が日本語で付与している。
しかし量産するとなると、工房の付与魔法士が付与できないといけないので、この国の言葉で同じような効果がでるように文字を変換しないといけない。
それを行っているのがあの二人だったんだな。
「っていうか、量産する魔道具を開発するならそもそもこの国の言葉で付与してくださいよ。あの二人、メッチャ苦労してるんですよ?」
「いやあ、俺もそうしようかって言ったんだけど、あの二人があのままで良いって言うからさ。俺の付与を自分たちで解明してこそ成長できるって」
俺がそう言うと、オリビアは深いため息を吐いた。
「いつも二人で夜遅くまで検討してますよ。これができるかどうかで量産化の可否が決まるからって」
「へぇ、夜遅くまでねぇ」
俺はチラリとオリビアを見た。
もうすぐ結婚するマークが、仲間とはいえ他の女の子と夜遅くまで一緒にいるのは気にならないんだろうか?
「えっと……オリビアは大丈夫なのか?」
「? なにがですか?」
「いや、ほら……マークがユーリと夜遅くまでって……」
「ああ。それなら大丈夫です。私も一緒に付き合ってますから」
「オリビアも?」
「はい。っていっても、私は二人に飲み物とか夜食とかを差し入れするだけで、実際の作業には参加してないんですけどね」
「そうだったのか」
自分が側にいるのなら安心か。
「それにユーリさんには……」
「ん?」
「あ! いえ、なんでもないです!」
「そ、そう?」
「はい! あ、私、仲裁してきますね!」
オリビアはそう言うと、そそくさとマークとユーリのもとへと走って行った。
ユーリには……なんなんだ?
なにかを言いかけてやめられると、メッチャ気になるんですけど。
俺がオリビアの物言いに悶々としていると、後ろでシシリーとマリアが小声で話し合っていた。
「マリア、これは……」
「ええ、シシリー。間違いないわ」
「ということは……」
「そうね」
「「ユーリにお話を聞かなければ!」」
二人はそう言うと、一緒にユーリのもとへと向かってしまった。
なに?
二人にはなんのことか分かったのか?
なんだろう? 女子にしか分からないことなんだろうか?
またしても頭を悩ませていると、オーグがゆらりと俺の隣にきた。
怒りのオーラを滲ませながら。
「いつまでも人様の家の前で騒いでいるんじゃない! さっさと中に入れ!!」
『はい!!』
オーグの言葉に、背筋を伸ばして返事をするマーク、ユーリ、オリビア、シシリー、マリア。
そういえば、オーグって今でこそ俺たちと仲がいいけど、以前は近寄りがたい完璧王子様だったんだよな。
オーグの一喝で、慌ててミン家に向かって走って行った。
その光景に苦笑しつつも、溜め息を吐くオーグに続いて俺もミン家に入って行った。
「はぁ、まったく……もう学院も卒業したというのに、いつまでも自覚が足りんなあいつらは」
「ま、まあ、卒業したっていっても、まだ数か月しか経ってないんだし、しょうがないって」
「ったく。そもそも我々の動向は世界中から注目されているということが分かっているのか?」
「世界中か……正直ピンとこないな」
「お前……」
「しょうがないじゃん。当事者は分かりにくいもんだって」
「そうかもしれんが……」
「あ、世界中で思い出した。そういえば、各国からアルティメット・マジシャンズの職員を派遣してくるって話、あれどうなったんだ?」
「職員という名の監視か」
「監視って……」
確かにそうかもしれないけど、もうちょっとオブラートに包んでもいいんじゃ……。
「監視で間違いない。そもそも、これはウチから提案したことだしな」
「……悪さをするつもりはないけど、心配なら監視してろ……ってか」
「そうだ。監視されても探られてもマズイことなどない。むしろ、各国が優秀な人材をよこしてくれるのはありがたいことだ」
「優秀ってことは、派遣されてくる人の資料とかあるのか?」
「当然だ。全員優秀な人材だったな。本国にいれば将来は国を支える官僚になれる人材だ」
「へえ、そうなんだ。なんだろ? ウチに来るのがキャリアアップの一環になってるとかかな?」
「……」
「え? なに?」
オーグが驚いた顔をして俺を見た。
え? なに?
「相変わらずお前は分からんな。常識は無いくせになぜそんなことに気付くんだ?」
「なんでそこは頑なに認めてくれないんだよ!? 俺だって商会の会長だぞ!? 色んな人と会うし話だってしてんだよ!」
「ああ、そういえばそうだったな。まあ、確かにキャリアアップの一環という面もあるとは思うが、どうもそれ以外の思惑もありそうだな」
「それ以外の思惑?」
「……資料に写真が添付されていたんだがな。全員が見目麗しい男女だったのだ」
「え、それって……」
「気を付けろよ? シン。お前、真っ先に狙われるからな」
「ちょっ! 困るよ!」
「誘惑に負けなければいい話だろ? それと、フレイドも気を付けろ」
「え? 僕も?」
「お前が一番心配だ。新婚早々修羅場とか、外聞の悪いことはするなよ?」
「今はリリア一筋ですから、そんなことしませんって」
確かに、リリアさんと付き合いだしてからのトニーは、女の子を侍らすことを止めた。
口だけでなく行動で示すって約束したらしい。
その意志は本物だと思うんだけどな。
「お前の場合は前科がな……」
「……ぐうの音もでませんねえ」
今はリリアさん一筋になったとはいえ、元が元だからなあ。
信用ないんだろう。
トニーも自覚はあるのか、苦笑している。
そんなトニーを見て皆で笑っていると、さっきまでジト目でトニーを見ていたオーグが真剣な顔をして俺を見た。
「え? なに?」
「ここからは真面目な話だ」
「今のは違ったのかよ!」
「それはそれで注意しないといけないがな。もっと注意しないといけないことがある」
「もっと?」
「ああ」
オーグはそう言うと、俺が忘れていたことを思い出させた。
「ダームから来る職員。これには全員注意しろ」
「なんでですか?」
オーグの言葉を聞いたアリスがそう疑問を投げかけた。
そういえば、アリスはダームの現状を知らないんだっけ。
「ダームは今、政情が不安定なのだ。首相とやらに就任したカートゥーン氏はうまく国をまとめられなかったらしい」
「へえ、そうなんですか」
「そんな国から派遣されてくる人間だ。注意しておいて損はない」
「ええ? でも、他の国に派遣する人間に、変な人選んだりします?」
オーグの説明に、アリスはイマイチ納得しきれていないのか、さらに疑問を口にした。
「選ばれてくる人間はまともな人物だろうさ。ただ、それを送り込んでくる人間はそうではないかもしれん」
「……ひょっとしてスパイ?」
ようやくアリスも納得したようで、いつになく真剣な顔をしていた。
「その可能性もあるということだ。だから皆、ダームからの使者には十分気を付けろ」
オーグの言葉に、皆が真剣に頷く。
ただなあ……。
「オーグ、それ、皆が揃ってるときに話した方がよかったんじゃね?」
「……」
俺の言葉を聞いたオーグは、俺を見てしばらく固まったあと、フッと視線を逸らした。
「……あとで話しておく」
ドヤ顔で話してたもんな。
もう一回同じ話を聞かせるのは恥ずかしいんですね。
分かります。
珍しいオーグの失態に、俺は思わずニヤニヤしてしまった。