断罪
おかげさまで200話まで到達しました。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
竜の生息地に近い村を全て回って帰って来てから二日後。
ミン家で待機していた俺たちは、悠皇殿から呼び出された。
ハオが帰ってきたらしい。
そこで、俺たちからも事情聴取を行いたいとのことだった。
呼び出されたのは俺たちアルティメット・マジシャンズと、シャオリンさん、リーファンさん。
悠皇殿に着いた俺たちが案内されたのは会議室だった。
ただ、なぜか机や椅子などは用意されていない。
なので俺たちは立ったまま待っていたのだが、暫くすると会議室の扉が開いた。
『------』
『---!! --------!?』
入ってきたのは、以前見た兵士よりも立派な軍服を着た軍人っぽい人と、なにかを喚いているハオだった。
そのハオだが、後ろ手に拘束されている。
「なあ、ハオはなにを喚いているんだ?」
「えっと……『私を誰だと思っている』とか『こんな扱いは許されない』とかですね」
シャオリンさんに訊ねると、そう答えが返ってきた。
「はあ……お偉いさんってのは、なにをしても許されるって思ってるのかね?」
「そうじゃないんですか? いい気味ですよ」
おっと、今までハオに煮え湯を飲まされてきたからか、シャオリンさんが辛らつだ。
『事情聴取を始めたいのですが、よろしいですか?』
対して、軍のお偉いさんと思われる人は礼儀正しい感じだな。
俺たちへの問いかけにも敬意が感じられる。
「構わない。それで、なにを聞きたい?」
俺たちを代表して答えたのはオーグだ。
まあ、オーグの立場は王太子……次期アールスハイド王国の国王だからな。
それを差し置いて他の人間が答えるのもな。
なので、ここはオーグに任せることにした。
『それでは、殿下たちが見たことを、お伝え願えますか?』
「分かった。私たちは、最初に襲撃があったと報告された村に行ったのだが……」
そこでオーグは一旦言葉を止めて目を瞑り首を振り息を吐いた。
そして、とても辛いことを告白するように話し出した。
「それはもう、悲惨の一言だった。建物は壊れ、あちこちに人の残骸が散らばっている。正に地獄絵図だった……」
その言葉を聞いたハオが、すぐに大声をあげた。
『嘘だ!! 私が着いたときはそんな様子はなかった!!』
『と言っていますが?』
「逆に聞くが、ハオ殿がその村に着いたのはいつの話だ?」
『報告のあった、翌日だ』
それを聞いたオーグは、ちょっと鼻で笑った。
「なら、私たちが村を襲っていた竜を討伐してから一日経過しているな。それだけ時間があれば遺体の片付けも済むし、人々の活動も再開しているだろう」
『そんなバカな!! 私は休息も取らずに進軍して丸一日かかったのだぞ!! そんな早くに対処できるわけがないだろう!!』
怒りを露わにしたハオがそう叫ぶと、軍のお偉いさんと思われる人に勝ち誇った顔で言った。
『将軍! 彼らは嘘を吐いている!! これでこの件は私を貶める罠だということが証明されただろう!!』
ああ、やっぱりお偉いさんだったか。
将軍ってことは、相当高い地位についているか、トップかのどちらかだろう。
それよりも、嘘? ああ、ハオはあのことを知らないのか。
『嘘、ですか。殿下、申し訳ありませんがどうやって移動したのかお伺いしても?』
「分かった。シン」
「了解」
オーグの合図で、俺はこの場にいる『全員』に浮遊魔法をかけた。
『お、おお』
『な!? なんだこれは!?』
事前に話をしていた将軍は興味深そうな顔をしているが、なにも聞かされていなかったハオは慌てふためいている。
「この状態で風の魔法を使って移動すれば、馬車など目ではない速度で移動できる。実際、あの村に着いたのはここを発った数十分後だ」
『ほお、それは素晴らしい』
『お、おい!! いいから下ろせ!!』
ハオがそう言うので、俺は皆を地上に下ろし、浮遊魔法を解除した。
「さて、これで我々が嘘を吐いていないこと。それと、これがインチキの類ではないことを理解していただけたかな?」
『ぐぐっ……!!』
オーグがそう言うと、ハオは悔しそうに歯ぎしりした。
まあ、そのために全員に浮遊魔法をかけたんだけどね。
俺たちだけが浮き上がれば、ハオはインチキだのまやかしだのと難癖を付けてくるだろう。
けど、自分も体験したら?
