誰かが自重しなかった武器
将軍の案内で、俺たちは悠皇殿の中庭へとやってきた。
そこには、布をかけられた大砲のようなものが置いてあり、周囲を兵士たちが警備していた。
随分厳重だなと思ったけど、それも仕方のないことかもしれない。
そもそも、遺跡から発掘された武器は国への申告が義務になっている。
それを無視して所持していたのが、政治を行う官僚のトップであるハオだ。
もしかしたら、国家転覆を画策するほどの威力なのではと考え、警備を厳重にするのは当然のことだろう。
将軍が近付いて行くと、警備していた兵士が敬礼して迎えた。
なにかを伝えたところ、兵士は頷いて武器に被せられていた布を取り払った。
そうして現れたのは、長く大きな鉄の塊だった。
『これだ。一見すると武器の様には見えんが……』
「確かにそうですね」
目の前に現れたハオが所有していた武器は、四角く真っ直ぐな鉄の棒が二本平行に並べられており、それが周囲の装甲で固定されていた。
これは……。
『武器と言われて最初は大砲かと思ったのだが、このような形状では弾を発射しても真っ直ぐ跳ぶとは思えん。一体これがどのような武器なのか、皆目見当が付かんのだ』
「そうですね……」
俺はこの武器を見て、その正体にある程度確信があった。
それを裏付けるため、もう少し質問をしてみることにした。
「これ、どういう効果がある武器なのか分かっているんですか?」
俺のその質問に答えたのはハオの元副官だった。
『はい。発掘された際、ハオが不用意に発動させてしまったので……』
「不用意にって……安全確認もなしにですか?」
『はい。さきほど将軍が仰ったように、一見して武器には見えなかったものですから、どんな効果のある魔道具か、すぐに確認しようとしたのです』
元副官はそう言うと暗い顔をした。
『ハオがコレを起動させたところ、途轍もない轟音が響きました。それこそ大砲の発射を間近で聞いたような』
そう言って、この武器の先端を見た。
『おそらくこの棒と棒の間からなにかが発射されたと思います。その射線上にいた人間の上半身が消えてなくなりましたから……』
そのときのことを思い出したんだろう、沈痛な面持ちだ。
『そのときに見ました。閃光が地平に向かって飛んで行くのを。そして……その進路上にあった大きな岩を粉々に粉砕するところを』
元副官がそう言ったところで辺りは沈黙に包まれた。
それを破ったのは将軍だった。
『実際に見た者がそう言っておるのだから間違いないのだろうが……それが一体なんなのか、そもそも弾を撃ち出したものなのか、それとも魔法が発射されたものなのか、それすらも分からんのだよ』
将軍はそう言うと、長い溜め息を吐いた。
「ということは、再度の実験はしていないのですか?」
『この者の言うことが正しければ、これはとんでもない威力の武器だ。この場でおいそれと実験などできんよ』
確かに、ここは皇帝の居住地であり政治の中枢。
そんな場所で、大威力の武器の実験なんかできるわけないな。
じゃあ、実際に発掘現場にいた元副官はどうなんだろうと視線を向けると、彼も首を横に振った。
『これは威力もさることながら音も相当に大きかったのです。これ以上試射をすると誰かに気付かれる可能性があるからと、ハオが再実験を禁じました』
元副官がそう言うと、将軍がフンと鼻を鳴らした。
『誰かに見つかったら国に報告しなきゃならなくなる。そうなると自分のものにできんからな。このことだけでも国家反逆の罪が疑われるわ!』
将軍はハオのことがよっぽど嫌いなんだろうな。
ハオの所業に怒りを隠すつもりもないようだ。
『そういう訳でして、再実験は行ってないんです』
元副官がそう言って話を締めた。
『そういうわけでな、我々はこれが一体なんなのか全く把握できていないのだ。君たちにコレを見せたのも、なにかヒントを得られないかと思ってな』
「そうだったんですね」
使節団の一員からのお願いとはいえ、簡単に見せてくれるんだなと思っていたがそういうことか。
クワンロンと西方世界は魔法の発展の仕方が大分違う。
なので、俺たちの知識で何か分からないかと考えたらしい。
正直、将軍の思惑は正しい。
俺は、これの正体に気付いた。
だけど、これは軽々しく口にしていい話じゃない。
俺はそう思って皆の方を見た。
不思議そうな顔をしている皆の中に、思案顔をしている二人の人間が目に入った。
マークとユーリだ。
「なんなんッスかね? 物理? 魔法?」
「魔法じゃなぁい? あんな棒の隙間から弾なんて撃ち出せないでしょ?」
「けど、じゃあなんであんな形にしてるんス?」
「そんなこと言われてもぉ。私は付与の専門なんだから、ああいう造形に関してはマークの専門でしょぉ?」
「悪いッスけど、ウチでは大砲とか作ったことないんスよ」
「私だってないわよぉ」
「なんなんスかね?」
「なんなのかしらねぇ?」
……随分と仲良さげだな。
あんなに親密だっけ? あの二人。
それはまあいいとして、ビーン工房の元跡取りと、ばあちゃんの後継者が分からないっていうんだ。
西方世界の人間が分からないって言っても不自然じゃない。
「すみません。これだけじゃ見当もつかないですね」
俺がそう言うと、将軍は残念そうな顔になった。
『そうか……もしかしたら、なにか分かるかもと思ったんだが……』
もしかしたらって言ってるけど、結構期待してたんだろうな。
将軍の落胆ぶりを見ると、なんか罪悪感が起きてしまう。
けど、これはおいそれと話せる内容じゃない。
俺の予想が間違ってなければ、誰にでも使える強力な武器ということになってしまうからだ。
なので本当のことは話さない。
けど、一応確認はしておくべきかな?
「あの、すみません」
『なにかな?』
「この武器に付与されている文字を見せてもらえませんか?」
俺がそう言うと、通訳をしていたシャオリンさんの目が鋭くなった。
『付与を? それは構わないが、これは古代の遺物だ。付与されている文字も現代のものとは違って誰も読めないんだが……』
「ええ、それは聞きました。単純に興味があって」
『興味ね』
将軍はそう言うと、俺を探るような目で見てきた。
しばらくそうしていたが、将軍はフッと表情を和らげた。
『まあいいだろう。文字の形が分かっても効果を知らなければ付与はできんしな』
「すみません。我が儘を言ってしまって」
『まあ、別に構わんよ』
ともかく、将軍の許可はおりたので魔道具であるコイツを起動させないように注意しながら付与されている文字を浮かび上がらせた。
そして、その文字を見た瞬間、俺の想像が間違っていなかったことが証明された。
事前に心構えができていなければ思わず口に出してしまっていたことだろう。
浮かび上がった文字は、こう書かれていた。
【電磁誘導】
つまりこれは……。
(レールガン……か)
前世の記憶では、レールガンはまるで一個の建物のような武器だった。
それは、レールガンに必要な電力を発生させる装置を、俺が生きていた時代にはまだ小型化できなかったから。
なので使い道としては、艦載兵器として採用される予定だったと思う。
だが、この世界には魔法がある。
よくよく見てみると、付与されている魔法は【電磁誘導】だけでなく【魔力収集】も付与されている。
つまり、起動させればこの武器が回りから勝手に魔力を集めてくる。
そして十分な魔力が溜まったら電磁誘導を起こして弾丸を射出する。
大電力を発生させる大量のコンデンサなど必要ない。
付与が、全てを賄ってしまうのだ。
それにしても……と思う。
前文明にいた前世の記憶持ちは、本当に自重しなかったんだな。
こんな、誰にでも使えてしまう強力な魔道具を作成するなんて……。
付与を確認し終えた俺は、最後に二本の棒の間を覗き込んだ。
「どうしたシン? なにか分かったのか?」
最終確認をしていると、オーグから声がかかった。
「いや……さすがに分からないな」
俺は、咄嗟にオーグに対してそう言った。
ここで分かったと言ってしまえば、またシャオリンさんから疑いの目で見られるだろうしな。
「……そうか」
オーグの返事も、どこか納得していない感じがした。
その目は『本当は分かったんだろう?』と言っている気がする。
シャオリンさんの方を見てみると……うわ、やっぱり疑いの目で見てるよ。
とりあえず、最後の確認も済んだので将軍に声をかけた。
「すみません、ありがとうございました」
『うむ。なにか分かったのか?』
「いえ、特には。ただ、世界には珍しい武器もあるんだなと思いまして」
『そうだな。これは今まで発掘した中でも特に奇妙だ』
「無理を言ってすみませんでした。それでは俺たちはこれで」
『ああ。こちらこそありがとう。君たちのお陰でハオを国家転覆を狙う逆賊として処罰できそうだ』
「そうですか。それで、交渉の方は……」
『すまないが、こちらが落ち着くまでまってくれないか? 新しい交渉役も選びなおさないといけないしな』
オーグを見ると、頷いたのでそのまま俺が対応した。
「分かりました。では、また交渉の日取りが決まりましたらミン家までご連絡下さい」
『了解した』
こうして俺たちは悠皇殿をあとにした。