自分の身体には宙に浮かすための糸などがついていないことは、自分自身がよく分かっている。
そうなれば、俺たちのことを否定する材料がなくなり、事実だと認めざるを得ないだろう。
と、事前にオーグから説明されていた。
やっぱスゲーな、コイツ。
『さて、これで殿下の言葉は真実であると証明されたな。それで、次の質問なのだが、殿下は竜の数が少ないと思われましたか?』
「いや。むしろ溢れかえっていたな。あんな数の竜を見たのは初めてだ」
『そうですか。しかし、以前ハオ殿からは竜の個体数は激減しており、絶滅の危惧さえあると報告されていたのですが?』
「あのまま放置すれば、絶滅する立場は逆になるだろうな。それほどの数がいたぞ?」
『ふむ……ミン家の二人。殿下の報告に嘘はないかね?』
将軍が、今度はシャオリンさんとリーファンさんに聞いた。
『私は実際に見たわけではありませんが、魔物化した個体がいたのは確認しました』
『魔物化だと!?』
シャオリンさんの言葉に、将軍は驚きを露わにしてそう叫んだ。
『それは本当なのか!? もし本当だとしたら一大事だぞ!?』
落ち着いた態度から一転し、急に焦りだした将軍。
なに?
『ご安心下さい将軍。魔物化した竜は、ここにいるアルティメット・マジシャンズの方々がすでに討伐してくれましたので』
なんでそんなに焦っているのかと思っていると、リーファンさんが報告したことにより将軍は落ち着きを取り戻した。
『そうだったのか……返す返すも申し訳ない。そして、国の危機を救ってくれてありがとう』
将軍はそう言って深々と頭を下げた。
「まあ、我々にとっては特に問題のない相手だ」
『頼もしいですな。それにしても……』
将軍はそう言ったあと、重々しく言った。
『魔物化までするとなると、やはり相当個体数は増えているようですな』
『将軍!! まさか、こんなどこの誰ともしれない外国人と、平民の言葉を信じるというのか!?』
どこの誰ともしれないだと?
外国からの使節団に向かって、よくもそんなことが言えたものだ。
ちょっと文句でも言ってやろうかと思っていると、代わりに将軍が激発した。
『黙れっ!! 竜はそう簡単に魔物化しない生物だ! その竜が魔物化するのは個体数が増え過ぎたときに稀に起こるということはお前も知っているだろうっ!!』
『お、お前だと!? 貴様! 誰に向かってそんな口を利いているんだ!!』
ハオがそう言うと、将軍はニヤッと笑った。
『これはこれは。この期に及んでまだ自分の立場が分かっていないとは』
『な、なんだと!?』
『今回の件は、すでに国民に広く知られている。竜の討伐を禁止する法案はお前が偽の報告書を作らせて可決した法案だとな』
『なっ……しょ、証拠は!? 証拠はどこにある!?』
『証拠か? それなら……』
将軍が近くにいた人に目配せをすると、その人は頷いて部屋を出て行った。
少ししてその人が戻ってくると、一人の男性を連れていた。
『なっ!? お、お前!!』
『彼は、お前の副官だったな。彼が全て証言してくれたぞ』
連れてきたのはハオの副官だった。
なるほど、そういう立場なら色々と知ってそうだもんな。
『こ、こんな奴の言うことを信じるつもりか!?』
『証言だけではない。ちゃんと物証もある』
将軍がそう言うとまた別の人から書類を受け取った。
『そ、それは……』
『お前が改竄する前の、調査団体が提出した実際の個体数の記録だ』
『な、なぜそれを……』
『もちろん、彼が持ち出してくれたからだよ』
『き、貴様っ!!』
副官に裏切られたハオは、呪い殺さんばかりの勢いで彼を睨みつけている。
信頼していた副官に裏切られてショックなんだろうな。
『貴様ごときが私に逆らうなど、許されると思っているのか!?』
……違った。
自分の駒だと思っていたのに、反逆されてキレてるだけだった。
コイツ、本当にクズだな。
『将軍! その資料は捏造だ!! そんなもの、なんの証拠にもならない!!』
『いいや、なるさ。なにせ、他の官僚方が認めたからな。この資料は本物だと』
『なっ……』
『他にも色々とあるぞ? 例えば、本当のことを言えば家族がどうなるか分かっているかと脅された調査団体の職員の証言とかな』
『……』
『ふん。精々、裁判の日を心待ちにしているがいい。おい、連れて行け』
将軍がそう言うと、ハオは兵士に連れられて行ってしまった。
将軍とハオのやり取りを呆然と見ていた俺たちは、揃ってオーグを見た。
そのオーグは、苦笑を浮かべて肩を竦めるだけだった。
『申し訳ありません。お見苦しいところを見せてしまいました』
「いや、中々面白かったよ。それにしても、ハオは嫌われているのだな」
『奴が有能なのは間違いないのですが、どうにも他者を見下す癖がありましてな。奴のことを苦々しく思っていない政治家など一人もいないのですよ』
「それは、軍人である貴殿もか?」
オーグがそう言うと、将軍は大きなため息を吐いた。
『なにかといえば、予算の削減をするぞと脅しをかけてきて無理難題を押し付けてくる。奴は、兵士とはどこからでも湧いて出てくるとでも思っているのでしょうな』
「典型的な選民思想の持ち主だな。自分より劣っている者は、人間として認めていないんだろう。よく反乱が起きなかったな?」
『ハオには私兵がいるのです。もっとも、今回の件で私兵からも見放されたようですが』
「ほう、なにかあったのか?」
『先ほど、ハオを拘束に向かった際、抵抗するどころか我々をハオの馬車まで案内してくれましてね』
「主人の拘束に積極的に手を貸す。なるほど、見放されているな」
それにしても、オーグと話す将軍の顔は晴れ晴れとしているな。
『奴は今まで散々好き放題やっていたのです。その報いを今受けているというわけです』
「そうか、ならこれから奴を救おうとする者は……」
『間違いなくおりませんでしょうな』
そういう将軍の顔はすごく嬉しそうだ。
ハオってよっぽど嫌われてるんだな。
多分、皆がハオを失脚させたくて仕方がなかったんだろうな。
そこへ今回の事態だ。
ハオには味方がいないと見て間違いなさそうだ。
「それを聞いて安心した。ところで、例の法案はどうなる?」
『このような事態が起こったのです。間違いなく廃案でしょうな』
「そうか。なら、続きの交渉は滞りなく進められそうだな」
オーグは、ホッとした様子でそう言った。
今回の俺たちの最大の目的は、クワンロンと国交を結び俺たちの国では禁制となっている竜の革を手に入れることだった。
まぁ、副産物として魔石の貿易も始まりそうだけど。
……副産物としては規模が大き過ぎるけどね。
今回の交渉がうまくまとまれば、アールスハイドを始めとする西側諸国にとっては、途轍もなく大きな変革が起こる。
魔石はともかく、竜の革についてはハオが最大の障害だったから、それが排除されることは俺たちにとっても望ましいことだ。
クワンロンの人たちにとっても、権力を振りかざすハオを排除できて嬉しい。
俺たちにとってはWin-Winだ。
ただ一人、ハオだけが損をしている。
とはいっても、それも全て自業自得の結果なので同情心は湧かないけど。
そういえばと、俺はあることを将軍に聞いてみた。
「ところで、ハオはこれからどうなるんですか?」
『ああ、あれでもクワンロンの高官だからな。監視を置いて自宅に軟禁することになっている。そのあとで裁判だ』
「そうですか」
とりあえず、これで交渉の目途は立った。
と、そこで俺はあることを思い出した。
「すみません、ちょっといいですか?」
『うん? なんだ?』
「噂で聞いたんですけど、ハオがなにか凄い武器を持ってるとか……」
『ああ、確かに持っていたな。ハオを拘束する際に一緒に徴収してある』
「そうなんですか。それでその……」
『ん?』
「その武器、見せてもらうことはできますか?」
俺がそうお願いすると、将軍は少し考えたあと首を縦に振った。
『分かった。案内しよう』
「ありがとうございます」
やった、これでハオがどんな武器を持っていたのか。
そして、前文明がどれほどの技術を持っていたのか知ることができる。
そう考えた俺は、先導してくれる将軍のあとを付いて行った。